第15話 娯楽が溢れている街 その3
「生涯をこの街で暮らすだって? もし嫌だと言ったら? 」
「その時は少々手荒なことになりますがご了承ください」
ラック達を取り囲むキャスト達はレーザー銃や高圧電流の流れる棒を構える。その動きはロボットだからこその緻密な連携があり、蟻一匹抜け出す隙はない。
「おいおい、お客様相手にこんなことをしていいのかよ? 」
「今のお二人はもうお客様ではなくこの街の住民。ワタクシ達の仲間でございます、これは歓迎会みたいなものでしょう」
「どうしましょうラックさん。これは絶体絶命というやつではないでしょうか? 」
「とりあえず、ティアは頭を伏せておいてくれ」
ラックが指示をするとティアは両手で頭を抱えつつその場にかわいらしく座り込んだ。
「え、こうですか? 」
「ああ、それでいい。相手が人間じゃないのなら思う存分剣が使えるからな! 」
ラックは剣を抜いてその場で真横に薙ぎ払うと周囲の人型ロボット達は胴体から真っ二つになる。その圧倒的な光景を見てハートは驚いた。
「なんですって、エデン技術の超合金を真っ二つにした!? あれはミサイルの直撃を受けても傷ひとつつかない素材ですのに!? 」
「そーかい、古代技術も大したことねーな。羊羹切ってるのかと思ったぜ」
「こ、この者やります。それなら門番ヒーロー、来てください! 」
ハートの助けを求める声を聞いて門番ヒーローがダッシュで駆けつけてきた。ヒーローは両手を腰に当てて決め台詞を言う。
「ひとーつ、エデンを守るため。ふたーつ、僕はエデンを守ります。みーつ、エデンは僕が守るよ! 正義のヒーロー門番参上! 」
「ここまで情報量が少なすぎる登場セリフは初めて聞いたぜ」
「さあ、そんな剣はしまって、まずはエデンの園で僕と握手! 勝負はそれからだ! 」
ヒーローはデジタルパネルでできた目をピカピカと光らせながら手を差し伸べてきた。ラックはそれにこたえるように握手をすると、突如ヒーローは手に思いっきり力を入れる。
「くはっ、こいつ汚ねえぞ……」
「ひっかかったな悪党め、これがヒーロー奥義『握手万力プレス』。僕の握力は十トンあるんだ、これでキミの拳を粉々にしてあげるよ! 」
「ラックさん大丈夫ですか!? ヒーローさんは卑怯ですよ! 」
「卑怯? 罠にひっかかった愚かな負け犬がよく使う言葉だね。ヒーローにはそんな誹謗中傷は全く効かないよ! 」
ヒーローが握手をしていない方の手で親指を立てて余裕を見せた瞬間、なにやら鈍い音が響き渡る。硬いものがバキボキと粉々になる音だ。
「おやおや、つい力を入れすぎて悪党の骨を潰しちゃったかな……、あれ? 」
「この程度でヒーロー気取りか? 娯楽に浸りすぎて鈍ってるようだな」
「ぼ、僕の手がっ!? 」
ラックはヒーローの手首を握りつぶし、もぎ取った。ヒーローの手首の切断箇所からはバチバチと火花が出ている。
そしてラックは手首がなくなって慌てているヒーローに足払いをして転倒させた後、その胸に剣を突き刺す。ヒーローの口からは黒い煙がプスプスと出てきて動かなくなった。
「門番ヒーローがやられた!? 奴はキャストの中では最強クラスですよ!? 」
「あの程度が最強か、エデンの技術もたかが知れるな」
「よくよく考えるとラックさんの強さが規格外なだけな気がしますけどね」
「ですが、貴方達を逃すわけにはいきません。一つ教えてあげましょう、貴方達が戦っているのはワタクシ達キャストではありません。この『エデンの街』そのものが貴方達の敵なのですよ! 」
ハートが目を光らせて合図を送ると空を飛んでいた無人自動車が一斉にラックに向かって突っ込んでくる。また彼の足元が動く歩道となり自動車から逃げられないようにラックを誘導し始めた。
「ティアは俺から離れるんじゃねえぞ」
「はい、お願いします。あんなのにぶつかって死んじゃうなんてゴメンです」
ラックが剣を振るとその斬撃が空を飛び自動車を真っ二つにして墜落させる。
「飛行部隊がやられました、次は植物部隊出動です! 」
エデン各所にあるスピーカーから音声が発せられると今度は花々が強烈な閃光を浴びせてくる。人体に直接的な害はないものの、一時的に視力を奪うのには十分なものであった。
「ちっ、くそがああっ! 」
一瞬怯んだラックであったがまた剣を一振りすることで花々を茎から切り落とす。その様子をハートは見逃さなかった。
「わかりましたよ! 視力です、どんなに強くても目は鍛えられません。そこを狙うのです! 」
すぐに空から蝶の集団がラックを取り囲み、その模様を人間の平衡感覚を奪うような渦巻き模様を作り上げる。ラックは剣を振るものの蝶はひらりとかわし、ひたすらに渦巻き模様をラックに見せ続けた。
「この野郎ちょこまかと、うぜえ戦い方しやがって……」
「ここは私に任せてください! 天より頂きし炎よ、燃え広がりて希望となれ! 『ファイヤー』! 」
