第30話 手を差し伸べる街 その4

 ポラティに捨て台詞を放ったラックはティアを連れて近くのホテルに向かった。部屋は無事に2部屋とれたもののとりあえず今後の相談ということで、ラックの部屋にティアが居座っていた。


「まさかポラティさん達があんなことをしていたなんて……」

「アイツらに言わせれば人助けをすることで自分達が役に立っていると思うことができるんだろう。実際に金を払っているわけだから、全くの間違いじゃないけどな」

「でも、そのために人が不幸になるのを待ってるなんてハゲタカみたいじゃないですか」

「それはどうかな、結論づけるにはもっと調べる必要がある。ハゲタカなら弱った獲物を食べればおしまいだが寄付には続きがある。今まであの寄付ゲーム参加させられていた街のことについて調べてみよう」

「それなら任せてください、実はここのホテルの図書室から過去のゲームの実績が書いてある本を借りてきました」


 ティアはベットの上に分厚い雑誌を何冊も置いた。女の子にとっては決して軽くはない雑誌を複数持ってくるのは大変だっただろう。


「重そうな本を何冊もありがとな、さてそれじゃあ早速中身を見てみますか」


 ラック達が本の中身を確認すると、ゲームの勝利チームとその時に寄付した物品の一覧がまとめられていた。ティアは雑誌を何ページかめくると可愛い唸り声を出す。


「うーん、どっちのチームが勝ったかは書いてありますけど、その街がそれ以降どうなったかは書いてないですね」

「寄付するだけして満足したら、後はもうどうでもいいってか」

「でも自分達が寄付した街なんですから、その後のことは気になりませんかね? 」

「寄付してるやつらは相手のことなんてどうでもいいのさ。奴らは『弱者に手を差し伸べる自分』が好きなんだよ」

「……全員がそんな人ではないと思います。たぶんですけど」


 ティアは自信なさげに言う。先刻までのドームの状況を見てしまうと確信が持てなかった。


「まあ街の奴らの考えなんてどうでもいい。寄付された街が今どうなっているか調べる必要があるな」

「でも第178回まであるんですよね。これは疲れそうですね……」

「ティア、もし辛いようなら少し休憩してくれてもいいんだぞ。その間に俺はカジノに遊びに行ってくるからさ、実はいいスロット見つけたんだよ」

「そうですか、それでは私はお言葉に甘えてお休みしますね……」


 ティアはなんのツッコミもなしにラックの前で無防備に目をつぶって横たわる。ラックはそんな彼女を見てため息をついた。


「スヤァ…………」

「ごめん、ちゃんとやるから起きてくれ」

「……ふざけないで最初からそう言ってくれればいいんですよ」


 気を取り直して二人は雑誌を見て街がどうなっているかを確認する。気の遠くなりそうな作業だと思っていたが、意外にもすぐにそれは終わった。


「どれもこれも街の名前が一切書かれてないぞ? 」

「私もです、これじゃあ街が今どうなっているかなんて分かりませんよ」

「さっきのドームでも街のことは『A』と『B』としかでていなかったよな? 」


 ラックはしばらく考えてから口を開いた。


「もしかして街は存在しないものだったのか? 」

「いえ、そんなことはないと思います。あの映像で流れていた人々の混乱や慌てようは本物としか思えません。演技ということはありえないです」

「正体不明の街に住人がいて、それが偶然二つ同時に自然災害で崩壊。どう考えても何かあるだろ。問題はポラティのやつがどうやってそれをしているかだ」


 ラックは髪の毛をかきむしって考えるがなかなか良い案が思い浮かばない。


「そーですよね、正体不明と言っても街並みはすごい綺麗ですし。見てくださいよ、どれもこれも災害が起きる前はピカピカの建物なんですよ」


 ティアが開いた雑誌には第92回の寄付ゲームの結果が載っている。二つの街は洪水によってボロボロになった後に寄付が開始、そして結果はBチームの勝利であるが、洪水前の街並みはどちらも美しく輝いていた。


