第18話 言葉を食べる街 その2

「金の卵の中に天変地異レベルの魔法が? 」

「そう、今開けた卵はボク達を祝福する言葉が入ってたけど、もしかするとどこかの卵には古代人の超危険な魔法の詠唱が入っているかもしれないんだ」

「なるほど、もしそれが悪者の手に渡ってしまったら大騒ぎになるな」

「うん、それももちろんあるんだけど……」


 アクアリーテは困った表情で言葉に詰まる。まだ彼女にとって言いにくいことがあるらしい、こんな時はティアの出番である。


「私、アクアリーテさんのことをずっと誤解していました。王都にいた時はアクアリーテさんは皆を引っ張っていく責任感溢れるリーダーとしか思っていなかったのですが、人知れず陰でこんな努力をしていたなんて知りませんでした。私もどうかアクアリーテさんのお力になりたいのです、困っていることがあれば遠慮なくおっしゃってください」

「えっへっへっ……、いやーそこまでのことでもあるんだけどさー。このことを説明するには、まず魔法がなんたるかを教えなきゃいけないんだけどいいかな? 」

「はい、よろしくお願いします! 天才魔法少女アクアリーテ師匠! 」

「もー、しょうがないなー」


 しょうがないのはお前だよと二人は思ってた。どうやらアクアリーテは褒められることに異常に弱いらしい。


「それじゃあ魔法の定義からいくよ。まず一言でいっちゃうと魔法ってのは古代の人間が作り出した新しいシステムなんだ」

「それはラックさんに聞いた気がします、本当にそうだったんですね」


 ティアは半信半疑ではあるが、アクアリーテの機嫌を損ねないために彼女の意見をとりあえず受け入れた。


「そうなんだよ、さてそこで一体どうやってその仕組みを作ったのか。これは超極秘の魔法使いだけの秘密なんだけど知りたい? 」

「はい、知りたいです! 」

「よーし、じゃあ見せちゃうかな」


 アクアリーテは目をつぶって詠唱を始める。


「見過ごされし影よ、伸びて広がり世界を夜に変えよ! 『巨大化』」


 魔法の詠唱が完了すると、彼女の目の前にはおにぎりサイズの銀色の機械がプカプカと浮かんでいた。


「なんですか、その機械? 」

「……これはナノマシンだな」

「さすがラックはよく知ってるね、これはすっごく小さい機械でね、世界中の空気の中を無数にプカプカ浮いているんだ」

「ちっちゃい機械が空気中にいっぱいあるんですか!? 」

「そうだよ。元々は古代の人間が自分達の生活を楽にするためにこの機械を世界中にばら撒いて、ある言葉を使えば機械が火をつけたり水を出したり電気を放出する仕組みを作ったのさ」

「その機械を動かすための言葉が詠唱ってことだな」

「そういうことだね」


 アクアリーテは巨大化したナノマシンを指先で軽く叩くとそれはすぐに小さくなり、肉眼では見えない大きさへと縮小された。


「でもそうなるとですよ? 機械を動かすのであれば、その言葉さえ使えば誰でも同じように魔法が使えるはずです。でも実際は人によって使える魔法が違いますし、中には全く魔法が使えない人もいます。これはいったいどういうことでしょうか? 」

「いい質問だね、ティアちゃん。そこがポイントなんだよ。古代の人間は生活を便利にするためにナノマシンとそれに対応する詠唱をつくった、ただナノマシンは全世界にばら撒いてしまう。そうなるともし無意識に詠唱をしてしまうとどうなるかな? 」

「それは当然ナノマシンが動いてしまうので魔法が発動してしまいます」


 ティアがごく普通の回答をするとアクアリーテは軽く拍手をする。


「ティアちゃんは良い生徒だね。古代人はその暴発を防ぐためにある仕組みを追加したんだ。それは『声質やリズムが一緒でないと魔法がうまく発動しない』と言うものさ」

「リズムはわかりますけど声質とはなんでしょう? 」

「声の高さ、滑舌、通り方、響き方などなどだね。古代人はこれをそれぞれの魔法ごとに設定して、魔法を発動したい時にはそれ専用の機械を使って声を変えていたのさ」

「ボイスチェンジャーみたいなものを使ってたわけか」


 ラックの言葉に対してアクアリーテは頭を縦に振ることで答える。


「魔法は男性よりも女性の方が上達や習得がしやすいのはこれにあるんだ。詠唱の声質は機械を通した声を元に設定しているから高い声になりやすい。そうなると女性の方が本来の詠唱の声に近い音が出しやすくなる、男の人の声は低いしね」

