第36話 人を生かす街 その3
「私がキルラちゃんと一緒にここに残るですか!? 」
「はい、妾と共に人々を救う手助けをいたしましょう」
「でもでも私は一日に一人だけしか救えませんし……」
「それでも蘇生できるのは素晴らしいですよ、もちろん誰を蘇生するべきか困ってしまう場合は妾も一緒に相談に乗ります」
ティアの手をとって微笑むキルラ。ティアはすがるような目をラックに向けてきた。
「それもいいんじゃないか、聖女様が選んだ人間ならティアもやりがいがあるだろ。どうするかはティアが決めるといい」
「……そんな急に言われてもちょっと迷ってしまいます」
「その通りですね、しばらくはこの城でゆっくりして行ってください。部屋を二つ空けておきますのでそこをお使いください」
キルラは城内の地図に赤ペンでマークをつけて二人に渡す。ラック達はその地図を受け取った後、聖女に別れを告げて部屋を出た。
「このお城は王様のものらしいですけど、キルラちゃんならある程度融通が効くんですね」
「当たり前だろ、元々聖女様は王様の血縁でもなんでもない普通の村人だったらしいから肩身は狭いとは思うけどな」
「村人だった聖女様が目をつけられたのってやっぱり回復魔法が凄いからですよね? ということは声質が詠唱にかなり近いと言うことなのでしょうか? 」
「そうだろうな、幸か不幸かそれで聖女になって王城暮らしで毎日大量の怪我人を治してるということさ。本人はそれを望んでいるかは分からないけどな」
ラックの言葉を聞いてティアは首を傾げる。
「望んでいるんじゃないんですか? そうじゃなきゃ人々を回復させないでしょう」
「まあそうなんだけどな」
綺麗な王城の廊下を二人は歩いている。もう夜になっているので、人通りは多くない、彼らの足音がコツコツと響いていた。
「なあティア、さっきの話で出た『勇者魔王物語』なんだけど勇者は具体的にはなんて言ってたんだ? 」
「えっと、それはキルラちゃんの言ってたものと変わらないですよ。魔王の言葉に対して『人間は自然の一部ですから自分達のやってる環境破壊も自然の営みの一つ』とかいう感じですね」
「なんか随分と人間側の意見を押し付けてる感じはするけどな」
「しょうがないですよ、魔王側の意見の方が正論に聞こえちゃいますからそれに対抗するには多少無理な主張をしないといけないのです」
「ちなみに魔王側の主張はどんなものなんだ? 」
ティアはちょっと間をとって考えた後、口を開いた。
「えっとですね、確か『人間はこの星に巣食う害虫である。この星を救うために人間は滅ぼさなければならない』というやつです」
「俺としては魔王側の意見の方がよっぽど同意できるけどな。だからといって俺は環境を守ろうとかは思わないが」
「そうですよねー、私としても少しは理解できちゃうところもありますもん」
そんな話をしていると、彼らは自分が泊まる部屋の前にたどり着いた。隣同士の部屋をキルラは準備してくれたようだ。
「それじゃあティアはこの街に残るかどうかゆっくり考えてくれ。お前がどんな答えを出そうともそれを尊重するぞ」
「はい、少し考えてはみますが答えは変わらないと思います。私はまだラックさんと旅を続けたいです」
「そうかい、それは嬉しいぜ。その考えが明日になっても変わらないことを期待してるからな、おやすみティア」
「ラックさんもおやすみなさい」
ティアが部屋に入っていくのを見届けたラックは自分の部屋には入らず、王城から出て近くの酒場へと向かった。
木造造りで壁には動物の剥製や毛皮が飾られている酒場に入ると、ラックはカウンターにどっかりと座っているビューストンの姿を見つける。
「よお、やっぱり酒場にいると思ったぜ。ここのオススメはなんだ? 」
「なんだラックか、ここは熊酒が美味いぞ。生きた熊の腹に米を入れて中で発酵させたものを魔法で処理したものだ、その間は熊の手足を切り落として暴れないようにしているらしい」
「随分と悪趣味な酒だな、だが珍しそうだから飲んでやるよ」
ラックとビューストンはカウンターに並んで酒を飲む。熊酒のきつい匂いとは対照的なまろやかで甘い味にラックは少し驚いた。
「へえ、これなら女の子も飲みやすいな。まあティアは製造工程を聞いたら絶対に注文しないだろうが」
「それでラックは自分に何の用だ? 自分を追放した人間の所に意味もなく来るような奴ではないだろう? 」
