第24話 言葉を食べる街 エピローグ

 ラック達と別れた後、アクアリーテは箒にまたがり鼻歌を歌いながらルンルンと空を飛ぶ。彼女が向かう先は魔術協会のアジトであった。


 ちなみに魔術協会の仲間達によって街への進軍は無事に止めることができた。そもそも連合軍は宣戦布告されたことに対するちょっとした仕返し程度だったので意外とアッサリ退いてくれたのだ。


「さーてと、この黒い卵を魔術協会で報告してボクも給料アップだね! 」


 アクアリーテは山を七つ飛び越し、川を四つ通り過ぎた先にある暗い森の奥へと辿り着くと、黒いローブからカードキーを取り出して花の咲いている大木の幹に差し込んだ。


 ズズズズズズッッ!!


 地響きを鳴らしながら地面が大きく割れる。その先には機械仕掛けの扉が口を閉ざして待っていた。アクアリーテはその扉の前に立つと音声が流れる。


『指紋認証……OK、顔認証……OK、DNA鑑定……OK、声認証に移ります』


「あー、魔法推進部のアクアリーテです。外回り終わりました」


『声認証OKです。貴女の上司からメッセージを頂いています。戻ったらさっさと報告資料つくれ、とのことでした』


「あー、めんど。早く寿退社したいなー」


 アクアリーテはダルそうに開かれた扉の中に入る。彼女の目には『有限会社魔法商事カンパニー』という看板が目に入った。これは彼女が所属している会社名である、社外の人に説明する時は『魔術協会』と呼ぶことにしている。なぜなら、その方が格好いいからだ。


『有限会社魔法商事カンパニー』はこの世界の魔法がナノマシンによる効果で発動していることを隠蔽し、あくまでも魔力や精霊によって魔法が発動すると人々に思わせることが企業目標である。


 アクアリーテはロッカーにいくと、魔女特有の三角の黒い帽子とローブを脱いで、白いワイシャツと黒のスラックスに着替える。ひと目見ただけではごく普通の新人OLとしか思えない。


 彼女はそのまま『魔法推進部』と書かれた小部屋に入ると、黒髪ロングの美しい女性がジロリと睨んでくる。


 その女性はスーツをピシッと着こなしており、美しいながらも人を寄せ付けないクールな女王様のようなオーラがあった。


「ルナ部長、ただ今戻りました」

「言喰鳥の話は聞いた、まずは報告書を作成。できたら私に見せろ、一時間で作れ」

「はい、承知しました」


 アクアリーテは事務椅子に座ってパソコンの電源を入れると、画面がぼんやりと光り始める。この部屋には空調機がついていて、床には機械仕掛けの掃除ロボットが動いている。魔法使いの印象とはかけ離れているが、これが彼女達の働き方なのだ。


 『魔法推進部』は主に魔法がナノマシンによって発動することを知りそうな人間を排除、または未然に防ぐ部署である。今回は言喰鳥という大きな事件のため、管轄外であったものの彼女も仕事に駆り出されていた。


(外回りからのパソコン作業は身体のスイッチの切り替えができなくてきついなあ)


 キーボードをパチポチと叩いて報告資料を作成しながら、アクアリーテはルナ部長に確認をする。


「そういえば言喰鳥の黒い卵を一個入手したんですけど、どこに報告すればいいでしょう。総務部ですかね? それとも魔法企画部でしょうか? 」

「お前、そんな大事なことはさっさと言わないか! 」

「いや、さっさといいましたよ? ここに来てからまだ三分もたってないじゃないですか」

「そういうのは入った瞬間に言うんだよ! 今から役員連中を集めてすぐ報告だ、会長もきっとご覧になるだろう」

「ですけどまだ報告書ができてないですよ? 」

「会議が始まるまでに作れ! 三十分でだ! 」


 ルナがすぐさま通信装置で魔法商事の各役員に慌ただしく連絡する姿を見てアクアリーテは呟く。


「……早く寿退社したいなあ」


 

 そうして三十分後、魔法商事内の一番大きい会議室に会長と役員達が勢揃いする。彼らは一部を除いて腰が曲がったお爺ちゃんお婆ちゃんであるが、魔法使いとしては偉大な功績を残していることはアクアリーテも知っていた。


