第28話 手を差し伸べる街 その2

 少年の言葉を聞いてティアは首を傾げる。


「手を差し伸べられないってどういうことですか、この街は困っている人達に寄付をしているんですよ、助けをもとめたらどうですか? 」

「この街のことを知らないからそんなこと言えるんだよ……」


 少年はラック達をじっと見つめた後、近くにあるマンホールを持ち上げる。マンホールの奥は光が届かず暗黒の世界が広がっていた。


「もし知りたいのならボクについてきて」

「そ、そこに入るんですか!? 狭くてちょっとヤバそうですけど……」

「俺は行くぞ、もし嫌ならティアはホテルで待ってろ」

「……いきます、私も自分の目で見てみたいです。それに何かあっても自分の身くらいはちゃんと守れます」


 ティアはローブから銃を取り出してしっかり構える。その動きには無駄がなく、とても十五歳の少女とは思えない。


「すごいもの持ってるんだね。でもそこまで警戒しなくてもないもないよ、ただし足元には注意して」


 マンホールの中にするりと入っていく少年の後を追う二人。マンホールの中は真っ暗であるためラックは懐中電灯で道を照らしながら進んでいく。


 下水の匂いが漂い、ヌメヌメした通路を通っていく。ラックは平気な顔をしているが、つい最近まで箱入り娘だったティアは鼻をローブで覆ってしかめ面をしていた。


「さあ着いたよ、ここが手を差し伸べられなかった者達が集う場所さ」


 少年は通路の一角にある鉄の扉を開くと、中から泥まみれの獣が放つような鼻につく匂いが溢れ出してきた。


「なるほど、これはなかなかすごい光景だな」


 扉の先には大きなホールがあり、そこではボロボロの服を着た人々が死んだ目をしながら地べたに座っていた。


「うっ、匂いが……、キツイです」

「ティア、無理なら引き返すか? 」

「いえ、たぶん慣れると思いますので頑張ります。ケホ、ケホッ! 」


 涙目になりながら咳き込むティア。少年はティアのことを心配そうに見た後、二人に説明をする。


「ここには金融商品の売買で負けた人達がいるんだ」

「なるほど、まあ全員が全員得をする話なんてありえないからな。だが大人はわかるがお前みたいな子供はなんでいるんだ? 」

「ボクのお父さんが負けちゃってね、一緒にここにいるんだ。ここにいれば借金取りには追われないから」


 少年はそう言って部屋の一角で体育座りをして地面をぼーっと眺める男性を見つめる。小さな虫が這い回る汚い床に座るその男が少年のお父さんなのだろう。


「借金取りに追われないといってもこんな所にいたら病気になってしまいますよ」

「ティアはこの子達の借金はいくらあると思う? 」

「え、金貨50枚くらいでしょうか? 」

「……金貨5000枚、それがボク達家族の借金だよ」

「え、どうしてそんな金額の借金をしてしまったんですか!? 」


 自分の予想していた百倍の借金を聞いて驚くティア。そんな彼女にラックは教える。


「金融商品の売買は簡単に多額の借金を生んでしまう。とても普通に働いて返せるもんじゃない、もし借金取りに捕まったらここでの生活よりももっとキツイものになるだろう」

「……そうだったんですね、すみません悪いことを聞いてしまいました」

「いいよ、別に謝られても借金が減るわけじゃないし。これでどうしてボク達がここにいるのかわかったかな? 」


 少年の言葉に二人は一度頷いたものの、ティアはすぐに首を横に振る。


「いやいや、確かに借金があることはわかりましたけど、街の人が助けない理由がわかりませんよ」

「それはボク達が『弱いもの』と思われてないからさ」

「えっと、皆さんの前で言うのもどうかと思いますが、私は皆さんがお困りで弱い人達だと思いますけど」

「確かに生活は苦しいよ、だけどここにいた人は元々は地上で裕福な生活をしていたんだ。そこで失敗した人間は『弱いもの』とは思われない、『負け犬』とか言われてる」

「ど、どういうことです? 」


 目をキョトンとさせるティアに向かって少年は言葉を続ける。


「この街の人々にとって『弱いもの』とは遠い街でお腹を空かせて困っている人達なんだよ。仕事に失敗して苦しんでいる同じ街の人間は『負け犬』であって『弱いもの』じゃないってこと。だから誰も助けようとは思わないし、寄付なんかもしない」

