第21話 言葉を食べる街 その5

「……まさか、私はハメられていたんですか? 」


 後ろにさがったティアの背中が壁にぶつかる、それはもうこれ以上彼女に逃げ場がないということであった。彼女は目をつぶって呟く。


「すみません、ラックさん……」


「白銀の世界、灼熱の嵐の後に訪れる悲劇は全ての魂を暖かく抱擁す! 『ハートフルディザスター』! 」


 どこからか詠唱が聞こえると警備員達は一瞬にして凍結する。まるで何万年もの間、氷河の中に閉じ込められたかのようだ。


 ティアは、魔法を詠唱した青い髪の天才魔法美少女に向かって叫ぶ。


「アクアリーテさん!? 」

「ティアちゃんはなかなかいい戦いっぷりだったね。格好良かったよ」


 笑顔で振り返るアクアリーテ、そんな彼女の背後にまだ残っていた警備員が飛び掛かってくる。


「アクアリーテさん、危ないです! 」

「タワーアッパー! うちあがれええっ! 」

「ぐはああっ!? 」


 警備員は強力な一撃を受け天井をぶち破って消えてしまった。その攻撃をしたのは頭に三角の塔の被り物をして褌をしている男であった。


「全く油断してるんじゃないぞ? 」

「ラックがいるからのんびり油断してるんじゃん、近づいた敵は全部なんとかしてくれるでしょ? 」

「俺はラックではない、今の俺はザ・タワーだ」

「ラックさん! 来てくれたんですね! ってなんですかその格好!? 」

「ふっ、ヒーローみたいでいいだろ? 」

「ボクは一緒にいてメチャクチャ恥ずかしいけどね……」


 ティアは喜びながら二人の元へ駆けていくとラックは大きく伸びをする。


「まあ、来てたというか最初からいたんだけどな」

「え? どういうことですか? 」

「いやー、ティアちゃんの後をずっとつけてたんだよ。ボクの透明化の魔法を使ってね、時々足音が二重に聞こえて驚いてたでしょ? 」

「えええええっ!? じゃあ私の戦いも見てたんですか? 」

「ああ、まだ初心者の割には筋はいいじゃねえか。お前のような逸材を冒険者にしていなかった王都は見る目がないな」

「それはいえてるねー、ティアちゃんならすぐにAクラスにいくんじゃないかな」


 そんなことを話している内に警備員だけではなく、警備用ロボットまでやってきて三人を打ち倒そうとしてくる。


「一番でかいロボットは俺に任せろ、タワーストライク! 」

「なら雑魚は任せて! 人を恨み、世を恨み、神をも恨んだ末に手中に握るは無への羨望! 『フリーダムシャドープリズン』! 」


 ラックの拳による一撃が巨大な警備ロボットを粉々に粉砕し、アクアリーテの魔法が警備員達の影を固定し全員の動きを止めた。そして彼女は一人一人、手に持った杖で顔面フルスイングして敵をぶち倒していく。


 そんなラックとアクアリーテの二人は戦っているというよりも、ゲームを楽しんでいるようにティアには見えた。


(これが勇者パーティの実力。私も強くなって、いつか隣に立って戦えるようになりたい……)


 そして二人が一通り暴れるともう誰も増援に来なくなった。ラックは褌についたホコリを払う。


「この様子だと、だいたい倒しきったか? 」

「数だけが多いやつらだったね。これなら王都が攻め込めば普通に侵略できそうだよ」


 倒れている警備兵達を見て一息ついているラック達にティアは頭を下げる。


「あの、勝手に単独行動をしてしまってすみませんでした」

「いや、別にいいぞ。それが目的だったし、おかげですんなり子供達のところまで来れたからな」

「え、どういうことです? 」

「この広いビルの中、子供を探し出すのは大変だ。歩くのも疲れるし時間もかかるし。それなら、相手から案内させればいい」

「相手に案内ですか? でもどうやって……」


 ティアは今までの自分の行動を振り返ってみて気づいた。夜中なのに稼働する自動ドア、エレベーター、施錠されていないドアの鍵、そしてあんなにたくさんいた警備員にここまで来るまで彼女は会わなかったこと。


