第38話 人を生かす街 その5

「人類を滅亡させるってどういう意味ですか? 滅亡させたいならキルラちゃんはなんで人々を癒してるんです? 」

「それはですね、人間が薄汚い害虫だからですよ」

「害虫? 」


 話の内容をうまく理解できないティアの横でラックは口を開いた。


「『勇者魔王物語』で、俺達は最初勇者の言葉がキルラに影響を与えたと思っていたがそれは違ってたんだ。本当に影響を与えていたのは魔王の言葉だったのさ」

「えっと、それは『人間は星に巣食う害虫』ってやつですよね。その言葉に影響を受けたとしてもキルラちゃんの行動にはチンプンカンプンです」

「いや、行動自体は間違っていない。キルラは人類を滅ぼすために人々を癒してるんだ。それは人間が害虫だからさ」


 ラックが視線を投げかけるとキルラはニヤリと笑った。


「ふふ、その通りですよ。妾はこの世界のことを考えず自分勝手に振る舞う人間が大っ嫌いです。ティアちゃんも人間がこの星を汚していると思いませんか? 」

「それは全く思わないわけではありませんけど……」

「そうですよね、じゃあそんな人間を滅ぼすためにはどうしたらいいと思いますか? 」


 キルラの優しい微笑みとは似つかない物騒な言葉にティアはドキリとしながらもゆっくりと口を開いた。


「それは戦争とか強力な爆弾、あとは隕石の衝突とかでしょうか? 」

「うふふ、ティアちゃんは物語の魔王のような発想ですわね。残念ですけどハズレです」


 キルラはその白く美しい手を前に出して力強く握りしめた。


「人間を滅ぼすのならもっと簡単な方法があるんですよ。それは『この星を滅ぼす』ことです」

「……そんなことどうやってやるんです? 」

「ティアはまだわからないのか。星を滅ぼすのは俺達なんだよ」

「え? どーゆーことです? 」

「キルラの言う通り人間が星を汚す害虫だとしたら、星を滅ぼすためには害虫を増やせばいい。ここまで言えばどういうことかわかるよな? 」

「ま、まさかキルラちゃんが人々を癒していた本当の理由って……」


 ティアは自分の考えていることを否定してくれることを願いつつキルラを見つめるが、彼女は無情にも肯定の笑みを浮かべる。


「そうですよ、妾は人間を長生きさせて環境を破壊させ、この星を滅ぼすために聖女になっているのです」

「そ、そんなことって……」

「うふふ、よく物語で世界を滅ぼすために邪魔な人間を滅ぼす魔王がいますけど愚かですよね。だってこんな害虫を滅ぼすなんてありえませんよ、そう思いませんか? 」

「聞いたかティア、これが聖女キルラの真の姿さ。魔王よりよっぽどタチが悪いと思わないか? 」


 ラックの言葉を受けてもティアは首を横に振る。

 

「私はキルラちゃんは本当は優しい人だと感じます! どうしてそんな捻くれた思想になっちゃったんです!? 」

「妾は優しいからこの思想に至ったのですよ。『人を癒すこと』で『この星を滅亡させ』、そして『人類を滅亡させる』。そうすれば人間に苦しめられる生物や自然はなくなるのです」

「そのために星を滅亡させたら意味がないじゃないですか! 」

「全ては無に帰るだけですよ、人間に苦しめられるものがいなくなり、あるべき姿に元通りになるのです」


 堂々と発言するキルラの主張を聞いてラックは大きく欠伸した。


「この星を滅ぼすために、環境改善しようとした研究者を見捨て、宇宙へ逃げることを想起させる小説家を見捨て、少子化が進ませる恐れがある活動家を見捨てたわけか」

「ええ、ご名答です。妾の目的のためには人間をこの星に閉じ込めつつも増殖させる必要がありますから」

「なんというか、非現実的で気長な話だよなあ。それじゃあ人間が滅びる前にキルラが先に死ぬだろ? 」

「そうですね、いずれは積極的な行動も必要かもと思っていました。そしてこのビューストンが面白い提案をしてきたんです」


 キルラが視線を向けるとビューストンは軽く頭を下げる。ラックは『あ、お前さっきから喋ってなかったけど一応いたんだ』と心の中で思っていた。


「勇者パーティにキルラ様が加入してくださった場合、襲った街の周辺にある森林を燃やして更地にした後、排煙を撒き散らす工業地帯を作ることにした」

「いいですよね、黒煙をあげる工場はとても素晴らしい風景だと思いませんか? 」

「全然思いませんよ、そんなのただ空気を汚しているだけじゃないですか」

「だからですよ、工場はこの星の寿命を消費しているのです。そんな贅沢な光景は自然界じゃ見られませんよね? 世界一価値がある光景とは、この星の寿命を食い潰している工業地帯なのですよ」

