第16話
4月18日
今日も眠気と戦いながら登校する。
林間学校ってもっと早い時間に集合するってマジ? 起きられるビジョンが思い浮かばない。
いっそのこと徹夜した方が起きられる気がするわ。 え? 起きていられるのかって?
……スマホのソシャゲなり動画見るなりすればいけるんじゃなかろうか……多分。
あと数日で訪れる林間学校に(昨日楽しみだと言っていたのに)辟易しつつ教室に入った。
机の中に今日授業のある教科の教材をぶち込んでいるとふと、クラスがソワソワしているのに気づく。一体何があったのだろうか。
「ねぇねぇ、もうテストの結果が貼り出されているらしいよ!」
「えー……折角の林間学校が近いのに嫌なこと思い出させないでよー」
「私春休みにすごい勉強したから自信あるんだよねー!」
「私も勉強しとけばよかったかなぁ……ま、次があるっしょ!」
ああ……そういえばゲームでもテスト結果貼り出されてたな。この世界でもそうか。
ていうかまだどの教科も返ってきてないぞ……
今日はテスト返しラッシュか? 丁度5教科全部入ってるし。
何気に精神削られるんよな、アレ。
まぁでも、やっぱり気になるし行こうかね。
クラスメイトに触発されたのか、少しソワソワしながら結果が貼り出されているだろう場所に向かった。
辿り着くと、結果が壁に貼り付けられ人が群がっている。おかげで上位勢しか見えん。
えーと何々……1位は皆川佳代……ああ、お嬢様か。さっすが入学式でスピーチをしていただけはある。まぁ正直言ってウトウトしてて内容は覚えてないけどな!……あれ? 俺結構なクズじゃね?
式典の途中に寝たという事実を思い出し、将来ヤバいんじゃないかと密かに気にかけながら目線をスライドさせていくと自分の名前を発見した。
順位は5位で443点。お嬢様は480点だからその差は37点。うーん遠い。まだまだ頑張んなきゃなあ。
教室に帰って今後の勉強について考えていると高宮が話しかけてきた。
「おはようございます、藤堂さん」
「ああ、おはよう高宮。」
「風の噂で聞いたのですがどうもテスト結果が貼り出されたそうですね」
「そうらしいな、高宮は見に行ったのか?」
「モチのロンですよ」
モチのロンとはこりゃまた……最近の子は知っているのだろうか。
そもそも張り出された所に行けたのか、高宮は?
正直言ってあの方向音痴さからして行けなさそうに思えるんだが。
そんな俺の疑問をよそに高宮は話を続ける。
「それよりも結果どうでした? なんなら勝負してみます?」
「冗談はよしこちゃんだな」
「冗談? よしこちゃん? え? なんの話ですか?」
「モチのロンは通じてもこっちはダメだったかぁ……」
「……もしかして貶されました、私?」
「気にするな。それと勝負に関してだが、悪いが少なくとも俺の上に高宮の名前は無かったと記憶している」
「え、そんなに高いんですか?」
「一応5位だったな」
「……なんか裏切られた気分です」
ええ……そんなこと言われても…。
「……そうだ! 藤堂さんそんな頭いいんだったら私に勉強教えてくださいよー」
「ははっ。そうだ高宮、飴玉をやるぞ。なんとびっくりカレー味だ」
「わーいありがとうございます……っていりませんよ! 笑って流さないでください! というかカレー味って……ぶどうとか普通のはないんですか?」
「やっぱ誤魔化せない? それとこれはこの前バイト先でもらったんだが処理に困ってな」
「ええ……どんな所でバイトしてるんですか?」
「アットホームな職場だ。慣れれば楽しいぞ」
「……ま、まぁ今はその件は置いておきましょう。で、どうなんですか? 引き受けてくれませんか?」
うーむ……正直言って引き受けるのは簡単だが……。最近主人公の話聞いちゃったからなぁ……。
ヒロインと過ごすのは避けた方がいいだろう。変に絡まれたらやだし。うん、そうした方がいい。
ということで断りの申し出を入れよう、という瞬間高宮が口を開いた。
「……やっぱり駄目、ですよね……」
