第17話 言葉を食べる街 その1

「ラックさん、この自動車っていう乗り物ヤバいですね! 凄いスピードですよ! 」

「喜んでくれるのはいいがスピードは抑えてくれよ、もう時速100キロ近くでてるんだからな? 」

「文句を言うならラックさんが運転すればいいじゃないですか。私は風になるんですよ! 」

「俺が運転したら運が悪いからすぐ故障するからできないんだよ。って目の前に大岩が出てきたぞ!? 」

「分かってますって、ティアちゃんドリフトです! 」


 広い草原の中を爆走する一台の四人乗りの自動車。これはエデンを楽しませたお礼として貰ったものである、ガソリンでも太陽光でも走ることができる万能型であり、不必要な時はミニカーサイズに縮小できる古代の技術を駆使した車だ。


 ちなみに空を飛ぶ機能のある自動車もあったが、流石にそれは目立ちすぎるということで地上走行専用のものをもらった。このてんとう虫の様な可愛らしい形の車は丸いランプをつけている。ティアがこのデザインを気に入り推しに推した結果これになったのだ。


「ふんふーん、アクセル踏んでダッシュダッシュ! 早くしないと日が暮れちゃいますよ」

「まだ昼にもなってないだろう? 昨日車中泊してから、ついさっき再出発し始めたばっかじゃないか」


 ブーン!! (アクセルを強く踏む音)


「ティアはハンドル握らしちゃダメなタイプだったか? 」


 この車はオートマチックなので、運転免許がない初めての女の子でも簡単に時速200キロまで出せる安心設計なのである。科学の進歩の成果だ。


「あっ、そうだラックさんに確認したいことがあるんですけどいいですか? 」

「どうした、人でも轢いたのか? 」

「違いますよ!? 」


 ティアはハンドルを握りなおし、緑色に輝く草の絨毯を眺める。


「ラックさんは魔王やモンスターは王都の嘘と言っていましたけど、エデンの料理には飛龍のステーキとかありましたよね。飛龍ってモンスターじゃないんですか? 」

「この世界にもドラゴンやユニコーン、ゴブリンなどの生き物は普通にいる。これは古代人が品種改良した生物が野生化したものと言われてるな」

「品種改良ですか? 甘い野菜を作る感じでしょうか? 」

「そうだな、古代人が長い時間をかけて地を這うトカゲに羽を生やし、巨大化させる。そうやってドラゴンと呼ばれる生物を作ったらしい」

「昔の人はなんでそんなことをしたんでしょうね? エデンさんに聞いとけばよかったです」


 空いた窓から車内に流れ込む風が二人を心地よい気持ちにさせる。ラックは地平線まで何もない大地をぼーっと眺めた。


「結局は娯楽みたいなもんじゃないかな。自分達の妄想を現実にしたかったとかさ」

「それに巻き込まれる生き物さん達もたまったもんじゃないですね」

「まあな、だか幸いなことに生き物達は人間のことを特に敵視しているわけじゃない。相手に特別な事情がない限りは人間は襲ってこないだろう」

「ちなみに人間の言葉を喋るドラゴンさんとかいますか? おとぎ話だと当然の権利のように話してますけど」


 ティアは期待を込めた目でラックのことをじっと見る。ティアみたいに時速200キロを出しながらよそ見運転をするのは危険なので注意しよう。

 

