第32話 手を差し伸べる街 その6


 ラックとゲームを始めてから三日目の朝がやってくる。今日の正午に勝負が決まり、ポラティはティアを手に入れることができるのだ。


「ふふ、楽しみですね。あの美しい少女を手に入れることができればどれだけの募金を集めることができるでしょう」


 社長室のガラス窓から地上を眺めつつ、ポラティはティアの使い道を考える。


「まず、彼女のお腹を空かせて飢えた写真を撮って募金、その後は男に襲わせたビデオを撮って強姦被害者の募金、その次には四肢を切断して街の見せ物にして障害者の募金、そしたら危険薬物による後遺症被害者の募金……。ふふふ、どんどんイメージが湧いてきて困りますねえ」


 ポラティはガラスに映る自分がいつの間にか嬉しそうな笑みを浮かべていることに気づいた。どうやら自分は、あのティアという女の子の儚げな美しさの虜になっていたらしい。


「もう少しであの娘が手に入る。待ち遠しいですね」


 ポラティがペロリと唇を舐めていると突然社長室に自分の秘書が飛び込んできた。


「ポラティ社長、大変です! 我が社の金庫で大火事が発生しました。現金や金品が全て焼失とのことです! 」

「ちっ、金庫管理者をここに呼び出しなさい。金庫には保険をかけているからいいですが、そいつはクビにします」

「社長それだけじゃないんです! 我が社の電子上の預金がハッカーによって全て別の口座へと移されてしまいました」

「はあ!? まあ、まあ落ち着くのです。保険金を手に入れればなんとかなるでしょう」

「それが保険会社によると事務処理の関係で入金は早くても半年後と……」

「くそっ、いざという時に使えない保険ですね! 保険金が入金されたら即刻解約してやりましょう」


 ポラティは歯軋りをして机の上に書類を取り出した。当面の会社の資金繰りを考えるためだ。幸いなことにラックとのゲーム用の寄付として昨日金貨100万枚を各地にばら撒いている、試合に負けることはないだろう。


「あの、まだあるんですが……」

「これ以上何があるんです!? 」

「各地の街から我が社に金をもっと寄越さないと、募金のカラクリについて全てを話すと脅しが来ています。要求を全て受け入れた場合、金貨1000万枚になります……」

「今、この会社にはいくらの金がありますか? 」

「あるどころか明日にはマイナスになります、募金箱の設置費用や写真代金、その他諸々の支払いがもうできません」

「このことは誰にも知られてないですよね? 」

「それがいつの間にか噂がたち、我が社の株価はほぼ紙クズレベルまで落ちています」

「なんですって!? 」


 ポラティは急いでタブレットで会社の株価を確認すると、なんと昨日まで1株金貨250枚であったにもかかわらず、それが今現在は1株銅貨1枚の値段となっていた。


「この株価はなんだ!? まるで倒産寸前の会社じゃないですか! 」

「ですがこのままでは倒産も時間の問題かと、他の街が全てを話したらもう我々は募金ができなくなります。そしたらもう完全に終わりです」

「くそっ、どうしてこんなことが急におこるんだ!? 」


 ポラティは拳を机に叩きつけて呻き声を上げると、ある男の顔が頭の中に浮かび上がる。


「まさかラックの仕業か……」

「ラックと言いますと社長と勝負をしている方ですか? 」

「いや、そんなことできるわけがない! この三日間の間に、他の街に行って反旗を翻すように説得し、金庫を火事にして、銀行からハッキングした? そんなことできるわけがないだろうがっ! 」

「しゃ、社長。私に八つ当たりされても困りますよ……」

「うるさいっ! てめえはさっさと資金繰りを考えてこい、問題が解決するまで戻ってくるな! 」

「は、はいっ!? 」


 ポラティが怒鳴り声をあげると秘書はすごすごと引き返していく。彼女は銅貨1枚というゴミみたいな値段でしか取引されない自分の会社の株価を見て嘆く。


「いったい、何が起こってるんだ……」

「どうしたポラティ、景気が悪そうな顔してるじゃねえか? 」

「……ラック、どうやってここまできたのですか? 」


 ポラティは社長室にやって来たラックを睨みつける。彼は赤いマントを羽織りつつ、杖をついてやって来た。


「俺はラックではない、ハイエロファントだ。まあ、普通に受付に話しただけでこれたけどな? 今日は約束の日だから俺が来るのは当たり前だろ? 」


 確かに今日の正午までにラックは来る予定ということは受付に伝えていた。ポラティもそのために午前中はアポイントを入れていなかったので、少し早めにやって来た彼を受付が通すのはありえる話だろう。


