第39話 人を生かす街 エピローグ

「交渉といってもなにをする気です? 」


 先程までの余裕の表情とは異なりキルラは戸惑いながら部屋の隅へと視線を移した。


「なるほど、そこにあるのか」

「あっ、そこはちょっと待って!? 」

「ティアはキルラを押さえててくれ」

「わかりました、キルラちゃんにはここを通させませんよ! 」

「ぐぬぬぬぬぬ……」


 ティアとキルラは両手でお互いを押し合う。二人とも非力な女の子なのでパワーバランスはちょうど良い感じだ。


「えーと、目立たないように小さな穴があるってことはここが外れるようになってんのか。それっと」


 ラックが壁にある穴に手をかけて引くと、壁の一部がパカりと開いて子供が通ることのできるくらいの隙間ができた。


 そしてその隙間の奥から小さな影がキルラに向かって跳び出してきた。


「ワンワンワン!! 」

「フェンちゃん、今はダメだから出てこないで! 」

「……あれは犬ですね、壁の裏には犬用のベッドや玩具がありますよ」


 キルラに跳びかかった犬はちぎれんばかりに尻尾をフリフリして喜びを表現していた。


「キルラはこっそり犬を飼っていたのさ。食べきれないくらいのステーキを頼んでいたのはコイツに喰わせてやるためだな。地面に落ちてた茶色の毛もその犬のだ」

「でもなんで犬をこんな飼い方するんですか? 」

「それはこの街の人間を見ればわかりませんか? 奴らは動物を道具としか思っていません、犬は元気な時には猟に使われますが老いればすぐに殺されます。その街の聖女である妾がこのように動物と仲良くする姿を見せるわけにはいかないのです」

「そうですかね? 考えすぎではないですか? 」


 ティアの問いかけに対してキルラは首を横に振った。


「妾が近くの村から聖女としてこの城にやってきた時に一緒に連れてきた動物達はほぼ全て殺されました。愛玩用の子犬とみなされたこの子を除いてです」

「……ひどい話ですね」

「そしてその時は子供だったこの子も今ではお年寄り。妾はこの子は野山に逃したと嘘をつきましたが、もし城の者に見つかれば殺されるでしょう。妾はそんな酷いことをする人間が嫌いです」