「もしかして私は子供のところまで誘導されていたんですか? でも一体どうして」

「それはティアちゃんがか弱いからさ。警備員はティアちゃん相手なら絶対負けない、そう思って舐めてたんだろうね。子供のところまで案内させて絶望させようって魂胆さ」

「俺やアクアリーテだったら警戒されて子供を別のところに動かされたり、下手すりゃ先に殺すってこともありえた。その辺りを上手いことティアはカモフラージュしてくれたんだ」

「ってことは私は囮ってことですか!? それならそうと先に言ってくださいよ! 」

「先に言ったらちゃんと演技できないだろ、ティアの迫真の潜入調査がこの子達を見つけ出してくれたんだよ」


 ティアは囮にされたことに対して頬を膨らましていたが、結果として上手くいったのだ。一息ついた後、彼女は恥ずかしそうにはにかむ。


「まあ、エリートビューティスパイのティアならこのぐらい朝飯前です。さて、それでは檻の鍵を開けてあげましょう」


 子供達が閉じ込められている檻の鍵を開けるが、子供達はラック達のことを警戒して全く出てくる様子はない。


「まあそーだろうな。この子達に俺達を信じろっていうのも無理な話だ」

「言葉も通じないんじゃ難しいですもんね」


 ティアは一生懸命にボディランゲージで敵意がないことを示しているが子供達は相変わらず檻のすみで縮こまっている。


「しょうがない、警備員は全員倒したわけだし、この子達はここで待たせて俺達は先に行くことにしよう」

「先に行くってどこにいくんですか? 」

「それはもちろん大ボスを倒しにいくのさ」



☆ ☆ ☆



 ビルの最上階の言喰鳥があるフロアでエレベーターが止まる音が鳴り響く。そしてラック達が勢いよく跳び出すと、一人の白衣の男が先着で待っていた、ラングトンである。


「やれやれ、王都の蛮族にここまでやられるとはね。少し甘く見ていたのかもしれないな」

「ラングトン、子供達を元の場所に帰すんだ。彼らを解放することを誓え」

「なぜあんな言葉も通じないような野蛮人を保護しようとする? お前達に利益があるのか? 」

「言葉が通じないのは貴方の方です! 大人しくいうこと聞いてください」

「……はあ、このままでは無意味に時間を浪費するだけだな。こういう時はどうすればいいだろうか? 」


 ラングトンは呆れたようにため息をついてティア達に問いかけると、彼女は大きく宣言した。


「それはもちろん話し合いで……」

「「暴力で解決!! 」」

「ラックさん!? アクアリーテさん!? 」

「くくく、王都のクソみたいな蛮族らしい短絡的な答えだなあ? 一方、文化的な自分の回答はというと、モチロン暴力で解決に決まっているよなあ!? 」

「ちょっと待ってくださいよ!? ここは話し合いで解決するのがいいと思います」

「ティア、話し合いの結果、暴力で解決になったんだぞ? 3対1の厳正なる民主主義の結果だ」

「た、たしかに……。あれ、それでいいのかな? 」


 ティアは首を傾げつつもラック達に乗せられるように拳銃をラングトンに向けた。数的不利にもかかわらず、ラングトンは余裕の笑みを見せている。


「自分はこれでもフェアな人間なんだ。お互いに隠し事は良くない、固有能力という切り札を明らかにして勝負するのもいいんじゃないかな? 」

「別にいいけどそれなら自分から先にやれよ? 」

「もちろんさ、王都の蛮族みたいに夜襲をかけるほど自分は卑怯じゃない」


 ラングトンの挑発にティアは少しイラっときたが、他二人には全然効いていない。ラック達は勝てばなにしようが関係ないという思想だからだ、このような考え方をするのを蛮族という。


「自分の固有能力はね、相手の目の前で自分の能力を説明することで、相手の身体の自由を奪い、最終的には呼吸不全によって殺すという能力なんだ、名称を『知れば−終わり(シレバ−フィニッシュ)』という」

「「「……なっ!? 」」」


 ラングトンが説明を終えた瞬間、ラック達の身体に異常な重圧がのしかかる。それには流石のラックでさえ動けないほどだった。


「こいつ……、卑怯な真似をしやがって」

「そうかな? まあ勝てばどうでもいいことさ。さあこのまま惨めに死んでいくか、それとも脳手術を受けてあの野蛮人のように生きていくか好きな方を選ばしてあげるよ、あっはっはっはっ」


 高笑いをするラングトンの声がフロアに反響するが、それを無機質な音が邪魔をする。


 チーン!


