第41話 王都キングダム その2

 次に攻め込むのは『王都キングダム』と宣言したラックを見て一同はポカンと口を開ける。


「あのー、ラックさん。王都キングダムって、まさかここのことですか? 」

「当たり前だろ、他にどこがあるんだよ? 」


 呆然としながら聞いてくるティアに対してラックは真顔で答えると、ブレイブが腹の中から甲高い声を発する。


「おいおいおいおい!? ラックは頭がおかしいんじゃねえのかっ、どうして王都キングダムを襲うんだよ!? 」

「だって、今は兵士も冒険者もいないガラ空きの街なんだろ? しかもここを落とせば他の街の被害を減らすことができる、こんな良い場所を攻めない馬鹿はいない」

「アホか! どこの世界に自分の街に攻め込む奴がいるんだよ! 」

「俺が好きなところに攻め込んでいいって言ったのはてめえだよな、ブレイブ? 」

「人の揚げ足をとりやがって、そんなことしてどうなるのかわかってんのか! 王都を敵に回すことになるんだぞ! 」

「大丈夫だ、その王都は俺が潰すからな」


 王都を相手にするというのにラックは余裕の表情を浮かべている。これには彼と旅をしてきたティアも不安になった。


「ラックさんは本当に王都を倒せると思っているんですか? 勇者パーティの他に冒険者や兵士、そして今では魔術協会だって王都の味方なんですよ? 」

「フルメンバー揃えばキツイだろうな、だけど今は全員外で戦闘中だ。それなら余裕さ」

「おいおい、俺様達がいるのによくそんなことを言えるじゃないか? 目の前にいるのが誰だかわかってんのか? 」


 ブレイブがそう言うと勇者パーティの面々が武器を構え始める。彼等の目は今までの和やかなものではなく、敵を打ち倒すためにしっかりとラックを見据えていた。


「フルメンバーじゃなきゃ余裕? お前はここで負けて殺されんだよ。身体をバラバラにして臓物をこれから行く街々にばら撒いてやるよ。これは悪魔の内臓ってな、いい観光名所になるだろうな! ギャハハハ! 」

「悪いねー、ボクも邪魔されると上司に死ぬより辛い目にあわされるからラックと戦わせてもらうよ」

「自分を拾ってくれた王都に敵対するのであればかつての仲間であっても倒す! 」

「アタシとしてはアンタほどの実力者は殺すのはもったいない、できれば考え直してくれると嬉しいんだけどね」


 王都最強の冒険者集団である勇者パーティがラックを標的に定める。そんな状況を見てティアは戦々恐々としていた。


「ラックさんでも一度に勇者パーティ全員は無理ですって! 今なら謝れば許してもらえるかもしれませんよ! 」

「ティアは下がってろ、この程度なら俺一人で十分だ」

「ほんとにほんとに大丈夫なんですか? 」

「任せろ、俺がダメだったことがあるか? 」

「なんか心当たりはいくつかありますけど……、でも戦闘で負けたことはありませんね。きっと勝算があるんですよね、応援してますから負けないでください! 」


 ティアの声援を受けてラックは一人で勇者パーティ四人の前に立った。


「さあどこからでも好きなようにかかってこいよ? 」


 挑発的なラックの言葉を聞いて最初に動いたのはビューストンであった。


「裁きの雷よ、今ひととき力を貸したまえ! 『エンチャントサンダー』! 」


 ビューストンは雷光で光り輝く剣をラックに振りかざすが、ラックは素手でそれを受け止める。


「この間と同じ結果だぜ、その程度の属性付与じゃ俺は倒せない」

「これぐらいの攻撃で倒せるとは思っていない、雷撃で少しの間お前の動きを止めるだけだ」


 ビューストンが表情を変えずにそう言うと、その背後でアクアリーテが詠唱を始める。


「人を見守りしその炎は全てを焼き尽くし、再び冷たい世界を誕生させる。『ブレイジングサン』! 」


 詠唱が終わるとラックの周りに無数の高熱を発する球体が出現した。ビューストンはすぐさま後ろに退避する。


「ふーん、たいそうな詠唱だけど、この程度の温度なら湯たんぽレベルだな」

「何千度もあるはずなんだけど本当にラックは化け物だね、でもそれだけじゃないんだよ。頼んだよ、ガイラナイラ! 」


 アクアリーテの合図を受けてガイラナイラが指を折り始める。


「悪いけど本気で行く、ラックの周囲10メートル以内にある窒素をマイナス6して、水素に変換! 」


 ドオオオオオオオオオオン!!!!


