第42話 王都キングダム その3

 王都北門でラック達が勇者ブレイブを倒している時、他の方角では別の戦いが起きていた。



〈王都東側〉


 東側にある科学が進んだ街を支配するべく魔術協会の魔女達が箒に乗って進軍していた。


「たいした相手ではないが油断するなよ。身に危険を感じた時はすぐに逃げるように」

「ルナ部長、承知しました! 」


 魔術協会の戦闘部隊の隊長を務めるルナはその黒髪を風でなびかせる。実力的には彼女も強いものはいないことはないが、それらは全員年寄りなので長い戦闘にも耐えられる体力を持つ二十?歳のルナが隊長に抜擢された。


 魔女達が空を飛行していると一つの大きな街が見えてきた。鋼鉄の高い壁に囲われ、壁の上には敵を排除するための銃や対空ミサイルが配備されている。


「ふーん、悪く無い設備だ。普通の冒険者なら十分防げるレベルか」


 ルナが街を観察していると、機械から発せられる音声が聞こえてきた。


『そこの魔女共! お前達が王都に手を貸していることは既に知っているんだ。我が街の科学兵器で撃ち落として、全員この前の女のように火炙りにしてやる! 』


 物騒な内容は街の中に取り付けられているスピーカーから聞こえてくる。それを聞いてルナの横にあるメガネをかけた魔女が報告した。


「あの街では以前、魔術協会の人間が捕まって処刑されています」

「知ってるよ、病人がいるから助けてくれと言われて行ったら、街ぐるみで騙されて魔女狩りにあったってやつだろ。アイツは素直すぎたからな……」


 ルナがそう呟くと街から大量のミサイルが彼女に向かって発射されたが、それは全てルナの魔法によって生み出された火球で撃ち落とされる。


「あの時は会長が穏便に対処しろと言ったから我慢していたがようやく借りを返すことができるよ。王都さまさまだな」

『ミサイルを撃ち落とした程度でいい気になるなよ。我が街の科学技術を思い知れ! 』


 街の上部では光が収縮され、空に向かって熱線を放出する準備を始める。


『このレーザーは科学技術の結晶! 頭の古臭い魔女に破れるわけがない! 』

「……古臭いのはお前らの方さ。この世界のナノマシンを熟知している魔女からしたらアンタらの科学なんて子供の実験以下だよ」

「ルナ部長、魔法技術部の解析が終わりました。あの街のコンピューターは全てこちらで操作可能です」

「なら全施設をシャットダウン。ありとあらゆる機械を停止させろ」

「承知しました! 」


 メガネをかけた魔女が手元のスイッチをポチりと押すと、先程まで光り輝いていたレーザーが停電したかのように暗くなる。それと同時に街からありあらゆる光が失われた。


「天高く輝く太陽が人に恋焦がさせるのは白銀の衣。空から舞い降りて永遠に温めたまえ! 『ブリザード』! 」


 ルナが魔法を詠唱すると街一帯が猛吹雪に包まれる。それは外からではもう真っ白で何も見えないレベルであった。


「この吹雪は私が解除しない限り数年は続く。空調が停止した中でゆっくりと凍死しな」

「しかし、今度は街から人々が脱出してきてますね」

「まあ当然だな、じゃあもう一個魔法を使うか」


 またルナが魔法を唱えると人々がまるで底なし沼に踏み入れてしまったかのように地面の中に吸い込まれていった。


「街の外の地面は液状化させた。街の中で凍死するか、街の外で土の中で溺死するか、お前だったらどっちがいい? 」

「いや、自分はどっちも嫌ですね。あの街の人達も魔術協会を敵にしなきゃよかったんですけどね」


 箒に乗った魔女達は阿鼻叫喚となっている街を他人事のように眺めていると王都の方から一人の魔女が慌てながら飛んできた。


「ルナ部長大変です! 勇者パーティがトラブルにあって動きが停止したとのことです! 」

「なにっ、アクアリーテは無事なのか!? 」

「ええ、アクアリーテさんは無事のようです。なにやら勇者が仲間達全員からボコボコにされてるとか、仲間割れですかね? 」

「ちっ、あのバカが。仲間割れなんか起こすなよ、帰ったら説教だな」


 ルナは強い言葉とは裏腹に表情はホッとしていた。


「で、ですがもう一つ大きな問題がありまして、にわかには信じがたいことなのですが……」

「いったいなにがあった? 」

「それが、南の方角に巨大な白蛇が現れ冒険者達を蹴散らしているということなのです」

「無駄に暴れて古代人が作ったモンスターでも呼び寄せたのか? 」

「いや、それがその白蛇は魔法を使っているとのことです。隕石を落としたりしてるとか……」

「……私は南に向かう、メンバーの半分はついて来い。残りはここで街を見張ってろ」

「「承知しました!! 」」


 ルナは仲間の魔女達を連れて南の方角へと全速力で箒を飛ばす。


(隕石を落とす魔法!? 禁忌クラスの魔法を使うなんていったい何者なんだ!? )