「……なんで災害が起こるような場所にこんな綺麗な街が存在してたんだ? 」

「何か気になるんですか? 」

「ああ、ちょっとな」


 ティアの質問を受け流しながら、ふとラックは自分ポケットに入っていた名刺を取り出す。そこには『株式会社チャリティー募金』という文字が書かれていた。彼はじっとそれを見つめているとニヤリと笑う。


「なるほどな、これでよく『困った人を助ける』なんて言えたもんだ」

「もしかしてラックさんはわかったんですか! 」

「まあな、それを確かめに明日ポラティの所へ行くぞ。ティアもついてくるか? 」

「もちろんですよ、それで何がわかったんでしょう? 」

「それは明日の秘密さ、今日はゆっくり休んでくれ」

「えー、けちんぼ。気になって眠れませんよ」


 ティアがジト目をするがラックはニヤニヤするだけで答えを言うつもりはない。しばらくするとティアが折れてため息をつく。


「わかりましたよ、明日まで我慢します」

「ああ、今は休んでくれ。ティアにはこれから働いてもらわなきゃいけないんだからな」

「え、私の活躍もあるんですね! 期待してますよ! 」

「お前が望んでいる活躍ではないかもしれないがな」

「……どういうことです? 」


 不安そうな顔をするティアにラックはその目をしっかり見て伝える。


「何があっても、お前は俺を信じてついてきてくれるか? 」

「ええ、もちろんです! 」

「よしわかった、何をすればいいかは必要になったら伝える。頼んだぞ」


 ラックの深刻な顔を見て、事の重大さを理解したティアは静かにコクリと頷いた。



☆ ☆ ☆



 翌日、朝早くからラックとティアの二人はチャリティー募金までやってくる。そしてラックは受付の女性に声をかけた。


「すみません、ポラティ社長にお会いできませんか? 」

「あれ、貴方は昨日の。街を出たのではないのですか? 」

「いやー、この街が居心地が良くてつい長居してしまいましてね。昨日ポラティ社長に食事を奢ってもらったのでお礼の品を持ってきたんです」


 ラックはニコリと笑って、有名ブランドのチョコレートが入った箱を取り出した。


「えっと、ちょうど今の時間は別のお客様の予定はありませんが、ポラティに確認をしてみますね」


 受付は通信装置でやり取りを始めるとすぐにポラティからの許可は取れたようで、エレベーターに乗るように指示をした。ラックはエレベーターに乗るとすぐに持っていたチョコレートの箱を開けて中身を食べる。