「残念だけど聞いたことがない。世界中探せばもしかしたらいるかもしれないな」

「そうですか、お話しできたら仲良くなれて面白そうだと思ったんですけど」

「言葉が通じるからといって仲良くなれるとは限らんぞ」


 ラックは遠くに街の影が薄らと見えるのを確認してから呟いた。


「俺達人間が一番争いをしている相手は、同じ言葉を話している人間なんだからな」



☆ ☆ ☆



 街の側まで車でやってくると二人はその光景に圧倒される。


「遠くから見た時にはわからなかったですけど、この街は凄いですね」

「ああ、この街は『言語の街 スピクルス』、非常に科学が発展している一方、魔法はあまり使われてない。王都の逆みたいな感じだ」


 彼らの目の前にある街は非常に高い黒鉄の壁で囲まれており、羽がなければどんな生物でも乗り越えられない様になっている。


「ちなみにここは『ダンジョン』だ」

「ダンジョン!? ってことはモンスターが……、じゃなくて人間さんなんですよね」

「そうだ、王都はダンジョンと呼んでいるものの交戦をしているわけではない。ちょっと仲が悪いぐらいだな、流石にこのレベルの街と戦争するのは王都も避けたいんだろう」

「そーですよね、壁の上になんかおっきい銃みたいなのついているし、電撃もバチバチなってるし……」


 ティアが要塞みたいなその城壁を見上げていると、ある物体が視界に入った。


「あれはなんでしょう、鳥ですかね? 」

「それにしては大きい気がする、ハーピーかな」


 上空では人間くらいの大きさのものが城壁の上を通り過ぎようとしていたが、その物体に向かって城壁から電撃が放たれた。


「きゃああああああ!? 」


 青白く光る電撃を受けた飛行物体はラック達の目の前に叩き落とされた虫の様に墜落し、地面に激突する。


「これは人間ですよ! まだ生きていると思いますが、念のため私の『救生主』を使います」

「こいつどこかで見たような……」


 真っ黒焦げになっていた人間はティアの能力によってすぐに全回復する。その人間は手に持っていた箒を杖代わりにし、ゆっくりと立ち上がって辺りをキョロキョロを見渡した。


「いてて、まさか電撃がくるなんて。ボクが来る前に解除くらいしといてよ……」

「お前はアクアリーテ!? 」

「……その声はまさかラック!? 」


 目をパチクリとさせて驚いた少女はラックを追放した勇者パーティの一人アクアリーテ。透き通る青空の様な長髪に黒いとんがり帽子とローブを身につけている少女は後ろに一歩下がる。


