第35話 人を生かす街 その2

「妾が勇者パーティに入るですって? 」


 可愛らしく丸い目を大きく開いて驚く聖女キルラ。その様子を見てラックが呼びかける。


「久しぶりだなビューストン。三十半ばのオッサンがこんな若い娘をナンパとは笑えねえな? 」

「ラックさん歳上相手には強気ですね」

「まさかラックとこんなところで再会するとは。お前は落とし穴にでも引っかかって骨でも折ったか? 」


 ビューストンはラックのことを見て笑った後、ティアの方に視線をやる。


「そっちの娘は……、まさか『救生主』か? 」

「はじめましてティアと申します」

「こちらこそ伯爵家御令嬢の前で見苦しい真似をしてしまって申し訳ございません」

「いえ、大丈夫です。私は見慣れてきますので」

「今さら敬語使って格好つけても遅いからなビューストン? 」

「敬語で格好つけと思うのはラックさんくらいですよ? 」


 呆れ顔のティアがラックにジト目を向けるがラックは全く気にせずに話し続ける。


「それで勇者パーティが聖女様を勧誘なんて何かあったのか? 」

「王都はこれから世界を変えるべく動き始める。そのために、とだけ言っておこう」

「ほー、それでわざわざ女の子をエスコートに聖騎士様がご登場ってわけだな」

「いちいち面倒な言い回しをする奴だ。内容には間違いはないが」


 ビューストンは咳払いをした後、頭を下げてキルラに語りかける。


「どうか王都のために勇者パーティにご加入をお願いできませんでしょうか? 」

「勇者パーティというのは何をしているのですか? 」

「はい、勇者パーティは困っている人々を救い、人類の希望を切り開く者達です。キルラ様はその一員として申し分ない能力と人柄をお持ちだと判断します」

「なーにが、人々を救いだ? まさか殺人を救済って思っちゃうタイプ? 」

「ラックは静かにしてくれ」

「うーん、どうしよっかなー? じゃあ遠回しに説明してやるからよく聞けよ? 黙ってて欲しけりゃ、口止め料をよこせ! 」

「直球すぎますよ!? 」


 ラックが笑顔で手を差し出すと、ビューストンは無言で金貨一枚を彼の手に置いた。


「へへ、まいど。しばらく黙ってやるよ」

「コホン、それではキルラ様のご返答を頂きたいと思います」

「……残念ながらお断りさせていただきます」

「なぜですか!? 」

「全てを知っているからです、貴方達勇者パーティは近隣の街を襲い、時には人々の命すら奪っている。妾はそのような者達の味方はできません」

「……そうですか」

「ざまあみやがれ! 口止め料は返さねーからな? 」


 貰った金貨一枚をビューストンの目の前で見せびらかしながら煽るラック。彼の精神は子供と同等レベルなのである。


「先程からうるさいがラックはキルラ様とどのような関係なんだ? 」

「実は一緒にご飯を食べる仲なんだぜ? 羨ましいだろ、はっはっはっ」

「ラックさん、恥ずかしいからやめてくださいよ……」

「そんな気にすんなよ、こいつにはこんぐらい言ってやらねえとわかんねえからな」


 大声で笑うラックをじっと見つめるビューストン。直接顔には出していなかったものの、さぞかしイラついているに違いない。


「仕方がありません、ここは一旦引かせてもらいます。少し時間を置いてまた伺いますので、キルラ様もそれまでもう一度だけ考えていただいてもよろしいでしょうか? 」

「わかりました、貴方の意思に沿う回答ができるかはわかりませんが」

「ありがたいお言葉です、それではキルラ様、ティア様、失礼いたしました」

「おい、俺には別れの挨拶はなしかよ? 」

「……じゃあな」


 ビューストンが部屋から出ていったのを見送って、ラックは舌打ちをする。


「ちっ、態度が悪い野郎だぜ」

「ラックさんは鏡見たことあります? 」

「ラック殿は先程の者とお知り合いなんですか? 」

「まあな、ちょっとした顔見知りみたいなものだ」

「どうやって一緒にやれてたのか不思議に思いますよ」


 昔の勇者パーティのことを考えて首を傾げるティア。ラックのあの調子だと三日も持たずにチームがバラバラになってもおかしくない。ティアはそのことをラックに聞いてみたかったが、聖女の前で勇者パーティの話は今はやめた方が良いと思ったので口を閉じることにした。


