第37話 人を生かす街 その4

 ビューストンと交渉を終えたラックは王城の部屋に戻って一晩過ごす。そして翌朝、ティアが彼のことを起こしにやってきた。


「おはよーございますラックさん」

「ああ、おはよう。それでここに残るかどうかはもう決めたか? 」

「はい、やっぱり私は旅を続けようと思います」

「そうか、それならキルラに言わないといけないな」

「ちょっと言いにくいですが頑張ります」


 ティアが申し訳なさそうな顔をしていると、食事を乗せた台車が通り過ぎる。その台車には2キロ近いステーキが乗っかっていた。ラックはその台車を押しているメイドに話しかける。


「その食事は聖女様のものですか? 」

「あ、貴方は聖女様のお客様ですよね。はい、その通りでございますよ」

「朝からこんなボリュームを食べるんですか? 」

「ええ、毎日聖女様はこちらをお召し上がりになりますよ。人々を回復させているとお腹が空くんでしょうね、あっという間に食べてしまいます」


 メイドはそう言うとティアの方を不思議そうに眺める。


「それにしても貴女みたいな女の子もステーキを全部食べきれちゃうなんて驚きました。最近の子は食欲旺盛なのですね」

「え? いや、私は昨日のステーキ残しちゃいましたけど? 」

「うふふ、恥ずかしがらなくていいのですよ。昨日食事の片付けをした時には綺麗になくなっていましたもの、若い人がたくさん食べることは良いことですね」


 メイドはそういうと軽く頭を下げて食事を運んでいった。その場に残された二人は今のメイドの言葉を振り返っていた。


「ステーキを食べきったってどういうことなのでしょう? 」

「俺達があの部屋から出た後にキルラが残ったものを全部食ったってことか? 」

「えー、それは無理じゃないですかね。そんな大食いとは思えませんでしたけど」

「それも本人に聞いてみりゃわかるだろ。キルラのとこに向かうぞ」


 二人は聖女の部屋に行き、扉をノックするとキルラの声で中に入るように言われる。そして中に入るとキルラはステーキを美味しそうに食べている最中であった。


「食事中に失礼するぞ」

「気にしませんよ、食事は賑やかな方が楽しいですから。お二人の分もお肉を用意させましょうか? 」

「いや、今は腹一杯だからいい。昨日のステーキがまだ腹に残ってるからな。キルラもそうじゃないのか? 聞いた話だとステーキは綺麗さっぱり食べきったようだが」

「ええ、食べましたよ。ついつい美味しくていつの間にかに」

「俺とティアの分まで食べたのか? 」

「……お腹が空きましたので」


 キルラはラックから視線を逸らしてステーキを見つめる。そのステーキはまだ少ししか手を出されておらず、その超弩級の姿を皿の上で誇らしげにアピールしていた。


「昨晩それだけ食べたのに、今朝もこれだけ食うとは聖女様は育ち盛りだなあ? 」

「ラック様、女性の食生活に口を挟むのはデリカシーがないと妾は思いますよ」

「おや、性別を盾にしてきたか、詮索されたくないことでもあるのかな? 俺はただ単純に大食いっぷりが気になっただけだ、ティアも気になるだろ? 」

「ええ、ちょっと気になります。コツとかあるのでしょうか? 」


 ティアに問いかけられるとキルラは口を閉じて考え込む。


「コツ、と言われましても説明が難しいですね。知らず知らずのうちにお腹の中に入っている感じでしょうか」

