第34話 人を生かす街 その1
透き通るような湖、色鮮やかな花畑、深い緑の森を眺めつつゆっくりとドライブをしているラックとティア。
「随分と安全な運転をしているじゃないか、お腹でも壊したか? 」
「私だってちゃんと気をつけて運転することだってありますよ。こう見えてちゃんといろいろなことを予測してるんですからね」
「そうか、『かもしれない運転』でしっかり注意してくれよ」
「はい、誰も見ていなかったかもしれない、逃げ切れるかもしれない、捕まらないかもしれない」
「手遅れになった後のこと考えるなよ? 」
ラックが注意をするとティアはクスクスと笑った。
「えへへ、冗談ですって。こんなに美しい風景があるのにすぐに通り過ぎてしまうのはもったいないですからね」
「確かに自然が多くていい場所だよな、風も気持ちいいし原っぱに寝っ転がれば気持ちよさそうだ」
「そーいえばラックさんの出身地ってどんな街なんですか? 自然が多い場所なのか、それとも科学が進んだ場所なのでしょうか? 」
「あー、まあ科学がそこそこ進んでた街ってところかな。そんな特に説明するような所でもないよ」
車の窓から遠くを眺めるラックの様子を察してティアはこれ以上の詮索はやめることにする。誰にでも深掘りされたくない秘密の一つや二つはあるものだ。
「こんな自然豊かな光景もいいんだけど、科学が進んで家の電気が星空のように輝く夜景も綺麗だよな。ティアはどっちが好きだ? 」
「むむむ、悩みますねー。その時の雰囲気ですかね、友達と楽しむ時は自然豊かな場所、好きな人と二人きりなら夜景だと思います」
「ティアに友達いたのか? 」
「いますよそりゃあ!? ポチとかタマとかウサピョンとかです! 」
「随分変わった名前の人間の友達だな? 」
「べ、べつにいいじゃないですか!? 動物さんだって大切な友達なんです! 」
伯爵家の娘として育てられていた彼女はどうやら他人と深い仲になることはなかったようだ。両親が彼女の能力を大切にするあまり、交流を持たせないようにしていたのだろう。
「それで今度はこっちの番ですよ、ラックさんは自然の風景と夜景、どちらが好きなんです? 」
「そうだな、俺は夜景だな」
「へー、意外とロマンチックな方を選びましたね、なんでですか? 」
「夜景を作るには金が必要だからな、そう考えると夜景をタダで見れるのって得した気分にならないか? 」
「ロマンのかけらもない答えでした……、ラックさんらしいです」
美しい自然が目の前にあるにもかかわらず、夜景を見たいなどと贅沢なことをいうラック。人の欲望は尽きないということなのだろうか。
そして、ラック達はしばらく進むと美しいお城が見えたのでそこを目指さして進むのであった。
「おっきいお城ですねー、王都にも負けないくらいですよ」
「ここは『聖命の街 サプライブ』、魔法が発展している街で王都とも仲がいい。同じ魔法中心の街だからティアも聞いたことはあるんじゃないかな? 」
「はい、ありますよ! ここがあのサプライブなんですね、ということはあのお方がいるはずです! 」
ティアは目をキラキラと輝かせながらお城を見て口を開く。
「この街では聖女様に会うことができるんです。ラックさん早く行きましょう! 」
「嬉しそうにとびはねて、そんなに会いたかったのか? 」
「だって聖女様ですよ! その手は全ての病気を治し、口から紡がれる回復魔法はあらゆる怪我を治癒するといわれているあの聖女様なんですよ! 」
「それは王都がつくった話だけどな。俺も直接は会ったことはないから聖女についてはそれが真実なのかはわからない」
「いえ、わかりますって。見てくださいよこの街の人々を! 皆さん明るく笑顔じゃないですか、これは聖女様パワーってやつですよ」
周りには笑顔を絶やさずに話をする女性陣、とってきた獲物を見せびらかす狩人、商品を売ろうと明るく声を張る商人などがいた。高層ビルや自動車などの科学を象徴する便利なものは見当たらなかったが、人々は幸せそうであった。
「まあティアの言う通り、街の人々は明るいけどな」
「でしょう! それじゃあお城にレッツゴーです、一目でいいから聖女様を拝ませて頂きたいです! 」
「相手は聖女だぞ? もし言い伝えの通りの回復ができるのなら、そう簡単に会えるわけないじゃないか……」
呆れるラックの手をとってティアはダッシュする。まるで遊園地に初めて連れてこられた子供のようだ。そして彼等は城に入るとある看板が目に入った。
『聖女様による回復 : 5時間待ち』
その看板から先へと老若男女が長い列を作っていた。
「本当に遊園地みたいだな……」
「やったー、たった5時間待つだけで会えるなんてラッキーでしたね」
「いうほどラッキーか? 会う頃にはもう晩飯の時間だぞ? 」
「それは良かったです、夕ご飯は聖女様トークをしながら食べれますね」
「マジで並ばなきゃダメか? 」
「ダメです」
ティアにニコリと笑って即答されてしまうとラックはもう何も言えない。彼は観念して看板の下に立つと、兵士が一枚の紙を手渡してくる。
「聖女様の慈悲を受けるに値するかのアンケートです。これに回答をお願いいたします」
「ふーん、身分調査みたいなものがあるんだな」
「えーと、なになに。性別、年齢、固有能力、今のお仕事、過去の犯罪歴、治したい場所ですか。嘘をついたら慈悲は受けれないらしいですよ」