「なんだ? 復活した警備員が戻ってきたか? 」


 フロアに到着したエレベーターの扉をラングトンが見つめるとそこから複数の影が彼に跳びかかって来る。


「谿コ縺! 」

「蠕ゥ隶舌@縺ヲ繧?k! 」

「こ、この野蛮人共が!? てめえらも自分のスキルの餌食にしてやる。自分の固有能力は、相手の目の前で自分の能力を説明することで、相手の身体の自由を奪い、最終的には呼吸不全によって殺すという能力。名称を『知れば−終わり(シレバ−フィニッシュ)』という」


 慣れた口調で素早く説明し、天に腕を突き上げて格好良くガッツポーズをしながらラングトンは勝利を確信する。


「菴戊ィ?縺」縺ヲ繧薙□? 」

「な、なんでこいつらは動いているんだ!? 」

「それは言葉がわかんねえからじゃないか? この子達は人間の言葉をほとんど聞いたことがないんだろ? 意味がわからなければ知りようがないからな」

「く、くそっ、こっちに来るんじゃねえ。いたいっ、がはっ、ごほっ!? 」


 ラングトンは強力な能力を持っていたとしても身体能力は一般的な成人男性である。恨みが詰まった子供達の集団に押し倒されてしまえば、後は噛みつきや引っ掻き攻撃の餌食となった。


「谿コ縺! 」

「豁サ繧薙〒縺励∪縺! 」


『ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ』


 子供達から発せられる声によって言喰鳥が卵をひたすら産み続ける。ラングトンは気を失ったのか、ラック達にかけられていた固有能力はいつの間にか解けていた。


「ふぅ、助かったな。俺もちっとばかしヒヤっとしたぜ」

「すごい固有能力だったね、欠点は知り合いに自慢できないことくらいじゃないかな? 」

「……あれ、二人とも見てください、今変な色の卵が産まれたような気がしますよ? 」


 ティアがそう言ったので言喰鳥の足元に行くと大量の金の卵に混ざって一つ真っ黒な卵を見つけた。そしてそれは雛がかえるように自然と殻が割れる。


『未来にいる皆様、私達は貴方達に失望しております』


 突如流れる音に三人は驚く。その音は黒い卵から発せられているが、声は冷たく淡々としていた。


『私達は将来異なる言葉を持つ人々が手を取り合うきっかけとなるようにこの像を作成しました。違う言葉を聞かせれば像から金の卵が産まれて人々を豊かにする。そうすることで金の卵を通じ、違う言葉を持つ人々が協力して仲良く暮らせるように結びつけたかったのです』


「これ、古代人の声ですよね。喫茶店で食べた時の声と似ています」

「ああ、だが声に込めている感情は全く別物だけどな」


『綺麗な言葉を像に言えば星形の模様が入った卵を産みますが、殺意が含まれる言葉を受けた時は無地の卵を産みます。ちなみに殺意が込められている場合は同じ単語でも卵を産む仕組みです。無地の卵の中には殺意を込めた言葉を止めるように警告する言葉を入れていたのに、無視をされてしまったのは非常に悲しいです』


「無地のやつって確か装飾用に輸出してるっていってたな。誰も割らないから警告も聞かなかったわけか」

「でも最初は試しに割ったんじゃないですか? 」

「たぶん最初の何回かは無音で、しばらくやり続けると警告を出すようにしてたんじゃないのかな。今となってはもうわからないけどね」


『無地の卵の警告を無視し続けることによってこの卵が産まれました。このような事態が発生しているということは、どんなことが起きてしまっているのか私達も予想できます。おそらく他言語を話す人間を奴隷のように扱い、その怒りの言葉にも耳を貸さなかったのでしょう。それは私達が一番恐れていたことでした』


 古代人からの哀しみを伴う声を聞いて三人は黙りこくる。そして黒い卵から最後のメッセージが送られてきた。


『そのようなことが起きたのは言喰鳥を作った私達の責任です。そして私達が最後にできることは貴方達を殲滅して滅ぼすこと。それでは未来の皆様、永久にさようなら』

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