第14話 娯楽で溢れている街 その2


 自動で移動するソファに乗せられてレストランへ到着すると、メイド服を着たキャストがテーブルまで案内をし、メニューを広げる。キャストは礼儀正しいお辞儀をして説明した。


「こちらでは皆様のお口にピッタリの数々の料理を準備しております。腕利きのシェフが調理をするので是非ともご堪能ください」


 ふと目をやるとレストランの奥ではコック帽を被ったキャストが手を挙げる。天井にぶつかりそうな長いコック帽のこのキャストが料理を作ってくれるようだ。


 広げられたメニューを見てラックは驚いた、滅多に見ることができない料理が所狭しと載っていたからだ。


「飛龍のステーキに一角鯨の刺身、世界樹の果実とすげえのが並んでいるがこれは本物なのか? 到底準備ができるものとは思えないが」

「本物の肉や野菜ではございませんが、味や感触はそのままでございます。また人体に害がないことは確認済みでございます、アレルギーなどの症状も絶対に発生しません」

「言い切るじゃねえか、よほどの自信があるんだな」

「ええ、エデンの技術に間違いはございません」


 ラックの文句にも動揺の様子を見せないキャスト。彼は少し考えた後に飛龍のステーキを注文、ティアは世界樹の果実と妖精のバニラアイスの盛り合わせパフェを頼んだ。


 その注文から数分で食事がテーブルの上に置かれる。飛龍のステーキからは出来立てであることを示す蒸気が立ち上り、パフェに乗っているアイスは全く溶けずに渦を巻いて美しいとんがり頭をピンと立たせている。


「見た目は本物のように見えるな、問題は味だが……」


 二人は恐る恐る食べ物を口に入れると、ティアが目を見開いて歓喜の声をあげる。


「これすっごく美味しいです! 舌に甘さがじんわりと広がってほんわかするんですけど、その後に味が綺麗になくなります。甘いもの特有のベタベタ感が全くないんです! 」

「確かにこれは美味い、肉汁もちゃんとあるし噛みごたえもある。しかし、これは本物じゃないならなんなんだ? 」


 ラックが眉間に皺をつくって考えているとハートが解説を始める。


「それらはエデンの技術の賜物です。詳しい製造方法は企業秘密でございますが、さまざまな植物に味付けをすることで作っております」

「植物からこんな肉やアイスみたいなのができるとは驚きだ。こんな食事は滅多に味わえない」

「本当です、ハマりすぎて食べすぎちゃわないか心配になるほどですよ」

「そこは安心してください、この食事はいくら食べても栄養がありませんので太る心配はありません」

「えっ、そうなんですか? 」


 ティアは目をキョトンとさせて持っていたスプーンの動きを止める。ハートは得意げに声を上げた。


「はい、お客様に娯楽の提供をするためにいくら食べてもお腹が一杯にならないようになっております。ですので満足いくまで好きなだけ食事をしてくださいませ」

「それはいいけどお腹一杯になりたい時はどうすればいいんだ? 」

「その時はこの錠剤を一つ飲み込んでください。これだけで人間が生きていける一日分の栄養を全て補充できます」

「なにそれすごいじゃありませんか! 食料問題が一気に解決しそうな感じですよ。それは一体どれだけの値段がするのでしょう、やはり高いですよね? 」


 ティアが世界の新技術を目の当たりにして期待を込めた眼差しで錠剤を手に取る。


「こんなものタダでいいですよ、欲しければいくらでもご自由にどうぞ」

「え、どうしてですか? こんなにすごいのに」

「栄養はありますが味もしないし楽しくもありません、娯楽としては無価値です。エデンとしては本当はこんなものを作りたくはなかったのですが人が生きてくためにはどうしても必要なので作っていたのです、作るにも結構コストがかかりますしね」

「なるほど、それじゃあ一ヶ月分くらい頂きます。ラックさんもそれでいいでしょうか? 」

「それでいい、だがハートの言う通り味のしない栄養だけの食べ物は結構キツイもんがあるから非常食用だな」


 ティアが錠剤を綺麗な袋にまとめて入れてポケットにしまうと食事を再開する。そのあまりの美味しさに彼等はあっという間に平らげてしまった。二人の満足の証拠にネックレスの数字はラックが『200』、ティアが『300』を示していた。


