8月2日
僕の頭はそれからというものずっとキスの瞬間を反芻していた。
身を乗り出すと腹の辺りの彼女の服がテーブルに擦れ、少しだけ体の形がわかる
そのまま僕に彼女の綺麗な顔が近づいてくる。ゆっくり、ゆっくりと。
時間の流れは一定なはずなのに永遠に彼女の顔を見ている気がする。
やがて唇が僕の頬に触れる。頬に密着して感触が広がる。
身を乗り出すと腹の辺りの彼女の服がテーブルに擦れ、少しだけ体の形がわかる
そのまま僕に彼女の綺麗な顔が近づいてくる。ゆっくり、ゆっくりと。
時間の流れは一定なはずなのに永遠に彼女の顔を見ている気がする。
やがて唇が僕の頬に触れる。頬に密着して感触が広がる。
ああ、今日はまたデートの日だ。僕の一日は早い。七時に起きて、朝の食事に取り掛かる。
今日は随分と早く、彼女の要望から9時には来て欲しいとの事だった。
だから僕はこんなに急いでるのだ。
***
集合したのは冨岡八幡宮。東京は何処でも朝から人で賑わっている。
「お。来たね、多場くん。」
と、人混みにまぎれてちひろちゃんがこちらに向かってくる。
どうやら待たせてしまったようだ。
彼女はいつもと同じく黒系の服で統一していた。シースルーの上着から慈しまれているかのように綺麗な肌が覗く。
さて、今日といえば僕は何か東京を散策すると聞いていたが、たどる道までは聞いていない。
「私が案内するね。行きたいところ沢山あるから」
「はい!」
今日も景気良く返事をして、俺は山本さんについて行く。
賑わっている繁華街をしばらく歩くと、人混みの中で再びちひろちゃんは立ち止まった。
「ねえ見て」
彼女が下を指差し、そこにはマンホールがあった。桜の描かれたマンホール。
特になんの変哲もない。
彼女はそのマンホールに両足で飛び乗った。
大胆さに少しだけ彼女の衣装が揺れた。
「ここに戻って来ましょう。そしてまた帰ってきたらこのマンホールを踏むの。
さあ、多場くんも乗って?」
僕は恥ずかしさを感じながらも、客観的にこれが恋愛か、なんて耽りながら同じくマンホールに両足で乗った。
「じゃ、行こうか」
そこからの道のりは酷く過酷なものだった。
築地から東京駅を通り、オフィスビルへ入る。大量のサラリーマンを横目にビル街を抜け、すると江戸城跡に出る。そこから再びビル街へ突入、それからひとまず新宿に着いたので休憩した。
「江戸城跡でランニングしている人って本当にいるんだね」
さて彼女は今度は浅草へ行きたいと言い出したので俺は即答でついて行った。まるで犬を連れての散歩である。
しかし、やはり浅草への道のりも長かった。
東京ドーム、靖国神社など名のある観光地を尻目に、やはり見えてくる江戸城跡、そうして見えてきたヲタクの街、秋葉原。メイド喫茶では高い金を払ったにもかかわらずちひろちゃんより数段不細工なメイドに接待され、昼を過ごした。
彼女は満足そうだった。
少し歩くと浅草寺だった。
ここで終われば、僕の足が悲鳴を上げる事もなかっただろう。
「よし、次は東京タワーね」
俺は二つ返事でついて行った。
神田大明神、将門公の首塚を通り、再び道ゆくサラリーマンがもはや風情を醸し出す東京駅へ戻ってきた。そこからさらに進み、また江戸城が見える。ここの道では僕と山本さんは返って盛り上がったと思う。映画の話に花を咲かせながら虎ノ門ヒルズを眺め、東京タワーへ。
展望台にはレストランがあった。時刻は大体三時を回っていたので、俺は東京の絶景に添えるパフェを彼女のキスと交換で奢り、東京タワーを後にした。
まだ3時だしと、駄目押しとばかりに彼女は護国寺へ行こうと俺に提案した。僕は二つ返事でついて行った。
少し歩いて、国会議事堂を通った。ここが政治で有名な霞ヶ関か。と二人で感心しながらその場を後にして、相変わらずの江戸城跡を通る。ランニングしている人は時間のせいか少なかった。
護国寺について、取り敢えずと富岡八幡宮、靖国神社、神田大明神と、今回四度目となるおみくじを引いて、二人とも中吉だったのを確認した。
お前は神を信じないのではなかったのか。お前には数字の御守りがあるだろう。なんて君たちは言うかもしれない。でもね、おみくじの結果を見せ合う時、彼女の顔が近いんだ。それだけでする価値はある。
話を戻そう。僕たちはやっと冨岡八幡宮まで戻る向きになった。
東京ドームを通り、江戸城、日本橋を通過し、ようやく戻ってくる事ができた。
僕は今日だけで江戸城跡を五度見た。五度も。
こんな体験をする人間はなかなかいないだろう。
「多場くん。ホラ、朝私たちが乗ったマンホールだよ」
うるさい。もう僕の足は動かない。
「ちひろちゃん。全然元気なんだね」
「まあ私は散歩好きだから」
でも今日一日、彼女と色々な話ができた。街に散らばるいろんな物を通して彼女の考えを知れた。僕は幸せだ。
彼女も僕の事悪いようには思っていないようだし。
彼女を見れば、お先、なんて悪戯っぽい顔でマンホールに立っていた。
「ほら、多場くんも早くおいで」
「はい!」
カメラをもって待ち構えていた彼女に不意をつかれて、僕の顔が間抜けに映った二人の記念写真が出来上がった。
こうして長く続いた東京散策は終わったのである。
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