第29話 手を差し伸べる街 その3

 地上に出た後、ラック達はタクシーを拾ってポラティの名刺を見せることで『株式会社チャリティー募金』へと向かっていた。


「ラックさん。私、変な匂いしてませんよね? 」

「屁でもしたか? 音は聞こえてないから安心しろ」

「違いますよ!? 下水道の匂いがついてないか確認したいんです」

「ああ、それならあんな短時間しかいなかったのなら全然大丈夫だろ」

「ほっ、良かったです」

「もう少しすれば臭いは取れるはずだ」

「……じゃあ今は臭いってことですか!? 」


 ティアは自分の袖の匂いを必死にクンクンするが、先程まで下水道にいた彼女には実際自分が臭いのかどうかは判別がつかない。一方、タクシーの運転手は顔を歪めながら何も聞かなかったことにしている。これが仕事ができるプロの技なのである。


 こうして下水の臭いが少しする二人は株式会社チャリティー募金へと移動した。会社は白く美しい建物で入り口には企業マスコットである赤い小鳥がニッコリと笑っていた。


 二人は自動ドアをくぐって受付の女性に話しかける。


「すみません、ポラティ社長とお話しできませんでしょうか。俺達はさっき街を案内してもらいまして、そのお礼の言葉を伝えたくて」

「アポイントはしていらっしゃいますでしょうか? 」

「アポイントが必要だったんですか? ポラティ社長からは街の外の人の意見ならいつでも聞きますと言ってくださっていたのですが」

「うーん、そうですか。申し訳ありませんが、ポラティはただいま外出中ですのでまた明日でも来ていただいてもよろしいでしょうか」


 受付が丁寧に礼をするとラックは残念そうな顔をする。


「すみません、俺達は今日の夕方にはこの街を出る予定なんです。俺達がこの街を見て感じたことを直接伝えたかったんですけど……」

「うーん……、それでしたらポラティが今いる場所をお伝えいたしますよ。ポラティはそこでイベントの取り締まりをしているので行けば会えると思います。ここから歩いて三十分くらいですね、現地は混んでるので歩いていくのがいいですよ」

