第27話 手を差し伸べる街 その1
ラック達は車に乗って次の街を目指していた。道は砂利と岩が混じったデコボコしたものであったが、古代の技術で造られている車はビクともしない。
「それにしてもよかったですね。あの子供達は無事に元の集落に送り届けられたらしいですよ」
「ラングトンにやられてた子供達だな。言葉を覚えるまでは大変だろうが頑張って欲しいもんだ」
「大丈夫ですよ、言葉が通じなくてもハートで語り合うことができます。きっとすぐに馴染むでしょう」
ティアは左手をハンドルから離してグッジョブする。時速200キロの車を運転中のドライバーとはとても思えない行動だ。
「そうだ、ラックさんに謝らなきゃいけないことがありました」
「また人でも轢いたのか? 」
「だから違いますってば!? 」
ティアが動揺すると車は右にズレて砂利道に踏みこむ。しかし、地面がデコボコしていてもその衝撃は車内には届かない。この高性能な車のおかげで二人は快適なドライブができていた。
ティアは慌てて車を元のコースに戻してから口を開いた。
「前に魔法のことについてラックさんに聞いた時、魔法が古代人の作ったものということをあまり信用してませんでした。ですけどアクアリーテさんの話も聞いてラックさんが正しかったと分かりました」
「なーんだ、そんなことかよ。気にすることはないぜ、王都の人間ならあれが普通の反応だからな。むしろすぐに理解したらビビるぞ」
「それでもやっぱり自分が間違ってたのなら謝りたいと思います。すみませんでした」
「まあ俺はそんな気にしてないからいいけどな。でもそうやって自分の間違いを素直に反省できるのはすげえよ」
「そーですかね? 」
ティアはしっかり前を見ながら首を傾げる。通る道の横には時々家が建っているのだが、それらはボロボロでもう誰も住んでない廃屋であった。ラックは崩れかけの家を眺めながら答える。
「自分が一度出した結論を否定するってのはなかなか気力がいるんだよ。若いうちはそれが出来るんだけど、歳をとってくると悲しいことに難しくなってくるんだよなあ」
「ラックさんの今の発言、オジサンくさいですよ? 」
「……マジかよっ!? 」
「うそうそ、冗談です。まだまだラックさんは若いですよ」
「本当? 」
「はい、本当です」
不安そうな顔をするラックに慰めの言葉をかける。敵を目の前にしても不敵な笑みで立ち向かうラックでも歳には勝てないらしい。
「ただ、ティアが言ってたように女神メアリス様が俺達人間に与えたものは存在するかもしれないと思ってる」
「それは一体なんでしょう? 」
「固有スキルさ、こればっかりは古代人の技術で説明がつかない。さすがに個人情報をあらかじめナノマシンに登録っては考えにくいしな」
「とすると固有スキルは女神様の人々に対する祝福の可能性があるってことですか? 」
「ああ、そうじゃないかなと思ってる」
「ふふーん、やっぱり女神メアリス様は素晴らしい方なんです。一人一人に目をかけてスキルを与えてくれるなんてナノマシンよりも古代人よりももっともっと凄いんです! 」
「ったく、調子がいいんだから」
ティアが嬉しそうに車のスピードを上げて丘を登り切ると街が遠くに見えてきた。
「うわー、結構大きい街ですね、王都に負けないくらいはありますよ」
「あそこは『金融街 レッドフェザー』だ、たぶん今までの街のようにきっとどこか面白いところあると思うぜ」
「へー、ワクワクします。そういえば私達が行く街って比較的立派な所ばかりですけど、小さな村みたいな場所ってあるのでしょうか? 」
「それはもちろんあるぞ。ただ宿泊施設とかの関係上、最低限の発展はしてる所を選んでるからな」
「へー、そうだったんですか。ラックさんは意外と気を遣ってくださってるんですね。ありがとうございます」
ティアがペコリとお辞儀をするとラックは微笑んだ。