 ガイラナイラの能力によって変換された水素は魔法で出現していた炎に引火して大爆発を起こす。その爆発は凄まじく中心にいたのなら木っ端微塵になっていてもおかしくない。

 

「ラックさん!? 」 

「ギャハハ、こりゃあ全て消し炭になっちまったかもなあ。やりすぎちまったぜ」


 爆発による白煙が薄れていくと爆発の影響により地面には大きなクレーターができていた。しかし、その中心ではラックが傷一つない状態で立っていた。


「ふぅ、なかなかの威力だな。耳鳴りが酷いぜ」

「うそー、ボク達結構本気だったんだけど……」


 ピンピンしているラックのことを見てアクアリーテ達は呆然としていると、今度はブレイブが前に出てきた。


「あいかわらずキチガイみてえな強さをしてやがるなあ、なら直接俺様が殺してやるよ」


 ブレイブが剣を抜いて一歩前に出たかと思うと、一瞬にしてラックの背後に切り抜けた。


 そしてラックの頬には一筋の切り傷ができ、そこから血を流す。


「ま、まさかラックさんに血を流させるなんて!? ラックさんは隕石が落ちてきてもピンピンしてるような人なんですよ! 」

「さすがにてめえの能力『時/空』(ソラ分のトキ)はやっぱり怖えな」

「ギャハハ、俺様が振った剣はありとあらゆる時空を切り裂く。どんなにラックが頑丈だとしても時空ごとぶった斬れば関係ねえぜ! 」

「確かにまともに喰らえば俺も死ぬだろうな」

「だったらさっさと死にやがれ! 」


 ブレイブがブンブンと剣を振り回すとその直線上にある大木や山が定規を使って切り込みを入れられたかのように切断される。しかし、ラックはその攻撃をひらりひらりと交わしていた。