 そしてルナ達は目的の場所に到着すると自分達の目を疑った。


「なんてことだ……」


 彼女達の目の前には山のような白い蛇がその巨大を振り回して冒険者達を虫を払うかのように蹴散らしていた。


『よくも我が街へ土足であがりこみ暴れてくれたな! このエデンで楽しむ人々の邪魔をしてくれたこと万死に値する! 』


 エデンと名乗った機械の蛇の身体から大量の人型のロボットが跳び出してきて、手に持っていた光線銃で次々と冒険者達を倒していく。


「ルナ部長……、あれ機械ですよね? 意思を持つ機械なんて現代の技術で作れるんですか? 」

「い、いや私も知らない。それにあの蛇だけでなく人型ロボット一つ一つもとんでもない性能だ。先程の街とは次元が違う……」


 戸惑っているルナ達を見て、エデンはその赤い瞳を光らせる。


『なんだ? この時代の人間にも空を飛べるものがいたのだな。それではこちらもお相手しよう』


 今度はエデンの身体から数々の車が空を飛んで魔女達に突撃してくる。その車に乗り込んでいるロボット達から電撃銃が嵐のように放たれる。


「く、車が空を飛んでますよ!? あの重量でぶつかられたら自分達はひとたまりもないです! 」

「まさか、古代の技術が目を覚ましたとでもいうのか……。とりあえず皆は回避に専念して、危険を感じたものは逃げろ! 」

「ルナ部長はどうするんですか!? 」

「……私はコイツとひと勝負しようかな」

『ほう、そのような闘志に燃えた目はあの不運な男以来だな。ハッハッハッ、現代とは実に面白い奴が多いな!』


 敵を目の前にしながらも高笑いするエデンをじっくりと見据えるルナは心の中で思う。


(ちっ、まさかこんなことになるとはついてない。今日くらいは会社に戻ったアクアリーテにお疲れの言葉をかけようと思ったが、これじゃあ先に帰れそうにないな)



☆ ☆ ☆



 一方、王都の西側では王都の兵士達が綺麗な隊列を組んでゆっくりと道を前進していた。王都に友好的な街は通過してこれから敵対する街に攻め込むべく進んでいるのである。


「それにして俺達兵士は楽なもんだよな。友好的な街と一緒になって、邪魔な奴らをぶっ潰すだけなんだから」

「ホントホント、勇者様達が汗だくで頑張っている最中に、悠々自適に侵略なんて気持ちいいねー」

「おいおい、それが勇者に知られたら胴体が真っ二つになるぜ? 」

「はははっ、おっそろしいねー」


 ここにはいない勇者のことを茶化しながら兵士達が笑っていると、遂に侵略先である街が姿を現した。


「よーし、この街を侵略するぞ。俺達には協力してくれる仲間がいるから余裕だな。ちなみにどこが来てくれるんだ? 」

「えー、今回は『宝飾街ネクトン』、『太陽の街サニーレイク』、『聖命の街サプライブ』の三つですかね」

「ほー、サプライブからも来てくれるとは嬉しいねー。聖女様にもお目にかかれるかもしれないな、すげえ可愛いっていうから楽しみだ」


 兵士達がにやけ顔をしていると、噂すれば本人がやってきた。


「お待たせいたしました、聖女キルラ参りました」

「サニーレイクの長、ローラだ。よろしく! 」

「宝飾街ネクトンのレイです。街一番の犯罪者取り締まりポイント獲得者としてやってきました」

「「「おおーーーーっ!! どの娘もレベル高え、やる気が出てくるぜ!! 」」」


 男だらけの軍隊には足りない可愛い女の子という清涼剤が投下されて歓声をあげる男達。さっそく兵士達のリーダーが前に出て頭を下げる。


「皆様、はるばる王都のために来ていただきありがとうございます。それではこれからあの街を侵略しようと思いますのでよろしくお願いいたします。ちなみに皆様の部隊はどちらにいらっしゃるのでしょうか? 」

「ああ、それならこちらですよ」


 聖女キルラがニコリと笑うと兵士達を取り囲むように物陰から軍隊が顔を出した。兵士達は最初は笑顔を見せていたものの、囲んでいる者達が真剣な表情で武器を構えているのを確認するとみるみるうちに笑みが消えていった。


