第5話 ペットの幸せ

専門学校を卒業した由利香は、ペットショップで働いていた。

個人経営の、比較的小さなペットショップである。


「わぁ、この犬可愛い!」

二人組の女性が一匹の子犬を見ていた。

「可愛いよね! ねえ、飼わない?」

「もちろん! 店員さん」

由利香は笑顔で接客に向かう。


「この子、とっても可愛いですよね」

「はい、私もとても可愛いと思います」

「絶対写真映えしますよね、この子」

由利香は写真映え、という言葉に眉が引きつる。

この子犬も同じように生きているのに、そう思った。


「そういえば、他にも何かペットをお迎えされていますか?」

「あ、いますよ。トイプー。けど、外見は結構可愛いんですけど、すぐ吠えるし、気にいらないと嚙むし、本当困っているんですよね」

「もしかしたら、構って欲しいからって言うのもあると思いますよ」

「お姉さん、躾とかできる?」

一人の女性に聞かれた。

「できますが、私ができるのは、あくまで『躾の方法を教える』ことですね。やはり、しつけは一緒に暮らす人がこの家で過ごすルールを犬に教えてあげる事、と私は思っております」

「えー、面倒だな」

「行こ行こ、他のペットショップにもっと可愛いのいるかもだし」

二人組は店から立ち去って行った。


「あ、あの、オーナー、すみません」

さすがに由利香は一言謝罪をする。

「ああ、構わないよ。やっぱり、大切にしてくれる家庭の一員になること、それがペットたちにとっても幸せだと思うからね」

「そうかもしれませんね」

由利香は脳裏にカーラを思い浮かべる。


カーラはとても元気にはしゃぎまわっていることが多い。

だが、ちゃんと指示を出せば大人しくしている。


「おっと、そろそろ退勤の時間だね。お疲れさん」

「はい、お先に失礼します。お疲れ様でした」

由利香はオーナーに頭を下げた。


お店を出て、由利香はあることに気付く。

そう、父の車が止まっている。

由利香が近寄ってきたことを見た父は、思い切り車の窓を開ける。

ぴょこん!

何かが飛び出してきたと思ったら……。


「カーラ! ただいま!」

尻尾をぶんぶん振っているカーラの頭を撫でて、車に乗り込む。

カーラは車の中でも少し興奮気味だった。


「さあ、今日はお友達に会いに行こうな」

「ワンッ! ワンッ!」

カーラはその声により尻尾を強く振った。


たまに行くスポーツ公園には、晴れていれば多数の犬と飼い主たちが集まっている。

カーラにとっては、週に一度か二度の楽しみだ。


由利香は楽しみにはしゃぎまわるカーラの目を見た。

とてもキラキラとしていて、本当に楽しみにしていることがわかる。

愛護センターで見た、絶望的な顔をしていた犬とは真逆だ。

由利香の中では、キラキラした目をしているカーラが一番大好きだ。


大切な家族と、幸せに暮らすということ。

簡単そうで難しいことだな、と由利香は改めて思う。

ふと、足に衝撃を感じる。


「カーラ、私の足踏んでる。痛い痛い!」

カーラはその声に、足を退けた。

「お気遣いありがとう」

由利香はむすっとしながら、カーラの頭をグシャっと撫でた。

カーラはどこか照れ笑いのような顔をしていた。


由利香は思う。

こんな時間がずっと続けばいいのにな、と。

大好きなカーラとずっといたい。

もちろん、カーラが先に虹の橋を渡ることは分かっているからこそ、一緒にいる時間を大切にしよう。

由利香は改めて思うのであった。


スポーツ公園で、友達たちがカーラの姿に尻尾を振る。

カーラも友達の姿に尻尾を振る。

じゃれ合う犬たちを、微笑ましく飼い主一同が見守る。

カーラは由利香の顔を見る。

『僕はお友達と一杯遊べて、とっても幸せで楽しいよ!』

そんな笑顔いっぱいに見える表情に、由利香は胸が熱くなった。


《完》








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る