「お前は聖女を仲間に引き入れたいんだよな? それなら役立ちそうな情報をやるよ」
「……どういう気の変わりようだ? お前には何の得がある? 」
「情報料が欲しい、あとは知的好奇心だな」
「知的好奇心? 」
ビューストンは眉を顰めてラックを見つめる。
「気になるんだよ、あの聖女の正体がな。お前達勇者パーティが接触を図るってことは清廉潔白な女の子ってわけじゃないんだろ? 」
「あの聖女自身ついては特に不可解な点は見当たらない。だが、この街の様子から聖女もなんかしら腹の奥に隠し事をしていると思っている」
「それは人間がこの地の支配者であり、他の動物はどうなってもいいというやつか? 」
「そうだ、この街は完全な人間至上主義だ。植物だろうが動物だろうが自分達の道具としか思っていない、街の外の森や湖を見たと思うがあれはプラスチックの残骸や化学薬品の廃液でできたものだ。この街の人間は環境のことなど微塵も考えていない」
「あの湖は綺麗だと思ったんだけど廃液なのか」
「綺麗に見せるために薬品を加えているらしい。そのせいでさらに環境に悪い毒物となっている」
「そりゃあひでえな。そんな自己中心的な街の聖女であれば、王都の勇者パーティに入って他の街を襲うことに賛成するかもしれないと考えたわけか」
ラックの言葉にコクリと頷いて、ビューストンはコップの中にある酒を一気飲みした。
「俺もさっき聖女と話をしてきたが、あいつもやっぱり人間至上主義っぽかった。本心まではわからないが言動や行動はそう感じたな」
「人間が大事なら勇者パーティには入らないだろう。それならこれからどうしようが無理なのではないか? 」
「そうなんだけど少し引っかかる部分があるんだ」
ラックはそこまで言うと手のひらを差し出して笑みを浮かべる。ビューストンはその意図を察して金貨を三枚手のひらに置いた。
「まいど、俺の見立てではあれは人間を大切にしてるように見せつつ、本当は別の目的があるんじゃないかと思う」
「ほう、それは一体なんだ? 」
「聖女の目的は動物や植物を浪費することだと思っている。本当に人間のことを思っているのであれば、最初から食い切れないとわかってる食事を出したりはしない」
「たったそれだけで決めつけるのか? 」
疑いの眼差しを向けるビューストンに向かってラックは首を横に振る。
「いや、更なる証拠が欲しい。そのためにビューストンの力が必要なんだ。いいか、この街の近くに住んでいる有名人で病気によってあっさり死んだ人間を調査して欲しい」
「なぜそんなことを? 」
「聖女はおそらくなんらかの法則によって救う人を選んでいる。だいたいの人間は救う対象にするが、彼女にとって都合が悪い人物はそのまま放置しているはずだ」
「なるほど、それで聖女の回復を受けることができずに病死した人間を調べれば法則がわかると言うことか」
「ああ、だがこれは多くの街にネットワークがある人間でないと調査に時間がかかる」
「そこで勇者パーティである自分の力を借りたいと言うわけだな」
ビューストンは手で下顎を触りながら考えてから頷いた。
「いいだろうその程度であれば明日の夜までには情報は集められる」
「さすが王都の情報網はすごいな、それじゃあ頼んだぜ」
「しかしラックがここまで協力してくれるとは意外だな。てっきり自分達のことを恨んでいるかと思っていたが」
「ムカついてはいるぜ、ただ哀れな人間には俺は優しくしちまうんだよ」
ラックはニヤニヤと笑いながら自分の胸元を指差した。
「ビューストン、胸の調子は大丈夫か? 」
「…………? 」
ビューストンはその内容が理解できずポカンとしていたが、すぐに事態を飲み込むことができた。
「まさか……、お前はいったいどこでそれを知ったんだ? 」
「いやー、俺も今日初めて知ったんだよ。実は聖女に会うためのアンケート用紙を見る機会があってな。まさかお前がアレに本当のことを書いちまうとは正直者だなあ」
「……話すんじゃないぞ? このことは誰にも言ってないからな」
「わかってるよ、俺だって鬼じゃないさ。あんなものを見せられたら手助けの一つくらいしたくなるさ」
「すまない、助かる」
「くくく、いいってことよ」
頭を下げるビューストンのことを見下しながら悪魔のような笑みをラックは浮かべていた。
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