「お前の悲しい過去はよーくわかった。だがそれで星を滅ぼそうなんて後ろ向きな考えはやめた方がいいぞ、全てを破壊するなんて思考放棄と同じだからな」

「じゃあ、妾は一体どうすればいいのです。今まで通り人々を癒し続けろというのですか? 」


 キルラは声を震わせる、彼女は人並外れた回復魔法を使えるがまだ人生経験の少ない女の子なのだ。城の人間から監視され続ける生活にも疲れてしまっているのだろう。


「じゃあ逃げればいいじゃないか。俺ならお前と犬1匹くらいなら簡単にここから連れ出せるぞ? 」

「それは……」


 ラックの提案を受けるもののキルラは迷ったように身体をモジモジさせる。


「お前は優しいな、きっと自分がいなくなったらこの街の人々が傷を治せなくて困るって思ってるんだろ? 」

「やっぱりわかってしまいますか? 」

「ああ、身近に似たやつがいるからな」


 ラックがティアの方を見ると彼女は恥ずかしそうに頬をかいた。キルラは大きくため息をつく。


「不思議ですよね。妾は頭の中では人間が嫌いと思っているにも関わらず、どうにか助けられないか気になってしまうのです」

「それは人間なら当然の感覚だと思うぞ」

「そうですよね、ラックさんでさえ困っている人はなんだかんだいって助けますし」

「俺は人助けをしてるんじゃなくて、金目的だからな? 」

「またまたー、照れちゃって」


 ニヤニヤ笑うティアを尻目にラックは口を開く。


「キルラは動物が好きだが、人間も嫌いにはなりきれない。できればどっちも助けたい、本音はこれで間違っていないか? 」

「……おそらく、そうかもしれません」

「シャキッとしねえ答えだがこの際それでいいだろう。お前の気持ちがわかればやりようはいくらでもある」

「本当ですか!? 」

「ああ、とりあえず明日からこうしてくれ……」


 こうして真夜中の部屋の中でコッソリと作戦会議が開かれるのであった。



☆ ☆ ☆



 翌日、聖女キルラの姿を見た王城の人々は唖然とする。


「キルラ様!? その様子はいったい……」

「うふふ、かわいいでしょう? 」


 キルラは犬や猫などの大量の動物に囲まれながら、動物達に回復魔法をかけていた。その状況はすぐに王様に伝えられると、王様は兵士達を連れてやってくる。


「聖女よ、その汚らわしい獣から離れるのだ。すぐに兵士達に始末をさせる」

「それはなぜでしょう? 」

「決まっているであろう、人間がこの世界で一番偉いのだ。聖女はこんな物に構っているのではなく、人間を癒してもらわなければ困る」


 王様が合図をすると兵士達が銃を構える。もちろんキルラがそばにいるのでまだ発砲するつもりはなく、あくまでも彼女を動物から引き離すための威嚇だ。


 しかし、銃を向けられてもキルラはニコニコと笑っていた。


「王様のお話の通り、人間が一番偉いのであればなおさら動物を癒すべきです」

「なに、どういうことだ? 」

「妾は昨晩、女神メアリス様のお告げを聞きました。それによるとメアリス様の管理する天国はそろそろ生き物で溢れてしまうので、残りのスペースがあと僅かだそうです」

「女神が天国の話をしただとお? 」


 王様は馬鹿にしたように眉を吊り上げてせせら笑うがキルラは真面目な顔で答える。


「ですが自ら命を絶った場合は天国には行けません。ですから生物の頂点である人間が先に天国に行けるように愚かな動物達を長生きさせることに致しました」

「なにをそんなアホなこと。どんな根拠があって言っているのだ? 」

「メアリス様から直接聞いたのです」

「はん、たかが小娘ごときが何を言っている」

「妾は聖女ですよ、聖女が女神様のお告げを聞くのはおかしいことでしょうか? 」


 キルラの堂々とした態度から繰り出された言葉を聞いて王様は苦虫を噛み潰したような表情をする。


「急に無駄な知恵をつけおって、誰の仕業だ? 」


 王様が辺りを見渡すと、壁に寄りかかりながらニヤニヤ笑っているラックの姿を見つけた。


「あそこのやつか、兵士どもあの男を射殺しろ」

「え、いきなりですか? 」

「ワシの命令が聞けないのか? 」

「いえ、そんなことはありません。皆のもの撃てー! 」


 兵士達は一斉に発砲するもののその全ての銃弾はラックに片手で受け止められた。


「な、何者なんだこいつは!? 」

「なあに、通りすがりのタダの地上最強の男さ。気にしないでくれ」

「ただの通りすがりなら黙って見ていろ! 」

「いや、だって俺も天国へ行きたいからな。聖女様にこう言われたら守るしかないじゃないか。人間はこの世界で一番偉いんだから天国に行くべきだしな」

「揚げ足をとるような真似をしおって! 」


 王城は地団駄を踏みながら怒るが武力で敵わないのであればキルラを言いまかすしかない。しかし王様には良い案が思い浮かばなかった。


「お前達がキルラの回復を受けたいのなら簡単な方法があるじゃないか。人間よりも動物の方が偉いということにすればいいだろ? 」

「そんなことできるわけがないだろ! 」

「じゃあお前は早く天国に行けるな、よかったじゃん」

「くそおおおおおおおおおっ!! 」


 身体の中から咆哮をあげた王様はしばらく動きを停止した後、頭を下げる。


「これからは動物も大切な仲間として扱うようにするから許してくれ」

「そのことをちゃんと街の人々にも伝えますか? 」

「は、はいそうします……」


 王様は頭を下げたまま了承の言葉を述べた。その様子を見てキルラはホッと一息ついた。