ティアが魔法を詠唱すると彼女の手から小さな火の玉が飛び出して蝶の集団に火をつける。火によって統率を失った蝶の集団はバラバラになって退却していった。
「ナイスだティア! 」
「私だってやる時はやるんです! 」
「ふむ、マドモワゼルは『追加コード』を使えるのですか。この時代の人間を少々甘く見ていたかもしれません。ですがまだまだエデンの力はありますっ……」
ハートの声が途絶える、その鳥の視線の先には銃を構えたティアの姿があった。彼女の銃からは煙が上がり、ハートの羽根には穴が空いている。
「おそらく、この場の指揮官はハートさんです。ならばそこから狙うのが常識です! そうですよねラックさん」
「その通りだ、素晴らしい腕前だったな」
「グガガ……、射撃ゲームの第二ステージで脱落するようなヘタッピにやられますとは……」
羽根に銃弾を受けたハートは煙を噴きながらヨロヨロと地面へ落ちる。傷を負いながらもなんとか立とうとするが上手くいかないようだ。
「もう諦めたらどうだ、お前達じゃ俺達には勝てない」
「まだ、まだです。このエデンの副園長としてワタクシは立ち止まるわけには……」
『もう良いハート。お前はここで一旦休め、ここからは我が出よう』
どこからともなく響き渡る声、それはエデン全体が振動することで発生してあるようであった。
「エデン様!? しかし、お手を煩わせるわけにはいきません」
『良いのだ、この街相手にここまで戦う二人に我も興味が湧いた。直接話をしたいと思ってな』
「は、はっ! 承知いたしました! 」
ハートが敬礼をすると、壊れた羽根を必死に羽ばたかせながらどこかへと飛んでいってしまった。
そしてすぐに地面が揺れ始める、それは地震のような揺れとは違い非常に細かい波が均等に持続するような揺れであった。
「いったいなにがおこるんです!? 」
「さあな、わかるのは今までよりももっと面倒になりそうってことくらいだな」
ラック達が周囲を見渡してみると街を囲っていた白い壁が動いているのが確認できた。そしてその壁の一箇所が大きく持ち上がり、天へと昇り地面に大きな影を生み出した。太陽が真上にある中、日時計のような影を作った正体を見てティアが言葉を漏らす。
「大きな蛇……、この街は一匹の蛇に囲まれてできていた街だったんです? 」
「その通りだお嬢さん、我の名はエデン。この街の管理人にして、街そのものである、正確には蛇の形をしたコンピューターであるがな」
何十階もある高層ビルよりも高い位置から赤い瞳を光らせて二人を見つめるエデンという蛇型ロボット。
「それで親玉が出てきたところで俺達の主張は変わらないぜ、少なくともこの街の住人にはなる気がない」
「なぜだ、ここには娯楽がある。お前達はここにいれば好きなだけ楽しむことができる。ここを出ていく理由はあるだろうか? 」
「お前達が滅ぼした古代の人と同じだよ、どうせいつか飽きる娯楽だ。俺達が飽きたらさっさと解放してくれるなら考えてもいいけどな」
古代の人間を滅ぼしたとの言葉に尻尾を大きく動かして反応を示したエデンは答える。
「それはできない、人々をこの街で楽しませ続けることが我等の仕事であり与えられた役目なのだ。楽しむべき人間がここから出ていくというのは我等のプライドが許さない」
「そうか、それじゃあ話はここまでにしてさっさと帰らせてもらうぜ」
「若者よ、そう慌てるな。我等も過去の失敗から長年の歳月をかけて新たな策を考えた。それを聞けば気が変わる筈だ」
「ふむ若者か、よし話を聞いてやろう」
「ラックさんすごく嬉しそうな顔してるなあ」
若者呼ばわりされたラックはご機嫌である。年齢を気にしている彼にとって若者という言葉はどストライクだった、単純な男である。
「過去、我等は人々のために娯楽を提供してきたが失敗してしまった。その原因は全ての人間を等しく楽しませようとしまったことだ。そもそもの前提が誤っていたのだ、当然失敗もする」
「うーん、それじゃあ一体どうするんですか? 」
「一部の人間を不幸にするのだ。他人が苦しみ、もがき、足掻く姿を見せる。それを行うことで自己がどれだけ恵まれているかを認識し、娯楽に飽きたからといって自殺するなどということは防げるはずだろう」
エデンは目線を遥か彼方の地平線に向ける。機械であるエデンは表情を変えることはない。
「その第一歩としてこの世界の大勢に恨まれている街を破壊する。それは『王都キングダム』だ」
「王都キングダム!? なんでそんなことするのですか! あそこにはたくさんの人が住んでいるんですよ! 」
「恨まれているからだ、我等が王都を破壊する光景を映像で全世界に配信する。それを見ることで人々は喜ぶだろう、最高の娯楽ではないか? 」
「ありえません、貴方のやろうとしていることは間違っています! 」
ティアが一生懸命にその小さな身体で反論をするが巨蛇は聞く耳を持たない。