「え?」
「ほら、私って色々鈍臭いじゃないですか。頭の回転もよくないから塾とかに行ってもついていけないんです。かと言って個別だと怖くて行けないし……友達に教えてもらおうとしても、こんなこともわかんないの、って見切られちゃって……」
「……!」
そう告白する高宮の顔は……自分に絶望したような表情で……そしてそれはいつぞかの藤堂に似ていた。
「……いいぜ、引き受けるよ」
気づけばこんなことを口走っていた。高宮の顔は……なんか変な奴を見た感じになってるな。
「え?……本気ですか? 私飲み込み遅いですよ、カタツムリ並みですよ?」
「俺も復習になるから構わない。また詳しい日程は後で詰めるんでいいか?」
「……はい!」
満面の笑みで答える高宮。よく表情がコロコロ変わる奴だ。……まぁでもこの笑顔が見れるんなら講師役なんて安いもんか。
そう考えていると守田先生が入ってきてホームルームが始まったのでそちらに意識を向けることにした。
放課後高宮は今日は部活があって忙しいということで1人で帰ることにした。
高宮に断られた飴を口に放り込み、どうして講師役を引き受けてしまったのか、なんて考えながら歩く。
あの時自分語り乙と切り捨てていればそれで
終わりだったはずだというのに……まぁそれは言い過ぎだな、悪い。
これに関して……まぁヒロインとガッツリ関わることになるという点は後悔しているが、面倒などという面では正直言って後悔していない。
まるであの時自分が自分じゃなかった感じがして不思議である。
「あの時の俺は本当の"藤堂広嗣"だったのでは……なんてな」
などと呟やいてみる。
思えば今更だが本当の藤堂の人格はどこへ行ったのか疑問だ。
これからはそれに関して探ってみる(これと言ってどうすればいいかわからないが)ことも視野に入れてみようかな……と思いながら歩き続けた。
「……うぇ……まっじぃ」
因みに飴は不味かった。あと辛い。何だこれ。
く、口が……やっぱり走って帰ることにした。
家に着いてみると鍵が開いていない。ありゃ……母はパートだったか。今口の中がオワコンなのでさっさとうがいとかして緩和したいんですが……
スマホをみると鉢植えの下にあるから取って行ってとのこと。
早速ガチャリと鍵を開け、ダッシュで洗面所に駆け込んでガラガラとうがいをして吐き出す。
うーんまだ口が……お茶でも飲もう。
お茶を飲みどうにかして緩和に成功した。
マジで誰だよあんなん仕入れたやつ。……あ、オッサンじゃん。しかもこれもらったのって
「美味いから1個やるよ」って言われてもらっんだよな……。
味聞いてちょっと珍しいからってもらわなきゃよかった……。
少し休んでテストの復習をし、キリのいいところで時計を見ればもう6時だった。
身体を伸ばしているとコンコン、と扉をノックされる。
「あーい、どうぞー」
と返すとガチャリと扉を開けて妹が入ってきた。
「何だ、妹か……」
「悪かったわね、私で」
一体何の用だろうか、と思っているとどんどんと拳を握りながら近寄ってくる。え、怖……どしたん、話聞こか……なんちって。
「ん」
そういうやいなや妹は手のひらをパーに広げて100円を差し出してきた。……ああ、そういやこの前の豆腐代か。
「ほい、確かに」
そう言って受け取る。
それを見て妹はクルッと回れ右をして部屋から出てく……前にこちらを見ずに話しかけてきた。
「……ねぇ、アンタってそんな奴だったっけ」
「おん?……高校入ったからな。イメチェンだ、イメチェン」
「ふーん……あ、ママがそろそろ夕飯だって」
「了解、向かうわ」
やり取りが終わると妹は今度こそ出て行った。
……怪しまれてんな。まぁこれは俺があまり以前の藤堂っぽく振る舞えてないことのツケか。
この状態がいつまでもつか……案外崩れるのは早い気がする。
リビングに向かって配膳を手伝い、夕飯を食べていると今度は母が話しかけてきた。
「広嗣、そろそろテスト帰ってきた頃じゃない?」
エスパーかな?
