第10話 悪人はいなくなる街 その3


 日が暮れて暗くなった道をラックとティアは王城に向かって歩いていく。辺りでは街灯や家の明かりがポツポツとつき始めていた。


「それで全部逆ってどういうことですか? 」

「なあティア、『誘悪塔』はどんなものか説明できるか? 」

「それは女神メアリス様が悪人と判断した人を裁くためのものですよね」

「それが逆なんだ」


 首を傾げるティアに向かってラックは彼女の目をしっかり見ながら生徒に教える先生のように説明する。


「俺達は悪人だから『誘悪塔』に殺されたと思っているがそれは逆だ。本当は『誘悪塔』に殺されたから悪人になっている。あのノートを見た時に気づいたよ、被害を受けている人は必ず、『殺されて』から『調査による犯罪発覚』となっていた。普通の街の裁判なら『犯罪がわかって死刑が決まる』から『殺される』になるだろ? 」

「確かに言われてみればそうですね、でも結局死んじゃった人は悪人なのは変わりありませんよね? 」

「それじゃあ一つ質問だ、ティアは生まれてから今まで何か悪いことをしたことはあるか? 」

「私はとってもいい子なので……、心当たりはありますです」

「だろ? 誰だって悪いことは一つくらいやってる。俺だって暴力なんて日常茶飯事だ、俺が殺されれば『罪状:暴行罪』と悪人の出来上がりさ。どんな人間だって粗探しをすれば何か悪事っぽいことは見つかる」

「……でもそれだと誰が死んじゃってもいいことになりませんか? 」

「その通り、だからここからは俺の推測だが……」


 ラックはそう一言置いてからゆっくりと口を開く。


「あの塔の本当の機能は『街の住民からランダムに一人選んで殺す』と睨んでいる」

「そ、そんなことをしてなんの意味があるんです!? 」

「それを王様に確かめにいくんだよ。おそらくは悪人は死ぬという恐怖を植え付けることで、街の統治をやりやすくするとかそういう目的だと思うがな」

「どんな理由があったとしても、女神メアリス様の名を使ってそんなことをするのは許されません。早く王様に尋問しましょう! 」


 月が全身を夜空に表して地面を照らし始めた頃、ラックとティアは王城にたどり着く。街によっては一番の権力者を王と呼んでおり、王は王城と呼ばれる統治機構に住んでいる。この街もそうなのであった。


「さて、王城へ侵入する前に仕事衣装に着替えるか」

「仕事衣装? 」


 ラックは下着姿になると白い布地を身体に巻いて白い作り物の羽を背中につける。そして黄金に輝く角笛をポケットから出した、まるで天使のようであった。


「ラックさん、その姿は一体……」

「今の俺は『ジャッジメント』だ。まあ、ティアは普段通りラックと呼んでくれればいい」

「…………かっこいい!!」


 王都育ちの彼女にとっては変身ヒーローの存在は知らなかったものの、そういったものが好きになる素質を秘めていたのだろう。憧れのヒーローを見る目でラックのことを見つめていた。