「さて、今日の回復はここまでですね。それではお二人とも妾の部屋で晩御飯にいたしましょう」

「えっ、キルラちゃんのお部屋にお邪魔してもいいんですか!? 」

「もちろんですよ、妾の部屋はそれなりに大きいのでこのぐらいの人数ならお食事もできますから」

「なんか、恐れ多いですね。ドキドキします」

「ティアは部屋に行くだけで心拍数が増えるなんて面白い身体してんな」

「それはラックさんだからですよ? 聖女様は人々の救いの象徴なんです。いくらドキドキしても、したりません! 」

「うふふ、そこまで言われると妾も恥ずかしくなってきますね」


 そうしてラック達はキルラの部屋に連れて行かれた。そこはテニスコートくらいの広さで、赤い絨毯にクリーム色の壁紙。家具はピンク色を基調としていてキングサイズのベットが窓際にドーンと置いてあった。


「へえ、なかなかいいところに住んでるじゃないか。人々を救ってるのなら当然といえば当然か」

「普段は広すぎて寂しかったりするのですけど、お二人に窮屈な思いをさせなくてよかったです」

「とても素敵なお部屋ですよ。聖女様というからキッチリした神々しい部屋かと思ってましたが、普通の女の子の部屋で安心しました」

「そうですか? それは良かったです、妾はあまり人を呼んだことがないのでどう思われるか不安でした」

「あれ、そうなんですか? 」

「ええ、妾はなかなか同い年くらいの知り合いがいないので」


 キルラは言葉に詰まって俯いた。そんな彼女を元気付けるようにティアが励ます。


「もしよければ私が友達になりますよ。ぜひぜひお願いします! 」

「うふふ、ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」


 仲良く手を取り合う少女達をよそに、ラックは部屋の中を観察するように眺めていた。そして彼は鏡台の上に置いてある紙束を見つける。


「この紙は俺達が書いたアンケート用紙だな」

「はい、今日ここに来た人達全ての回答用紙が置いてあります。妾が一度目を通して回復魔法をかけても良い相手かどうか判断しているのです」

「ふーん、ちなみにどんな奴だとアウトなんだ? 」

「それはもちろん回復させてしまったら他人に危害を加えるような者ですね。一応、話を聞いてみますがそれでもダメそうであればお断りさせていただいてます」

「なるほど、そりゃそうか」


 ラックは紙束をペラペラとめくっていくと、あるページでその手が止まる。そして彼の顔はみるみるうちに邪悪な笑みを浮かべ始めた。


「ラックさんはどうしたんですか? なんかすごく悪そうな顔をしているんですけど? 」

「いや、なんでもないさ。個人情報を覗き見るのはここまでにしといて、聖女様のご馳走を頂こうじゃないか」

「ええ、楽しみにしてください。ちょっと驚いてしまうかもしれませんけどね」


 キルラがそういうと部屋の扉が開かれ、料理が台車に乗って運ばれてくる。皿には超大盛りのステーキが並べられていた。


「でっかくないですか!? 絶対に噛みきれそうにない分厚さのお肉が出てきましたけど!? 」

「これ1人分で2キロはあるぞ? 俺でもキツいんだが聖女様は食べきれるのか? 」

「食べきれなかったら残していいのですよ? お肉なんてありあまっているのですからね」

「ありあまってる? 」


 ティアがたずねるとキルラはステーキの肉をナイフで切りながら答える。


「ええ、ここの街の人々は狩猟が好きで森や草原で動物をたくさんとってきます。ですので街には動物の肉が食べきれないほどありますし、革も使い捨ての雑巾にしているほどです」

「一つ聞くが、その動物というのは人間じゃないよな? 」

「違います、そこはちゃんとした牛や馬、兎などの動物です」


 聖女は肉が安全ということを諭すように自分から一口パクリと食べる。続けてラックもステーキを食べてみて、中身が普通の牛の肉ということがわかるとティアにも食べるように勧めた。