「ありがとうございます、貴女のおかげで助かりました! 本当に感謝します! 」


 ラックが深々と頭を下げると『いえいえ』と言いながら受付は手元から地図を取り出して赤鉛筆で道順を書き始めた。ラックは作業をしている彼女に向かって言う。


「ちなみにポラティ社長は普段からお忙しいのですか? 」

「ええ、いろいろな所からお客様が来るのでアポイントの予定も一杯なんですよ。なんとかとれた数少ない空き時間には街の散歩をしているようですね」

「そうなんですね、大勢の人が来るなら貴女のお仕事も大変でしょう? 」

「いえいえ、はるばる遠くからいらっしゃるお客様を迎えるのが私のお仕事ですから」

「素晴らしいお心遣いだと思います。俺にもこんな綺麗な道順をわざわざ書いてくださってありがとうございました。いやー、こんなことしてくれる人初めてですよ」

「えー、そうですかー? 」


 ラックが笑顔で受付からもらった地図を見せると彼女は笑顔になる。


「お世辞じゃないですよ、ここに書いてある字だってすっごく綺麗で読みやすいです。見る人のことをちゃんと考えている字だと感じますねー」

「えー、嬉しいですね。確かに他の受付と交代した時に誰が次に来るのかわかるように読みやすいようにしてますから」


 受付は手元に置いてあったボードをラックに見せる。そこには今後誰がポラティに会うかのアポイント一覧が書かれていた。ラックに嬉しそうに笑った後、頭を下げる。


「いや、素晴らしいと思います。俺もいろいろ勉強になりました、貴重なお話しありがとうございます」

「くすっ、なんだか面白い人ですね。受付の私に貴重なお話なんて」


 くすりと笑った受付と別れてビルから出るとティアがラックに話しかける。


「ラックさんナンパですか? 普段のキャラと違いすぎてビビりましたよ? 」

「いや、ちょっとした情報収集だ。とりあえずこの『チャリティー募金』はなんか裏がありそうな感じだな」

「なんでそう思うんですか? 」

「ポラティに会う人間ははるばる遠いところから来るとのことだが、わざわざ募金の話のために来るか? 」

「それは募金してもらいたいなら来るんじゃないでしょうか? 」

「募金を貰わなきゃ生活できないような人間がわざわざ遠くからここまで来れるのか? 」

「じゃあ、同じ募金活動をする協力者とかでは? 」

「それを『お客様』と呼ぶかなあ……」

「言う人は言うんじゃないですか? もー、ラックさんはいちいち疑いすぎなんですよ、一を聞いたら十疑いますよね」


 ティアはやれやれといった様子でため息をつくと、ラックは近くに置いてあった募金箱を指差した。


「さっき受付が見せてくれたボードに書かれてたアポイント予定の人間。そいつらは皆、募金の対象になっている街から来てたぞ」

「えっ? 」

「ちなみにティアが募金した街の名前もあったぞ。泥水と雑草しか食べれない街の人間がどうやってこの街に来て、『お客様』と呼ばれると思う? 」

「……考えすぎですよ。まさか募金先は別に生活に困ってない人達とでも言いたいんですか? 」

「それで募金先からポラティが報酬をもらっているなら筋が通るな」

「……ポラティさんに聞いてみましょう。それでわかるはずです」

「だな、これはあくまでも推測だ。真実はポラティしか知らないだろう」


 二人はそのままイベント会場へと向かった。イベント会場は何万人もの人が入ることができるドーム状の建物であり、入り口では大勢の人がごった返しになっていた。


「ひえー、これじゃあ、おしくらまんじゅうですよ! どうやって入りましょう? 」

「そりゃポラティの名前を使わしてもらうだけだ」


 ラックは制服を着ているイベントスタッフらしき人物にポラティの名刺を見せて、街の外から招待された者だと伝えると関係者用の入り口から入場することができた。


「なんか随分あっさり通れちゃいましたね。もっと身分確認とかあると思いましたけど」

「正直そこは俺も予想外だった、ダメ元でやったからな」


 イベントスタッフに連れられてラック達はドームの観戦席の一番前に行く。そこには豪華なテーブルがあり、その上には美味しそうな料理と飲み物がおいてあった。


「えっ、こんなすごいところに来ちゃっていいんですか? 」

「もしかしたらイベントスタッフも誰かと間違えてしまってるんじゃ……」

「ふふっ、二人とも間違えてないですよ。それにしても自分に会いに来てくれるなんて嬉しいですね」


 突然のVIP対応に戸惑っているラックとティアの前にスーツ姿のポラティがやってくる。彼女は綺麗なネックレスとピアスをつけており、ドームの照明を反射してキラリと輝いていた。


「ポラティさん!? 」

「ふふっ、まるでお化けを見る目で驚かないでください。自分の名刺を持った街の外の人が呼んでるといったらお二人以外にいないでしょう。それならせっかくだからこの特等席でイベントを鑑賞してほしいと思いましてね」

「えーと、イベントって何をするんですか? 」


 ティアがドームをぐるりと見渡すと、ちょうど半分の座席が赤色のシート、そしてもう半分が青色のシートとなっている。シートには大勢の人がぎゅうぎゅう詰めで座っていて、手には何かボタンのような物を持っていた。


「それは始まってからのお楽しみ。さあ、この街一番のイベント『寄付ゲーム』そろそろ開始ですよ」


 ポラティが指をパチンと鳴らすとドームが真っ暗になる。そしてマイクを手に持ったポラティにスポットライトが当てられた。


 ドーム全員の視線の中、彼女はゆっくりと口を開く。


「お集まりの皆様、この時を今か今かと待っていたと思います。本当は自分の最近の状況などを話したいところではありますが、皆様が退屈で寝てしまうと大変ですので早速始めさせていただきます」


