カンバリ入道杜鵑

たひにたひ

炉辺談話はこの世の遍くカップルを虐殺しうる唯一の方法だと愚考する。

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加牟波理入道郭公。加牟波理入道郭公。加牟波理入道郭公。

僕がこの冬してしまった事は決して忘れる事はないだろう。

それは珍妙な呪文で三回唱えるとあいつがやって来る。そいつは元々中国にいて郭橙という神をやっていたそうだ。


日本に渡り、当時の大陰陽師と言われていた鳥山石燕とやらに封じられて、カンバリ入道という名前を与えられたそうだ。

ただ、僕はほんの最近までそんな彼の事を知らなかった。個人が私利私欲のために何もかもを投げ打って戦うこの文明社会ではそんな迷信吹いて飛んでしまうような些細な事だ。


カンバリ入道はまあ、考えが古臭くて時々物騒な事を言うがなんだかんだ言っていい奴なんじゃないか。

彼は名刀雌雄郭公杜鵑を携え、黒い小袖の姿で夜な夜な凍える道を歩いているのである。


2010年の大晦日。事件が起きた。ここ住吉の長い歴史を遡っても稀に見る大虐殺だ。その人数は男12女12、計24名に及ぶ。

二年参りにと僕の街の、住吉神社に集結する人々が死んでいた。大虐殺だ。明確に他人からの干渉で殺されている。


この事件で最も許し難い点は警察の調査が及ばず犯人の消息が全く掴めていないという事だ。

犯人の消息が杳として知れない事で、被害関係者以外の住民からは幻の出来事のように扱われている。住吉神社の通りを少し歩き、角を曲がったところに慰霊碑があり、それがこの事件を人々に眼前たる事実として辛うじて二者を繋ぎ止めているばかりである。


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鍋が煮立っている。

泡を吹き、湯気が立つ。そこから甘い匂いが漂う。

鍋パとは何か。鍋パをするには何か目的があらねばならぬ。僕は、いや、僕達が鍋パをするのは悲しいからだ。


十二月三十一日、元旦、皆思い思いの人間と過ごすだろう。それは或いは家族、或いは恋人、互いの温もりを確かめ合って、やがて夜が明けぬうちに初詣に行く。


じゃあ僕達にとっての鍋パとは何だ。元旦に鍋パする意味は何だ。僕達にとっての鍋パは戦いだ。男女で絡み合い、やがて自己顕示欲をむき出しにしてこんな凍える寒さの中、肌の露出を厭わず夜を練り歩くお熱々で忌々しいカップル共に対抗するために僕達は男でも良いから固まって鍋パするのだ。


鍋から声が聞こえる。

──これから私を食べるの?

そうだ。お前には犠牲になってもらう。

──こんな幼気なすき焼きを食べてしまうというの?

そうだ。お前が美味しいからだ。お前を今から三人で取り分けて食ってやる。

──私を食べたら一生恨んでやるわ

その声は取り押さえられた娘の様に蠱惑的で、食べられるのも何だか満更でもない様に聞こえた。全く罪な鍋だぜ。


僕は頬杖をついて煮え立つ鍋を眺める。カセットコンロから勢いよく炎が出ている。鍋はその責苦に耐えかねて僕に助けを求めてきたのかもしれない。


時刻は午後七時を回った。元旦の七時と言えば紅白歌合戦が始まる時間だが、この大半が演歌や古めかしい曲で構成された番組を、どうしてこの元旦という特別な日に若者である我々はこぞってみなければならないという使命感に晒されるのだろうか。


だが、幼少期より元旦の記憶に残るのは眠気で朧げな視界から見える演歌歌手が力んで歌う姿であった。きっとこれが尾を引いているのだろう。


馬鹿馬鹿しい。今年大学生になってわざわざ関西圏からこの新潟へ上京して、親もいないのに一体どうしてこの様な番組を見なきゃならんのだ。

──良いじゃない。貴方はきっと私の味に夢中になってテレビの事なんてきっとどうでもよくなるわ


それもそうだ。返ってこれくらいどうでも良い番組の方が会話が捗るもんだろう。

ああ、それにしたって何ていい匂いだ。少しだけつまみ食いしたってバレないかな。

肉は六人前、米八合、茸各種、色取り取りの野菜。


僕はその中から肉を一枚箸で掴んで鍋に浸そうとする。

──駄目!節操のない男ね

うるせえ。いい加減黙らねえかなこの鍋。

「鍋は黙って俺に食われてれば良いんだよ」

──駄目よ!!

沸騰した水が跳ねる。

「あちい!!てめえ!鍋が!僕に火傷させてんじゃねえ!」


いいか、落ち着け、そもそも鍋が喋るわけないじゃないか。可笑しくなってるんだ。元旦で、今年の目標にしていた『彼女をつくる』事もできなくて。いいや、決して鍋パは苦肉の策なんかじゃない。十分に世に蔓延るカップルを殺しうる方法だ。

上がった息を整えて、再び鍋を見ると鍋は驚くほど無表情でごとごとと音を立てているばかりであった。


「一人でお熱くなんなって」

僕は一人しかいない部屋でポツリ呟いた。

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