「それにしてもすごい量ですよ、キルラちゃんはいつもこれだけの量を食べているのですか? 」

「はいこの量を料理で出してもらいますが、いつも半分も食べずに残してしまっているのでティアちゃんも残して良いのですよ」

「でもなんか残してしまうのはもったいない気がしますね」

「気にしないでください、動物を狩ればいくらでも手に入るのですから」

「……でも動物さんに悪い気がします」


 ティアがよく焼けていい匂いを出しているステーキを見つめるとキルラはニコリと笑った。


「動物のことを気にする必要はありません。人間こそがこの地の支配者です、妾達は人間の繁栄さえ考えれば良いのですよ」

「そ、そうでしょうか? 」

「ええ、妾は聖女として人間を守るべき使命を受けています。そのためには多少の動物の犠牲は仕方がないことでしょう」

「食べきれないほどの動物を狩るのは多少ではない気がしますけど? 」

「いえいえ、狩人は動物を狩らなければ仕事になりません。妾達が食べきれなかったとしても、動物は狩る必要があるのですよ」

「そうなのですか……」

「まあいいんじゃねえか? 残してもいいなら気楽に食えるしな」


 ラックはパクパクとステーキ肉を口に入れる。しかし、結局2キロもの肉を食べきることはできず、ラックは約半分、少女達は1割程度しか食べることができなかった。


「いやー、食った食った! こんだけ腹一杯になったのは久しぶりだ」

「ふふ、そう言っていただけると妾も嬉しいです」

「美味しかったけど、なんかすごい罪悪感がありますね……」

「そうくよくよ気にすんなよな。そうだティア、このお礼に占いをやってやれよ」

「占い? ティアちゃんは占いができるのですか? 」

「ええ、人並みにですけどね」


 ティアはテーブルの上にタロットカードを裏向きで置いて、キルラにどれか好きなカードを1枚選ぶようにお願いした。


「あら、お姫様が出てきましたわね」


 捲られたカードには王冠を被った女王がゆったりと椅子に腰掛けていた。


「これは『女帝』の逆位置ですね。豊穣、豊かさ、包容力を意味する女帝の逆位置ですと、浪費や怠惰や我儘という意味になります」

「へー、そうなのですね」

「おや、反論も否定もなしか、ということは心のどこかで納得してんじゃないのか? 」

「いえいえ、突然のことでビックリしてしまっただけですよ。妾は別に今の状態が我儘で浪費、なんてことは思っていませんから」

「へーそうかい、本当にか? 」

「ええ、もちろんですわ」


 ラックの言葉にも動じずに優しい笑顔のキルラ。


「なるほど、今はそう思ってるかもしれない。だが『子供の頃』は違ってたんじゃないか? 」

「……っ!? 」


 キルラは一瞬、その真紅の瞳を見開いたが直ぐに落ち着いた様子で返してくる。


「確かに、妾も子供の頃は右も左も分からなかったため、そういう時期もありました。ですがそれがなんの問題でしょうか? 」

「いやなんの問題もないぜ、むしろ子供の頃から考えが変わらなかったらそれこそおかしいからな」

「なら、大丈夫というわけですね」

「だけど気になるのはどうして考えが変わったかというところだ、どんなきっかけがあったのか教えてくれないか? 」

「…………それは」


 キルラは視線を泳がせながら指をモジモジと動かした。そして十数秒ほどたった後に口を開く。


「小説です、ある小説に出てくる登場人物の言葉がきっかけでした。その物語は魔王と勇者が最後に人類の行く末について自論をぶつけ合うのですが、その時に勇者は『人間だって自然の一員だ! 人間が環境を破壊するからといって滅ぼすのはおかしい! 』というのです」

「あっ、それ知ってますよ。『勇者魔王物語』ですよね、私も好きでよく読んでました、勇者の人がちょっと我儘なところがあるんですけど、これまた頼れて格好いいんですよね」

「それだけ聞くと、その勇者はまるで俺みたいだな」

「……それでキルラちゃんの考えが変わったわけですね」

「最近、俺よくスルーされるな」


 ティアが確認をするとキルラはコクリと頷いた。


「その言葉を知ってわかったんです。人間が起こす環境への影響も自然の一部でしかありません。今起こっていることはこの星の歴史のあるべき姿ですから、妾がどう感じようがそれは個人的なものに過ぎないと」

「そのために自分の意志を殺して、人間のために聖女として治癒をし続けるのもどうかと思うぞ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないか」

「いいのです、妾は同じ仲間である人間こそが一番優先すべきものだと思っていますので」

「はー、それはまさしく聖女様らしい慈悲深い言葉だぜ」


 ラックは椅子の背もたれに体重をのせると、キルラはティアの方をじっと見つめる。


「そこでティアちゃんにお願いがあるのです」

「はい、なんでしょうか? 」

「人間の繁栄のために、どうか妾とここに残って人々を救い出す手助けをしていただけないでしょうか? 」

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