第40話 王都キングダム その1
勇者の仲間になるように言われたラックは珍しく驚いた表情をする。
「アホだろ、なんで今さら俺が戻らなきゃいけないんだよ。攻略できないダンジョンでも見つかったのか? 」
「おいおい、俺様達の実力はよく知ってるだろ? 攻略できないダンジョンなんてほぼないさ。だが今回は別だ、王都キングダムが遂に本気を出すことになった」
「王都が本気だと? 」
ラックが眉を顰める。彼が冒険者であった頃、王都は街の外のことを住民に話さないように指示をしていたが、逆にいうとそれぐらいしか冒険者には命令がなかった。どんな風に他の街を襲うのか、どれくらいのペースなのかなどは全て冒険者に任されていた。
「ああ、王都はこの世界の全ての街を支配するべく三日後に総攻撃を仕掛ける」
「な、なんですって!? それは王都の人々は知っているんですか!? 」
「知らされてはいるぜ『魔王討伐のための最初で最後の総攻撃』ってな」
「そんなことをしたら王都は全世界の敵になってしまいますよ! 」
「だからこうやって戦力をかき集めてるんだ」
ブレイブから総攻撃の話を聞くとラックは不思議そうな顔する。
「なんか納得いかねえな、世界には科学が進んだ街だってたくさんあるんだぞ? 王都の冒険者がどんなに強かったったしても世界を相手に勝てる見込みはかなり薄いと思うけどな」
「王都だって馬鹿じゃない、心強い味方を手に入れたのさ」
ブレイブがアクアリーテに視線を送ると彼女は申し訳なさそうに声を出した。
「魔術協会が王都を手助けすることになったんだ。あくまで手助け程度だけど……」
「どうして魔術協会が王都に味方するんですか? 」
「魔術協会は王都が科学の進んだ街を潰してくれるのを期待してるんだよ。王都のように魔王や勇者のことを信じる街が大きくなってくれた方が魔術協会は活動しやすくなるからね」
「魔術協会ってのはそんなに強いのか? 」
「ボクと同じくらい魔法が使える人がいっぱいいるし、ボクの上司も参加するんだ。特に上司は頭がおかしくなるくらい強いから、並大抵の街ならまず手も足も出ないよ」
アクアリーテの口調は暗かった、彼女としては気が進まないものの魔術協会や上司の指示ではやらざるを得ないのである。
「ってわけだ、王都は魔術協会と手を組みつつ冒険者の力を使って世界を支配する。これほど面白い戦いはないだろう? 」
「まあ楽しいことにはなりそうだが、一度に全世界っていうけどいきなり四方八方に向かって戦うのか? 」
「東西南北で4チームに分ける予定だ、魔術協会チーム、王都の兵士チーム、冒険者チーム、そして俺様達勇者パーティ」
「勇者パーティだけで一つの方面を抑え切れるのかよ? 戦力はあったとしても四人じゃ限界あるだろ? 」
「たまには察しがいいところもあるじゃねえか、そこだよ! 」
ブレイブがその人差し指をラックに向けて叫ぶ。ラックは大層迷惑そうな顔をしていた。
「そこでラックに手伝って欲しいんだ! 」
「断る」
「なんでだよっ!? 」
「勝手に追放しておきながら困ったら手を貸して欲しいとか都合良すぎだろ? 」
「だけどお前にも十分すぎるほどメリットはあるんだぜ? 」
「……ふーん、話だけは聞いてやるよ」
ラックは真剣な表情でブレイブを見つめる。上手い話にはなにかがある、それを聞き逃さないようにするためだ。
「手を貸してもらいたいといっても俺様達と一緒にいる必要はねえ。俺様達が攻め込んでいる場所以外の街で好きなように暴れてくれればいいんだ」
「俺が単独行動で街を落とすってことか? 」
「そうだ、俺様が知っている中で一人で街を落とせるのはラックぐらいしかいねえ。報酬としてその街で手に入るものは全てお前のもんだ、金も女も酒も何もかもやるよ」
「俺が暴れることで多方面で街を占領できるから勇者パーティも動きやすくなるわけだな」
「ああ、まあラックと一緒にいると運が悪いのがうつるから別のところに行ってて欲しいってのもあるけどな、ギャハハハハ! 」
大口を開けて笑うブレイブをイライラしながら見ているラック。そんな彼にティアが不安そうに話しかける。
「もちろんラックさんはそんなことしませんよね? 勇者パーティのこと嫌いですもんね? 」
「だが俺がいかないと王都も危なくなる可能性があるぞ。もし勇者パーティがやられたら、そこから世界中の街が王都に攻め込むかもしれない」
「もしかしてラックさんは王都が襲われるのを防ぎたいんですか? 」
「ティアは嫌なのか、王都にはお前の両親もいるんだろ? 王都に攻め込まれたら無事じゃあすまないぞ? 」
「それはそうですけど……、まさかラックさんは私のことを心配して勇者パーティに協力しようと思ってるのでは? 」