「そ、そんなことありません。ただ皆さんが気づいていないだけです。ちゃんと募金箱を作れば寄付は集まります! 」

「ティア、その募金箱はどうやって作って、そしてどうやって人々に知らせるつもりだ? 」

「それは地道に宣伝したりですかね? 」

「その宣伝だって金がかかるし大変だ、それをやってくれる人達に自分達のことを知ってもらわなければならない」


 ラックはホールにいる人々を眺める、誰もがやせ細り生きる気力を失っていた。彼はゆっくり言葉を続ける。


「本当に助けが必要な人達は、助けを求める声すらあげられないもんだよ。それに気づけるやつがどれだけいるか……」

「それなら私達がやりましょうよ! そうです、『株式会社チャリティー募金』のポラティさんにお願いしたらどうでしょう? 私達のお話ならきっと聞いてくれるはずです! 」

「ポ、ポラティだって!? 二人はポラティと知り合いなの!? 」

「ええそうですけど……」


 ポラティという単語を聞いた瞬間、少年の顔は険しくなり、ラック達に警戒の視線をぶつける。


「アイツの知り合いなんて思わなかった、もう帰って! 」

「どうしてですか!? それくらいは教えてください」

「…………」


 ティアの返答に少年は無言で返す。彼女は少しの間、考えて少年に問いかける。


「占いに興味はありますか? 面白いですから一緒にやってみましょう」

「うらない? 」

「ティア、ここにはテーブルがない。地面だと汚れるぞ」

「それならこうすればいいだけです」


 ティアは羽織っていたローブを脱いで地面に置き、そしてその上にタロットカードを裏向きで置いていく。


「貴方が心の中でこれだと思うカードを引いてもらえませんか? 」 

「…………」


 少年は沈黙を貫いているものの、そこはやはり好奇心の塊である子供。裏向きで配られるカードを興味津々で見ている。彼は少し戸惑いながらも一枚のカードをめくった。


「えっとこの偉そうな人はなんだろ? 」


 彼の汚れた掌の上にあるカードには、杖を持った男性が椅子に座り、その前で人々がひれ伏せている絵が描かれていた。


「それは『法王』の正位置ですね。確かにちょっと偉そうですけど女神様の教えによって人々を導いてくれる方なんです。武力でもお金でもなく、道徳で人を治める慈悲深い人物ですよ」

「それでこれが何の意味があるのさ? 」

「私には貴方がこの法王に少しだけ似てるなと思いました。一見、人を寄せ付けない感じを出していますが、人に優しくできる心をお持ちだと思います」

「けっ、ボクはお姉さんから財布を奪おうとしたんだぜ? どこが優しいんだか」


 少年は舌打ちをしてティアを睨みつけるとラックが口を開く。


「それなら、お前は本当に優しくない悪人とでもいうのか? 」

「ああそうさ、泥棒だってゴミ漁りだってやってる。人の為に役立つことなんてこれっぽっちもやってないね」

「なるほど、確かに今のお前は人の役に立っていないかもしれない。だが、『役に立ちたい』とは思っているんじゃないのか? 」

「……っ!? べ、別にそんなこと思ってないよ」


 ラックの言葉を聞いて動揺の色を見せる少年に向かって、さらに問いただしていく。


「本当か〜? 俺にはそんなふうに見えないけどな。例えばお前は道端で腹空かせた猫を見つけたら、ずっと気になっちまうタイプだろ? 」

「え、えっと、それは……」

「そしてこっそり家に持って帰っちゃって、親と喧嘩して」

「……ど、どうして、わかるの? 」

「それはお前が引いた『法王』からイメージを読み取ってんのさ。いくら取り繕っても無意識に選ぶカードは騙せないさ」


(まあ、だいたいの子供は一度は捨て犬や猫を拾おうと思うからな)


「かよわい動物に手を差し伸べられるやつは優しい人間だ。ましてや親と喧嘩してまで助けようとすることができるやつは滅多にいない」

「う、うん。そうかな……」

「恥ずかしがる必要はないんだぜ、それはお前が優しい心の持ち主である証拠なんだからな。ちなみに助けたのは犬と猫、どっちだ? 」


 ラックがたずねると少年はモジモジしながら口を開く。


「えっと子犬、ここに来る前に預けちゃったけど」

「やっぱりな、お前のような元気で活発なやつは犬好きだと思ってた。一緒に走りまわってたからあんなにすばしっこかったのか、俺もお前を捕まえるのに苦労したぜ」

「……ラックさん、さっきは猫って言ってませんでした? 」

「ティア、あいつに聞こえるから静かにな」


 ラックがティアの口を手で押さえていると少年は自分から話しかけてくる。


「うん、ラッキーはとっても元気でいい子だった。だけどボクの家のお金がなくなってどうしようもなくなったんだ。お母さんも病気で死んじゃって、ここでお父さんとずっと一緒にいて……」

