第11話 悪人はいなくなる街 その4
「すごく大きい扉ですね、おそらくここが王様の部屋でしょうか? 」
「たぶんな、まあ開けてみればわかるだろう。鍵はあいているか? 」
王城の一番上の階である5階には宝石が散りばめられた赤い扉があった。その扉には黄金の龍の形をした取手があり、それをティアが握るとカチャリと音がした。
「ラックさん、どうやら鍵はあいているみたいですよ」
「それならいくぜ、粉々になれっ! ジャッジメント・レイ! 」
ラックは光速のパンチによってドアを粉々にした。ティアはポカンとしている。
「鍵あいてるか聞く必要ありました? 」
「この登場の方が格好いいだろ? 」
「答えになっていないような気がするです」
二人は粉々になった扉から部屋に入ると、そこはまるで別世界にやってきたようであった。
天井からはカラフルなライトがサーチライトのように壁や床をクルクルと照らし、激しいポップな音楽が鳴り響く、世界各地から取り寄せられたお酒をバニーガールが運んでいた。
「ふへー、なんかうるさい場所ですね。ドンドンと響く音、眩しい光、きついお酒の匂い、一体なんなんでしょう」
「なるほど、巨乳のバニーガール、尻の形がいいバニーガール、スレンダー美人なバニーガール、素晴らしい場所だな」
「今からでもガイラナイラさん起こしてラックさんをボコボコにしてもらおうかな……」
「そう怒るな、こんな感じの場所は俺はよく知っている。これはカジノだな、ルーレットやポーカー台もあるし」
「でもなんで王様の部屋がカジノに? 」
「それは本人に聞いてみないとわからねえよな? 」
ラックの視線の先には金ピカの王冠を頭に乗せた王様が今起きた出来事を理解できずポカンとしていた。その王様の横には身なりの良い位の高そうな人が何人か立ちすくんでいた。
「だ、誰じゃお主らは? 」
「俺はジャッジメント、審判を下すものだ。こっちは仲間のティア」
「よろしく……って、良く考えたら私だけ本名じゃないですか? 私の個人情報ダダ漏れでは? 」
「ジャッジメントにティア、こんな無礼な真似をして生きて帰れると思うな。いけっ、皆のもの! 」
王様の合図と共にバニーガール達は服の下に隠し持っていた拳銃をラックに向ける。
「やれやれ、可愛いウサギちゃんがそんな物騒なもの仕込んじゃいけないじゃないか。ちなみにその銃いくらで売ってくれる? いい匂いしそうだ」
「バニーガールさん、セクハララックさんを懲らしめちゃってください! たぶんラックさんは絶対死なないですけど」
「コイツらふざけんじゃないわよ! 」
バニーガール達は一斉に発砲するがラックはその全ての弾を人差し指と中指で器用に挟んで受け止める。そして彼の光速の回し蹴りによって一瞬でバニーガール達全員が気絶した。
「ば、馬鹿な、特殊訓練を積んだ殺人バニーちゃんを一瞬で!? そうだガイラナイラ出てこい、獲物だぞ! 」
「悪いがガイラナイラもジャッジメント済みだ。次はアンタの番だぜ、その後ろのでっかいパネルを見ればなにをしているのか予想はつくがな」
「お、お主はどこまで知っているのだ……」
驚きで唇を震わせる王様の後ろには大きな文字でこんなことが書かれていた。
『性別』:倍率2倍(男、女)
『住居』:倍率4倍(東西南北)
『年代』:倍率10倍(10代〜100代以上)
『職種』:倍率15倍(職人、商人、主婦、冒険者、など)
『罪状』:倍率30倍(窃盗、殺人、脱税、暴力、など)
これらの文字が薄暗い部屋の中でもはっきりわかるようにネオンでピカピカと光っていた。
「なんでしょう倍率とかありますけど? 」
「倍率ってのは簡単に言うとこれを当てれば、賭けた金がその分増えるってことだ。例えば性別を男と当てたら賭けた金が2倍になる」
「……ルーレットで数字を当てるのはわかりますが、男とか女とか住居っていったい何を予想しているのでしょう? 」
「ティア、この街でランダムに人が選ばれる仕組みがあったよな? 」
ラックが不敵な笑みを浮かべてそう言うとティアの顔から血の気がひいた。彼女は指を震わせながら声を絞り出した。
「……ま、まさか『誘悪塔』」
「正解だ、こいつらは『誘悪塔』で殺される人を賭けの対象にしているんだよ。そろそろ日が変わって誰か死ぬだろうからな」
「ひ、ひどいっ、ひどすぎるっ! 貴方達には人間の血が流れているんですか! 」
「何を言う、我らはこうやって悪人を予想することで街の将来に役立つと思ってな、大神官様もなんとか言ってください」
王様が横にいる白い服を着たお爺さんに声をかけると、彼は少し口ごもりながら話し始める。
「貴女はティアという名前らしいが、まさか王都の伯爵家ご令嬢のティアお嬢様では? 」
「だ、大神官様!? まさか貴方もこのような賭けに参加していたのですか? だから勇者パーティのガイラナイラさんがここを守っていたんですね」
「いや、ワシも時々くるだけでな。王様がどうしてもと言うので」
「何をおっしゃいますか!? これは我々で考えた案ではありませんか。民衆を統治しながら賭けで懐を潤わせるという素晴らしいアイデアを閃いたって! 」
「そ、そうだったかのお? この歳になると物忘れが激しくて……」
その瞬間、爆音と共に大神官の横にある花瓶がパリンと心地よい音を出して割れる。その音の元を辿ると、ティアが拳銃を大神官に向けていた。まだ拳銃からは発砲した煙が立ち上っている。
