第19話 言葉を食べる街 その3

 アクアリーテから言喰鳥の調査の依頼を受けたラックとティアは、トコトコ歩いて街の中心にある大きなビルへ到着した。ビルの入り口のガラスでできた自動ドアをくぐって、すぐ目の前にいる受付のカウンターに座っていた女性に声をかけた。


「えーと、王都のアクアリーテの代理でやってきたのですが」

「アクアリーテ様……、ああ確かに予定をいただいていますね。少々お待ちください」


 青い制服の女性は通信機器を使ってしばらく会話をした後、ラック達に笑顔を向ける。


「確認が取れました、それでは横の通路のエレベーターから50階へ移動してください」

「ありがとうございます」

「えれべーたー? 」


 ティアはクエスチョンマークを浮かべながらラックと一緒にエレベーターに乗る。そしてガクンと一瞬体が重くなったかと思うと窓ガラスを通して自分達が上昇していることに驚いた。


「おお! すごいです、びゅわーって上がっていきます」

「そうかエレベーターは初めてか。50階っていうから相当眺めがいいと思うぞ」

「えへへ、鳥さんになった気分です」


 ティアは窓ガラスに額をくっつけながら小さくなっていく地面を眺めている。


「そういえばアクアリーテさんの固有能力って何なんでしょう? 勇者パーティにいるってことはやはりすごい能力なのですか? 」

「俺がパーティにまだいた時には『精霊共鳴』っていってたな。この地に住んでいる精霊と話をして強い魔法を使用できるようになるんだと」

「……それって先ほどの話と矛盾しませんか? ナノマシンが魔法のもとなら精霊なんて関係ないですよね」

「だな、アクアリーテはなんかしら嘘をついている可能性が高い。能天気なように見えて結構頭がキレるんだよ、見た目に惑わされないようにな」


 ラックがティアにそう指摘をするとチーンという機械音と共にエレベーターの扉が開いた、ビルの最上階である50階に到着したのである。


「やあ、こんにちは王都からはるばる来てくれてありがとう。自分はこの街のトップを務めさせていただいているラングトンです。よろしく頼むよ」


 清潔感のあるホールには白衣を着た三十代半ばの男性が笑顔で立っていた。ラングトンと名乗った男性のメガネに天井から漏れてくる日差しがキラリと反射する。


「これはご丁寧にありがとうございます。俺達はアクアリーテの代理できました、ラックとティアと申します」

「あれ、アクアリーテ殿はいらっしゃらなかったのか。それはちょっと困ったな」

「もし何かありましたら俺達でできることはさせて頂きます」

「アクアリーテ殿の代理ということはお二人は王都の出身なのかな? 」

「俺は違いますがティアはそうです」


 ティアが前に一歩出てペコリとお辞儀をするとラングトンは安心した様子で笑みを浮かべる。


「それは良かった! 王都の人なら多分大丈夫だろう。それではこちらを見ていただけるかな? 」


 ラングトンはホールの真ん中にそびえたつ大きな金属製の像を指差した。


「すっごく大きいですね、鶏さんの様な形をしていますが二階建ての家くらいの大きさはありますよ」

「これがこの街を支える『言喰鳥』です。もうお二人は金の卵を召し上がりましたか? 」


 ラック達が頷くとラングトンは満足そうに笑う。


「それなら話が早い。この『言喰鳥』こそが金の卵を生み出しているのです」


『ハラヘッタ、ハラヘッタ』


「うわ、この像喋りましたよ!? 」

「ははは、喋ったと言っても録音されている音声が流れているだけです。なにも食べさせないとこうやってメッセージが流れるんですよ」


 ラングトンは像の巨大な足を手でさすりながら補足説明を始める。


「言喰鳥はその名の通り言葉を食べます。ただしコイツは結構グルメで一度聞いた単語は食べないんですよ」

「違う単語を話さないということですか? 」

「ええ、違う単語だったり、新しく生まれた言葉だったりです。言葉というのは時代によって成長するもの、若者言葉や特定の組織による略語など、そういった新しい言葉を食べるんです。もちろん適当に考えた言葉は食べないですよ」

「へー、結構面白い仕組みをしているんだな」


 ラングトンは説明を終えるとメガネを人差し指でクイっと上げる。


「アクアリーテ殿は王都有数の魔法使いということで自分達の知らない単語をこの像に食べさせることができるのではないかと思って招待させて頂きました。その代理でお二人がいらっしゃいましたが、何かできそうでしょうか? 」