「ふーん、そういうものなのか? 試しにどんな感じかここでしばらく見ててもいいか? 」

「ええと、ずっと見られるのは恥ずかしいですね……」


 キルラは顔を赤くして俯いた。これ以上質問をしたら城の兵士を呼ばれてつまみ出される可能性もある。そう考えたラックはティアに話しかけた。


「仕方がない、食事についての話はここまでにしてティアの要件を話してくれ」

「はい、えーと、大変申し訳ないのですが、昨日ご提案いただいた件はなしということでお願いできませんでしょうか? 」

「ティアちゃんがここに残ってくれるかどうかのお話でしょうか? 」

「そのお話になります。ご期待にこたえられず、すみませんです」


 ティアが頭を下げるとキルラは優しく微笑む。


「そうですか、それがティアちゃんの意志であれば妾はなにも言いません。こちらこそ無理を言ってすみませんでしたね」


 キルラは優しい口調で安心させるように言った。その言葉を聞いてホッとしているティアを見て、ラックは口を開く。


「俺達もあまり長居しちゃ迷惑だろうから明日の朝にはこの街を出ようと思う。今日一日だけ城の部屋を貸してもらってもいいかな? 」

「ええ、そのぐらいでしたらどうぞごゆっくりください。でも、妾の食事をじっくりと見られるのは恥ずかしいので……」

「わかったよ、そこについてはもう触れないでおく。それじゃあ俺達は部屋に戻ろうぜ」


 ラックがそう言った瞬間、彼は床にバタリと倒れ込んだ。彼は右膝を押さえながら呻き声を上げる。


「ぐあああああああっ!! 」

「ラックさんどうしたんですか!? 」

「ちょっと足をつっちまった……」

「もー、しっかりしてくださいよー」


 ティアがラックの肩を支えようとするものの、少女一人の力では成人男性を担ぎあげるのは難しかった。


「ラック様、大丈夫ですか? 痛みよ、傷よ、消え去り給え! 『ヒール』! 」


 キルラが回復魔法を唱えるとラックの足に光が集まってくる。


「なんか痛みがひいてきたぜ、さすが聖女様のお力だな。感謝するよ」

「それが妾の使命ですから、もう足の調子は問題ないでしょうか? 」

「おかげでピンピンだ、これは借りができちまったな。そのお礼にいいことを教えてやるぜ」


 元気に立ち上がったラックは不敵な笑みを浮かべてキルラの耳元で囁いた。


「もう忘れちまっているかもしれねえが、お前は昨日、ステーキはいつも半分も食べずに残してるって言ってたぞ? 」

「…………っ!? 」

「ということで俺からのお礼は以上だ。それじゃあまたな」


 唇を噛み締めながら黙ってラックのことを見つめるキアラを置いて、ラック達は部屋から出る。すると早速ティアがジト目で話しかけてきた。


「ラックさんはさっきキルラちゃんに何を言ったんですか? 」

「別に、ただのお礼の言葉だよ」

「ふーん、じゃあさっきのワザとらしい仮病はなんだったんです? 」

「バレちまったか? 」

「当たり前ですよ、何やっても死なないようなラックさんがあんなに苦しそうにするのはおかしいです」

「まあ、ちょっと調査をしててな」


 そう言ってラックは指で摘んだものをティアに見せる。


「なんですかこれ、髪の毛みたいに見えますけど」

「この毛の色は茶色だから俺やティアやキルラでもないし、食事を運んだメイドは黒髪だった。聖女様の部屋なら定期的に床掃除をしているはずだ、だとするとこれはなんの毛だろうな」