「なるほどこうやって悪を成敗するわけですね、なんか盛り上がってきました! 」

「まだ悪とは決まっていない。そこを忘れずにな」

「イエスです! 」


 小さく敬礼をしたティアに笑顔で頷いた後、ラック達は王城の中に入ろうとするが当然のように門番の兵士に職務質問をされる。


「そこの変態と少女、ここから先は王の許可なしには進めないぞ! 」

「俺は変態ではなくジャッジメントだ、王城へ入りたいのだが今から許可はもらえないか? 」

「……先に病院を紹介するべきだろうか? とりあえず今晩は王からの許可は出ない、大人しく帰ってくれ」

「わかった、許可が出ないなら自分で道を切り開く! ジャッジメント・レイ! 」


 ラックは光の速さで王城を守る扉にパンチを喰らわせると、扉が粉々に吹き飛んだ。その光景は天からの神の裁きのようであったという。


「……ラックさんってこんな強かったんですか? なんか隕石が降ってきたみたいな感じでしたけど」

「確かにそう見えるかもしれないけど隕石みたいってのは間違ってるな、俺の拳は隕石の一万倍の威力はある」


 ラックの拳から立ち昇る白色の煙を見て門番達は冷や汗をかきながら相談を始める。


「おい、お前先に行ってこいよ……」

「いやだよあんな化け物、死にたくねえよ! 」

「お前が先だ! 」

「いや、お前が! 」

「じゃあ俺がいくぜ、ジャッジメント・スパーク! 」

「「ギャアアアア!? 」」


 ラックは兵士達に光速の速さでラリアットをくらわせることで全員がどこかへ吹き飛んでいってしまった。


「兵士の皆さん、どうかご無事でいてください」


 夜空の星座となった兵士達にティアはペコリと一礼した後、ラックと一緒に王城へ堂々と不法侵入する。


「よく考えると私達普通に悪いことしてませんか? 王都の人に見つかって親に知らされたら一体どうなることやら……」

「大丈夫だ、そうそう王都の人間に会うことはないだろ」


 そう言って二人は王城の中を進んでいく、壁には美しい名画かかけられる、ところどころに並ぶ美しい美術品を鑑賞しながら進んでいくと大きなホールに出てくる。そこにいる人物を見てラックは喉をごくりと鳴らした。


「まさか、早速王都の人間が出てくるとはな。俺の思った通りだぜ」

「いや、さっきは会わないって言ってませんでした!? 一体どんな人が……、ってええええええっ!? 」


 銀河のように散り散りと光るシャンデリアに照らされて、不釣り合いな茶色のフード被った銀髪の女性がいた。その人物は王城という清らかな場所にもかかわらずタバコを我が物顔で吸っていた。


「あ、あの人は王都勇者パーティの一人『盗賊王ガイラナイラ』! かつてはダンジョンを根城にして王国を襲っていた恐ろしい人ですが、勇者の説得により心を入れ替えて勇者パーティに仲間入り。そして、女神の手を持つといわれる盗賊ですよ! 」

「……そんな話になっているのか。あいつは最初から最後までタダの殺人鬼だぞ」


 ガイラナイラは一服して煙を輪っかにして吐き出すと、二人が来たことに気づいて面倒くさそうな顔をする。


「なんか変態とガキが来たな。兵士どもはなにやってんだか、つかえねーやつら」


 彼女はジロジロとラックを見るが特に気にした様子はない、どうやらラックの変装に気づいていないようだ。よくそれで盗賊をやってこれたと思う。


「あれ、そっちのガキはどこかで見たことがあるような……、あっ思い出した! お前、伯爵家の娘の『治療薬』だろ。今王都では結構な騒ぎになってるよ、家出とは聞いてたけどまさか駆け落ちだったとはねえ」


 フード越しでもわかるように口角を大きく上げて笑う彼女を見てティアは気まずそうに口を閉ざす。


「いやー、まさか暇つぶしのバイトできたつもりだったんだけどとんだ収穫だ。ダンジョン行けずに一人だけハズレくじか思ったら大当たりってね、さあティアお嬢様、王都に帰りましょう。お父様とお母様がお待ちですよ」

「すみませんけど、私は帰る気になりません。貴女も最初から全て知っていて王都の人達を騙していたんですよね、人々をモンスターと呼んで暴力を働いていたんですよね? 」

「……余計な知識ばかり増やしやがるなあ。なにも知らなきゃ可愛い小鳥だけど、知った途端にクチバシで突っついてきやがる。自分が保護されているから無敵とでも思っているのかねえ」


 ガイラナイラがタバコを携帯灰皿にしまって獲物を見る蛇のように睨みつけるとラックがティアを守るように間を遮る。


「ちょっとそこの変態は邪魔だから消えてくれない? 」

「変態ではないジャッジメントだ。ティアはここから逃げろ、コイツ相手は少し骨が折れる」

「いえ、私だって自分自身の未来は自分で切り開きます! 」


 さっきのラックのやり方を見て学んだのか、彼女は懐から拳銃を取り出してその銃口をガイラナイラに向けた。


「おやおや、ティア嬢はそんな危険なものまで持ち出してしまって……」

「動かないでください、さもなくば撃ちます! そして動かなくても撃ちます! 」


 パァン!