「今のは威嚇射撃です、次ふざけたら本気で当てますよ? 」
※本当は最初から当てる気マンマンでした。
「ティアお嬢様、そんな危険な真似はおやめ下さい。ご両親がご心配なさってますよ」
「それで大神官様もこの『誘悪塔』の発案者の一人というのは本当なんですか? 」
「……そうだ、しかしそれが何か問題あるかのお。死んでいるのは悪人じゃ、もちろん悪人と決めつけているのはワシ達だけではない、この街の全ての人間が悪人と決めつけているのじゃよ。街全体が悪と思っているのを処罰して問題があるのかのう? 」
「大神官様の言う通り、我らがやっているのは悪人の成敗。つまり正義の審判をしているのだ、確かに女神の名を勝手に使ったのは非があるが、我らが間違っていることをしているわけではない」
「大神官様も王様も屁理屈を並べて、自分のやっていることが恥ずかしくないんですか!? 」
銃を構えたままティアは叫ぶが小さな女の子の意見を聞くほど王様達は柔軟な思考はしていない。そんな時、ラックが前に一歩出る。
「ティア、お前の言いたいこともわかるが王様のやってることは間違っちゃいないと思うぜ」
「ラックさん!? どうしてそんなことを言うんですか? 」
「だってそうだろ? これは結果論だが悪人は減ってるんだぜ、街の皆がそう考えるのなら部外者の俺達に口を出す権利はない」
「それならどうしてここまでやってきたんですか? 」
「そりゃあもちろん、俺もやってみようと思ってな。ティアは今いくらお金を持ってる? 」
「え? 今は金貨5枚に銀貨8枚ですけど」
ティアがポケットからお金の入った財布を取り出すとラックはそれを手に取って軽く動かすことで重さを確かめている。ちなみに金貨1枚ならそこそこ贅沢なご飯を2人分食べても、まだ回復薬などの消耗品を袋一杯に買い込めることができる。金貨1枚は銀貨10枚の価値である。
「よし、これだけあれば賭けをするには十分だな」
「まさかっ、ラックさんはこの人殺しの賭けをやるつもりですか!? そんなことをしてはいけません! 」
「あれ、ティアの足元にゴキブリがいるぞ? 」
「えええっ、キャアアアア!? 」
チャリン! ティアがその華奢な足でジャンプを繰り返しているとローブのポケットから硬貨がぶつかる音が聞こえた。ラックはすぐさまティアのポケットに手を入れて銅貨を4枚取り出した。銅貨は10枚で銀貨1枚の価値である。
「おっと、まだ持ってやがったな。安心しな、ゴキブリっていうのは嘘だよ」
「……ほっ、てラックさん! そんなことするなんて見損ないましたよ! ラックさんは困った人を助けようとする優しい人じゃないですか! 」
「別に俺は聖人でもなんでもないし、自分自身の利益が目の前にあればそれを優先するさ。そりゃあもちろん、殺されそうな人が目の前で命乞いでもしてれば助けてやろうとは思うけどな」
「そ、そんな……、ラックさん」
ティアはショックを受けた表情をしてゆっくりと銃をおろす。彼女はただラックの姿を見つめることしかできない。
「ということで『誘悪塔』の賭けに参加させてくれよ、王様。せっかくここまで来てやったんだから嫌とは言わせないぜ? 」
「お前は本当に賭けをしにここに来たのか? 」
「そうだ、賭けさえできれば他には何もしない。あの塔を破壊するとかそういったこともするつもりはない」
「……ならいいだろう、好きなように賭けるといい」
王様がテーブルの上に賭けの倍率を書いたノートを開いた。そこには様々な倍率が書かれており、この賭けが長年行われていることを暗に示していた。
「賭けをする前に必要な情報だから教えてくれ、『誘悪塔』はランダムにこの街にいる人間を一人殺すというのが俺の予想だが、これ以外に何か条件はあるか? 」
「それ以外の条件は、王である我と発案者の大神官様、その他ここにいるVIPのメンバーは我が指定して塔の候補からは外している」
王様はそう言って大神官や他の貴族を見渡した。彼らはラックが次に何をするのかソワソワしながら見ていた。
「なるほどねー、自分達だけ外すとはなかなかワルだね。おっと皆さんは塔に裁かれることがないから善人ということになるのかな。まあいいや、それを聞いて安心した」
ラックは賭けの倍率が書かれたノートを一通り見た後、自信満々の笑みを浮かべて持っていた財布を机の上に叩きつける。
「この袋の中の全額を賭ける、その対象はこの街にいる人間5万人の内の1人である『俺』だ! 倍率は5万倍の超大穴だぜ! 」
「……今、なんと言った? 自分自身に賭けると? 」
「その通りだ、このレート表によると個人をドンピシャで当てれば5万倍と書いてあるよな。当たったら約束は守ってもらうぜ」
ラックがそう言うと周囲の人々は大声で笑い始めた。
「これはこれはこんな面白い冗談は生まれて初めてだ。誰かこの者にちょっとした褒美をやれ、我らを楽しませてくれた礼だ」
「ラックさんはいったいなにを考えているんです? 」
不安そうな顔をしてラックのところに歩いてきたティア。自分を馬鹿にする笑いの中、ラックは平然な表情をしていた。
「ティア、あの塔に選ばれる人ってどんな人だと思う? 」
「どんな人って言われても、あの塔はランダムで人を選ぶんですからそれは運が悪い人に決まって……、あっ!? 」
「そうさ、俺は世界一運が悪いんだよ! 」
ゴーン! ゴーン!