「……今持ってきた方がいい?」
「流石に食後でいいわよ。春休み頑張ってそうだったから気になっちゃって」
面倒だな、という言葉がでかかったが、味噌汁と一緒に飲み込んだ。
食後に皿洗いをし、テスト結果を母に提出する。
母はそれを吟味した後
「すごいじゃない!」
と褒め称えてきた。
どーも、と流していると視線を感じる。妹だ。
「……どした?」
「……別に」
……なんか怪しい……いや普通に考えて怪しいのは俺か。
母は能天気に喜んでいるが妹はそうはいかないらしい。そりゃ落ちこぼれみたいみたいな奴が急に成績良くなったら怪しむか。母が喜びで見えてないだけだ。
「広嗣、明日の夕飯何がいい? 好きな物作ったげる」
怪しまれてることだしここは慎重に答えた方がいいな。藤堂の好きな料理は……ゲッ、魚⁉︎ マジかよ……。
「じゃ、じゃあ魚で」
「魚? あ、丁度メバルが安いって広告が入ってたからそれでいい?」
「おう……」
「? なんだか元気無いわね。魚は広嗣の好物じゃない」
「ちょっと最近色々あってね」
「……何かあったら言いなさい」
ああ……折角好物が食べられるチャンスだったのに……頑張れ、明日の俺。
明日の俺に魚はぶん投げることにした。明日の俺はなんでこんなこと言ったのかと今日の俺を恨むだろう。
因みに妹はいつの間にかリビングから出ていっていた。
風呂に入って部屋に戻り、身体をほぐしながら今後について考える。今日は色々あったからな……。
学校に関してはまぁそこまで今の態度を変えなくても大丈夫だろう。同じ中学のやつもいるが大体のやつは誤魔化せるはずだ。
問題は家だ。藤堂になってそろそろ一ヶ月くらいだが、やはり怪しまれるよなあ……。
悪役に転生していい子に過ごす! みたいな小説は前世でゴマンと溢れていたが、そこではわあすごいだとか、この方を見くびっていた……! みたいな感じで感動されて終わる。
所謂ご都合主義ってやつだな。
それがここでも働いてくれればなぁ……しっかりしろ! お前がやらなきゃ誰がやる!
……完全に俺だな、うん。これは俺が以前の藤堂のように振る舞えていなかった俺の責任な訳だし。
うーん……いっそのこと本当のことを打ち明けるか? いや、そんなことをしたら精神病院にぶち込まれて終わりだな。
だからと言って誤魔化すのも結局上手くいきそうにない。
これが八方塞がりってやつか。
「対処法を教えてくださいませ、偉大な先輩方!」
身体をほぐすのを一旦中断し、偉大なる異世界転生の先人たちに祈りを込めて扉に向かって土下座をしてみる。
「……なにしてんの?」
……気のせいかな、妹の底冷えした声が聞こえる。
恐る恐る頭を上げるとそこにはゴミを見るような目で俺を見つめる妹が。アッオワタ(^○^)
あ、暑いから扉開けっぱにしたままだった。
一応誤解は解くことができた。
「はぁ……」
誤解を解いた後扉を閉め、ベッドに腰を掛ける。
空想の中の先人たちは微笑むばかりで何も答えてくれやしない……まぁ空想してるしてる本人が何も思い浮かんでないからしょうがない。
しばらく考えてみるが……駄目だ。思い浮かばない。
また少し考えていると、ふと「自分はどうしたいのか」ということが思い浮かぶ。
問い詰められた時に一体どうするのか、ではなくどうしたいのか。
考えた選択肢は2つ……いや、2つしか考えられなかった。
それは「嘘をつき続ける」or「本当の事を言う」である。さっきと同じだって?……うん、まあそうだな。
……よし、決めた。俺は後者を取ろう。
嘘はつき続ければいつか必ずボロが出る。
正直に話した方が味方に引き込めるかも知らないし、心の負担も軽くなる。
何より、そうしたいと思った。それだけで理由は十分だ。
どちらも茨の道で俺の選んだ決断がこれからにどう影響するなんて今は分からない。
例えそれが凶と出ていつか俺の首を絞めることになろうとも……逃げてはいけないのだ。
……今日はどうもシリアスな日だ。
こんな日はさっさと寝るに限る。
そして来る林間学校を楽しむ。それで帳消しだ。
そう思ってベッドに倒れ込み、掛け布団をかけて目をつぶる。何となくだが普段よりもよく眠れるような気がした。
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