第20話 言葉を食べる街 その4

 ラック達は喫茶店で待っていたアクアリーテと合流して、ビル内で起きた出来事を話した。


「なるほど、そーゆー仕組みだったのか。それだと逐一産まれる卵をチェックしなきゃいけなくなるね。うーん、どうしよう」

「試しに俺がさっきもらってきた卵を割ってみるか? 」


 ラックの問いかけにアクアリーテが頷くのを見て、彼は綺麗に卵を割った。


『手を取り合い仲良く時を過ごしましょう! 』


「これが産みたての卵となると特に変わった様子はなさそうだね。もしかして詠唱が卵に入っていることはないのかもなー」

「あの、でも一つ気になることを言っていました。音が鳴らない卵があるって」

「子供をいじめて産ませていたやつだな。音が鳴らないから装飾品用として輸出しているってやつ」


アクアリーテは少し考えた後、口を開く。


「今は装飾品用として輸出されてるなら誰も卵は割っていないはずだよね。最初は音は出てなかったように聞こえてたかもしれないけど、もしかすると何か変化が起こっている可能性はあるかもしれない」

「つまり装飾品用の卵を調べることが重要ってことだな」

「うん、輸出されちゃってるって話だから他の街を調査している魔術協会のメンバーに気をつける様に連絡しておくよ」


 アクアリーテは世界地図を開いて、どこの誰に連絡をするのか計画を立てる。そんな彼女に向かってティアは確認をする。


「それで連絡をした後はどうしますか? 」

「そうだね、しばらくの間はこの街で産まれる装飾品用の卵を魔術協会が買い取って中の音を確認、問題なければ卵を修復して他の街へ転売って形になるかな」

「それを聞くと魔術協会って結構大きな組織なんだな」

「まあ地域にもよるけどね、大きくなきゃ世界をカバーできないよ」


 アクアリーテが誇らしげに笑うと、ティアが申し訳なさそうに小さく手を挙げる。


「あの、子供のことは魔術協会でなんとかできないのでしょうか? 」

「うーん、魔術協会は魔法の存続のために存在するからね。今回の場合、子供は関係ないから放置になるかな。この街と敵対しちゃうと卵も買えなくなっちゃうしね」

「そうなんですか……、魔術協会も助けられないんですね」

「そうガッカリすんな、時代が変わればあの子供も解放される時がくるさ」

「……はい、そうですね」

「それじゃあもう夕方になっちゃったし、明日の朝に街の様子を再確認したらボクは王都に帰るよ」

「おお、お疲れさん。ティア、俺達も明日の朝には次の街へ行くからな? 」

「えっ、もう行っちゃうんですか? 」

「なにか問題あるか? 」

「……いえ、なんでもないです」


 そっけなく応えるラックを見たティアは、深刻な顔をして考え込むのであった。



☆ ☆ ☆



 真夜中、人通りがすっかりなくなった頃、ビルの前に佇んでいる人影があった。天にも届くのではないかと思うくらいの50階建てのビルを見上げながらその人影は口を開く。


「ラックさん達がいかないのなら私がやってみせます! 美少女スパイティア、出動です! 」


 ティアはポケットの中に入れている拳銃に手をかけながらゆっくりと自動ドアの前に行くと、昼間と同じ様にガラスの扉は開いた。


「へー、夜でも普通に開くんですね。機械さんはいつも働いていて偉いです」


 そして、ティアはドアをくぐって受付に進むが当然今は真夜中であるためそこには誰もおらず、照明も非常口の場所を教える緑色のランプがぼんやりと光るだけであった。


 自分の足音をコツコツと鳴らしてエレベーターのボタンを押すと機械音と共に扉が開く。


「ちょっと待って、もしこれに乗って誰かと鉢合わせになっちゃったら逃げられないですよね。どこかに階段でもないかな? 」


 一応自分が不法侵入している意識はある様で誰にも遭遇しないことを心がけているティア。彼女は周囲をうろちょろしていると非常階段を見つけた、これなら見つかる可能性はエレベーターよりも低いだろう、そう考えたティアは非常階段をゆっくりと上がっていった。


「私が昼間に子供がエレベーターで連れて行かれたのを見た時、30階でエレベーターは止まってた。ということはそこが怪しいです」


 誰もいない静かな建物の中、自分を元気づけるために独り言を話しつつ階段を一歩一歩のぼっていく。


「でもキツイ!! キツすぎますよねこれ!? 」


 普段それほど運動するタイプではない彼女にとって階段で30階まで上がるのはかなりの拷問であった。


 時々休憩を挟みながら歩くが、疲れのためか足音が二重で聞こえる時がある。彼女は咄嗟に銃を構えて後ろへ振り向くものの、誰の姿もないことを見て安心して進む。これを何回も繰り返していった結果、ついにティアは30階にたどり着くことができた。


「どうか扉が開きますように……」


 非常階段から30階のフロアに出るためには一つドアがあり、鍵をかけることができるタイプと一目で分かった。ティアは祈りながらドアノブを回すとカチャリという音と共にドアが開いた。