「私達以外の何者かが出入りをしているってことですか? 普通に他のメイドさんってことはないでしょうか? 」

「その可能性もあるが、俺が今考えているものはまた別の可能性だ」


 ラックは指先にある細長い毛を目を細めて眺めている。


「だけど俺の考えだとおかしい部分が出てくるんだよなあ」

「いったいなんなんですか? 気になりますよー」

「それは秘密だ、どこで聞き耳を立てられてるかわからないからな」

「ぶー、意地悪ですね」

「まあそう時間もかからずわかるだろうから待ってくれ。それにティアには調べて欲しいこともあるしな」

「え、なんでしょう? 」


 パチパチと瞬きをするティア。


「いいか、この城の中で夜に変な鳴き声や物陰を見ることがないかをメイドや使用人に聞いて欲しい」

「それってまさか幽霊ですか!? 私はまだ死にたくないですよ! 」

「幽霊みたいなものかもしれない、とりあえずそういった噂が流れてないかを調べて欲しいんだ。聖女様には秘密でな」

「……なんかちょっと怖いですけどかっこいいですね。名探偵ティアっていう感じです」


 ティアは帽子とパイプを咥えるジェスチャーをする。好奇心旺盛な彼女は結構乗り気なようだ。


「ティアはこの城で情報を集めてくれ、その間に俺も街で同じようなことがないか聞いてみる。今夜、俺の部屋で集めた情報をまとめてみよう」

「わかりました! 頑張ってみます! 」

「ああ、期待してるぜ。無理はしすぎるなよ」

「了解しました! 」


 ティアはメモ帳を手に持ってトコトコと小走りで廊下をかけて行った。ラックは街に出てブラブラと散策する。


「最初に来た時は気づかなかったが、建物や馬車とか科学的な人工素材を使ってるんだな。それを上手いこと自然由来のものに見せかけているのか」


 建物はよく近づいて見てみると、木材にはない光沢があり、触ってみるとツルツルする。そして馬車には目立たない場所にエンジンが積んであり、馬車内の空調操作ができるようになっていた。