 ポラティの調子の良いトークに観衆は笑い声を漏らす。


「それでは皆様、まずこちらをご覧ください」


 ポラティがそう言うとドームの真ん中に巨大な液晶画面が二つ地面からゆっくりと上昇する。その液晶画面の映像を見てティアは不思議そうにキョトンとした。


「なんか同じような街の映像が二つ並んでますね」


 ドームの真ん中には観客全員が見ることができるような大きさのパネルが二つ出現した。そして、それぞれには街で暮らす人々の姿が映し出されている。


「確かに似ている街だけど所々違う箇所があるな。それぞれの画面に表示されている『A』と『B』というのはどういう意味だ? 」

「さあ、どういうことでしょう? 寄付ゲームと言っていますけど、どちらの街も皆さん困ってはなさそうですよ? 」


 映像の中では二つの街の人々は笑顔であり、特に不自由をしていなさそうな生活である。建物は汚れがなくほぼ新築のようであり、人々の身なりもとても綺麗であった。映像を見ている限りは寄付を必要としている様子はない。


「さあ、第178回目となります寄付ゲームはこちらの2つの街。それでは皆様、カウントダウンを一緒にやりましょう! 」


 ポラティの掛け声に合わせて観客達が声を揃えて数字を数え始める。


「5! 」

「4! 」

「3! 」

「2! 」

「1! 」

「0! 」


 ドオオオオオオオン!!


 突然、耳を裂くような爆音がドームに鳴り響く。しかし、観客達は戸惑うどころか拍手をしていた、なぜならその轟音は映像の向こうから聞こえていたからである。


 画面の中では、流星のように降り注ぐ火山弾が二つの街を襲っていた。空から落ち、地面で炸裂する火山弾に人々は慌てふためきながら逃げ惑うが、自然の力の前には何もできない。次々と家は崩壊し、火が全てを燃やし尽くすのを待っていることしかできなかった。


 街があっけなくボロボロになる様子を見さられながらティアは唖然としていた。


「何が起こっているんですか……、なんでここの人達は笑っているんですか……」


 彼女の目には、この凄惨な光景を見て手を鳴らしながら喜ぶ観客達が映っていた。


 時間にしてわずか十数分、それだけで街はほぼ跡形もなくなっていた。何も言われなければ戦争跡地と感違いしてしまうかもしれない。


 好き放題に街を荒らし回った火山弾が降り終わったのを確認した後、ポラティは満面の笑みで観客達に呼びかける。


「それでは第178回目寄付ゲーム開始です! このボロボロになった弱き物達を自分達の力で復活させてあげましょう! AチームとBチームに分かれて勝負です、まず最初の目的は〜!? 」


 ポラティがそう言うと画面にルーレットが表示されて様々な言葉が入れ替わりで現れる。そして、その言葉は『学校』と言う単語でストップした。


「決まりました〜、まずは『学校』を建ててあげましょう。それでは寄付金と寄付したい物を入力してボタンを押してください、何を寄付してもいいですけど勝利条件は学校建設というのをお忘れなく」


 ポラティの明るく楽しげな説明を受けて観客は雄叫びをあげ始める。


「しゃー、俺は金貨1枚で木材を寄付だ! 」

「Bチームには負けられんわい、ワシは金貨10枚で建築作業員5人を1時間プレゼントじゃ」

「やれやれ……、金貨200枚でトラックを支給だ。Bチームのやつは俺様につづけええっ! 」

「「「おおおおおおっ!! 」」」


 液晶の画面には寄付の金額と物品がずらりと並び、その内容によって街には復興のための資材がどこからともなく運ばれてくる。当の画面内の人々は呆然とした様子で運搬資材を眺めるだけである。


 熱狂しながら寄付を続ける人々を見ていたラックとティアは思考が停止する。


「……なにが、起こってるんです? 」

「わかりませんかティアさん、これが寄付ゲームです。二つのチームに分かれて先に街を復興させた方が勝ちですよ」

「……ポラティさんがおっしゃってる意味がよくわかりません。勝ちとか負けとかではありませんし、どうして街を壊しちゃったんですか? 」


 ティアが涙目になってポラティに問いかける。


「壊すとは人聞きが悪いですね、あの街は自然災害で壊れてしまったのですよ。自分達は二つの街が今日災害に遭うことを機械で予測できていたので、早急な復興支援ができているのです。この街の技術はなかなか凄いですよね」

「なら、なんでそのことを教えてあげなかったんですか!? 」

「なんでって、言ったら寄付が集まらないじゃないですか。困って苦しんでいる人達の光景が目に焼きつくからこそ、ここの人達は寄付をしているのですよ? 」

「でももっとやり方というものがあると思います! 」


 ティアの言葉を聞くとポラティはキョトンとしながら首を傾げる。


「ティアさん、自分達の街は『困っている人に手を差し伸べる』ことをします。火山弾が落ちる前はあの人達は困っていなかったんです。なら手を差し伸べる必要はありませんよね? 」