「悪いが今は取り込み中なんです、正午まで待ってもらいますか? その時には自分の勝利が確定しますので」

「無理だろ、それまでにはこの会社潰れるぞ? 」

「まさかラック! 貴方が何かをやったんですか!? 」

「まあ、やったといえばやってることになる。もちろんティアの助けもあったけどな」

「ティア? あの娘にそんな力があるとは思えませんが? 」


 ポラティの問いかけに対してラックは笑いながら答える。


「十分すぎるほどの力があるさ、この街一番の金持ちのオッサンからたんまり金を引き出せるくらいはな」

「ま、まさか貴方はあの娘を売ったんですか!? くそっ、あのロリコン野郎が!! 」

「はあ? お前はなに勘違いしてんだ、欲求不満か? 」

「なに? 」


 ポラティが首を傾げるとティアがトテトテと小走りで社長室にやってくる。


「もー、ラックさんだけ先に来ないでくださいよー」

「ああ、すまん。ちょっと話をしててさ、ちょうどこれからティアの活躍シーンに突入するとこだったんだよ」

「あれのことですか……、もう勘弁してくださいね。私の『救生主』を金儲けに使うこと、別に無料でやってあげてもよかったんですから」


 ティアがため息混じりにそういうと、ポラティは思い出すように言葉を紡ぐ。


「救生主はたしか、回復の固有能力でしたか? 」

「そうだ、それで金持ちのオッサンの腰痛を治してやったんだよ。杖ついて苦しそうにしてたからな。そしたら褒美に金貨300枚貰ったぜ」

「……たったのそれだけですか? 」

「ああ、この会社を潰すには十分すぎるな」

「ふざけたことを抜かす人だ、そんなことできるわけがない」


 自分がからかわれただけであると思ったポラティはラックを無視して手元の資料を眺め始める。


「おいおい、この俺を無視するのか? 」

「うるさいなラック、ではなく今はハイエロファントかな。しばらくの間、消えててください」

「ほー、そんな言い方でいいのか。今の俺はこの会社の『株主』だぞ? 」

「……なに? 」


 ラックは懐からA4サイズの紙を一枚取り出した。そこにはラックが確かに株主ということの証明がされていたが、それは昨日の夕方に1株だけ買ったというしょうもないものだった。


「たったの1株ですか、まあ株主様には違いはない。それじゃあ、さっさと消えてください『株主様』」

「あーあ、俺は運が悪いぜ。昨日高い金払って買った株が、たったの銅貨1枚になっちまったんだからな」

「……お前の能力は確か世界一の不運」

「その通りだよ、俺が買った株の会社は例外なく翌日には倒産する。俺はそんぐらい運が悪いんだよなあ」


 ラックはヘラヘラ笑いながらポラティに向かって株主証明書を見せつける。


「貴様あああああああああああああっ!!!!!! 」

「ラックさんって疫病神も裸足で逃げ出すほどの不運ですよね」

「俺のせいで何千もの大企業が倒産してきたからな。昔、ある街でやりすぎて処刑されそうになったこともある」

「ラックさんはもう株には手を出さないでくださいよ、人類のためにです」


 そんなことをしている間に次々と悪いニュースがポラティにメールで伝えられる。ポラティが寄付した有力者たちが痴漢で逮捕されて会社を助けられないこと、会社が管理していたロボットが暴走して何百人もの人を傷つけて賠償を求められていること、会社の建物が実は手抜き工事でいつ崩れてもおかしくなく資産価値が全くないことが判明したこと、などなどである。