「……キルラちゃんは本当にそう思っているのですか? 」

「はい、ティアちゃんも一緒にやりますか? 」


 キルラの問いに対してティアはうんともすんとも言わずに黙っていた。自分が憧れていた聖女の本当の姿を見て何も言えなかったのである。


「さて聖女様のお話も終わったみたいだ。ティアはこれからどうしたい? 」

「私はできればキルラちゃんを止めたいです。せっかく人を救う力があるのにそれを間違った方向には使って欲しくはありません」

「俺もキルラが勇者パーティに入るのはやめさせたい。アイツらが喜ぶのはムカつくからな」


 ラックの言葉を聞いてビューストンは眉を上げる。


「おや、ラックは協力してくれたじゃないか。どんな気持ちの変わりようだ? 」

「最初からキルラを勇者パーティに入れるつもりはなかったぜ。ギリギリまでヒントを与えてもう少しで仲間にできるってところで、ぶっ潰して絶望させたかっただけだからな」

「お前は本当にいい性格してるな。だが止めると言ってもどうするつもりだ? 」

「そりゃあ決まってるよなあ? 」


 ラックは舌なめずりをしてから剣を抜いて構える。まるで獲物を狙う山賊のようだ。


「ラックがそのつもりなら、自分も本気を出さざるを得ないな。キルラ様も自分に協力してもらえるか? 」

「ええ、もちろんです。勇者パーティの一員として全力でサポートさせていただきます」


 ビューストンは銀色に輝く剣と盾を構え、その後ろでキルラが杖を持って戦闘体勢を整える。


「ティアはどうする? 逃げるなら今のうちだが? 」

「私だって戦います! しっかり支援しますから思いっきり戦ってください! 」

「おーけー、頼りにしてるぜ!」


 こうしてラック&ティアvsビューストン&キルラの対決が聖女の部屋で繰り広げられることとなった。


 最初に動いたのはビューストンであった。彼は剣をラックの首元に向かって突くが、ラックは簡単に剣で払いのける。


「どうした? 遊びじゃないんだぞ、本気でこいよ」

「ほほう、腕はなまってないようだな。それなら力を出しても問題なかろう」


 ビューストンは目をつぶって詠唱を始める。


「平等なる天の炎、今ひととき我を優先したまえ『エンチャントフレア』! 」

「わわわっ!? ビューストンさんの剣が燃えちゃってますよ!? 」

「あれは武器に炎属性を付与する魔法だ。ビューストンは剣も魔法も高い次元で使いこなせるからちょっとだけ厄介だな」

「鉄をも容易く溶かすほどのこの灼熱をどう受け止める? 」

「本当です! ビューストンさんの剣がちょっと溶けてます! 」

「しまった、これは自分の想定外だ!? ラックの奴め、姑息な手を使いやがって! 」

「俺はなにもしてないけどな? 」


 ビューストンの驚きの声をあげる。彼の剣は真夏の日差しを受けたチョコレートのようにトロトロと溶けていた、持ってあと数分であろう。


「だが自分の剣が溶ける前にラックを消し炭にすればいい。この威力、体に刻みつけてやる! 」

「なるほど、これほどの威力を剣で受け止めるのはキツいな……」


 紅蓮の焔を纏った剣がラックを襲うが、それは彼の目の前でぴたりと止まった。


「剣で受け止めるのが無理だったら素手で受け止めればいい! 」

「なにいっ、こんなことをしてお前は熱くないのか!? うっかり触ったら火傷するレベルの温度だぞ!? 」

「隕石に比べればぬるま湯みてえなもんだな。俺に火傷をさせたいなら核爆弾でも持ってきやがれ」


 人差し指と中指で器用に剣を白刃取りしたラックは余裕の表情である。すると今度はキルラが叫んだ。


「それならば筋力増強バフの魔法を使いますから力で押し潰してください。唸れ筋肉、吼えろ筋肉、轟け筋肉『マッスルアップ』! 」

「うおおおおおおおっ!! 」


 ビューストンの体の筋肉が大きく膨れ上がることで、鎧が粉々に割れて上半身が素っ裸になる。


「これ防御力下がってませんか? 」

「先に相手をつぶしてしまえばいいのです! 行きなさいビューストン! 」

「うおおおおおおおおっ!! 」

「ラックさん、ここは任せてください。ビューストンさんの鎧がないのであればこっちのものです! 」


 ティアは懐から拳銃を出すと、それはガチャガチャと機械音を出して瞬く間にガドリングガンへと変化した。


「さあビューストンさんは動かないでください。そうしないと楽に死ねませんよ! 」


 バババババババババッッッッ!!