「……あの、戦意があるのは喜ばしいのですが武器をおろしてもらえませんでしょうか。このままだと落ち着いて話もできません」

「あら、なぜ敵の前で武器をおろさなければならないのでしょう? 」

「えっ……? 」


 武器を構えたまま少しずつ包囲網を狭めていく他の街の軍隊を見て兵士達は事態を察する。


「どうして貴女達は我等を襲うのです!? いったい何をしたのですか! 」

「さんざん他の街を喰い物にしてきてよくいうよ。もし本気でそう思っているのなら、それだけでウチ達がアンタらを倒す十分な理由になる」


 ローラが剣を持って言うと周りの人々もうんうんと頷いて、今度はレイが口を開く。


「アタシ達は王都のせいで数々の苦労をして生きてきました。気づきませんでしたか? 王都は貴方達が思っている以上に恨みを買っているのですのよ? 」

「だが、どうしてこのタイミングでそろいも揃って反旗を翻すような真似をしたんですか!? 」


 戸惑い狼狽える兵士達に向かってキルラが答える。


「あるお方から連絡がきましたの、今日王都が総攻撃を仕掛けるから逆に利用してやりましょうと。きっと、もう王都の勇者パーティは倒されてる頃ですよ」

「なっ!? 勇者パーティが倒されるなんてありえん。そんな戯言を信じるのですか!? 」


 キルラの言葉を信じられない兵士は反射的に言葉を発すると彼女は優しく微笑む。


「ええ、信じるに値する人から連絡が来ているから皆ここに来ているのです。貴方達、王都の頼みならこんなところまではるばる来ませんから」

「……は、ははは。これはいったいどうなっているのだ? 」


 これ以上何をしても無駄ということに気づいた兵士達は地面に膝をついてあっけなく投降した。



☆ ☆ ☆



 そして王都ではラックが王城へ侵入して、最上階にある玉座に向かって階段を登っていた。


「ラックさん、本当に王城はすっからかんですね。見張りの兵士すらいませんでしたよ」

「これは攻め込まれることはないと油断してたのか? それとも……」

「それとも? 」

「攻め込まれても絶対に負けないと思っているかだ」

 

 そして最上階に着いたラックは大きな扉を開くと、そこには玉座にどっかりと座っている白髭を蓄えた老人がいた。パッと見た感じではその部屋にはその老人以外誰もいなかった。


「ほほう、これは珍しいお客さんだのう。せっかく来てくれてたところ申し訳ないが今は忙しいのでまた後にしてくれないかのう? 」

「俺には椅子に座ってて暇そうにしか見えないけどな? ティアはこの王様に会ったことはあるか? 」

「はい、イベントがある時にはみんなの前に顔を出してくれていますから知っていますよ。ラックさんも見たことあると思いますけど? 」

「じゃあ、イベント以外の場であったことは? 」

「うーんと、記憶にはありませんね」

「わかった、ありがとな」


 パァン!!


 ラックはそういうとポケットから銃を取り出して王様に向かって発砲した。しかし、王様はピクリとも動く様子はない。


「ちょっといきなり何してるんですか!? 」

「落ち着けティア、弾は外している。でも不思議だよな、あれだけの音を急に出されれば少しはビクッするのが普通だ」

「確かに王様は全然反応してなかったです」

「そもそも、こんな老人がティアのところに一度も行かないってのはおかしいだろ。王都が誇る回復固有能力の持ち主であるお前にな」

「言われてみればそうかも……、じゃあ王様は一体何者なんです? 」


 ラックはズカズカと玉座の横まで歩いて行くと、片手で王様の首根っこを掴んで持ち上げる。するとバキバキという音を鳴らして首から火花が弾け、機械のコードがとびだしてきた。


「見ての通り王様はロボットさ。なんでこんなことをしてるかわからねえが、裏で操っている奴がいる。まあすぐ近くにいると思うがな? 」

「えっと、それはいったい誰でしょう? 」


 ティアが首を傾げるとラックは彼女の方を睨みつける。


「まだ知らんぷりをする気か? ティア、お前のことだよ」

「えっ!? 私ですか!? 」


 ティアは雷に打たれたかのように目と口を大きく開いて驚いた。


「うそだよ、冗談さ」

「もー、心臓に悪いことはやめてくださいよ……」

「でもお前の後ろに真犯人がいるけどな? 」

「えええええっ!? 」


 ティアが慌てて前に駆け出しながら後ろを振り向くと、そこには二十代半ばの青年が立っていた。若い顔つきとは裏腹に髪は真っ白でやせ細った体つきをしていた。


「あ、貴方は一体誰なんです!? 」

「私はケイジ、ただの夢見る科学者さ」


 ケイジと名乗る白衣を着た科学者は死んだ目つきでラックとティアを交互に見比べる。


「邪魔が入る可能性は考慮していたがまさかたった二人で乗り込んでくるとは大した度胸だ」

「おい、この状況でただの科学者なんて説明で納得するとでも思ってるのか? もっとしっかりてめえの素性を教えやがれ」

「やれやれ、威勢だけいい馬鹿に注意されるものほどムカつくことはないんだけど、ここまで来たことに免じて教えてやろう」


 ケイジは二人の前に立ち、目をつぶって過去を思い出しながら言葉を紡ぐ。


「私はかつて全てから追放された者だ。その仕返しのために今ここにいる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る