第12話 悪人はいなくなる街 エピローグ

 『誘悪塔』による裁きを受けたラックであったが普段から落雷で鍛えられている彼には傷ひとつつかなかった。また、ラックが庇ったおかげもあり王様も気絶こそしているものの、なんとかかすり傷程度ですんでいる。


「さて、このままだと怪しまれるから少し工夫させてもらうぜ」


 ラックは墨汁を取り出して王様の顔にドバッとぶちまけると、みるみるうちに王様の顔が真っ黒になった。パッと見では落雷で丸焦げになっているのと見分けがつかない。


「よしこれで王様については時間の問題だな。それじゃあ、とりあえず王城へ褒賞を貰いに行きますか」


 ラックは王様への落書き作業を終えると王城へ戻る。そこではティアが笑顔で迎えてくれた。


「ラックさん無事だったんですね、私もしっかり足止めをしていますよ」

「よくやってくれた、それじゃあお前達。俺は賭けに勝ったわけだから当然もらうものはもらわねえといけねえ。金貨5枚、銀貨8枚、銅貨4枚の5万倍の報酬だな。ティア、計算してくれないか」

「えーと、金貨292000枚ですね」


 ここでさりげないティアの特技である暗算能力が発揮された。ちなみに次いつ役に立つのかは未定である。


「うーん、少し中途半端だな。しょうがない、大目に見て金貨300000枚に負けてやるか」

「あのー、御言葉ですが少し増えているような気がするのじゃ」

「なんか文句ある? 俺の四捨五入が間違っているとでも? 」

「いえ、問題ありません。その金額でお願いしますのじゃ」

「それなら早くその金額を持ってきてくれ、五時間待っててやる」

「五時間!? それだけの金貨を集めるには王城の天井から床まで調べつくさないと集まりませんのじゃ」

「じゃあやってくれ、兵士ならたくさんいるだろ? 」


 ラックがジロリと睨みを効かせると大神官の大号令によりなんとか五時間で金貨300000枚が集まった。ちなみにこの間、ラックとティアはスヤスヤと寝ていた。準備ができると大神官は二人を優しく起こしてくれる。


「金貨には圧縮魔法をかけているのでこの小さな財布で持ち運びができますのじゃ。必要な時は必要な分だけ金貨を元の大きさに戻せるのじゃ」


 ラックの手に渡されたのは小さな財布。重さもそれほど感じないが金貨300000枚が入っていることは確かであった。


「すごいです、それだけの金貨があればこれから十世代は遊んで暮らしてもお釣りが出ますよ」

「そうだな皆の活躍には感謝するよ、それじゃあこれは俺からのお礼だ」


 パァン! パァン! パァン!


 ラックはティアが持っていた拳銃を取り上げるとすぐさま大神官とその仲間の全員の足を撃ち抜いた。ラックの弾は百発百中で、大神官達は全員その場に崩れ落ちる。


「うおおおおっ!? 一体なぜ、ワシらはお主の言う通りにしたはずじゃが!? 」

「ここからお前達が逃げないようにだ、まあこれからを楽しみにしてな。それじゃあティア、帰るぞ」

「えっ、大神官様達はこのまま放置しちゃうんですか? 」

「ああ、もう俺達にできることはないからな。さっさと帰って美味い飯でも食おうぜ」


 大神官達のことを気にする様子もなく部屋を後にするラック。ティアは少し困ったようにその場に立っていると大神官が息をゼイゼイしながら話しかけてくる。


「ティアお嬢様、あんな奴について行く必要はありませんのじゃ。今のお嬢様のお姿を見たら、ご両親はさぞお悲しみになりますぞ? 」

「ごめんなさい、私は王都に閉じ込められて道具にされるのはもう嫌なんです。もしお母さん達と話す機会があったら、私は元気にしていると伝えてください。それでは大神官様、ありがとうございました」

「……やはり一度鳥籠から出た小鳥は戻らないものじゃのう」


 そんな大神官の言葉を最後にティアはラックの後を追った。そして彼女は王城の入り口近くでラックと合流できた。


「やっと来たか、ほらあそこを見てみろ」

「うわぁ、すっごいたくさんの人達がいます。何をしにきたのですか? 」

「それはすぐにわかるさ」


 王城の前でデモ隊の行進のように集合している人々に近づいていくと、彼らの叫び声が聞こえてくる。


「王様が塔に裁かれた! すなわち王様は悪人だってことだ! 」

「そうだそうだ、だからこれから王城へ突撃して悪人という証拠を見つけ出してやる! 」

「女神メアリス様に間違いはない、いくぞ皆! 」

「「「おおおおおーーっ!! 」」」


 人々は怒号をあげながら王城へと突撃していく、もちろん兵士はなんとか止めようとするものの何千人もの民衆を取り押さえる力はない。堤防を破壊した洪水のように人々は王城に侵入していったのである。


「これで街の住人はあのカジノを目の当たりにすることになるぜ。さーて、それからはどうなるか、それは住民次第さ。まあ、死刑にならないように健闘を祈るぜ、王様と愉快な仲間達さん」

「ラックさんは悪魔のような笑顔をしてますよ……、最初からこれを狙っていたんですか? 」

「ああ、この街のことはこの街の人達に決めてもらうのが一番さ」

「あの人達はこれからどのような選択をするのでしょうか? 」

「さあな、もう俺には関係ないことだ」


 不安そうな顔をするティアに対してラックはそう一言返した。彼女は心配な気持ちを胸に残したまま黙ってラックの後をついていく。

 