「ラック様ありがとうございます。これで妾も安心して動物達と過ごすことができるようになりました」

「そうか、それで人間のことは今でも滅ぼしたいと思ってるか? 」

「まだ、なんとも言えません。でも今すぐ焦って行動する必要はないと思います」

「じゃあキルラちゃんは勇者パーティには入らないんだね」

「はい、そうしたいと思います」


 キルラの微笑む顔を見た二人は一安心した。これで勇者パーティの強化を防ぐことができたのだ。しかし、ラックは何かを思い出して首を傾げる。


「そういやビューストンのやつはどこ行ったんだ? 朝から姿を見てないが」

「ビューストン様なら少し用事があるといって朝早く城から出て行きましたが……、と噂をしたら戻ってきたようですよ」


 キルラが指差した先にはちゃんと鎧を身につけたビューストンがこちらに向かって歩いてきていた。


「ラックのことを少々甘く見ていたようだな。こうもあっさり聖女を取り返されるとは」

「ああ、だがそのわりにはそこまで悔しそうじゃないな」

「確かにこれからの王都の仕事を考えると痛手ではあるが、あくまで聖女はいれば助かる、という程度のものだからな」

「その王都の仕事ってなんだよ? 昔の仲間のよしみで教えてくれてもいいんじゃねえか? 」

「ああ、実はそのためにきたんだ。ちょっと一緒に来てくれないか? ティア様もどうぞ」

「私もいいんですか? 」


 ティアは目をパチクリさせるとビューストンは頷いた。


「どうぞ、別に何か手を出すつもりではありません。ティア様の実力を見ての判断です」

「それじゃあ、ラックさんが迷惑でなければ行きます」

「俺達に危害を与えようとしたらてめえの乳首の能力のことを王都中に広めるからな? 」

「ちょっ、そのことだけはどうか内密に。今回は二人にとっても悪くない話なんだ信じてくれ」


 両手をピシッと伸ばして頭を下げるビューストンを見て、嘘をついている様子ではないことを悟ったラック達は彼についていく。


「それで街の外まで連れてきてなにをする気だ? 」

「うむ、二人にあって欲しい人達がいてな。こいつらだ」


 ビューストンが手をあげて合図をすると空から箒に乗って天才魔法美少女アクアリーテが降りてくる。そしてその後ろには二人の見知った顔があった。勇者ブレイブと盗賊王ガイラナイラである。


「ラックさん!? この人達は勇者パーティの方達ですよ、全員集合してます! 」

「てめえらは……、よく俺の前に揃いも揃ってノコノコやってこれたな? 」


 ラックは目の前にいる、勇者ブレイブを睨め付けると彼はヘラヘラと笑う。


「おやあ、運が悪いからてっきり落とし穴にでも引っかかって死んでるかと思ったけど生きてたか。世の中には珍しいことがあるじゃねえか」

「俺は身体は丈夫なんでね、それでこんなことを言うためにここまできたのか? 勇者ってのも暇なもんだな」

「どっかのお荷物が消えてくれたおかげで仕事の効率が良くなったからな。その点はラックに感謝してるんだ」

「ほう、感謝してくれるなら金貨の一枚でもいただきたいところだなあ」


 お互いに喧嘩腰で罵り合う二人を見てティアはアクアリーテに尋ねる。


「あの二人ってそんなに仲が悪いんですか? 」

「なんていうか似たもの同士ではあるんだけどね。性格は近いんだけど根本的な思想は違うからややこしいんだよ」

「ふーん、よくそんな関係なのに一緒にパーティを組みましたよね」

「ボク達はみんなワケアリな人ばかりだったから意気投合したんだ」


 アクアリーテの言葉を聞いて、その横にいた盗賊王ガイラナイラが目を光らした。


「ラックはギャンブルで一文なしの旅人、ビューストンは主君に反抗し処刑されそうなところを逃亡、アクアリーテは魔女の仲間から追放されたはぐれ魔女、ブレイブは殺人がしたい殺人狂、アタシは家出して帰る場所がなかった」


(皆さん、自分の出自や能力を上手いこと隠しているんですね)


「まあそんなんだから酒場でパーティを組んだんだが結構みんな強くてな。あれよあれよとアタシ達は王都一のパーティになったのさ」

「確かに皆さんはもの凄く強いですもんね」

「いやいや、ボク的にはティアちゃんもかなりの強さだよ。ビューストンもすごい褒めてたし、逸材を見つけたってね」

「ああ、自分にあれだけのダメージを与えられるのは王都でも片手で数えられるほどだ。誇っていい」

「えへへ、そーですかねー」


 自分の強さを褒められてティアが恥ずかしがっているとブレイブが彼女に声をかける。


「お前は『救生主』だろ、ラックみたいなやつには勿体無いぜ。俺様のところに来いよ。なに不自由ない生活を送れるぜ、金も食い物も夜の営みもなあ! ギャハハハハハハ! 」

「すみませんけど、今はラックさんと一緒に旅をしたいです。お断りします」

「だとさ、残念だなあ? お前達はどうせティアを勧誘しようと思ってたんだろうがとんだ無駄足だったな」


 ブレイブはその言葉を聞くと眉を上げてからニヤリと笑った。


「そこの嬢ちゃんのこともあるが本当の目的は別のことだぜ」

「はあ? じゃあなんなんだよ。もったいぶらずにさっさといいやがれ。こっちはてめえみたいに暇じゃないんだ」


 その場にいる人々の視線を浴びて気持ちよさそうな顔をしながらブレイブは叫んだ。


「ラック! 仲間にしてやるから俺様の所に戻ってこい、一緒にやっていこうぜ! 」


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