「快適な暮らしをするために環境破壊をしているのに、自然豊かな暮らしに見せかけているのも不思議な感じだな。人間の傲慢さの塊のような街だぜ」


 ラックはそんなことを言いつつも別にこの街をどうこうしようとは思わない。彼は自分が好きなように生きていたいのだ。


「さて、ティアには悪いけどビューストンのやつが来るまで酒場でゆっくりするか」


 そう言ってラックは昨晩行った酒場に行って、真っ昼間からしこたま酒を飲んでビューストンのことを待つのであった。




☆ ☆ ☆




「ビューストンのやつ遅くねえか? もう夜の八時になるぞ。早くしねえとティアが怒っちまう。小遣いは減らされたくないんだけどな」


 ラックは酒を飲んでゆっくり待っていたのだが、肝心のビューストンがいつまで待っても現れない。


 待たされるのが嫌いなラックが少しイライラしていると、バーテンダーの男性が声をかけてきた。


「あのラックさんは貴方でよろしいでしょうか? 」

「ああ、そうだけど」

「実はビューストンさんからこちらの手紙を預かっていまして、ラックさんにお渡しするようにと」

「どうして今までそうしなかったんだ? 俺はずっとここにいたよな? 」

「ビューストンさんから八時になるまで渡さないでくれと言われまして」

「……なるほど」


 バーテンダーから受け取った手紙をラックが開けるとそこにはこう書いてあった。



『昨日依頼を受けた調査の結果についてまとめている。手紙での連絡にはなってしまうが約束通り伝えさせていただく』


「ちっ、直接顔をあわせて話せないような内容なのか? 」


 ラックは舌打ちをしつつ、手紙を読み進めていく。


『近隣の街の有名人で病死している人物のリストを簡単にまとめた。このリストに載っている者は聖女の回復魔法を受けることができなかったと考えていい』


・A街 : 植物学者 この星の有害ガスを吸収する植物研究の第一人者


・B街 : 学者 生ゴミをエネルギーとした電力発電の新論文を発表


・C街 : 小説家 宇宙へ人類を移住させた後のことを書いたSF小説が人気


・D街 : 活動家 性別による性格の違いから、男女別々に生きていくのが人類のためと主張する人物



「環境に関わる人間を見捨ててるだろうと予想はしてたが、小説家や活動家はなんの関係があるんだ? 」


 ラックは手紙の情報を頭の中で整理しつつ、次の文章を読み進める。


『追伸 : 自分はやるべきことが見つかったので先に行かせてもらう。礼を言うぞ、ラック』


「……先に行く? アイツがいく場所って、もしかして聖女のところか? とりあえず俺もティアと合流してから向かおう」


 ラックは酔った足で酒場を出て、何度もよろめきながら、なんとか王城の自分の部屋に着いた。


「ラックさんおかえりなさい……って、お酒の匂いすごいですよ!? どんだけ飲んだんですか? 」

「覚えてないけどそんな飲んでねえぞ? 」

「覚えてない時点で十分飲んでますよ! もー、せっかくラックさんから言われた王城の幽霊の話を調べたのにー」


 怒りマークを頭に浮かべるティアに向かって、ラックは頭を下げて謝る。


「すまんすまん、それで調査の方はどうだったんだ? 」

「ビンゴでしたよ、キルラちゃんの部屋の近くで夜中に不思議な鳴き声を聞いたことがある人が何人かいました」

「やっぱりキルラになにか秘密があるんだな」


 ラックは酒場で受け取った手紙をティアに見せる。彼女は小さく声を出しながら読んだ後、首を傾げる。


「この人達をキルラちゃんが救わなかったってことですか? それぞれになんの繋がりもなさそうですし、気のせいじゃないですか? 」

「いや、なにか繋がりがあるはずだ。とりあえずキルラの所に行きながら考えよう」


 真夜中に窓から月の光が入り込む静かな廊下を二人はゆっくり歩く。


「この手紙の人達を救わなかったとしたら、キルラちゃんは何が目的なんでしょう? 環境改善はできなくなって、宇宙に行く小説が読めなくなって、男の人と女の人が今と変わらず一緒に暮らす。こんなの全然わからないですよー」


 ティアは手紙を見つめながらため息をついた。ラックは自分の髪の毛をいじりながら考えを述べる。


「環境改善という考えを潰すことで、人間こそがこの星で一番という考えを広めたいのかな? 」

「そうなると小説家と活動家を見捨てる意味がないですよね」

「うーん、じゃあ逆にもし救った場合どうなるか考えてみるか。環境改善はされるし、宇宙に行く小説は読めるし、男女は分かれて暮らすことで少子化が進む…………」


 そこまで言うと、ラックはハッとした表情になった。


「まさかそういうことだったのか? 」

「ラックさんは何かわかったんですか? 」

「ああ、キルラもとんでもないことを考えやがる」

「それでもちろん教えてくれるんですよね! 」

「ああ、キルラにあった後でな」

「えー、ケチ! 」

「そんなに怒んなって、ただこれだけは言えるぜ。あのキルラは聖女の皮を被った魔王だってことはな」


 そんなことを言っている間に二人はキルラの部屋の前までやってきていた。


 そして、ラック達が扉を開けて中に入るとそこには聖女キルラと聖騎士ビューストンがいた。その光景を見てラックはニヤニヤしながら口を開く。


「おいおい、夜這いか? 」

「またお前は面倒な言い方をする。自分は一足先に交渉をしにきただけさ」

「交渉ってなんのことです? 」


 目をキョトンとさせたティアの前でキルラは優しげな笑みを浮かべて答える。


「ティアちゃん、妾は勇者パーティに加入することにしました」

「な、なんでですか!? だってキルラちゃんは人を傷つけるのは嫌だからって断りましたよね!? 」

「ええ、妾は人間に無意味に危害を加える行為は嫌いですよ」

「ならどうして勇者パーティに入るんですか! 彼等は他の街を襲っているんですよ! 」


 ティアの言葉を聞いてもキルラはニコニコと笑っているだけである。その様子を見てラックはため息をついた。


「それはキルラの目的が人間を救うことじゃないからだよ。ビューストンは俺達よりも早く気づいて行動したってわけか」

「ああ、キルラ様の真の目的を理解すれば満足させるだけの報酬を与えればいい」

「ちっ、まるで俺が出し抜かれたようでイラっとするな」

「あのあの、二人とも何を話しているですか? キルラちゃんは人々を回復させてるなら、少なくとも人間を救っていることになるのではないでしょうか? 」


 ティアの素朴な疑問にラックが首を横に振ると、キルラが落ち着いたトーンで言葉を発する。


「妾の真の目的は『人類の滅亡』です、そのために人々を癒しているのですよ。この世界に巣食う害虫どもを滅亡させ、全てを無に帰すことが妾の役目なのです」

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