第26話 信じればなんでもできる街 後編 (ブラック企業のアクアリーテちゃん)

 街の一角にある古ぼけた家、そこに自称世界一の催眠術士は住んでいる。


「さーてと、今度はなんの催眠をかけてやろうなあ」


 椅子に座っている自称催眠術士の青年はニヤニヤ笑いながら考えていると一人の老人がやってきた。


「すまないのう、今日も催眠術をかけて欲しいのじゃ」

「いいぜ、なにか希望はあるか? 」

「そうじゃなあ、最近どうも朝の寝起きが悪くてのう。ワシをニワトリにしてもらいたい」

「よし、じゃあそれにするか」


 青年は振り子を取り出して老人の前でゆらゆらと揺らす。もちろんデタラメ極まりない催眠術であるが、一応形だけはそれらしく見えるようにする。青年はとりあえず適当に振り子を揺らしたら手をパンと叩いて言った。


「はい、これでアンタはニワトリだ。気分はどうかな? 」

「…………? 」


 老人はキョトンとしている。それは当たり前だろう催眠術が効かないのだから。


(くくく、マジおもしれー面してるな。これからどんな反応するか楽しみだぜ)


 真顔を保ちつつも、青年が心の中で大笑いしていると老人は満足そうな笑みを浮かべる。


「こけっこ、こっこ。こけこけこ! 」


 老人は鳥のように首を前後に振りながら部屋ゆっくり一周すると『こけこっこー! 』と叫ぶ。


(な、なんだよ!? 催眠術は効いてないはず、なんでそんなに嬉しそうなんだ!? )


「ここここっ、ここっこ? 」

「ど、どうだ催眠の様子は? 人間の言葉で教えてくれると助かる」

「こけ? ああ、とても最高な気分じゃぞ」


 催眠術を受ける前は暗い顔をしていたはずの老人であったが、今は生まれ変わったように晴れ晴れとしていた。青年が今まで催眠術をかけてきた人間がこんな反応を見せたことは一度もない。


「ほ、本当に催眠術は効いているのか? 」

「こけ? こけっここっこ! 」


 青年の問いにニワトリの声で返した老人は家の外へと首と尻を振りながら歩いていく。そして玄関から出る前にニコリと笑った。


「お主は世界一の催眠術士、そうじゃよな? 」

「そ、そうに決まってるだろ? 」

「こけこっこー! 」


 その言葉を待ってましたかと老人は街に響き渡る鳴き声を放った。


「……な、なんだったんだよ。いったい」


 青年が元気に家の外へ出て行く老人を見送ると外から一斉に大勢の人達がやってきた。


「私にも催眠をかけてください。世界を股にかける大海賊でお願いします! 」

「その次は自分だ、溺れかけている魚の催眠をかけてくれ! 」

「若者よ、慌てるのではない。ここは落ち着いて年功序列でいくのじゃ、ワシは赤ちゃんになる催眠がいいぞ」


 家の中に入りきらないくらい人々がやってきて目を輝かせながら青年のことを見つめてくる。こんな経験は青年は初めてであったし、どうすればいいかわからなかった。


「お前達はそんな嬉しそうだけど、俺の催眠術は本当に効いているのか? 」

「たぶん効いていると思います、ですけど効いていなくてもそれはそれでいいのです! 」

「……どういうことなんだよ? 」




☆ ☆ ☆




 青空の中、天才魔法少女アクアリーテは優雅に空を飛んでいた。彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて、手に持っていた袋をしっかりと握りしめる。


