第8話
家に着くと鍵が開いていない。
不味いな、と思いスマホを確認すると母から連絡がきている。
どうやらパートに出てくるので鍵は鉢植えの下ににおいておくとのこと。
不用心だなぁ……。
まぁそれのおかげで家に入れるのだが。
家に入ってまずやることにしたのは洗濯だった。
洗面所へ向かい、服をカゴにぶち込む。
服はまだいいが靴下だけはどうしても洗わなければならなかった。
黒の靴下を履いていったが土に塗れている。臭いも……うん。
洗面台に直で水を当てているがまぁ濁ってること濁ってること。
こりゃ洗濯用の桶を買ってくるべきだったかな、なんて思った。
前世ではロクに洗濯なんてせず親にポイーみたいな感じだったからこそ今苦労している。
ウタマロ石鹸を使っていたことを覚えているのだが、それらしきものがどこにあるのかがわからない。
というか見つかっても使えない。
一応テニスに行っているのは秘密なため、使って変な勘ぐりをされたくないからだ。
色々洗濯用品買い込まなきゃ……嗚呼、また金が飛んでいく……
苦戦しているうちに少しは色が透き通ってくる。
もう少し洗い続け、これぐらいならいいか? と妥協して靴下を絞り、水分をなくす。
シワシワの靴下を干すのと着替える(現在全裸)
為に自分の部屋に向かった。
靴下を干し、着替えてベッドに腰掛けると疲れがどっと押し寄せてくる。
昼寝するにはいい時間だし寝るか……。
ふと目が覚めると時間は6時を示していた。
あ〜よく寝た。 でもまだ眠い。
二度寝しようかな、と思っていると父の
「広嗣ー。 そろそろ夕飯だよー」
なんていう声が聞こえたもので、思わず飛び起きた。
リビングに向かうと既に夕食が配膳し終わってもう食べられるという状況だった。
「よかった、もしこなかったら部屋に呼びに行こうかと思っていたんだ」
父が俺がリビングに入るなりそういう。
危ねぇ……。今は靴下を干しているのであまり部屋に入ってほしくなかったのだ。
サンキュー声を聞き逃さなかった俺。
自画自賛をしつつ食卓についた。
ちなみに今日の夕食はカレーで父が作ったとのこと。 野菜多めで美味しかった。
夕食を食べ終わり、皿をペーパーで拭き取って流しにおいて水につける。
ご馳走様でした、と父に言付け部屋に戻った。
さて風呂に入るまで何をしよう。
先に言っておくが一番風呂という選択肢はない。
殆どの場合母と妹が一番風呂に入る。
というわけで何をするか決めなければならないのだ。
……まぁ無難に課題を仕上げるか。
理科や社会の課題が残っていたが少なめなのでサラサラっと終わった。
理科はあんまり覚えてなくてよろしくない正答率だった。 文系万歳!
そろそろ頃合いかな、ということで靴下をぶら下げながら洗面所へ向かう。
靴下をカゴにシュートすると丁度父が風呂から出てきた。
「あ、広嗣。今丁度お風呂があいたから入ってくれるといいんだけど」
「ういー」
「う、うい?」
やべ、ういーなんて普段の藤堂なら言わないか。
慌てて取り繕うと父は
「最近の広嗣は昔に戻ったみたいだね」
とニコニコしている。
昔の藤堂、ね……。
少し複雑な気分になって風呂に入った。
突然だが藤堂の話をしよう。
今の藤堂ではなく昔の藤堂の話及び生い立ちについてである。以前藤堂は卑屈な奴だと言ったが、元々卑屈な人間なんてそうそういない。何かしらのきっかけがあって卑屈になるケースが多い……筈だ。
藤堂もそのケースだったようだ。
昔の藤堂は明るく、優しい人間だった。
でも歪んだのだ、周囲によって。そして自分で自分を変えた。
できない自分を直視したくなくて卑屈になった。
だってそうすればもしできなかった時に簡単に諦められるから。
最初は姉と比較された。
なんでできないの、お姉ちゃんはできているのよ、なんて親や先生からも言われた。
頑張った。できなかった。
次は、次はと思ってもできなかった。
姉は最初は教えてくれたけど段々教えてくれなくなった。
もしかしたら藤堂に愛想を尽かしたのかもしれないし、藤堂を構っていたことに関して何か言われたのかもしれない。
その時はまだ平気でいられた。明るく振る舞えた。 両親や姉は普段は優しかったし、友達もいた。
妹が生まれてからは更に悲惨だった。
妹が生まれて喜んでいたがそれも数年の内だった。
妹も姉と同じ天才だった。
やはり比較された。陽菜もできるんだぞ、妹さんもできたのよ、なんて。
まだ、まだ平気でいられた。
塾や習い事でいっぱいいっぱいだった日々。
ある夜お手洗いに行きたくて目が覚めた。
そしてお手洗いに行く途中で見てしまったのだ。
父が母に何か言っている、母が泣いている。
かすかに嗚咽が聞こえる。
「どうして……?どうしてあの子は他の姉妹みたいにできないの?」
今の俺なら何をほざいてやがるなんて鼻で笑っただろう。テメエの勝手な期待だ、と。
でも当時小学生の藤堂が聞いていい話じゃない。 母が泣いていた光景が目に焼き付き、ああ僕のせいなんだと壊れてしまった。
その日から藤堂は人が変わった。
何かあればすぐに謝るようになった。
そんな藤堂を見て姉妹は見下すようになっていった。
他人はとるに足らない存在だと歯牙にかけなくなった。
中学生になって藤堂は他人を憎むようになる。
要するにグレた。
容姿が優しそうな面だったのが悪人面になった。
両親は小学生の最後の方から何故か優しくなった。
しかしあの夜から信用できなくなった藤堂にとって、それは自分を見下すからゆえにそうなったのだと感じた。
でも完全に憎むことはできず、好きという感情も抱えていた。だからせめてもの反抗として母の優しさを少し嫌がった。
他人が教えるというのもそうにしか感じられなかった。
一方で内面は卑屈なままだった。だからグレたといっても暴力を振るなどはなかった。
中途半端な真面目さと他人を敵視するのが混ざり合って暗い、見た目が怖い奴という立ち位置で中学生時代を過ごす。
友達なんていなかった。
以上藤堂の生い立ち、完!
まぁ冗談はさておき中々な境遇である。
悪人面……といっても目つきがギラついている顔なのだが、何故こうなったのかがわかる。
前世の俺でも歪むわこんなもん。
どうして俺がこの体に成り変わってしまったのか、ということもわかった気がする。
過去を改めて振り返ったところで俺はやはりこの体で幸せを掴まなければならないと感じる。
あいつの分まで、そして前世の俺の分まで。
ともすれば俺がやるべきなのは、努力し続けることなのではないのだろうか。
前世はロクに社会を体験しないまま死んでしまったのでそれくらいしか思いつかない。
復讐したいと個人的に思わなくはないが、劣等生が最高のハッピーエンドを迎えること……これこそが一番の復讐じゃあないか。
明日からもこの気持ちで頑張るぞ、なんて思い手を突き出した。
そんな思いで日々を過ごし、俺の春休みは終わった。
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