「え、えっと、それではまずことの顛末からご報告させていただきます! 」


 アクアリーテもそんなお偉いさんの前では緊張するのもしょうがない、彼女はまだ十六歳なのだ。そんな彼女をサポートするべく年齢二十?歳のルナ部長が口を開く。


「細かい報告はいい、まずは卵を見せろ」

「……せっかく報告書作ったのに」


 この世の理不尽を味わうアクアリーテ、こんなことはブラック企業である魔法商事では日常茶飯事である。


 アクアリーテはゆっくりと黒い卵を机の上に置くと、会議室中がざわめき立つ。


「あの中に古代の詠唱が? 」

「少なくとも禁呪クラスなのは間違いないだろう」

「もし何かあった時はワシらが全員で防御魔法を使わなければならないのお」


 役員達が口々に自分の意見を述べる。しかし、一人の少女がゆっくりと手を挙げると役員達は一斉に口を閉じた。


「会長、ご意見があるのでしょうか? 」

「うむ、こうしていても時間を浪費するだけじゃ。とりあえず割ってみせい」


 幼い見た目からは想像できない喋り方をする会長の言葉を聞き、ルナは金槌をアクアリーテに手渡した。


「アクアリーテ、卵を割れ」

「わ、私がやるんですか!? 」

「お前が持ってきたんだろ? 会長の前で度胸を見せるいい機会だ、もし何かあっても防御魔法で会長は絶対に守るから安心しろ」

「あのー、ボクの安全はどうなるのでしょうか? 」

「ここに入社する時に契約書に署名したよな、業務中に死んでも文句は言わないと」

「……寿退社したかったなあ」


 アクアリーテは自分の死を覚悟しながらも金槌を両手でしっかり持って、目をつぶって思いっきり振り下ろした。


 そして、世界有数の魔法使い達が見守る中、卵の中の言葉が今解き放たれる!




『てやんで☆ 』




「………………」


 その場に永遠とも思えるくらい長い沈黙が流れた。会長と呼ばれる幼女はルナに問いただす。


「さて、今の言葉はいったいなんじゃ。ワシは聞いたことがないぞい」

「ええ、私もこんな言葉は知りません。新しい詠唱体系でしょうか? 詠唱課の意見をお伺いしたいと思います」

「ううむ、こんな変わった詠唱は初めてだ。言葉の後ろに『☆』をつけることにより別系統と複合させ、より高度な領域へと踏み込んでいるのかもしれぬ」


 詠唱課の代表である老人が白い髭をさすりながら答えるとルナ部長はアクアリーテに尋ねる。


「お前は心当たりはあるか? 」

「いえ、全然ないです。でも詠唱されてもナノマシンが反応していないなら、これは魔法ではないのではないでしょうか? 」


 アクアリーテが首を傾げると詠唱課の老人が発言する。


「それがそうとも限らないのじゃ、時間差で発動する魔法かもしれんし、そもそも発動したことを認識すらさせない魔法という可能性もある。もしかすると我等はもうすでにその魔法の術中にあるかもしれないのう」


 その言葉を聞いて会議室がまたザワザワとする。正体不明の古代の魔法に自分達がかけられてしまっているかもしれない、そんな恐怖がその場を襲った。


「落ち着くのじゃ! ここで慌ててしまってはそれこそ相手の思う壺なのじゃ! 」


 会長がその場を一喝すると役員達は黙りこくる。


「もしワシらがこの魔法にかかっていたとしても、どうしようもない。その場合にできることは解除だけじゃ。そのために必要なことはわかるな? 」

「はい、この魔法がどのようなものなのか調査するのですね」

「うむ、ルナはこの状況でもよく理解しておるな」


 ニコリと笑った会長の前で深々と頭を下げるルナ部長。アクアリーテは偉い人は大変なんだなあ、とボーッと見ていた。


「それではこの魔法について調査を命じるのじゃ! その責任者はアクアリーテ、お主なのじゃ! 」

「へー、そうなんですね……。ん? え? どゆこと? 」

「なにボケーっとしてんだ、返事をしろ! 」

「は、はい! わかりました!? 」


 突然のご指名にアクアリーテはとりあえず敬礼をする。その姿を見て会長はクスクスと笑う。


「別に早急やれとは言わん。通常の業務に加えてじっくりとやるのじゃ。もちろん定期的な報告をするのじゃぞ」

「……え? 今の仕事にプラスですか? タダでさえ安月給で忙しいのにですか? 」

「良かったなアクアリーテ、会長からの直々の指名なんて滅多にないものだ。心して頑張れよ、サポートが必要なら私に言ってくれ」

「……はは、お仕事、きついな」


 黒い卵を割ってしまったことで新たな仕事が増えてしまったアクアリーテ。会議が終わった後も、しばらく彼女は放心状態でそこに立ちつくすのであった。




☆ ☆ ☆




「ねえラックさん、アクアリーテさんに渡した卵の中には何が入ってるんですか? 」

「あれは言喰鳥の首の方から取り出した卵だから最近食った言葉が入ってるんじゃないかな? ちなみに星の模様が入っていたんだ」

「最近話しかけた言葉っていうともしかして私の言葉も入ってたりしますかね」

「『てやんで☆ 』か? その可能性は十分にあるな」

「へへ、そしたら私の言葉が禁呪あつかいにされちゃったりして。大魔道士ティアの誕生です! 」

「くくくっ、そうなったら魔術協会はきっと大騒ぎだろうなあ」


 ラックとティアは言喰鳥の被害から復興を始める街を眺めながら楽しそうに笑う。


「それじゃあ、ひと段落ついたしそろそろ次の街にいこうか」

「はい、ラックさん! 」

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