その時、深夜十二時になり、日が切り替わる鐘の音が城中に響き渡る。その瞬間、ラックの身体が青白い光に包まれた。
「なるほど、身体が引っ張られる感じがする。これでこのまま塔まで連れていかれる感じなのかな? 」
「……そんな馬鹿な。本当に塔に選ばれるだと!? 」
先程の笑いから一転、部屋の中は神の奇跡を目の当たりにしたかのように静寂に包まれ、誰一人として声を発することができなかった。
「さて、このまま俺は塔に連れていかれるが一人じゃ寂しいからついてきてくれよ王様」
「えっ、ちょっとお主っ、離さないか!? 」
ラックは塔に引っ張られる力に抵抗しながら王様のところへ行って、王様の胸ぐらをしっかりと掴んだ。するとラックの身体がふわりと宙に浮いて塔に向かってゆっくりと進んでいく。
「いいかティア、俺は必ず戻ってくるからこの部屋から誰も出すんじゃないぞ! 」
「分かりました、さあ皆さん。動かないでくださいね、もし動いたら『王都の魔弾の射手』と呼ばれるスナイパーティアの銃弾が心臓を貫きます」
「ティアお嬢様はそんなふうに呼ばれていないような……」
パァン! ティアの銃弾は大神官の頬を掠める。彼の頬からは血がたらりと垂れて首筋に伝わった。
「これは威嚇射撃ですよ、大神官様」
※普通に外す予定でした。
「……はい」
この様子ならティアは大丈夫だろうと安心したラックは王様に集中する。ラック達の移動スピードはどんどん速くなり王室の窓ガラスを突き破り夜空を飛空する。眼下には街の明かりが夜空のように輝いていた。
「この無礼者がっ、こんなことをしてなんになる。死ぬのならお前一人で死ね! 」
「いやー、やっぱり『誘悪塔』もそろそろ本物の悪を裁きたいんじゃないかと思ってさ。ってことでお前は道連れ決定! 」
「何が悪だ! 我がどれだけの苦労をしてこの塔を作ったのか知らないのか? 」
「そうそう、それ気になってた。どうやってあんな塔作ったんだよ? 」
「ふはは、聞くがよい。あの塔は我の固有スキルである『苦労鴉(クロウクロウ)』の能力で使ったのだ。この能力は我が苦労した分、自分の思い通りの物質を作り出せるという素晴らしい能力なのだ」
空中を舞いながら大声で笑う王様の姿はシュールな光景ではあるが、一応彼らは生と死の間にあることを忘れてはいけない。
「へー、すごいな。その能力を大神官に見定められて塔を作ったんだな」
「そうだ、そしてこれからこの能力でお前をぶち殺すための道具を作ってやる。『苦労鴉』発動! この惑星を粉々に破壊する核爆弾を生み出せ! 」
「こ、こいつとんでもないものを!? そんなことしたら全てが滅びるぞ? 」
「そんなものもう関係ない! 我がいなければ全てが無意味なんだああっ! 」
街の果てまで聞こえるような叫び声でスキル発動をしようとするが、声がこだまするだけで何も起きない。
「何も起きないみたいだが? 」
「そーいえば最近、我は遊んでばかりで苦労してなかった。だから何もできないのだ……」
「そうか、じゃあバイバイだな」
「いやじゃああああっ!! 」
王様の悲しき断末魔と共にラック達は『誘悪塔』の頂上へと移動し、そして天空から女神の裁きとも言えるような巨大な雷を全身で受けた。その雷の轟は女神の悲しき泣き声のようであったと言われている。
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