「ポラティさんは本当に自分の言ってることが正しいと思っているんですか!? 」

「ええ、もちろんです。だってあの街は困っていなかったんですもの。火山弾で街が壊れてもそれはあの街の力不足が原因です。ですが自分達は慈悲深いので復興のお手伝いをしてあげているのですよ」

「慈悲深いねえ、どいつもこいつも自分の優越感と承認欲求のためにやってるだけにしか見えねえがな」


 液晶画面には寄付金額のランキングがあり、多くの寄付をした人の名前が表示されている。そのランキングは常に入れ替わりをしており、上位を狙う人達の争いをリアルタイムで見ることができた。


「おやおや、ラックさんまでそんなことを言うのですか? 貴方は自分達側の人間だと思ってましたけどねえ」

「別にどっち側というわけじゃないさ、このゲームについても特に非難するつもりはない」

「……ラックさんはそう思うんですか? 」

「ああ、自分の身は自分で守るのが生きていく上の大原則だからな。それができないならあの街も文句は言えねえよ」

「おお、やはり街の外にも自分達と同じような考えを持つ人がいるのですね、いやー嬉しいですね」


 ポラティはご機嫌になってラックの前に置いてあるグラスにワインを注いだ。ラックはそのワインには手をつけずに彼女に向かって問いかける。


「そういや街中にある募金箱の中身はちゃんと相手の街に届いているのか? 」

「当たり前ですよ、届かなければ詐欺になりますからね」

「ならもう一つ質問だ、相手の街は本当にお金や生活に困っているのか? 」

「ええ、そうでなければいけません。自分達は『困っている人に手を差し伸べる』のですからね」

「そうか、その『困っている』というのにはお前に募金の広告をして欲しいと、賄賂を送ることも含まれるのか? 」

「……どういうことですか? 」

「おや、図星かな。額に汗をかいてるぜ」


 ポラティは笑顔を保ちつつも自分の額に手を当てる。そして額から手を離した後、彼女の手に何もついていないのを見てポラティは唇を噛んだ。


「……さて、なんのことでしょうか? 観客の熱気に当てられれば汗の一滴くらいはかいてもおかしくありません」

「そうかい、まあお前の胡散臭さはもうわかってる。このゲームにもなんかしら仕掛けがあるんだろ。こんな偶然に二つの街が同時に崩壊するなんてことありえないからな」

「疑うのは良いですが、これは自然災害。自分達が故意で起こせるわけではありません、できるのはあくまで予測だけです。この街の技術であれば一週間先までの災害は予測できますけどね」

「ふーん、まあ話半分に聞いておくぜ。ティア、もう行くぞ、こんな所にいてもストレスが溜まるだけだからな」


 ラックがティアを見ると彼女は悲しそうにコクリと頷いた。まだまだ盛り上がりを見せるドームからラック達が出ようとすると、後ろからポラティが声をかける。


「もう帰ってしまうのですか? ここからが面白い所なんですよ。次のステージでは『復興者の銅像』、つまり自分の銅像を寄付で作ることになってるんです。もしよければお二人の銅像も寄付で作りますよ」

「悪いがゴミの製造工程を見てるほど暇じゃないんでね」

「ほー、そんなに貴方達はお忙しいのですか? いったい何がそんなに忙しいんです?」

「そうだな、例えばこの街で金融取引に失敗した人達の手伝いとかな」

「ああ、あの『負け犬』のことですか? 自分の力不足で借金したあげく、助けて欲しいと擦り寄ってくる奴らですよね」


 ポラティはクスクスと笑う、地下の人達がみすぼらしい格好で助けを求めてきたのを思い出して心底面白いらしい。


「俺は優しいからポラティに教えてやるよ。情けは人の為ならずって言葉があるんだ、こんなことばかりしてると自分が困っている時にロクでもない連中ばかりが手を差し伸べてくるぜ、お前らみたいなハゲタカがな」

「なるほどありがとう。そんな時が来るのを首を長くして待ってますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る