「ぐはああああっ!? 」


 ティアのガドリングガンが火を吹いて銃弾の嵐がビューストンを襲う。


「大丈夫ですか、妾が回復させます! 見えなき天使よ、傷を癒したまえ!『ヒール』! 」

「た、たすかる……」


 さすがは聖女キルラである、一瞬のうちに銃弾によって傷つけられた彼の身体は元通りになった。


「そうはさせません、ガドリングガン連射ですよー! 」


バババババババババッッッッ!!


「ぐはああああああっ!? 」

「それならヒールです! 」

「ガトリングガンもう一丁! 」

「まだまだヒール! 」

「私のガトリングガンはこんなものじゃないですよ! 」

「聖女と呼ばれる妾の力を甘く見ないでください、ヒール! 」

「キルラちゃんこそ私のガトリングガンを甘く見ないで! 」


 回復魔法を受けつつも鉄の雨を全身に浴びるビューストンは虚な目をする。


「ふ、二人は自分を殺す気か……? 」

「「いえ、殺す気はありませんよ!! 」」

「……いっそ殺してくれ」


 美少女二人に弄ばれているビューストンを見ながらラックは酒を飲んで休憩していた。かつての仲間がボロボロになる姿をつまみにする酒は極上であった。


 三十分ほど少女達の争いは続き、二人は息切れを起こしていた。


「詠唱のしすぎで喉がカラカラです……」

「ガトリングガンの反動で腕が痺れますよ……」


 戦い慣れをしていない二人にとってこの三十分はかなり長い時間に感じただろう。少女達はお互いに見つめあって笑った。


「ティアちゃんは結構やりますね」

「えへへ、キルラちゃんこそ」


 血まみれになって倒れていたビューストンを無視してティアとキルラは握手をかわす。血まみれといっても彼はヒールを受け続けていたのでちゃんと生きているので安心してほしい。


「おーい、ビューストンは意識あるか? 」

「も、もちろんだ。これしきのことでは聖騎士は負けん! 」


 上半身裸のビューストンは聖騎士というよりは蛮族のように見えるがその立ち振る舞いには気品が見られた。そんなビューストンを見てラックはニヤリと笑う。


「ほうさすがは聖騎士、胸にハンデを抱えていても立派なもんだ」

「なっ!? 」

「なんかビューストンさんが驚いてますけど、もしかして病気なんですか? 」

「ティア様、お気になさる必要はございません。そんなことよりも敵である自分にガトリングガンを撃ちまくってください! 」

「なーんか怪しいです、ラックさんは知ってるんですよね? 」

「ああ、もちろんだ」

「や、やめてくれっ! それだけは許してくれ! 」


 ビューストンは両手を合わせて土下座をする。三十歳を超える大人がやるなら相当の覚悟が必要だろう。しかし土下座程度で許すほどラックは優しくないのはご承知の通りである。


「コイツの秘密は固有能力にある。それを知られたくないんだろうなあ」

「なんですか、すごく気になります。能力がバレたら役に立たない系でしょうか? 」


 目をウルウルさせるビューストンに向かって満面の笑みでラックは言葉を告げた。


「コイツの能力は『ニプルケイム』、その能力は『自分の左右の乳首を入れかえる』ものだ」

「……へ? よくわからないのですが、それ何に使うんですか? 」

「それはビューストンに聞いてみないとわからないな」


 その場にいた者の視線がビューストンの乳首に集まる。彼は絶望した顔をしながら右乳首に洗濯バサミを挟んだ。


「あんっ♡ 」

「うわ、これはおぞましい能力ですね……」

「まだ自分の能力は発動してないぞ。刮目せよ、『ニプルケイム』! 」


 ビューストンが喘ぎ声を上げると右乳首についていた洗濯バサミが一瞬の間で左乳首へと移動した。


「これぞ自分の固有能力だ、乳首を入れ替えることで一瞬にして洗濯バサミを移動させたのだ」

「……くくく、あはははははははっ!? ひひひ、ふふふふっ!? 」


 人間は頭の容量が一杯になると笑うしかない状況に陥る。ティアはお腹を抑えながら笑い転げ始めた。


「自分はある街でこの能力の話をした時、笑いすぎて呼吸困難に陥り死んでしまった者がいた。そのせいで自分は死刑にされかけたのだ、もう二度とそのような過ちは踏まないように封印していたというのにラックのやつは! 」