「そうか、それは残念だったな……」


 ラックは少年に同情するような口調で慰めた後、口を閉じる。そして、しばらくして少年が沈黙を破った。


「二人はポラティとどんな関係なの? 」

「私達は今日この街に来てから簡単な説明をポラティさんにしてもらったんです。ただそれぐらいですね」

「……そうなんだ」

「俺達のことを信用できないか? 」


 少年はラックとティアのことをじっと見つめる。少年は最初は不安な顔をしていたが、意を決したように頷いた。


「うん、お姉さんとおじさんになら話してもいいよ」

「おじ……、かはっ!? 」

「ラックさん!? 急に倒れてどうしたんですか!? 」

「おじ……さん……? 」


 人生で初めて呼ばれた『おじさん』というワードに心を砕かれるラック。隕石すら片手で受け止める彼も言葉のナイフには簡単に屈してしまうのであった。一応ラックの名誉のためにも補足をするが、彼は年齢の割には若く見える方である。


「すみません、私達のことはティアお姉さんとラックお兄さんと呼んでくださいね」

「うん、わかったよ。ボクはカインって言うんだ。よろしくね」


 ショックで気絶しそうになっているラックをよそにティアとカインは仲良く握手をする。


「ラックさん、いつまで引きずってるんですか? カインくんの話を聞きましょう」

「ラックお兄さん、大丈夫? 」

「もちろんだぜ、このお兄さんがしっかり助けてやろう! 」


 心機一転、お兄さんと呼ばれて元気満タンになるラック。彼は単細胞生物より単細胞なのである。


「それでポラティについてカインが知っていることを教えてくれないか? 」

「うん、この街は金融商品の売買で成長してたのは今と変わらないんだけど、昔はみんながみんな助け合っていたんだ。金融商品の取り引きで失敗して借金を抱えてしまった人にも、その分儲けた人が助けてあげてたんだよ」

「取り引きに失敗はつきものだからな、そうやってお互いに助け合うようになるのは理解できる」

「うん、だけど『株式会社チャリティー募金』ができてから少しずつおかしくなった」

「えーと、どんな感じにおかしくなったのですか? さっき見た感じでは普通の募金活動をしていましたけど」


 少年はその小さな頭で言葉を整理してから二人に説明をする。


「あの会社はできてからすぐに募金活動をしたんだけど、その時に一つ仕組みを作ったんだ。それが募金した金額の上位者を公表して褒め称えるってものだよ」

「別にお金をたくさん出している人を褒めてあげるのはいいことではないでしょうか? 」

「最初は良かったかもしれないけど、それが続くにつれて皆おかしくなっちゃった」

「予想はつくさ、褒めてもらうことが目的になったんだろ? 」


 少年はラックの言葉を聞いて残念そうに頷いた。


「そうなんだ、皆はひたすら募金をして上位を目指すようになった。上位になればチャリティー募金だけでなくて街中から認められる、いつの間にかそこまで募金活動は大きくなっていたんだよ」

「寄付して有名になれるのならそりゃもう税金のかからない広告宣伝費みたいなもんだからな、金持ちはこぞってやるだろうな」

「ラックさんは捻くれ過ぎじゃないですか? 目的が変わってしまったのは頂けないですけど、お金は寄付されているんですよね? それなら問題はないはずですが」


 ティアの言葉にカインは首を横に振る。そして彼は薄汚れた天井を見上げて言った。


「問題はね、もう褒められることのない寄付を皆がしなくなっちゃったんだよ。この街の人は『株式会社チャリティー募金』が管理する募金しか寄付はしなくなった」

「だから、そこの募金を受けられないここの人々は寄付はもらえない。だって寄付しても褒められないんだからな、そんな意味のないことをする必要がないわけだ」

「そう、それに何故かはわからないけどボク達のことをあの会社は取り上げてくれない。同じ街の仲間のはずなのに……」

「皆さんは直接ポラティさんの会社に行ったりはしたんですか? 」

「うん、だけど門前払いだった」

「そんな……、あんなに優しそうな人だったのに」


 暗い顔をする少年を見てティアは今までのことが嘘ではないことを察する。とてもこのような幼い子が演技でできるようなものではない。


「ラックさん、私達でポラティさんの所にお話ししに行きませんか? 私達が街の外の人間として意見を言ってあげましょう」

「さて、それで素直に動くとは思えねえがな」

「ボクからもお願いできないかな、ラックお兄さん! 」

「しゃあ! この『お兄さん』に任しときな! 募金で城を建ててやるよ、ティアもボケーとしてないでついてこい! 」

「……ラックさんも、アクアリーテさん並みにチョロい人ですね」

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