「もしかして追放したことを恨んでボクのことを追ってきたのかい? しつこい男は嫌われるよ」

「追放のことはムカついてはいるが恨むほどじゃないさ。そんなことよりお前を回復させてくれたティアに礼を言いな」

「ああ、そうだったね。どうもありがと……、ってもしかしてキミはあの『救生主』のティア!? 」


 ティアの姿を見た瞬間、アクアリーテは跳びはねる。そんな彼女に向かってティアは礼儀正しく頭を下げた。


「はい、勇者パーティのアクアリーテさんにお会いできて私も光栄です、よろしくお願いします」

「……確かティアちゃんには伯爵から金貨1000枚の懸賞金がかかってたはず、じゅるり」

「ほう、それは俺と戦うということになるが? 」

「えっ、二人ってそーゆー関係なの? うーん、ラックと戦うのはできれば避けたいな……。正直勝てるかはだいぶ怪しいし、金貨1000枚程度じゃやる気にならないね」


 アクアリーテは首を横に振って諦めたことをアピールする。


「それでアクアリーテはどうしてこんなところにいるんだ? まさか王都がここに攻めてくるのか? 」

「あー、それは違うよ。ここに来たのは王都とは全く別の用事なんだ。そうだ助けてくれたお礼にご飯くらいは奢ってあげる」


 アクアリーテが服についた埃を払いながら笑顔で言う。ラックは内心あまり信用はしていなかったが、ティアが乗り気であったので誘いを受けることにした。


 ラックは車のハンドルの後ろについているボタンを押すと、車は手のひらサイズまで縮小される。それを見てアクアリーテは驚きの声を上げた。


「ずいぶんと凄いものを持ってるんだね。いったいいくらしたの? 」

「出された飯に文句言ったらタダでくれたんだぜ」

「んー? 」


 不思議そうな顔をするアクアリーテを見て、クスリと笑うラックとティア。彼女は首を傾げながらも二人と一緒に街へ入っていった。


 街の入り口にいた門番はアクアリーテの話を聞くとすぐに頭を下げて謝罪をし、街へ案内をする。彼女が特別な事情でこの街に来ていたのは確かな様だ。


「へー、街の中でも車が走ってるんですね。通信装置や映像出力機もありますよ」

「ティアちゃんは王都育ちだったよね? この光景を見ても驚かないの? 」

「ええ、もう慣れましたから」

「適応力があるタフな子だねー、そうでもないとラックとは一緒にいられないか」

「えへへ、確かにそうですね」

「なんか俺が遠回しに馬鹿にされてる気がする」


 女の子同士で仲良く笑う二人。年齢が近いからか既にかなり打ち解けている。ラックは少し複雑な気持ちであったがティアが楽しいのならそれでいいかと思った。


 街の様子は自動車は地面を走り、高層ビルの壁には映像を映す液晶がついている。エデンとは比較にはならないが、かなりの科学技術を持っていることがわかる。


 そして三人はお洒落な喫茶店に入る。店内では空調機が稼働しており、快適な環境を作り上げていた。一行は近くのテーブルについて話を始める。


「へー、アクアリーテさんは箒で空を飛んでやってきたんですね」

「そうだよ、ボクは天才魔法少女だから王都からだってひとっ飛びさ」

「それで天才魔法少女様がここに来た理由ってのを教えてくれよ」

「うーん、理由の一つはこれかな」


 アクアリーテは料理のメニューに載っている金の卵を指差した。


「これを食いたいのか、って一個金貨一枚かよ!? とんでもない値段してんな」

「この金の卵がこの街の特産品でボクはこのために来たようなものなんだ。お金はたっぷり持ってるから安心し……」


 ローブに手を入れたアクアリーテの顔がみるみる内に硬直して、目に涙を溜め始める。よく見てみると彼女のポケットには穴が空いていた。


「まさか、財布落としたか? 」

「あはは……、はは……」

「じゃあここは私達でご馳走してあげましょう」

「なんで俺を追放したやつに奢らなきゃいけないんだ? 」

「ふーん、それならラックさんのお小遣いはこの街ではなしです。次の街までお預けです」

「俺もちょうど奢ってやろうと思ってたところさ、昨日の敵は今日の友ってな! 」

「いったいこの二人はどんな関係なんだろ……」


 とてもラックよりティアの方が戦闘力があるとは思えない、それなのにラックが一回り下の女の子に財布の紐を握られているのが気になったものの、アクアリーテは素直に頭を下げてお礼を言うことにした。


 そして少しすると三人の目の前にそれぞれ一個ずつ金の卵が置かれる。照明の光を浴びて黄金に輝く卵は上部に星形のマークが彫られており、そしてそれにふさわしい銀のカップに乗せられていた。


「すごーい、本物の金でできてるみたいです。食べれるんですよね? 」

「もちろんだよ、卵の殻を割ると中から美味しい半熟卵が出てくるからそれをトーストに乗っけて食べるのさ。でも、もっと面白いことがあってね……」


 アクアリーテは隠し事が下手な子供の様に笑みを浮かべると、卵の殻を綺麗に割った。


『心優しき皆様に栄光あれ! 』


「なんか声が聞こえましたよ!? 卵から聞こえた様な気がしますけど? 」

「その通り、この卵には言葉が詰まっているのさ。二人も試しに割ってみてよ」


 アクアリーテの勧めを受けてティアが不器用に卵を割る。


『あなた方の繁栄を祈っています! 』


 今度はラックが慣れた手つきで卵を割る。


『ケホッ、ケホッ! やばい、むせちゃった! 』


「ね、祝福する言葉が出てきたよね」

「すごーい、これは素敵ですね! 」

「俺の不良品だろ? 」

「ラックは運が不良品だからこんなもんでしょ」

「やっぱ許せねえよ、てめえ」


 ラックの反応を見てケラケラと笑ったアクアリーテは説明を始める。


「実はこの卵の声はずっと昔の人間が録音した声なんだ。タイムカプセルみたいに開けることで今の人達に声が届くんだよ」

「わー、ロマンチックです! 古代からの声の贈り物なんておとぎ話のようですね」

「そーなんだよ、時代を超えてやってきた声を聞きながらご飯を食べるから、この街では言葉を食べるとも言われてるんだよね」

「ふーん、それでアクアリーテはこの声とやらを聞くためだけにきたのか? 随分まあ乙女の様な趣味をしてるじゃねーか。一応、お前も女の子なんだな」

「一応ってなにさ、ボクはちゃんと女の子だもん。それにここに来た理由はまだ他にも……」


 そこまで話した時、アクアリーテはしまったという顔で口を手で押さえた。


「うん、その通りだよ。魔法使いの間でここの卵は有名だから一度は来てみようとワクワクしてたんだ」

「ふーん、はーあ、そーですかー? 」

「そ、そ、そうだよ? 」


 ラックから目線を逸らして唇を震わせるアクアリーテ。そんな彼女のことを『コイツめっちゃわかりやすいな』と思いながらラックはティアに話しかける。


「ティア、初めましてってことでアクアリーテを占ってやれ」

「私は別にいいですけどアクアリーテさんはどうでしょう? 」

「ちょっと待ってよ、ボクを誰だと思ってるのかな。魔法使いだよ? 占いの専門家である魔法使い相手にやろうってのかい? 」

「別にいいだろ? なんならもし間違ってたら指摘してくれよ」

「……わかったよ、やってやろうじゃないか」


 妙な意気込みでアクアリーテはテーブルに前屈みになって準備する。ティアはいつも通り落ち着いた様子でタロットカードをテーブルの上に並べると、アクアリーテは勢いよく一枚のカードをめくった。