「知るかよ、てめえの能力くらいてめえで面倒見ろ。というか勇者パーティにいた時は『正義の執行者』とかいう固有能力って言ってたよな? 格好つけすぎだろ」

「あはははっ、せ、正義の乳首っ、ひゃはははははっ!! 」

「ティアは大丈夫か? そのままだと死因がビューストンの乳首になるぞ? 」

「そ、それはいやですうう。あはははは……」

「もしかして結構強い能力なのか? 」


 ビューストンのニプルケイムによりティアは戦える状況ではなくなってしまった。

 

「これで形勢逆転ですね、妾とビューストンの二人で貴方を倒させていただきます! 」

「さすがのラックもキルラ様と本気を出した自分は倒せないだろう。乳首の本当の力を見せた自分にはなあああっ!! 」


 ビューストンは魔法を詠唱して、自分の右乳首に炎属性、左乳首に氷属性をエンチャントした。


「そして乳首を高速で入れ替え続けることで擬似的に炎と氷の二属性を兼ね合わせた乳首が生まれる。これでラックをぶち倒してやる! 」


 ビューストンの胸では炎と氷が渦巻き見るからにヤバそうな雰囲気を醸し出していた。


「ふん、ならかかってこいよ。俺も少しだけ本気を出してやる」

「その言葉後悔するなよ、うおおおおお! 」


 二人の男が真っ正面からぶつかり合いその衝撃で部屋の窓ガラスが割れる。


「ほお、ビューストンも言うだけあってなかなかの威力だな。しかしいつまでこの力がだせるかな? 」

「まだまだあっ!! あともう少しだけ持ってくれよ、自分の乳首!! 」

「その自慢の乳首、俺が潰してやるよ」


 ラックは炎と氷が融合するビューストンの乳首に手を伸ばすが、ビューストンはニヤリと笑う。


「くくくっ、自分の乳首は今現在秒速3000回の速さで入れ替わっている。そんなものを素手で触れれば一瞬で腕の先から吹っ飛ぶぞ? 」

「そうかい、忠告ありがとな! 」

「あん♡ あんっ♡ どうしてラックは自分の乳首を触れるんだ!? 」


 ラックはその両手でしっかりと両乳首を摘み上げる。彼に捕らえられた乳首はもう入れ替わることができずに困り果てていた。


「やれやれ、俺はなんて運が悪いんだろうか。こんなオッサンの乳首を摘めちまうなんて、これなら腕がなくなった方がマシなのにな」

「ま、まさか、物理的に触れないはずの嫌なものを触れるほど運が悪いと言うのか!? 」

「そうさ、お前が女だったら俺はどんだけ嬉しかったか」


 ラックは両手に思いっきり力を込め乳首ごとビューストンの巨体を持ち上げて一本背負いを決める。


「がはあああああっ、本気を出した自分がまけた……、だと……? 」

「さて、これで邪魔ものは消えたな。さてキルラは一人になっちまったがまだ戦うつもりか? 」


 ラックの圧倒的な力を見せつけられたにもかかわらずキルラは真っ直ぐに彼のことを見つめていた。


「ええ、妾の人類滅亡という野望のためにここですんなり退くわけにはいきません」

「なら俺と交渉しようぜ、そしたらお前の気持ちも変わるかもしれないからな」

「気持ちなんて変わりません。それともなんですか、勇者パーティよりも高効率の環境破壊の方法でも教えてくださるのですか? 」

「いや、違うぜ。今のお前にとって人類滅亡よりももっと優先するものがあるだろ? それこそがお前がこんな考えをするに至った全ての原因さ」

「なっ!? まさか貴方は知っているのですか!? 」


 目を大きく拡げて驚きの顔を見せるキルラ。ラックはそんな彼女に不敵に笑いかける。


「ああ、それじゃあこれから交渉といこうじゃないか! 」

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