「固有能力なんて個人情報をそう素直にアンケートに書くかよ。ティアは適当に嘘書いとけよ」
「いえ、聖女様に対して嘘はつけません。私の『救生主』のことはちゃんと書きます」
ティアは迷いなく自分の固有能力をスラスラと紙に書く。
「もしかしてティアは聖女と自分自身を重ね合わせてるのか? 二人とも似たような能力だもんな」
「はい、私も王都で人々を回復させてた時に聖女様の噂に元気づけられたんです。世の中には私以外にも同じように頑張っている人がいるから挫けちゃダメだって、でも結局私は逃げ出しちゃいましたけど」
「ティアは一日一回だから逃げ出すチャンスはあったんだろうな。何人でも救えるとなると自分自身の時間なんてほぼ持てないだろう」
「だから私も聖女様のお話を聞いてみたいんです。そして私のお話で聖女様を元気付けられたらなって思うんです」
ティアは両手に力を込めて気合を入れる。どうやら彼女なりにいろいろと考えがあっての行動のようだ。ラックもティアの話を聞いて少しだけ納得したようである。
そしてアンケートを兵士に返してから二人は列に並び続ける。暇つぶしにラックが今まで行ったことがある街のことを話すとティアは興味津々で質問を投げかけていた。そんなこんなしているとあっという間に二人の番になった。
「もう5時間たったのか意外と早かったな」
「そうですねラックさんのお話が楽しかったおかげです。さて、この扉の先のお部屋に聖女様が待っていますよ! 」
豪華な扉を前にして、ティアが緊張した様子でドアノブを握り、扉を開いた。
「あら、お二人同時とは珍しいですね」
部屋の中には白いドレスをきた十代半ばの少女が礼儀正しく座っていた。少女の桃色の長い髪は綺麗に手入れされていて、宝石のように輝いている。
「あ、あの私はティアと言います! 王都からやって参りました! 」
「俺はラックだ、同じく王都から」
「お二人とも王都からはるばる来てくださって嬉しいです。妾はキルラと申します」
深々と頭を下げる聖女キルラを見てティアも慌てて腰を直角に曲げて礼をする。一方、ラックはちょっとだけ会釈をするだけであった。
「お二人のアンケートによると、どちらも頭に怪我をしていらっしゃるようですね? 」
「「え? 」」
ラックとティアはお互いに顔を見合わせてキョトンとする。
「いや、俺はアンケートの治したい場所には『ティアの頭が悪い』って書いたんだけど? 」
「私は『ラックさんの頭』って書きましたよ? 」
「「ああああああっ!! 」」
「ひどいですよラックさん!? 私のどこが頭悪いんです? 」
「お前こそ俺の頭のどこが悪いんだよ!? 」
「だって最近ラックさん白髪が増えてる気がするから苦労してるのかなーって思ったんです」
「くはああぁっ!? 白髪……だと? 」
ラックはオーバーキルを受けてよろめく。これはたまたま目立つ所に白髪ができてしまっただけで、彼の白髪は一応普通の人の範疇である。
「うふふ、面白い方達ですね。でも本当に面白いのはティアさんの固有能力です。これは本当なのでしょうか? 」
「はい、女神メアリス様に誓って真実です! 」
ティアはキルラのことをまっすぐ見つめたまま答えると、聖女は優しく微笑んだ。
「そうですか、妾と同じような能力を持っている方に出会えたのはとても嬉しいです。もしよろしければ夜になってしまいますが、妾が今日の分の人々を見終わった後にお食事でもどうでしょうか? 」
「ええ!? 私なんかがいいんですか! 」
「もちろんです、そもそも妾と年齢はほぼ変わらないのですからそう畏まらないでください。キルラと呼んでくれて良いのですよ」
「えっと、それではキルラちゃん」
「はい、よろしくお願いします。ティアちゃん」
キルラから笑顔を向けられることでティアは嬉しそうに小さくジャンプした。
「良かったなティア。しかし後ろの列を見る限りキルラの治療が終わるまでには、まだ数時間は余裕でかかるぞ。どこで待ってようか? 」
「それでしたらこの部屋で待っていてください。部屋の隅でよろしいならソファがありますので座ってください」
「いいんですか、私達がずっと見ていてはやりづらくはないでしょうか? 」
「大丈夫ですよ、人前で回復魔法を使うのには慣れていますからね」
そう言ってキルラは次々と人を部屋に呼んではすぐに回復魔法を唱えて治療する。頭痛や虫歯、打撲や骨折などもあっという間に治してしまう。
「すごいですね、流れ作業で治療してます」
「理想的な詠唱を無意識のうちでできてるんだろうな。後は慣れか」
人々が激しく部屋に出入りし始めると、ある人物が重い鎧の音を響かせて部屋に入ってきた。
「自分は王都の勇者パーティの一人、聖騎士ビューストンと申します」
聖騎士ビューストンは聖女キルラに向かって話しかける。部屋の隅にいたラック達には気づいていないようだ。
「げっ、ビューストンかよ!? アイツ一体何の用できたんだ? 」
「仕事中に怪我でもしたんでしょうか? 」
そんな二人の会話は聞こえていないようで、ビューストンはそのまま次の言葉を言った。
「聖女キルラよ、どうか自分達の勇者パーティに入っていただけないだろうか? 」
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