「無制限の距離を切断するお前の攻撃も当たらなきゃ意味がないぜ? 」

「羽虫のようにうぜえ奴だな! さっきから避けてばかりしやがって、ビビって攻撃できねえのか! 」

「それじゃあお言葉に甘えて」


 ラックはブレイブの攻撃を避けた後、右手の拳をブレイブの顔面にぶちかます。


「ぐはああああっ!? 」


 攻撃を受けたブレイブは後ろに吹き飛んでコロコロと転がった。


「すまん、やりすぎちまったな」

「ふ、ふざけんじゃねえぞ! おい、お前達も黙って見てねえでアイツの動きを止めろ! リーダーの命令だ! 」

「う、うん……」


 ブレイブの命令を聞いてコクリと頷いた勇者パーティの仲間達。そんな彼等を眺めながらラックは笑う。


「どうせ一対一じゃ勝てないんだから最初から全員でかかってこいよ。時間の無駄だからな」

「俺様をここまでこけにしたからには絶対にまともな死に方はさせねえからな! 」

「ああ、いいぜ。ちょうど俺もブレイブの面白い倒し方を思いついたところだからな」

「……なにぃ? 」


 不敵な笑みを浮かべるラックを見て自分の身を守るために一歩下がったブレイブは仲間に命令をする。


「早くラックをぶち殺せ、誰でもいいからさっさとやれ! 」

「では自分が! 死神の溜息は生命の灯火を吹き消し、静寂の世界を誕生させる! 『エンチャント・デス』! 」


 ビューストンは真っ黒なオーラに包まれた剣を持って突撃してくる。


「この剣は死の力を込めている! 触れた瞬間にあらゆる生命は一瞬で消失する禁断の技だ! かつての仲間には使いたくなかったが許せ! 」


 ビューストンは両手で剣を振り上げた後、全身全霊でラックめがけて振り下ろそうとした。


「俺を殺していいのか? 俺が死んだらお前の固有能力の秘密が全世界にばら撒かれるように聖女キルラにお願いしてるんだけどな? 」

「えっ!? 」


 ラックの目の鼻と先で剣がピタリと止まる。ビューストンの両手はガクガクと震え、唇は真っ青になっていた。


「もしお前が自分の乳首の能力を全世界に知らしめたいっていうマゾなら、どうぞ俺を殺してくれ」

「ちょっ、それは反則でしょ……」


 ビューストンはそのままの体勢のままゆっくり後退りしてペタリと尻餅をついた。震えるビューストンの目はどこか遠い空を見ていた。


「どうしたんだよビューストン!? なにか変なことでもされたのか! 」

「い、いや別になんでもない……」

「なんでもないわけないだろうが!? 今のお前は死にそうな顔してるぞ! 」


 ブレイブの呼びかけにも虚な反応しかしないビューストン。ブレイブは彼のことを諦めて、アクアリーテに命令する。


「今度はお前が行け! 」


 ブレイブの乱暴な指示に対して、アクアリーテはダルそうに答えて詠唱を始める。


「はいはい、じゃあ禁忌魔法をやっちゃうね、ごめんねラック。人の器に封印されし幾万もの可能性よ、定められし一つの運命に収束し爆発を起こせ! 『ビックバー……』」

「てやんで☆! 」

「えっ!? 」


 ラックの言葉を聞いてアクアリーテは詠唱をとめてポカンと口を開ける。


「な、なんでラックがその言葉を知ってるの……」

「いや、旅の途中でなにかあった時に役立つ魔法ってことで教えてもらったんだ。もしかしてアクアリーテは心当たりがあるのか? 」

「そ、その言葉がわかれば、もうボクはサビ残地獄から解放される……、それに今週末にはルナ部長に中間報告があるんだよ……」


 何もないところに向かってブツブツと独り言を話し始めたアクアリーテにラックは提案する。


「俺はこの『てやんで☆』の生みの親を知っているんだが残念だなー。ここで俺が死んじまったら教えられないなー」

「えっと、ちょっと考えさせて……」


 アクアリーテは力なく手に持っていた杖をおろして考え始める。アクアリーテのそばではブレイブが喚き声をあげていたが彼女には言葉は届いていなかった。


「どいつもこいつも役立たずだな! おい、ガイラナイラなら迷わず殺してくれるよな! 」

「アタシをヘタレの二人と一緒にしないで。一瞬で肩をつけてやる」


 ガイラナイラはフードで顔を隠しながらラックに向かって叫ぶ。


「どんなに力が強くても酸素がなきゃ生きてけないよな! ラックの周囲の酸素を1マイナスして窒素に……」

「ガイラナイラ、俺はずっとお前のことを好きだったぞ! 」

「えっ!? 」


 ラックがそう言った瞬間、ガイラナイラはキョトンとして言いかけていた言葉を止める。


「な、なんの冗談だ!? 一緒のパーティにいた時には全然そんなこと言ってなかっただろ! 」