「お、うめえなこれ」

「なにやってるんですか!? それは一応お礼なんですからね」


 そう言ってティアは口を開けて、あーんとするのでその中にチョコレートを入れると美味しそうに味わう。


「モグモグ、これは美味しいですね。もう一個貰います! 」


 そしてエレベーターが最上階のポラティの部屋に着く頃にはチョコレートの箱は空っぽになってしまっていた。


 エレベーターの扉が開くと、豪華な社長室があり、その奥の大きな椅子にポラティが客人を迎える営業スマイルで待っていた。


「ポラティ、昨日の礼だ」


 ポラティに向かってラックはチョコレートの空箱を放り投げる。彼女は空っぽの中身を見てクスリと笑う。


「ふふっ、これは随分な挨拶ですね」

「もぐもぐ、残念でしたね。中身は私のお腹の中ですよ! すっごく美味しかったんですからね、はい私の勝ちー! 」

「ふーん、そんなに美味しいのなら好きなだけどうぞ」


 ポラティは指を鳴らすと冷蔵庫が壁から出てきて、その中から大量のブランド物のチョコレートがとびだしてきた。


「ガーン!? ま、負けました……。けど食べるからいいですもん! 」


 ティアは冷蔵庫で冷えた美味しいチョコレートに舌鼓を打つ。この年頃の女の子は甘いものに目がないのだ。


「さてポラティ。俺達がここに来た理由はわかるか? 」

「なんだろうね、寄付をしに来てくれたのかな? 」

「そうしたいのは山々なんだが、詐欺師には寄付できなんだよなあ」

「ほう、どうしてそう思ったのか聞かせてもらいたいね? 疑われるような真似をしたなら今後は気をつけないといけないしね」


 ポラティは手元に電子タブレットを持ってメモを取る準備した。ラックが目の前にいるにもかかわらず彼女は堂々としている。


「まず一つはこの街の募金さ、これはお前が金を貰った場所の募金をしてるんだろ? 実際は貧しくともなんともないのに金を集めて渡してやってる」

「あれ、それは同じようなことを前にキミから聞いたけど? 」

「だから地下に隠れていたアイツらの募金はしてやらなかったんだろ、だってアイツらは金を持ってないんだからな」

「やれやれ、意気込んできたかと思ったらその程度か。あの広告は確かに真実ではないかもしれないね、ちょっとだけ誇張してるよ」


 ポラティは呆れたようにメモを取る姿勢をやめて話しはじめる。


「でもそんなのどの業界も同じだよね。世界一美味しいチョコレート、人生が変わる体験、偏差値が30上がる本、お腹を空かせた子供達、ほら似たようなものでしょ? 」

「なるほどねえ。じゃあ趣向を変えて、今度は寄付ゲームの話でもしようぜ? 」

「……へえ、聞かせてもらおうか」


 ポラティは体勢を少し前のめりにする。


「まず寄付ゲームでボロボロに崩壊した街、あれは偽物だな」

「ラックさん、でもそれは昨日調べましたけど逃げ惑う人達はどう考えても本物でしたよ? 」

「ああ、人は本物さ。偽物なのは街、というか建物の集まりとでも言えばいいかな? 」

「……続けていいよ」


 二人の話についていけずにキョトンとしているティア。そしてラックはゆっくりと続きを話す。


「お前達はまずは何もないところに建物を作った、見た目は綺麗だが実際の材質は大したことない簡易的なものだ。どうせ災害でなくなるんだから形だけ作れればいい」

「災害でなくなる場所に建てるってどうやるんです? 」

「ポラティ、この街の技術はどこで災害が起きるか一週間前には分かるんだよな? 」

「まさか……、それで災害が起きるとわかった場所にあらかじめ街を作ったんですか!? 」


 驚きの声をあげるティアだが、ポラティは笑顔を崩す様子はいっさいない。


「で、でも街はわかりましたけど住民はどうするんですか? 」

「それはポラティが俺に教えてくれてたのさ、『株式会社チャリティー募金』は困っている人にお金や物品や『住む場所』を寄付してあげてるってな」

「住む場所を寄付、ということは……」

「ティアの予想通りさ、住む場所に困っている人を見つけてその街に送り込んだんだろうな。そいつらも可哀想に、まさか手を差し伸べてきた相手が悪魔だとは思わないだろうよ」

「ポラティさん、これは本当のことなんですか? 」


 ティアが今の話のような酷い出来事は妄想の中だけであってほしい、そう思っていたがその淡い希望は打ち砕かれる。


「本当さ、あらかじめ災害が起きる場所にハリボテを作って、路頭に迷った人を送り込む。後は時間がくれば勝手にドーン。意外と結構簡単なんだよね」

「なんでそんな酷いことをするんですか!? 」

「ティアさんには分からないかもしれないけど、自分達には困っている人が必要なのさ。寄付を求める哀れな人間達がね、特に自分達の目の前で全てを失った人なんてちょうどいい」

「それは、弱いものを助けているという優越感のために、ですか? 」

「その通りさ、人助けは気持ちがいい。まあ、寄付した後のことまでは責任は取らないけどね、あの辺りは凶暴な獣が多いから今頃は全員食べられちゃってるかも」


 屈託のない笑みを見せるポラティを見て、ティアは両手をギュッと握る。いつ拳銃を取り出してぶっ放してもおかしくない。


「ティア、話はまだこれからだ。俺はこのことを街中に言いふらそうと思っている、そうすればポラティの立場も危うくなるはずだ」

「残念だけど無理だと思うよ。自分はこの街の警察や政治家、有力者に『寄付』しているからね」

「さすが抜け目がないねえ。だがそれでも少しダメージはあるんじゃないか? そこで一つゲームをしようと思う」

「ゲーム? 」


 余裕を見せていたポラティの表情が変わる。ラックの言葉は彼女の想定外だったのだろう。

 

「ああ、お前の大好きな『寄付ゲーム』さ。これで勝負をつけようぜ」

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