「ティアも勉強家だよ、人から与えられた情報だけじゃなくて自分で考えて学ぼうと思ってるんだから。これからの旅には必要なことだ」
「えへへ、これからも頑張ります! 」
☆ ☆ ☆
街に入った二人が辺りを見渡すと背の高いビルに広いショッピングモールが見えた。そして街は綺麗に清掃されていて地面に寝っ転がっても汚れひとつつかないのではないかと思うくらいである。
「この街も科学が発展してるんですね。でも一番気になるのは皆さん綺麗な服を着ているということでしょうか」
「確かにスーツ姿の人が多いな、男も女もワイシャツにズボンにスーツと仕事が好きな奴らなのかな。王都とは全然服装が違うから珍しく見えるか? 」
ティアの服装は頭から足元まで覆う黒いローブであり、魔術師のような格好である。会社員の格好をしている街の住民と比較すると浮いてしまっていた。
「この私の格好、目立ちませんかね? 変な娘って思われてないでしょうか? 」
「大丈夫だよ、ティアはどんな服を着ていても可愛いからさ」
「えっ!? それってどういう……」
「いや、冗談だぞ? 」
「なーんだ冗談か……、って冗談ではないですよ!? 私は可愛いんですからね! 」
頬を膨らませてプンスカ怒っているティア。そんな二人に向かって声かけてきた女性がいた。
「見慣れない格好をしていますが他の街からいらっしゃった方ですか? 」
肩まで伸びる茶髪の髪をカールした二十代半ばくらいの女性が笑顔を見せる。彼女もスーツを着こなしており、シワひとつなくピシッとしていた。ラックは丁寧に頭を下げる。
「はい、俺達は勉強のために各地を旅してます。ラックとティアと言います」
「ラックさん、ティアさん、初めまして自分の名前はポラティと言います。この街が初めてならご案内いたしますよ」
「いいんですか? お仕事とか大丈夫ですか? 」
「ええ、大丈夫です。困っている人に手を差し伸べるのが自分の仕事ですから」
嫌な顔をする様子もないポラティを見てティアがラックに話しかける。
「すごいいい人に会えて良かったですね。お言葉に甘えてもいいんじゃないでしょうか? 」
「そうだな、断る理由もないしそうするか」
ラック達が誘いにOKの返事をするとポラティはニコリと笑って街を案内し始める。
「自分でいうのもあれなんですが、この街はとても裕福なんです。食べ物や雑貨、その他に必要なものは全て揃います」
「へー、裕福な街ということは何か近くに宝石が出る鉱山とか、珍しい特産品が取れたりするのでしょうか? 」
「ティアさんの考えが一般的だと思いますが違います。自分達は農業も採掘もしていません、見方によっては何も生み出してないのではと述べる人もいます」
「え? じゃあ一体どうして裕福なんでしょう? 」
ティアが首を傾げるとポラティは近くの建物に表示されているデジタル液晶を指差す。そこにはたくさんの数字が表示されていて、一秒ごとに数字が点滅しながら増減していた。
「この街は金融商品の取引が盛んなのです。証券、債権、為替など世界各地の大規模な街とネットワークを通じて金融商品売買することで利益を上げています」
「……さっぱりわからないのです」
「ティアには難しいだろう。詳しいことは勉強すればいいんだけど、簡単にいうと権利を売り買いするんだ。誰かからお金をもらう権利、お店の利益をもらう権利とかな」
「うーん、なんか複雑ですけど物ではないものを取引しているわけですね」
「とりあえずはそんな認識でいい」
「不思議ですね、植物を育てなくても動物を狩らなくてもお金が手に入って生活できるなんて」
ティアは建ち並ぶビル群を見ながら首を傾げると、ポラティはニッコリ笑う。
「確かに自分達は物を生み出さずに資金を稼ぐことができています。ですがその分しっかりと自分達がやるべきことはやっているのですよ」
ポラティは近くの広場に置いてある大きな白い箱を指差す。時々通行人がその箱のそばに歩いてきたかと思うとお金を箱の中にいれていた。