「えへへ、いやー街の人も気前がいいね。街の問題解決をしたらこんなにお礼をもらっちゃったよ」

「袋の中のスキャン開始……、金貨50枚本物確認。すごいね本当にあんなんで街の人達は感謝するんだ」


 クロニャが搭載されている鑑定機能で袋の中身をチェックするとアクアリーテはどこまでも広がる空の世界を眺めながら言う。


「街の人達が一番心配していた『信じる力』の凄さを証明したからね。きっと嬉しかったんだろうなー」

「でもまさかあんなことで納得するとは自分も驚き。アクアもよく思いついたと感心する」


 クロニャが起伏のない無機質な音を発するとアクアリーテはニヤリと笑った。


「確かにあの男の人は誰にも催眠術をかけることができないへっぽこだったよ。才能のかけらもないゴミ催眠術士ともいえるかもね」

「それだと普通に考えれば世界一ダメな催眠術士だ」

「その通り、あの人のことを誰一人として世界一の催眠術士なんて思っていなかった」


 アクアリーテは軽く鼻歌を歌ったあとクロニャに笑いかける。


「でも、『誰一人として世界一の催眠術士と思えないゴミ人間』に対して『世界一の催眠術士』って思い込ませる催眠術が出来る人はとても凄いと思わないかな。それこそボクは『世界一の催眠術士』だと思うね」

「一度も催眠術に成功しないようなダメな自分のことを、世界一の催眠術士と思い込むことができている。だから、彼自信が世界一の催眠術士ってことになるのか」

「そうだよ、良かったじゃないか。どんなに下手くそでも信じたことによって世界一になったんだよ。これこそが信じる力ってやつさ」

「よくそれで街の人も納得したと疑問に思う。どちらかというとこれは自己暗示の世界になるんじゃないかな」

「いいんだよ、信じたいものを信じればさ。今頃街の人は効かない催眠術を受けて大喜びで跳び回っているさ。まあボクが信じているのはお金だけどね! 」


 アクアリーテはクスクス笑いながら金貨の入った袋を手の上で転がしていると強い突風が彼女を襲った。


「しまった、お金が!? 」

「あらら、調子になってるから」


 アクアリーテの手から落ちた袋は地面に吸い込まれるように落ちていった。


 袋が落ちる方向には古い教会があった。そこでは質素な服装をした老婆とシスターが祈りを捧げている。


「女神メアリス様、今日もありがとうございます。おかげで私達は平和に過ごすことができております」

「ですが最近物価が高くなっています。子供達の食事はどうしましょう」

「食事なら私の分を与えてください。あの子達は親に捨てられた可哀想な子達です。私達だけは見捨ててはいけません。きっと女神様も同じ気持ちでしょう」

「……そうですね、私も少しは助けになるように空いた時間で内職をしてみます」

「貴女には迷惑かけてすまないですね」

「いえ、祈ること以外にもできることはしたいと思います」


 カチャン!!


 そんな老婆とシスターの目の前に金貨の入った袋が落ちる。


「……あれ、何か落ちてきましたよ。なんでしょうか、あっこれは中に金貨が入っています! 」


 二人は袋に詰まった金貨を見て驚いた後、空を見上げるがそこには雲一つない青空が広がっているだけである。


「これはきっと女神メアリス様のお慈悲でございます。まさかこんなことがあるなんて長生きはするものです、ありがたや、ありがたや……」

「女神様、私達を本当に見守っていてくださったのですね。これであの子達に美味しいご飯が食べさせられます、ありがとうございます」


 空に向かって両手を合わせて感謝の言葉を述べる老婆達。


 そんな二人を草陰から眺めている天才魔法少女アクアリーテがいた。


「それでアクアは行かなくていいの? その金貨は自分が落としたものだから返せってさ。アレはアクアのものだからそれは当然の権利だ」


 肩に乗ったクロニャが話しかけるが、アクアリーテは嬉しそうなシスター達を見てボーッとしている。


「信じる力、か」


 一人でコクリと頷いた後、アクアリーテは箒に跨って空を飛ぶ準備をする。


「いいのかい、せっかくアクアが稼いだお金なのにさ」


 彼女はそのまま地面を蹴り、魔術協会に向かうべく飛行した。大事なお金を失ったというのに彼女の顔には笑みが浮かんでいた。


「お金がなくなっちゃったのは痛いけどいいよ。ボクのことを女神様と言われちゃったらしょうがないかな〜」

「人助けってやつか、まあ世間一般的には良いことだしここは誉めておくよ。えらいえらい」

「えへへー、まあそれほどでもあるけどねー」


 アクアリーテ達は優雅に空を飛ぶ。その先に待っているのはブラック企業魔術商事。労働組合も残業代もない会社で働く彼女に明日はあるのか、自分を信じて頑張れアクアリーテ!

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