「くぅー、満足したらお金払わなくちゃいけないのにウッカリ満足しちゃいました」

「そう言っていただけるとワタクシ達キャストも嬉しいですよ、マドモワゼル。それではもう一度食事をしますか? 」

「……迷いますけど、ここは一旦お会計で! 」


 ティアが指でバッテンを作ると精算が行われ、金貨二枚と半分が支払われた。


「満足したけど結構な出費になるな」

「はい、あそこで延々と食べていたらあっという間に破産してましたよ。恐るべき街ですねエデンは……」

「頬にアイスくっつけながら深刻な顔してんなあ」

「金貨50枚を賭けでなくしたのに呑気な顔しているラックさんみたいな人もいますけどね」

「あれはしょうがないんだって、今度こそいけるかなと思ってさ? 」

「それで成功するならいいんですけどね……」


 食事代を支払った後、ハートは次になにをしたいかを聞いてくるが遊びと食事も一通りしたので次にやりたいことはすぐには思いつかない。


「これからまた遊ぶか休憩するか、それともこの街の歴史を調べてみるかだな。ハート、歴史を学べる場所はないか? 」

「歴史を学ぶ? そんなことをしてなんになりますか? 」

「この街がどうやってできたかとか調べたいと思ってさ。それともハートがしってたりするかな」

「ははは、歴史の勉強なんてそんなつまらないことをする必要はありませんよ。勉学なんて面白くないものは無価値です、ここは娯楽の街エデン。楽しむことさえ考えていただければ良いのです、そのためにキャストが全力を尽くします」