「よかった〜、ラックさんじゃないから、もし鍵が閉まってたらどうしようもなかったです」


 ティアはほっと一安心してフロアに入り、子供がどこにいるか捜索を開始する。


「昼間のラングトンさんの反応を見る限り、あの人は子供のことを所有物としか思っていません。ならこのビルの中のどこかの部屋に物を扱うみたいに幽閉しているはずですが……」


 曲がり角では誰もいないことを確認してからしっかり進む、エデンでの『射撃ゲーム』の経験をしっかりと活かしている。というよりもそこでの経験があり、自信がついたからこそ単独行動ができているのだ。


「私は射撃ゲームの第一ステージを突破した猛者ですよ、それにいざとなったら、あの魔法があります」


 ティアはエデンが使っていたメテオの詠唱を思い出す。自分にはあんな魔法使えるわけがないと諦めていたが、アクアリーテの話を聞くことで詠唱さえしっかりできていれば使えることがわかった。メテオが使えるという希望も、彼女の背を押した一因なのである。


 そしてついに彼女はある部屋を見つけた。そこには『野蛮人保管場所』というプレートがぼんやりと青く光っていたのだ。ティアがおそるおそる扉を開くと息を呑む光景が広がっていた。


「隱ー縺?縺薙s縺ェ螟懊↓? 」

「縺セ縺滄?繧後※縺?°繧後k縺ョ縺 」

「谿コ縺励※繧?k」


 彼女の目には檻に入れられている大量の子供達が怒り、嘆き、悲しんでいる姿が映っていた。


「な、なんてことです。こんなひどい格好でこんなひどい場所で……」


 ティアが檻をあけようとするが厳重に鍵がかかっていた。彼女は拳銃を取り出してその鍵を破壊しようと試みる。


「小娘、そんなことしなくても鍵ならここにあるぞ」

「……っ!? 」


 ティアの背後にはいつのまにか武装した男が一人立っていた。体格は大きく殴り合いではティアは歯が立たないだろう。


「誰ですか、あなたは!? 」

「勝手に忍び込んできて、誰ですかはないんじゃねえか。俺様はただの警備員だよ、お前みたいなヤツを処分するためのな! 」


 ドコオッ!!


 警備員が振り下ろした警棒は地面に大きな亀裂を作り出す。なんとか横にジャンプして避けたティアは拳銃を向けた。


「動かないでください! そうしないと狙えませんから! 」


 パァン!!


 ティアお得意の先制射撃をするものの警備員の厚い武装は破れなかった。


「こいつ、いきなりやべー小娘だな。だがそんな弾じゃきかねえ。そんなにこの野蛮人が気になるならお前もその仲間にしてやるよ、記憶をちょっと消して脳を弄れば明日からでもお友達になれるぜ? そうなったらお前は見た目がいいから俺様がたっぷり可愛がってやるよ」


 再び警備員が警棒を横に振るのをティアはしゃがんで回避するが、なんと警棒が当たった場所の壁に巨大な穴が空いている。


「なんてパワーなんです!? 」

「ぐひひ、俺様の固有能力『協力(テンパワーパワーパワー&パワー)』は攻撃時に通常の十倍の力を発揮できる。超強力な能力さ、ここ笑うところだぜ? 」


 圧倒的な力量差を見せつけて笑う警備員にティアは拳銃をつけつける。


「だーかーらー、効かないってもう一回やってみるか? 」

「ええ、私は諦めが悪い美少女なんです」


 余裕の表情で銃口を見つめる警備員。そしてティアは大きく息を吸った。


「暗闇の中で生まれる光よ、人々の迷いを祓いたまえ! 『ライト』! 」

「かはあっ!? 目がああっ!? 」


 ティアの指先から閃光が放たれ暗闇を明るく照らす。それを直視していた警備員は目を押さえながら後退りした。


「くそがっ、舐めやがってぜってえぶち殺す! 」


 パァン! パァン! 


「だから効かねえって言ってんだろうがこのボケがっ! 」


 警備員は銃声が鳴った方に向けて走っていき警棒を振り下ろす。


「あっ!? いねえっ! 」

「音がなる方にそのまま進むなんて獣ですね」

「くそっ、こいつ……、え? 」


 警備員は自分の身体が大きな影に隠れているのを見ると、すぐさま頭上を見上げて驚く。


「なんで……こんなところに車が? 」


 ズドンッ!! 鉄塊が警備員を押し潰した。ティアは警備員が気絶したのを確認した後、ハンドルの裏にあるボタンを押すとすぐに車はミニカーサイズへと縮小する。


「ラックさんに黙って車を持って来ちゃいました。でも、私だって立派に戦えるんですからね! 」


 ティアは誰も見ていない中、手に力を入れてガッツポーズをした。しかしそんな安心もすぐに終わりを迎える。


「……嘘でしょ? 」


 彼女の目の前には警備員が次々と集まってきた。それは階段の上から下から、ビル中の職員が集合し始めていた。


「なはは、お嬢ちゃんはこのビルに入る時からずっと監視されてたんだよ。少し遊んでやろうと思ったんだがまさか一人やられるとはな」


 その集団は気絶している警備員を見て大笑いした後、ティアにジリジリと近づいてくる。


「さあ、そろそろ年貢の納め時だぜ。単身頑張ったのは褒めてやるがそれももう終わりだ。おとなしく捕まってくれや! 」

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