ティアの言葉にラックは黙ったままなにも返さない。彼女は沈黙の意図を察して首を横に振る。
「私のことなんて気にしないでいいんですよ。どこか平和なところに逃げたっていいんです! フェンリルに乗れば絶対に追いつかれませんし、二人なら逃げ切れますよ」
「それで逃げた先まで王都がやってきたら結局戦う必要がある。もし途中で王都が力尽きてくれればいいが、その時には王都は滅んでお前の両親もタダじゃ済まないぞ」
「その時は、もうしかたないですよ……」
がっくりと項垂れるティアの肩にラックは手を置いた。
「しかたないで諦めるのは俺は嫌いだ。王都側について世界を支配すれば俺達は逃げる必要もないし、お前の両親も無事だ」
「でもラックさんはそれでいいんですか? 勇者パーティの言われるままに街を破壊して回るなんて本当にやりたいことなんですか? 」
「ちょっと癪に触るところはあるけど金が稼げるっていうのならやってもいいと思ってる。好きなように暴れるってのも面白そうだしな」
「そうなんですか……」
ティアは複雑な気持ちであった。自分の故郷である王都が無事であって欲しいという想いと、ラックには今のままのんびり旅をして欲しいという願いが混在していた。
「そうかそうか、ラックも乗り気で助かったぜ、いやあ持つべきものは仲間だな」
「勘違いするなよ、俺はてめえらの仲間になったつもりはない。ここのところ運動不足だったから、好きなように暴れてみたいだけだ」
「それでも俺様は一向に構わないぜ。それじゃあ三日後に王都に集合だ、もし間に合わないようならアクアリーテに迎えに行かせるぜ? 」
「いや、俺達は車があるからそこは問題ない。ただ一つだけ確認したいことがある」
「なんだ? 俺様が許可できることならやらせてやるよ」
ブレイブはニタニタ笑いながらラックを見る。
「俺が攻め込む街は、俺の好きなように選ばせてくれ」
「そんなことか、まあ俺様達と場所が被らなければどこでもいいさ。勝手にやってくれ」
「わかった、それなら三日後に王都だな。俺も楽しみしてるよ」
「ギャハハ、ラックにしては物分かりがいいじゃないか。よーし、それじゃあ俺様達は王都に帰るぜ。アクアリーテ、箒で出発だ」
「四人も乗せられるかなー? まあ頑張ってみるよ」
勇者パーティはアクアリーテの箒に乗ってフラフラしながらも王都に向かって飛びたって行った。
(((それにしても、ラックのわりにはだいぶ素直に受け入れたよなー? )))
調子に乗って高笑いしているブレイブ以外の勇者パーティ3人は心の中でこう思っていた。
その場に残されたラックとティア。ティアは確認するように尋ねる。
「あの、本当に街を襲うんですか? ラックさんはそれが嫌だから勇者パーティを抜けたんじゃないんですか? 」
「気が変わった、たまにはそういうのもいいだろ」
「たまにはって……」
「そんなことより早く車を出してくれ。いくらフェンリルが速くてものんびりして遅刻したら話にならないからな」
「わかりましたけど……」
ティアはポケットからフェンリルを取り出して空中に放り投げるとすぐに普通の乗用車サイズへと巨大化した。二人は車に乗り込むとティアがアクセルを踏んで発車させる。
「ティアは王都に帰るのは嫌じゃないのか? 絶賛家出中なんだろ? 」
「ものすごく怒られちゃうかもしれません。でもまだ会うと決まっているわけではありませんから」
「そうか、もし直前で気が変わったら遠慮なく言ってくれ。そしたら王都には俺だけで行くから」
「いえ、最後までついていきますよ。ラックさんを放っておいたらなにをしでかすかわかりませんからね」
「まったく、ティアは俺のお母さんかよ? 」
ため息をついたラックは車の窓から外を眺める。そこにはこれから起こるであろう王都の総攻撃なんか全く気にしないかのように雲一つない青空が広がっていた。
☆ ☆ ☆
そして三日後の朝、王都の外の草むらに停めた車の中でラックとティアが戦いの準備をしていた。
「結局直前まで王都には入らなかったか。まあ車中泊ってのもなかなかいいもんだけどな」
「すみません、どうしても気が進まなくて……」
「いや俺も同じ気持ちさ。あの中にいるよりかはこうやって外でのんびりしていた方が気楽なんでね。それにしてもティアも戦いに参加するのかよ? 」
「私がいないとラックさんが暴走した時に止める人がいませんからね」
「暴走するつもりなんて……、まあ、可能性はあるかもな」
ラックは含み笑いをしながら銃の整備をしているティアを見つめていた。
「そういえば集合の時間まであと少しありますね。どうしましょう? 」