「俺にとっては歴史の勉強も娯楽だ、教えてもらえればこのネックレスの数字も増えるかもな」


 ラックがネックレスのパネルを見せると、ハートは口を閉じて動きを止める。彼の目線はネックレスの画面を凝視していた。


 そしてハートが黙ってからしばらくすると、外から爆発音が聞こえてきた。まるでミサイルが近くで着弾したような音である、するとハートは笑顔で叫び始めた。


「大変です、お二人とも外で何かが起きているようです。ついてきてくださいませ! 」


 ハートは勢いよくレストランの外に飛び出し、その後を二人が追う。するとそこにはロケットランチャーをかついだ人影があった。


「ひゃははは、俺様は泣く子も黙る凶悪犯。このエデンの街を侵略しにきたぜ! 」

「大変です、このままではエデンが崩壊してしまいます。一体どうすれば……」


 オロオロしているハートのことを冷たい眼差しで見ているラック。それはまるで頭のおかしい触れてはいけない人を見る目だった。


「なんだこの茶番、この街の技術があればいくらでもなんとかなるだろ。そもそも、あの凶悪犯も……」


 ラックがそういいかけている時、どこからともなく街中に音声が響き渡る。


「そこまでだ、凶悪犯! この地を守るヒーロー門番が相手だ! 」

「あっ、ラックさん。入り口にいた門番さんがやってきてくれましたよ、やっぱり格好いいですねー! 」

「もうどうでもいいや……」


 凶悪犯を倒しにやってきたのはこの街の入り口に立っていた門番。門番は赤いマフラーをヒラヒラとさせて、持っていた剣を凶悪犯に向けて一振りする。


 ズバッという音と共に凶悪犯の首が上空へと舞い上がり、胴体は膝から崩れ落ちる。そして十秒後に凶悪犯の首が地面にカランと音を鳴らして落下した。


「はっはっはっ、凶悪犯は倒れた。自分がいる限りこのエデンは安全だ。それでは良い子のみんな、さらばだ! 」


 再び街の入り口に向かって走っていくヒーロー門番に拍手を送りながらティアは喜ぶ。


「おおー! すっごい闘いでしたね、ワクワクドキドキしました」

「そうか? 手抜きもほどほどにしろと思うけど。それであの凶悪犯はどうするんだよ」


 ラックは首と胴体が離れた状態で倒れている凶悪犯を指差すとハートが反応する。


「あの凶悪犯のキャストなら後で修理をすれば元通りですよ。どうでしたか『突然の凶悪犯登場でヒーロー討伐ショー』のご感想は? 」

「私はとっても楽しかったですよ、ヒーロー役の門番さんの活躍がよかったです」

「そうでしょう、あの門番役のキャストは一番良い見た目をしていますから子供達からも非常に人気がありました」


 ヒーローショーの感想で盛り上がるティアとハートの話を遮るようにラックが尋ねる。


「それで再確認したいんだが、この街には俺達以外に人はいないのか? 」

「ですから、お二人が再開後の初めてのお客様でございまして……」

「そうじゃない、この街に住んでいる生きた人間はいるのかと聞いているんだ。さっきの凶悪犯も、門番も、コックも、射撃ゲームの受付も全員が人の形をしたロボットじゃないか」

「確かにそう言われればそうですね、てっきりロボットの方が雰囲気がでるからそうしてるのだと思ってましたけど。本物の人間さんはどこかで休憩してるんじゃないですか? 」


 このエデンにおいて全てのキャストはロボットであり、普通の生きている人間をラック達はまだ見ていなかった。そのことを問い詰めるとハートはゆっくりと音声を発する。


「このエデンでは人間は大昔に滅んでしまいました。何故だかわかりますか? 」

「うーん、わからないです。とても住みやすくて良い場所だと思いますけど」

「……おそらくはこの娯楽のせいだろうな」

「ラック様は勘が鋭い。ワタクシ達は人が感じる面白さに応じてお金を徴収します、ですがそのことがどうやら仇になってしまいました」

「仇ってなんでしょう、みんなが楽しみすぎて破産しちゃったりとか? 」


 ティアが自分なりの意見を言うとハートは首を何回も横に振った。


「違います、ワタクシ達はお金を頂くという形をとってはいますが、破産させるほどの悪魔ではございません。そもそも、この街の住民には毎日遊んでも使いきれないお金が自動で支給される仕組みです。住民は娯楽を楽しむことだけに集中できるはず、でした」

「すると破産の逆、金が余りすぎたんだろう」

「えっ、こんなところなのにお金があまっちゃうの? 」

「思い出してみろ、ここの料金は楽しめば楽しんだだけ払うと言う仕組みだ。そしてここは子供よりも大人の方が払う料金は少なかったよな」

「確かにそうでした、子供の方が物事を楽しめるからですよね。そうなると歳を取れば取るほど払うお金は少なくなるわけですか」

「ああ、その理由はいろいろあるだろうが一番の理由は飽きだろうな。どんなに楽しい娯楽でもずっとやっていれば飽きがきてしまうものだ」


 ラックの話をじっと聞いていたハートは水飲み鳥のようにコクコク頷く。


「その通りでございます、この仕組みにより古代のエデンの人々は気づいてしまいました。何も知らない子供こそが一番娯楽を楽しめるのであり、これからはどんどんつまらなくなる人生しか残されていないと……」

「子供の頃の方が楽しかったというのは古代も今も変わらないもんなんだな」

「そーですかね、私は今も楽しいですけど」

「それはティアがまだ若いからさ。いや、もちろん俺も若者だからな!? 」

「一人でなにノリツッコミしてるんですか? 」


 微妙な年齢のラックは若者アピールを欠かさない。そんな二人の様子を冷ややかに見つめていたハートは言葉をつづける。


「歳をとるごとに積み上がる使いきれない貯金、その悲しい現実を直視した大人の自殺が増加。そして当然人口は衰退して、ついには最後の一人がエデンからいなくなってしまいました。それ以来このエデンの街は閉鎖し、姿を消すことになります」

「それはお気の毒様だな、そんなエデンが今頃また再開したのはどんな理由だ? 」

「一度失敗をしてしまいましたが、ワタクシ達は再び地上を娯楽で溢れさせることを決意いたしました。成功させるための作戦を練っておりますが、そのためには必要なものがあったのです」


 ハートの話に気を取られていたのか、ふと周りを見てみるとエデンで今まで出会ってきたキャスト達がどこからともなく集まってきて、ラック達を取り囲み始める。彼らは手に古代技術で作られた武器を構えていた。


「エデンには生きた人間の住民が必要でございます。そしてお二人はこのエデンに選ばれた住人です、貴方達にはこれからの生涯をこの地で過ごしてもらいたいと思います」


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