 そしてラック達は街を出た後、ジスの宿屋へと向かった。今回の件でお礼を言いにいくためである。


「ラックさん達、ご無事でしたか? なにやら朝から街の方が騒がしくて心配しておりました」


 朝早いにもかかわらずジスは既に作業着に着替えていた。部屋の中には美味しい朝食の匂いが漂っている。


 ラックは今までの流れを説明するとジスは時に険しく、時に悲しい表情を見せた。そしてラックの話が終わるとジスはゆっくりと頷いた。


「ラックさん、ありがとうございます。貴方達のおかげでこの街は新しい一歩を踏み出せると思います」

「そうですか、それではそのお祝いとして俺から渡したいものがあります」


 ラックは机の上に空の袋を置いて、そこに先程大神官から受け取った金貨を大量に流し込む。袋がパンパンなったのを見計らってラックはジスを見る。


「ざっと金貨100枚くらいかな、情報提供料とお礼の気持ちを込めてこのぐらいお渡しします」

「100枚!? 心遣いはありがたいですがこんな金額は受け取れませんよ」

「いえ、貴方達夫婦だけではありません。亡くなった息子さんの分も合わせています。そろそろ誕生日が近かったんじゃないですか? 」


 ラックがそういうとジスは眉をあげて驚く。


「どうして息子の誕生日を知っているんですか? 」

「俺が塔で神罰を受けた時、息子さんの声が聞こえてきたんですよ。周りに悪人と罵られながらも自分のことを想ってくれた親にどうか恩返しをしてくれってね。そう頼まれたらやるしかないでしょう? 」

「そ、それは本当ですか……。いや詮索はやめておきましょう。ふふ、世の中には不思議なこともあるものですね。いただいたお金はあの塔の被害に受けた人々のために活用をさせていただきます」


 頭を下げて感謝をするジス。ラックはそんな彼のこと見て呟いた。


「……被害者のためにか」


 そしてラックは机の上に置いていた金貨100枚の袋をティアに渡した後、彼は懐から圧縮魔法で金貨が詰まっている財布をジスに手渡す。


「すみません、ジスさんに渡す袋を間違えてました。結構お金が入ってるんで街の皆さんで使ってください」


 その財布には、袋に入っている100枚を除いた299900枚の金貨が入っている。その突然の行動にティアは驚いた。


「でもラックさん、そっちの財布は残りの金貨が全部入っていますよ? 」

「旅するのにお金はありすぎても荷物になるからな。ティアもそれでいいだろ? 」

「……ええ、もちろんです! 」


 財布をジスに渡して、別れを言って宿屋を後にする二人。ラックは朝日が昇り始めた空を眺める。


「さて、さっさと馬車を見つけて次の街に行かなきゃな」

「ラックさん、本当に塔で息子さんの声を聞いたんですか? 」

「うーん、俺はそんな気がしたなあ」

「……聞いてないんですね、でもそれじゃあどうして誕生日がわかったんです? 」

「盗んだ宝石がエメラルドだからさ、エメラルドは五月の誕生石。本人も験担ぎのつもりで選んだろう。まあもし間違えてたら、適当にごまかして終わりさ」

「ラックさんは本当に悪魔かなにかと思えてきましたよ……」


 ティアは気が抜けたのか肩を落として一息つく。草むらでは目が覚めた鳥達が歌声を披露していた。


「でもラックさんは優しいんですね、稼いだお金をほとんどジスさんに渡しちゃったんですから」

「ジスさんじゃなくて、塔の被害にあった人達にだ。まあ普段ならこんなことはしないが、賭けに勝って機嫌がいいし、たまにはいいかな」

「ふーん、素直じゃないですねー」

「まあ金さえあればどんなことでもなんとかなるのが世の中だ。さっき渡した金を住民がちゃんと使ってくれればこの街もきっと良くなるだろうよ」


 ラックの話を聞いて嬉しそうに笑っているティア。そして、ラックは馬車を探すためにまた街へと歩みを進めている。


「そういえばティアは自分の固有スキルのことで、力を使わないから人を救えていないんじゃないかって気にしてたよな」

「そうですね、どんな言い訳をしてもそれは事実ですから」

「ティアはそれを悪だと思うか? 」

「正直、悪いことかなとうっすら思っています」


 ティアが俯いて歩幅が少し狭くなった。彼女の足元ではそんなことを気にする様子もなく綺麗な花が陽の光を浴びていた。


「塔の話に戻るが、結局なにが悪いかどうかなんて誰にも決められない。ただ自分がそれが悪いことだと思っている限りはずっと罪悪感に囚われるぞ。それが嫌なら自分自身が変わるしかない」

「それは例えば、力を使わないで人が死んじゃっても気にしないようになるということですか? 」

「それも一つの解答だな。他にはこの旅がとても大切なことだと思うこととかな」

「大切なことです? 」

「ああ、ティアはこの旅を通じて王都を良くするために他の街を良いところを持って帰ろうとしてるんだろ。それは将来的には何万人もの人々を救うかもしれない、それなら王都にこもって一日一人救うよりも多くの人々を救えることになる」

「確かにそうですね、そう考えると私が今こうして旅していることは悪いこととは言い切れないと思います」

「そうだろ、力を使わないのならそれだけの理由があればいいのさ。ウジウジするくらいならその理由を考えてしまった方が楽だ。それがどうしてもできないなら、さっさと王都に帰ればいい」

「……少し気が楽になりました。ありがとうございます」


 ティアは安心した様子で大きく一歩を踏み出すが、勢い余すぎてこけそうになる。そんな彼女をラックは支えてあげた。


「さあ、じゃあ朝飯食ったら次の街へ行こうか」

「はい! 」

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