「大事なものってのは、いなくなってから初めて気づくものなんだな。俺は追放されてからやっとお前の魅力を理解できたんだ! 」

「で、でも今は一緒に『救生主』の女といるじゃないか! 」

「アイツはただのガキでペットみたいなもんだ。俺にはガイラナイラのような大人の女性が必要なんだよ! 」

「…………キュン♡ 」

「私がペット扱いなのは釈然としないんですけど? 」


 ラックがガイラナイラをじっと見つめると彼女の顔は真っ赤になって、フラフラし始める。


「こ、興奮しすぎて鼻血が……、血を止めるためには元素をどう変換すればいいんだっけ? 」

「てめえは何やってるだよ! 人殺しが好きな奴が、人に恋してんじゃねえぞ! 」


 しかし、当然もうブレイブのことなぞガイラナイラの頭の中から消え去ってしまっていた。ブレイブが何を言おうと彼女を動かすことはできない。


「クソが! まさかラックに続いて他のやつまで役立たずとは思わなかったぜ! 」

「随分とブレイブはお怒りだな。大切な仲間なんだからもっとみんなの気持ちを考えてやれよ」

「うるせえっ、俺様の命令は絶対なんだ! おいてめえら、俺様の言うことを聞かなかったらラックのように追放してやるからな! 嫌ならさっさとラックをぶち殺せ! 」


 ブレイブは勇者パーティの仲間に怒鳴りつけるが彼等の反応は冷たいものであった。


「「「……………………」」」


 仲間三人は無表情で黙ったままブレイブを見つめる。


「なんだよ、お前達のその反抗的な目は!? 俺様はこの勇者パーティのリーダーなんだぞ!? 」


 慌てるブレイブの頬には冷や汗がたらりと流れる。そんな彼に向かってラックは口を開いた。


「なあ、もしかして追放されるのは『ブレイブ』の方じゃないのか? 」

「な、なにいっ!? 」


 ブレイブはパーティメンバーがジリジリと自分に近寄るのを怯えた目で見つめる。


「う、嘘だよな!? 俺様達は大切な仲間だよな。一緒に戦ってきた仲間を追放なんてするわけないよな? 」

「「「……………………」」」

「このクソ共があああ!! 全員真っ二つにしてやるううう!! 」


 もう自分の言うことを聞かない仲間に見切りをつけたブレイブは剣を真横に薙ぎ払おうとする。


「ブレイブのプラチナソードをプラス2して水銀へ」

「うわああ!? 剣が溶けたあっ!? 」


 ガイラナイラの能力によってブレイブの剣は液体となってしまう。こうなると剣を使って時空を切断する彼の能力は使用できない。


「自由なる選択はその身を縛り監獄へと誘う! 『タイムストップ』! 」

「か、身体が動かねえ……!? 」


 アクアリーテの詠唱によってブレイブは身体の動きを止めらる。


「唸れ筋肉、轟け筋肉、吼えよ筋肉! 『マッスルパワーチャージ』! 」

「ぐへえはあああぁっ!? 」


 動けないブレイブの腹に肉体強化魔法によってゴリラのような腕の太さのビューストンの一撃がぶち込まれた。ブレイブはトラックに轢かれたかのように吹き飛んで地面を転がった。


「お、お前ら……、仲間は大切に、しろよ……」


 身体中に擦り傷をつけたブレイブが勇者パーティの面々に言葉を伝えると三人は答える。


「仲間よりも好きな人の方が!」

「仲間よりも仕事の方が! 」

「仲間よりも自分の方が! 」

「「「大事だああああっ!!!! 」」」


 三人の意思はピタリと一致してブレイブをボコボコにし始める。こうなるともうブレイブにはラックを止めることはできないだろう。


 地面で転がるブレイブを殴る蹴るしている元勇者パーティのメンバーにラックは声をかける。


「ありがとな、それじゃあ俺はこのまま王都に行くからな」

「ブレイブの相手は任せな、それでこれが終わったらゆっくり食事でもしような……」

「ボクにもちゃんと魔法のこと教えてね! 」

「自分の能力のことは教えなくていいからな! 」

「おっけー、わかったぜ! 」


 元勇者パーティのメンバーを置いてゆっくり王都に向かうラックの後ろをティアがついてくる。


「……ラックさんはマジで恐ろしいですよね」

「そうか? たいしたことはしてねえけどな」

「たいしたことしてないのに、あんなことになるのが恐ろしいんです」


 呆れたようにため息をつくティアを見てラックは笑った。そして彼の視線は王都の中心でそびえ立つ王城をとらえる。


「まあこれからが本番さ、この王都を落とすんだからな。さあ、王都の本当のボスである王様に会いに行こうじゃないか! 」

 

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