「あれは募金箱です、あそこに入れられたお金は生活に困窮している人々が生活に必要な物資を買うために使われます」
「よく見たらいろいろなところに募金箱があるな」
「はい、この街の住民は寄付をすることが好きなのです。金融商品の売買だけで特に生産活動をしていない反動でしょうか、住民が稼いだお金は結構な金額が寄付されます」
「素晴らしい心がけだと思います! ラックさん、私達もやりましょう」
「ふーん、寄付ねえ……」
ノリノリで募金箱に駆けていくティアとは対照的に眉を顰めるラック。彼等が募金箱に向かうと、その白い箱の上にはお腹を空かせている子供写真があった。
『彼等の食事は泥水と野草、あなたの銅貨一枚があればおにぎり一個が届きます』
力なくお腹に手をあてている子供の写真にはそんな言葉が書かれていた。
「ラックさん、ここは金貨一枚でいいですよね? おにぎり百個を届けてあげましょう! 」
「金貨なんてやめとけ、俺達だって金が無限にあるわけじゃねえんだ。かさばってる銅貨数枚ならいいぞ」
「えー、ダメですか? 」
「募金なんて気持ち程度でいいんだよ、自分の血を流してまでやるもんじゃない」
「ラックさんのおっしゃる通りです。まずはお手持ちでちょっと不要なお金をそっと差し出してくださるだけで良いのです」
「わかりました、そうですね。まずはできる範囲でです」
ティアが募金箱に銅貨を三枚入れると箱の中からカチャリと貨幣が重なり合う音が響く。
「もしティアがそんなに心配ならこの子達がいる場所に行ってやろうじゃないか。なあポラティさん、この子達はどこにいるのか教えてくれるか? 」
「ええ、もちろんお教えできますよ」
ポラティは懐から世界地図を出してある場所を指し示した。それは砂漠に囲まれた小さな街だった。
(確かにこの場所は俺が持ってる地図にも街らしきものがあったな。全くの嘘をついてるわけではないのか? )
疑り深いラックは少し考えた後にティアに話しかける。
「なるほど、それならもしこの近くを通ることがあれば寄ってみるか」
「ありがとうございますラックさん。私の力も思う存分発揮できそうです」
「おや、ティアさんはお医者様なのですか? 」
「えっと、回復魔法みたいなものを少し使えます」
「……そうなのですね。お二人が向かわれるのはいいですが、募金の集まりがかなり良いのでお二人が到着する頃にはもう皆は豊かになってしまっているかもしれませんね」
冗談めいて笑ったポラティを見て、ラックは『ふーん』と一言返した。あちらこちらに設置している募金箱を見渡しながらティアは尋ねる。
「他の場所の募金箱も同じ所への募金なんですか? 」
「いえ、違いますよ。募金先の地域も違えば内容も違います。あそこにあるのは『流行病が流行している場所へのウイルス用ワクチン寄付』、その向こうにあるのは『洪水被害にあった場所への復旧のための寄付』です」
「全部違うのですか、そんなにたくさんあるのに募金額は十分なのでしょうか? 」
「ええ、この街にいる人は金融商品売買が得意なのでお金にはかなり余裕があります。募金はすぐに目標額を達成です」
「すごいとは思うがそんなに多くの募金、誰が管理してんだ? 」
ラックが質問するとポラティは胸元から名刺を差し出してくる。
「それは自分達、『株式会社チャリティー募金』が責任を持って管理をしています。当社は弱い人のために食料品から住居まで寄付をしておりまして、実は自分はそこの社長をやらせていただいています」
「しゃ、社長さんだったんですか。そうとは知らずに私は気軽にお話ししてしまってすみませんでした」
「いいのですよ、こうやって街の外の人の意見を聞けるのは貴重ですから。より良い募金のためにね」
「株式会社、ねえ……」
ラックは受け取った名刺をしばらく見つめてそれをポケットに入れた。
「あれ、ラックさんは何か気になることでもあるんですか? 」