「くそおおおおっ!! ラック、貴様のせいだぞ! 貴様がこの会社を壊してくれたんだ、どう責任取ってくれるんだ!? 」

「それを考えるのが社長の仕事じゃないか? ほら株主として見ててやるから早くなんとかしてくれよ」

「てめえ、最初からこの会社を潰すことでゲームに勝つつもりだったんだな、汚い野郎だな! 」


 ラックに対して罵倒の嵐を浴びせるポラティだが、彼はニコニコしたまま言葉を返す。


「いや、ゲームには正攻法で勝つつもりだよ。ティア、金はどれくらい貯まった? 」

「えっと、すごいですよ! 金貨1億枚くらい集まってます! 空売りってやつはこんなに儲かるんですね」

「空売りだと、まさか!? 」

「そうさ、ティアにはこの会社の株の空売りを昨日からしまくってもらった。当然今はとんでもない金額になってるぜ? 」

「……その金で寄付しようというのか。だが正午まではあと数時間しかありません、金がいくらあっても相手がいなければ意味がないですね」


 ポラティは額に汗をかきながらも強い眼差しでラックを睨む。しかし、ラックはとても優しい笑顔でこう答えるのであった。


「寄付する相手ならいるぜ、今俺の目の前にな? 」

「…………は? 」

「察しが悪いなあ、今にも潰れそうなお前の会社に『寄付』してやろうと思ってんだよ。この金貨1億枚、お前は喉から手が出るほど欲しいんじゃねえのか? 」


 ラックからの突然の提案に頭の中が真っ白になるポラティ。そんな彼女のことはお構いなしにラックは言葉を投げかける。


「お前に選ばせてやるよ、このまま惨めに会社を倒産させるのか、それとも俺から寄付を受け取って会社を存続させるけど寄付ゲームには負ける、この二択をな」

「……があああああっ!?!? この悪魔があああああっ!!!! ぐおおおおおおおおっ!! 」


 ポラティはゲームに負けるか会社の存続の二択を迫られる。そのあまりの残酷な決断に彼女は綺麗に整えられた髪を掴んで叫び声を上げる。


「ラックさんってマジで魔王みたいな性格してますよね」

「そうか? そんなに褒めてもなんも出ないからな」

「褒めてはいませんけどね」


 そしてしばらく断末魔のような奇声をあげていたポラティはクシャクシャになった髪をそのままにラックにお願いをする。


「……自分の負けだ、寄付をしてくれ」

「あーん? それが寄付してもらう言い方か? 」

「どうか寄付をお願いいたします」

「俺が寄付したらお前はゲームに負けるけどいいか? 」

「負けでいいですからお願いします! 」

「しょうがねえなあ、そこまで言われたらやってやるか。ティア、寄付の手続きをしてやれ」

「ここぞとばかりにポラティさんを虐めてますね……」


 ティアは慣れない手つきでタブレットから『株主会社チャリティー募金』に1億枚の金貨を寄付。そしてラックは自分が保有してた株式を売っ払うことで、会社を不運から解放する。


「さて、これでこの会社はもう大丈夫だ」

「……感謝します」

「いいってことよ、ポラティ『副社長』さん」

「「え!? 」」


 ラックの言葉に疑問の声をあげる二人。そんな彼女達に向かってラックは説明をする。


「これからこの会社の社長はティアにやってもらうからな」

「えっ、私ですか!? 」

「待ってください、そんな身勝手な人事は許可できません! 」

「はーん、いったい誰が寄付してやったと思ってんだ? ここにいるティアお嬢様じゃないのかなあ? 会社の危機を救ったんだから社長くらいやらせてやれよ」

「……くううううっ!? 」


 ラックの言葉に反論できずに唸り声を出すことしかできないポラティ。そしてティアは不安そうな顔だ。


「あのー、私社長なんてできませんけど? 」

「そこは俺がサポートしてやるから安心しろ。ところでポラティ、この会社の中で一番辺鄙な場所にある支部ってどこだ」

「それなら『最果ての街 ハルカカナタ』ですね、ほとんど何もない無人島のような場所ですけど」

「よし、じゃあポラティはその支部の責任者だな。明日から行ってこい」

「なんですって!? なんで副社長の自分がそんなところに行かなきゃいけないんです! 」

「あーん? ティア社長の命令が聞なけないと? 」


 ラックが上から目線で異動通告をするが、ティアは困った様子で口を開く。


「あの、私は別にそこまでやれとは……」

「とティア社長は言っている、さっさと荷物をまとめて行ってこい! クビになりてえのかっ! 」

「くううううう、貴様らあああああっ!! ぜってえに覚えてろよおお!! 死んでもぶち殺してやるからなあああああっ!! 」


ポラティは机に置いてあったタブレットを手に持つと恨みの詰まった捨て台詞を残して社長室から出て行った。その時の彼女の目はドラゴンすら恐怖で逃げ出すのではないかと思ったと、後に彼女の秘書は語る。


「さて、これで一件落着だな。そしてティアはこの超大企業の社長だ、これだけあれば俺も好き放題できる……、ではなく本当に必要な人に寄付できるな」

「……ラックさんの目にお金マークが浮かんでます。正直かなり不安なんですけど大丈夫しょうか? 」


 こうしてティアは『株式会社チャリティー募金』の社長の座に着いた。彼女は不安を胸に抱いていたものの、社長特別性のフカフカな椅子に座るとちょっと偉くなった気分がしてきた。


「えへへ、敏腕美少女社長ティアの誕生です! これからこの会社をドンドン成長させて世界一の美少女社長になりますよ! 」


 ティアはガッツポーズを決めて宣言する。しかし、これが会社倒産の一週間前の出来事になるとは、この時誰も思っていなかったのである。

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