「それなら俺のことを占ってくれよ、戦いの前の験担ぎだ」
「占いですか? いいですよ」
ティアは手のひらの上でカードを混ぜながら鼻歌を歌う。
「こうやってラックさんを占うのって初めて会った時以来ですね」
「そうだな、あの時は死神だったが今回はどうかな……」
ラックはカードを自分だけに見えるようにしてめくる、そして彼はその絵柄を確認するとニヤリと笑った。
「なるほどな、面白いじゃねえか」
「なんだったんですか、私にも見せてくださいよー」
「いや、秘密だ」
ラックはティアの手から残りのカードを取ると全部まとめてシャッフルしてしまう。これではどのカード引いたのかティアにはもうわからない。
「もー、そんなことしたら占いでもなんでもなくなっちゃいますよ」
「いや、もう十分さ。それじゃあ集合場所に向かおうぜ。確か王都の北門の前だったよな」
「なんか急に元気になっちゃって変なラックさん」
ティアは自分の占いでラックが変な気でも起こさないか不安になりつつも彼の後についていった。
そして彼等が王城の北門前に着くともう勇者パーティは準備万端で待機していた。勇者ブレイブは金色の鎧を朝日で光らせながら叫ぶ。
「遅えじゃねえか! 何分遅刻してると思ってんだ! 」
「まだ約束の時間までは三十分はあるはずだけどな」
「うるせえ! 俺様がついた時間が約束の時間なんだよ、俺様より後についたやつは全員遅刻だ! 」
「この人、メチャクチャな理論を展開しますね」
ラックの行動に慣れているティアでも呆れてしまうほどの暴論を展開するブレイブ。そんな彼の横でアクアリーテがため息をついた。
「ブレイブは日が変わった時からいるってさ。ということでボク達も全員遅刻」
「全員やる気がなさすぎるんだよ、これから大量に人殺しができるんだぜ? 嬉しくないのかよ?」
ブレイブの言葉に対して勇者パーティの反応はまちまちである。
「魔術協会と上司の指示だからやるしかないけどさー」
とあまり乗り気じゃないアクアリーテ。
「他の街への侵攻に異論はないが、今回の王都の動きは少し性急すぎると思う」
と渋い顔をしているビューストン。
「くくくっ、アタシの実力をたっぷりと見せつけてやるよ」
とやる気満々のガイラナイラ。
そんなパーティメンバーを見てティアはラックに話しかける。
「ふーん、勇者パーティの人達も一枚岩ではなさそうですね」
「元々、なにかの信念があって集まったパーティじゃないからな。そりゃお互いに思うこともあるだろうよ」
そんな感じで簡単に朝の挨拶をしていると王都の中心にある王城から花火が何発も打ち上がる。
「よし、進軍の合図が出たな。俺様達はこの北門から真っ直ぐ進んで通過する街を全て支配する。北側は軍事的に優れている街が多いから殺りごたえがありそうで楽しみだぜ」
ブレイブが地平線の彼方を指差して笑う。この先には勇者パーティの犠牲になるであろう街が何百何千もあるだろう。
「他の方角はどんな感じなんだ? 」
「それはボクがまとめてるよ、進軍するメンバーと対象の街はこんな感じさ」
・北側(軍事的に優れている街が多い): 勇者パーティ、ラックは適当に周囲の街を潰してまわる
・東側(科学の発達した街が多い) : 魔術協会
・南側(貧しい街が多く、戦闘力は低い) : 冒険者部隊
・西側(王都に友好的な街が多い) : 王都の兵士部隊、友好的な街は襲わず敵対する街を潰す
「これを見ると北と東に戦力を集めているのか」
「まー、西と南はたいした街もないし、既に王都の支配下である街も多いからね」
「なるほどな、魔術協会が味方になって二方面に攻められるから今回の進軍になったわけか」
アクアリーテが描いた地図と進軍メモに目を通したラックはコクリと頷いた。
「これでだいたいの戦況はわかったぜ。それでお前達はこれから北に向かって戦いに行くんだよな? 」
「ああそうだぜ、その間ラックは適当に暴れててくれ。くれぐれも俺様達の邪魔をするなよ」
「てめえらの邪魔なんかしないから安心しろ」
そう言ってラックは地図を眺めながら考えていると横からティアが話しかけてきた。
「ラックさんは次どこに行くか決まっているんですか? 」
「ああ、決まってるぜ」
地図から目を離したラックはブレイブに向かって尋ねる。
「俺はどこを攻めるかを自分で決めていい。そういう約束だったよな? 」
「俺様達と被らなきゃな、それでどこを攻める? さっさと教えろよ」
何度も確認されてブレイブは飽き飽きしたように答えると、ラックは満面の笑みで宣言する。
「俺が次に攻め込む場所は『王都キングダム』だ! 」
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