「そして王都を破壊することで多いに喜んだ人間をこのエデンに招待する。それらの人間は他人の不幸を娯楽と感じられる選ばれし者だ。我等はそれらの者にエデンで娯楽を提供しつつ、必要であれば適当に他の街を破壊し、他人の苦しむ姿を見せる。これが我等の新たな策だ、どうだ今度は成功すると思わないか? 」
「そんな酷い計画がありますか? 他人が苦しむのを喜ぶ人達を集めて何がいいんですか!? 」
「我等の仕事は人々に娯楽を提供して喜んでもらうこと。だから必要なのは、我等が準備した娯楽を存分に楽しめる人間なのだ。何かおかしいところがあるか? 」
「おかしいことしかないですよ、ラックさんもこの分からず屋に言ってやってください! 」
ティアがラックに援護を依頼すると彼は大きく伸びをしてから答える。
「人の不幸が嬉しいっていうのは、まあ間違ってないだろ。ムカつくやつがボロボロになったら誰だって嬉しいさ。だから王都が壊滅したら喜ぶ奴は大勢いるだろうな」
「ラックさんまでそんなこと……」
「だがエデンは一つ見誤ってると思うぜ。お前は人間を少し過大評価してるな」
「ほう、どういうことかな? 」
「人間は基本的に他人のことなんてどーでもいいと思ってる。ムカつく奴が苦しむのを見るのは楽しいが、それ以外の人間が苦しんでいても大抵無関心で終わる。だから関係ない他人を苦しめても、楽しいとも悲しいとも思わないのが大半だと思うぜ、人間ってのはエデンが考えるより結構クズだぞ」
ラックの言葉を聞いてエデンは瞳を何回か点滅させる。しばらくして内容を理解したのか、その大きな口を開いた。
「なるほど王都を破壊して喜んだ人間を集めたとしても、その者達が再び他人を苦しむ姿を見て喜ぶとは限らないから無意味だと言いたいのか? 」
「そーゆーことだな、そもそもこのエデンで満たされた暮らしをしたら他人を恨むとかそういう気持ちも起きないだろ。外で他の人が苦しんでても、はいそーですかで終わりさ」
「しかし、それは試してみなければ結果はわからないのではないか? 」
「それで失敗したらどうするんだ? 人類が滅亡したらもう二度と人間に娯楽を提供できなくなるぜ? そしたらお前達も困るんじゃないか?」
「……その時のためにお前達を準備したのだ」
エデンは尻尾を地面にドスン叩きつけると地下から二つの半透明の箱が出てくる。それは人間一人が入ることができるスペースがあり、棺桶のような印象を感じさせられた。
「ここにお前達をいれて冷凍保存するのだ。人類が滅びてしまった場合はお前達を解凍し繁殖させ、再び人類を復活させる。そのために若い男女が必要だった、我等のような機械の身体では無理な話だからな。さしずめお前達はエデンに住むアダムとイブということになる」
「……てめえは人間のことを一体なんだと思ってんだ? 」
「どうした不満か、その少女の外見は非常に良好であるし、二人はこの街で楽しく遊んでいたではないか。お互いに悪い話ではないと思うぞ」
「ティア、悪いがこいつをぶっ潰す。ここで食ったレストランの料理はもう食えなくなるかもしれないが許してくれ」
「いいですよ、こんな人類の敵は思いっきりやっつけちゃってください! 」
「愚かなものだな、現代の人間が我に勝負を挑むとは」
エデンは呆れたように首を振ると細長い舌を鳴らしながら不思議な音声を発する。
「黒き世界で輝く星、心優しき聖女の傲慢なる自己犠牲に応え、魔王を倒した勇者を討て! 『メテオ』! 」
エデンが呪文を唱えると上空から真っ赤に燃えた隕石がラック目掛けて飛来する。
「なんですかこの魔法!? 本当に星を落とすことができるなんて聞いたことがありません! 」
「今では失われし古代の技術だ。降参するのであれば星を止めてやってもよいぞ? 」
「いや、そんなもんはいらないさ」
迫り来る灼熱の隕石をラックは素手で受け止める。隕石の直撃により周囲は突風が吹き荒れるがラックはそよ風でも吹いているのかといった様子だ。
「……ば、馬鹿な。それは隕石だ!? 人間が受け止めたら跡形も残らないはず!? お前は一体何者だ! 」
「俺はただの運が悪い男だ。隕石が落ちてくるのも今月に入って四回目だな。これ翌日肩痛くなるからだるいんだけどなあ」
ラックは隕石を受け止めている手に力を入れるとその握力で隕石は粉々になった。
「あ、ありえん。古代の技術でもこんなこと誰もできなかった……」
「さて、お前の攻撃が終わったから次は俺の番だな」
「何をするつもりだ、まさか我を破壊するとでも……」
不敵な笑みを浮かべたラックを見てエデンは顔を後ろに下げて警戒をする。
「エデン、この俺を娯楽で楽しませて見せろ! もしできたら、お前の言うことなんでも聞いてやる。この街の住人だろうが冷凍保存だろうがやってやるぜ! 」
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