「単語って普通に使うような日常のものは、もう既に食べさせちゃってるんですか? 」

「ええ、この像は自分が生まれる前、いやこの街ができた時からあったと言われています。日常単語はもう腹の中ですね」


 ラック達は言喰鳥を見てみると、なるほどとても巨大な腹である。もしこの腹をハサミで切ったら中からドラゴンが飛び出してきてもおかしくない。


「わかりました、そーゆーことなら私に任せてください」

「お、ティアはいけそうか? 」

「ええ! 私、超自信あります! 」


 ティアは胸をトンと叩いて言喰鳥の前に仁王立ちしてから、可愛くVサインする。




「てやんで☆ 」 




 鈴の鳴る様な声が静寂のホールに響き渡る。


「「なにそれ? 」」

「私の作った、『頑張るぞ』って意味の言葉ですよ。オリジナルなのです」


『ウマイ、ウマイ』


 ティアの言葉に反応して言喰鳥はバサバサと羽ばたいた後、お尻から金色の卵を一つ産み落とした。


「おお、ありがとうございますティア殿。どうやら成功の様ですね、綺麗な星形の模様があり食用としても申し分ありません」

「ふふん、どんなもんだいです」

「なるほど、こうやって金の卵を作っているんだな。しかし金の卵には古代の人達の声が入っているけどそれはどういうことだろう」

「これは自分の推測になりますが、新しい言葉を食べると、昔食べた言葉を卵として産むと考えています。古代の人は言喰鳥に言葉を腹一杯食べさせ、私達に言葉を残す様にしたんですね」

「ってことはこの像の中に古代の言葉が全部詰まっているんですか!? 」


 ティアは像の立派なお腹を見る、ちょっと太って美味しそうと思うこのお腹に、大量の金の卵が入っていることになる。ラングトンは笑みを浮かべながら答える。


「古代の技術だから見た目以上に金の卵が入っているはずさ、それこそ圧縮魔法で対策してるなら理論上は無限に収納できる。ただそれを無理やり手に入れようとは思わない、言喰鳥を壊して金の卵が手に入れられるなんて裏技は古代人なら対策してるだろうしね」

「俺もそう思いますね、金の卵は正攻法で手に入れるのが一番でしょう」

「だからこそ、この街では言語教育に力を入れているのさ。街の各地でいろいろな新単語を生み出せるように住民が切磋琢磨している」

「でもそんなたくさん新単語を作ったら会話が大変になりませんか? 」

「それは大丈夫、餌用の新単語は一度食べさせたらもう使わないようにするからさ。日常生活では使わないよ」


 ラングトンは50階の高さから地上の建物を眺める。その中では今も餌となる言葉を生み出すべく人々が奮闘しているのだろう。ラックはティアにしか聞こえない声で相談をする。


「この像の中にアクアリーテが欲しいものが入っているかどうか調べるのはすぐには難しそうだな」

「ええ、私もそう思います」

「なにを相談しているんだい? せっかくだからもっと言葉を食べさせてくれると嬉しいんだけど……」


 チーン!


 室内に機械音が鳴り響くとエレベーターの扉が開いた。そしてエレベーターの中から白衣を着た一人の科学者ともう一人ボロボロの布切れを身につけた子供が首輪に繋がれてやってくる。


「おい、お客様がいらっしゃるんだ。そんなものを連れてくるな」

「す、すみません。時間的に良いかなと思いまして、出直してきますか? 」

「もういい、せっかくだから二人にもお見せしよう」


 首輪を繋がれた子供は鋭い目つきでラングトンのことを睨みつけるが、彼の表情に変化はない。ティアは不安そうな顔で尋ねる。


「えっと、この子はどなたなのでしょう? 」

「これは野蛮人の子供さ、この街から少し離れたところにいる集落に住んでるのを襲って子供を奪った」

「どうしてそんなことするんです!? 」

「それは言喰鳥の餌のためさ、ほらさっさと声を出しな! 」


 ラングトンが子供のことを蹴飛ばすと子供は叫び声をあげる。


「谿コ縺!! 」


『ウマイ、ウマイ』


 子供の声に反応して言喰鳥は金の卵を産んだ。


「あの、この子はなんて言っているんでしょうか? 」

「さあ、全くわからないね。知りたいとも思わないけどさ、ははは」


 ラングトンは軽く笑った後、もう一度子供を蹴り飛ばす。


「蝨ー迯?↓蝣輔■繧!! 」


『ウマイ、ウマイ』


 再び言喰鳥は卵を産んだ。それを見てラックは眉を顰める。


「どうしてポンポン卵を産むんだ? 一度食った単語は食べないんだろ? 」

「いいかい、既存の言語から新しい単語を作るのは結構骨が折れる。だからコイツらを使って全く新しい言語を作り上げてるのさ。コイツらは赤ん坊の頃から、豚や馬などの獣、そして虫などの声をずっと聞かせて人間の言葉は教えない。そうすると今の様な訳の分からない言語を使いだすのさ、全く新しい言語なら全ての単語を餌にできるから簡単だろう? 」