「株式会社ってのは普通は金を稼ぐのが第一目標だ。それなのに募金活動なんて金にならないことやってるのが気になってさ、ちょっとくらいなら社会貢献としていいかもしれないがこれはやりすぎじゃないかな」
「なるほどラックさんの意見ももっともでございます。実は自分達は募金以外に金融商品の取引で儲けているのです、その利益はもっぱら募金としておりますが稼いでいることには変わりないため株式会社としているのです」
「……なるほど」
「すみません、ラックさんはちょっと捻くれてるところがあって。優しい人ではあるんですけど」
「いえいえ、外から来た人にとってはそう思えるのも仕方ありません。それではそろそろミーティングの時間ですので失礼いたしますね」
ポラティは礼儀正しく一礼すると、やってきた黒塗りの車に乗ってその場を去っていった。
「もー、ラックさんは本当に人を疑ってかかるんですから」
「別に俺は気になったから聞いただけだ。まあとりあえず適当に飯でも食うか」
ラック達は近くの食料品店に立ち寄るとそこには世界各地から取り寄せられていた物品が冷凍されていた。ただ、この街の特産品というものはなかったので二人は食べたい物を気の向くままに手に取ってレジに向かう。
「お客様、お支払いは電子マネーにしますか? 」
「でんしまねえ? お金ってこれじゃダメなんですか? 」
「ええ、現金でも構いませんよ。もしかして外から来た方ですか? この街は募金額に入れる分以外は電子マネーと呼ばれるデータ上の通貨で売買をするんです」
ほえ〜(ティアの脳の容量がいっぱいで口がポカン開く音)
「それは後でティアに説明してやるからとりあえずここは現金ですますぞ」
「……はいです〜」
電子マネーどころか紙幣すら見たことがないティアにとってレジ員の説明は脳をショートさせるのに十分すぎるものだった。ボケーっとしている彼女を連れてラックは近くの公園でご飯を食べる。
「そろそろ元に戻ったらどうだ? 」
「……なんで金銀でもない物体に価値があるんです? 」
「そのレベルか……、こりゃ相当時間がかかるな」
ぼんやり考え事していたティアはその背後から忍び寄る小さな影に気づかなかった。
「……ちょっとなにおしり触ってるんですか!? 」
「べーだ! 」
ティアの可愛いお尻を触った、十歳にも満たない小さな男の子駆け足で走り去っていく。その身なりはこの街に似合わない貧相な物であった。
「追いかけるぞティア」
「別に子供がやったことですし、そこまでしなくても私は気にしてませんよ」
「お前今財布持ってるか? 」
「……あっ、ないです!? 」
「街の外からきた人間だから現金を狙われたんだろう。俺達の格好はここじゃ目立つからな」
「泥棒はいけないことです、追いかけてお説教ですね! 」
泥棒の少年は足が早く、大人が通れないような狭い隙間を利用して裏路地に逃げるが、屋根の上をジャンプで移動するラックからは逃げられなかった。
「なんで屋根の上から来るんだよ!? 化け物め! 」
「盗んだ相手にいう言葉とは思えないな。もっと褒めてくれてもいいんだぞ? 」
「ラックさんはそれで嬉しいんですか? 」
ラックの背中におんぶされたティアは首を傾げる。一方少年は悔しそうな顔で周囲を見渡すがここは人通りのない裏路地、助けを呼べそうにもない。
「それでどうしてこんなことをしたんだ? ここは裕福な場所と聞いたがスリルが目的なら街の外にでも出た方が楽しいぞ」
「出られる力があるならとっくにやってるよ……」
少年は力なく呟いて俯いた。ただごとではない雰囲気と感じ取ったティアは少年に声をかける。
「もしかして何か事情があるのですか? 私達にできることがあれば協力しますから、なにか教えてください」
「……ボクは、この街で手を差し伸べられない所から来たんだ」
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