「それは『塔』の正位置ですね。予想外のトラブルや事故というのが教科書的な意味です。実はこの塔が原因で人々の使う言語がバラバラになったという見方もあるんです。このことから、私の直感としては言葉が原因でなんらかのトラブルがアクアリーテさんを悩ましているのかなと感じますね」

「ってことだが、アクアリーテは心当たりがあるか? 」


 ガクガクブルブル!


 アクアリーテは痙攣しているのかと思うくらい震えて動揺していた。これにはさすがにラック達の方が困惑する。


「あのー、アクアリーテさん大丈夫ですか? 」

「ああ! うん! 大丈夫、大丈夫。そうだね、全然あってないよ」

「そうかな結構あってる気がするが、だってこのカードは塔に雷が落ちてる絵が描いてあるだろ。つい最近、雷撃に撃たれて墜落した魔女さんがいた気がするが? 」

「す、すごい偶然だよね。こーゆーことってあるんだなあ。ははは……」


 アクアリーテは冷や汗を流しつつ、コップの水を飲んだ。ラックは彼女の目をじっと見つめて言う。


「アクアリーテは最近誰かと喧嘩とかしたりしたか? 意見の違いで口論とかさ、俺を追放した時のことはカウントしなくていいぞ」

「ラック追放のことを除いたら、他には思いつかないね」


(なるほど、言葉のトラブルに心当たりはあるが口喧嘩ではないと、なら少し方向転換するか)


「だろうな、アクアリーテは結構自由奔放に見えるんだが、協調性はかなりある方だ。実は人が見てないところで細かい気配りもしてるんじゃないか? 」

「そーそー! よくわかってんじゃん。こう見えてボクもなかなか苦労してるんだよね、でもみんな全然理解してくれなくてさー」


 ラックは内心、協調性があるやつは追放なんてしねーよ、と思いつつグッと堪えた。


「へー、天才魔法少女のアクアリーテが苦労するなんてよほどの面倒ごとじゃないか? それこそ世界がひっくり返っちまうほどのことだったりしてな」

「えー、どうしよっかなー。いっちゃおーかなー? 」


 嬉しそうにモジモジしているアクアリーテを見た後、ラックはティアの脇腹を軽く小突いて合図すると彼女はコクリと頷いた。


「私も魔法使いとして憧れであるアクアリーテさんのことをもっと知りたいです! 是非とも今後の参考にさせてください」

「えへへ、ティアちゃんにまでそう言われたら、もういっちゃおっと! 」


((こいつチョロすぎだろ……))


 二人の心の声がハモった瞬間であった。アクアリーテは幸せそうな顔で説明をしはじめる。


「魔法っていろいろあるのは知ってるよね。例えば指先くらいの小さな火を出すものもあるし、火山が噴火するくらいの大規模なものまであるんだ」

「はい、それは知っています」

「うんうん、ただ超強力な魔法、それこそ世界を滅ぼしちゃうくらいヤバい魔法もあるんだけどそういうのは時代のどこかで自然消滅したり、はたまた隠滅されたりして今ではほぼ残っていない。残っていたとしてもそれは禁書として大都市の秘密の図書館の奥深くで眠っている」


 アクアリーテは得意げになりながらフォークを指揮者のようにリズム良く振っている、ラック達に説明ができてとても気持ちがよさそうだ。


「現代では失われた超強力な魔法が鍵ということか? 」

「そう! 確かに天変地異クラスの魔法は今でこそ失われちゃったんだけど、昔は確かに存在していたんだよ! 」


 アクアリーテはそう言って、机の上に置いてあった金の卵の殻を手に取った。


「もしかしたら、どこかの金の卵の中には古代人が残した危険な魔法の呪文が眠っているかもしれない。それを回収するのがボクに与えられた仕事なのさ! 」

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