「……だから俺は魔法が使えなかったのか」

「頑張れば男の人でも詠唱に近い声は出せるはずだからラックはただの努力不足だよ」

「……そーですかい」


 ガッカリしているラックを放置しつつ、アクアリーテはメモ帳に詠唱の基準について列記していく。


『天才魔法少女アクアリーテ様の詠唱メモ』

炎魔法 : ハッキリと声の高さは低め

水魔法 : 優しく落ち着いた声

氷魔法 : 感情を込めず一定のリズム

雷魔法 : 遠くまで通るように、声高め

風魔法 : 声を伸ばしつつ、声高め

光魔法 : 優しく安心させるように、声高め

闇魔法 : ねっとりした感じ、声低め



「こんな感じ、女性はいろんな声に合わせられるからどんな属性もいけるけど、男性だと炎、闇がメインになっちゃうかな」

「なるほどです、私はどの属性になりますか? 」

「ティアちゃんの声質なら光属性がピッタリだよ。あと頑張れば風、水、雷属性あたりも全然OKさ」

「おおー、なんか人生で一番魔法の勉強になりました! 」

「それはもちろんボクが教えているから当たり前だよ! 」


 エヘンと胸を張るアクアリーテ。ラックは書かれているメモを見てから確認する。


「でも昔の人がどんな発音で詠唱していたのかなんて実際に聞いてみないとわからないわけだよな。現代の魔法使いはちゃんと正解の発音がわかるもんなのか? 」

「今ある魔法は現代の魔法使いがおそらくこれが正しい発音だろうという予測の元で詠唱を作っているよ。もちろんそれでちゃんとナノマシンは動いているから問題はないんだろうけどね」

「なんか化石の復元図を彷彿とさせられるな」

「文字でしか書かれていない魔術書から復元するのは地味な作業で大変だったんだって年上の魔女からいっつも言われてるさ。っと、それは置いといて、ここで金の卵の問題が出てくることになるんだよね」

「そうか金の卵に魔法の詠唱が音声で入っていたら、まさしくそれこそが本物の詠唱。それをそっくり真似されたらとんでもないことになるわけか」

「それだけじゃないよ、もし運が悪ければ卵が割れた瞬間に音が出て、その音によってナノマシンが稼働。自動的に超危険魔法が発動する可能性があるんだ」

「……結構、事態は大変なことになっているんですね」


 一通りの説明が終わってスッキリした表情をしているアクアリーテにラックが質問する。


「でもよく魔法の仕組みについてここまでわかったよな。俺でも全然知らなかったぞ? 」

「それは魔術協会が動いているからね。詠唱さえあってれば誰でもナノマシンで魔法が使えるなんて知られたら世界中がパニックになっちゃうから、それを防ぐために魔力という素質がなきゃ使えないっていう感じに世界を誘導することが魔術協会の役目なんだよ」

「アクアリーテも魔術協会の一員なのか? 」

「もちろんだよ、だからボクもいろいろ裏で動いてナノマシンに人々が気づかない様に頑張ってるのさ。このことを秘密にすることが魔術協会の一番の目標だからね! 」


((目標守れてなくね? ))


 ラックとティアがジト目で調子に乗っている天才魔法少女を見つめていると彼女はしばらく思考を停止する。


「しまったあああああああっ!! いっちゃったああああああ!! 」

「いまさら? わざとやってるかと思ったぞ」

「こ、これがバレたら魔術協会の上司にめっちゃ怒られる。ボクの年休が消えちゃうし減給もあるかも、ただでさえ生活が苦しいのに……」


 机の上に額をつけて涙をポロポロと流すアクアリーテ。そんな彼女をティアは可哀想に思ったようだ。


「ラックさん、私達も金の卵の捜索の手伝いをしてあげてはどうでしょう? 」

「俺を追放したアクアリーテのためにか? ちなみにこいつは冒険者として人間を襲ってる連中の一人だぞ? 」

「アクアリーテさん、できればもう人を傷つけるようなことはしないようにお願いできますか? 」

「ボクは勇者パーティの一人だよ。王都の命令があれば従うしかないさ。魔術協会の給料だけだと生きていけないんだよ……。ただ、最低限の攻撃に抑えることぐらいなら出来るかも」

「アクアリーテさんが手加減することで一人でも多くの人が救われるのであれば、今はそれで良いと思います。ラックさんはどうでしょうか? 」


 ラックは泣き崩れているアクアリーテをしばらく眺めた後、大きなため息をついた。


「魔法についての仕組みと魔術協会の話は勉強になったからな。授業代くらいは働いてやる」

「ほんとっ!? それだと助かるよ、金の卵は街中にあるから一人だと大変だったんだ」

「街中? レストランだけを探せばいいんじゃなくてか? 」

「うん、金の卵は食べる以外にも装飾品として割らずに飾っとく人も多いから、あっちこっちにあるよ。それに他の街にも輸出されてるんだ、金持ちや富豪に人気なんだよね」

「他の街まではさすがに無理だぞ? 」

「大丈夫、他の街は魔術協会の仲間が探索してるから。ボク達はこの本拠地だけ調べればいいんだよ」


 アクアリーテはそういうと、窓の外にある巨大なビルを指差した。


「あのビルの中に『言喰鳥』というものがあって、そこで金の卵が作られているんだよ」

「金の卵って現在進行形で作られてるんですか? 」

「そう、細かい話は行けばわかるはずさ、ということで二人にはそこに行って調査をして欲しい。どんな風に作られているかをね、ボクの紹介って言えばすんなり行けるはずさ」

「アクアリーテは行かないのか? 」

「めんど……、ではなくボクは街をまわっていくつか金の卵のサンプルを探してみるよ」


 アクアリーテは二人を応援するように親指を立ててグッジョブする。彼女の目にはサボりという文字が映っていた。


「わかった、とりあえず面白そうだからやってやる」

「サンキュー! だけど気をつけてね、『言喰鳥』の周囲はあまりいい噂は聞かないから。謎の言葉を話す怪物とか、夜な夜な『腹減った』という不気味な声が聞こえるみたいだからさ」

「……もしかして怖いのか? 」

「ぎくう!? やだなー、ボクは天才魔法少女だよ。ということで二人とも頑張ってね! 」

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