 ニコニコと笑うラングトンの横ではラック達が今まで聞いたことがない様な言葉を話す子供がいた。その言葉はリズムも高低もメチャクチャであり、文がどこで終わっているのかさえ分からない。


「……ひどい、ひどいとは思わないんですか? 」

「おいおい、なにを言っているんだい。自分達がなにもしなければコイツは森の中で獣と追いかけっこしている様な連中だ、それを金の卵を作り出すための仕事を与えてやってる。むしろ感謝して欲しいくらいだよ」

「言葉を作るならこの子の力を使わなくも街の人達でいいじゃないですか!? 」

「新しい言葉を作り出すのは大変なんだ。できる限り街の人間の負担は減らしたい、それが自分の街の長としての役目さ」


 ラングトンはボロボロの子供を一通りいじめ倒すと、その子供は別の科学者と共にエレベーターに乗せられてどこかへ連れて行かれてしまった。


 そしてラングトンは大量に産み出された金の卵を見て口を開く。


「ただこれにも欠点がある、このやり方で産まれた卵は割っても音がならないのさ」

「そうなのか? 」

「ああ、良いものを産むには良い餌が必要なんだろう。まあ、あんなゴミみたいな言葉じゃ、いい卵は産めないってことだね。だからこの方法で産んだ卵は食用ではなく、装飾品用として他の街に輸出してるんだよ。卵の殻に星印のマークがついてないから簡単に見分けられる」

「……貴方達の勝手な都合でやってるのにゴミ呼ばわりですか」

「なんだいさっきから怒っているみたいだね。女の子は笑っていた方が可愛いと思うよ」


 ラングトンは自分のやっていることに全く疑問を持っていない。弱い集団が虐げられるのは当然と考えているのだろう。


「ティアは落ち着け、俺達はアクアリーテの代理で来てるんだ。もし騒ぎを起こしたらアクアリーテや王都に迷惑がかかるんだぞ」

「……わかりました」

「おお、ラック殿は話を理解してくれて助かるよ。その様子だともう帰ってしまうのかな、せめてもう数個卵を産ませてくれると助かるなあ」


 ラックはラングトンのことを一瞬睨みつけた後、軽く笑顔を作って像のすぐそばまでいき、誰にも聞こえない音量で言喰鳥に話しかける。


「……ごにょごにょ」


『ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ、ウマイ』


 ラックが話しかけると金の卵がポンポンと産まれてくる。ラングトンは思わず両手をあげて喜んだ。


「これは素晴らしい、ちゃんと星のマークがついている食用の卵だ。いったいなにをしたんだい!? 」

「うーん、まあ旅の途中で知った言葉を適当にですよ。もしよければ今産んだ卵を一個もらってもいいですか? 」

「なるほどそう簡単に手の内は見せないわけだね。卵についてはオーケーさ、もしよければこれからもチョクチョクきて言喰鳥に卵を産ませてくれよ」

「そうですね、前向きに考えておきます」


 ラックは作り笑顔でラングトンに頭を下げた後、ティアと一緒にエレベーターに乗る。扉が閉まって下へと移動し始めたのを確認して、ティアは口を開いた。


「この街のやり方は間違ってると思います。だってせっかく古代の人達が残してくれた言喰鳥をあんな使い方するなんて……」

「ティアから見たら間違ってるかもしれないけど、この街から見たら正解なのさ。金の卵を産ませることを考えれば確かに効率的だからな」

「ラックさんから見たらどう思うんですか? 」

「俺やティアの身に危険がない限りは、そこの街の意思を尊重する」

「……そうですか」


 ティアは残念そうな顔をして俯くとエレベーターは一階に到着した呼び出し音が鳴る。そしてエレベーターの扉が開くとラックはポツリと呟いた。


「……ただし、そのせいで起きた責任はしっかり取らせるけどな」

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