 爆音と共に発射される鉛玉。ビギナーズラックなのかそれは一直線にガイラナイラの額に向かって飛んでいった。


「やるねえ、百点満点の狙撃だ。相手がアタシじゃなければだけどさ」


 ガイラナイラは表情を崩さずに言葉を続ける。


「鉛をマイナス2、水銀へ」


 その瞬間、銃弾は空中で破裂して霧のように消え去ってしまった。


「嘘っ、どうして!? 」

「これがアイツの固有スキルだ。おそらくティアの攻撃は全て無効化させられる。だから早く逃げろ」

「そう簡単に逃さねえよ、そうだせっかくだからティア嬢の固有スキルを見せてくれよ」


 ガイラナイラはそういうと、騒ぎを聞きつけてホールに駆け込んできた兵士を指差した。


「お前の体の炭素をマイナス5、水素へ」

「えっ……、ぐぎやぁっぉぉ!? 」


 兵士はその体が瓦礫が崩れるようにボロボロと地面に落ち、一瞬のうちに赤い物体となる。もはやそれは人の形ではなく、ゴミ捨て場でカラスに荒らされた生ゴミであった。


「ま、まさか死んじゃったんです? 」

「ああ、それがアイツの能力だ。ティアもああなりたくないなら早く逃げろ! 」

「いえ、今ならまだ間に合います! 」


 ティアがその赤い物体から目を逸らしつつもその手をかざすと光が集まってきて、その肉塊は元の兵士の姿に戻った。兵士は自分の身に何が起きたか分からず周りをキョロキョロと見渡している。


「ほー、さすが固有スキル『救生主』の持ち主。いいものが見れたよ」


 拍手をしているガイラナイラに舌打ちをした後、ラックはティアの方を見ると彼女は申し訳なさそうに答える。


「黙っていてすみませんでした。私の固有スキルは『救生主』、一日に一回だけ生き物を完全に回復させることができます。死者であっても死後一時間以内であれば蘇生が可能です」

「回復魔法があるのは知っているが、死者を完全蘇生というのは初めてだ」

「この能力を利用して私の両親は富と権力を手に入れましたが、もう私は道具にされるのはうんざりなんです。もし私が救うのなら親が選んだ私欲しか考えていない金持ちではなくて、未来に向かって頑張っている人がいいんです」

「それもあって家出してきたのか」

「はいです……」


 しょんぼりと俯いているティアに向かってガイラナイラは言葉のナイフを投げつける。


「そういえばこの街では一日に一人悪人を殺す装置があるらしいなあ。もしティア嬢が王都にいれば一日に一人善人を蘇生できたはずだけど、現実はそれができない。それって善人を一日に一人殺してるのと同じ意味だよなあ。アタシ的には悪人よりも善人を殺してるティア嬢の方がよほど極悪人に思えるけど、そこどう思う? 」

「そ、それは……」

「惑わされるなティア、力を使うかどうかはお前の自由だ。ティアが他にやりたいことがあるならそれをすればいい、勝手に全てをティアに押し付けておきながらできなかったら責任を取れなんて可笑しい話だ」

「ラックさん……」

「すまないがアイツの前ではジャッジメントと呼んでくれ、面倒になるんでな」

「はい、ジャッジメントさん! 」


 ラックのフォローを聞いて元気を取り戻すティア。そしてラックが両手をグーパーして調子を整えるのを無表情のまま見ていたガイラナイラはため息をついた。


「なるほどなあ、先に殺すべきはコイツだったか。じゃあさっさと死ね、炭素マイナス5、水素へ」

「はあっ! ジャッジメント・シールド! 」


 ラックは王城の大理石を思い切り踏んづけると床が持ち上がりガイラナイラの視界を遮る。


「こ、こいつなんてパワーしやがる!? 」

「お前の固有スキル『指折りの錬金術師』は指定した物体の原子番号を任意の数プラスマイナスできる強力なものだ。その気になれば人間の体なんて一瞬でバラバラにできるが、その分弱点も多い。まず1つは自分の視界に物体がなければ指定ができないこと」

「な、なんでそれを知ってやがる!? それは勇者パーティのやつくらいしか知らないはず……」


 極秘のはずの自分の能力をペラペラと喋られて戸惑っているガイラナイラに目前にラックは光速で移動する。


「弱点その2、原子番号を変更するときには自分の指を変更する数字の数だけ折らなければいけない。ということは対策は簡単だ、指を折れないようにすればいい」

「こいつ、なにしやがああっ!? くはあああっ!? 」


 ラックはガイラナイラのポケットに入れていた手首を掴んでボキリと関節を外す。ガイラナイラの目には少し涙が滲むが、彼女はいまだに闘争心は失っていない。


「手首を折ったってなあ、いくらでも対処法はあるんだよお! 」


 ガイラナイラは自分の口で指を噛み、無理やり折った。


「てめえの身体の炭素をプラス1して窒素にしてやる。さっさとバラバラになって汚いゴミになりやがれっ! 」

「……弱点その3、お前の能力は錬金術では原子を他のものに書き換えることが不可能とわかっている人間には効かない。そうだったな? 」


 ガイラナイラのスキルを受けてもピンピンしているラックを見て、彼女は信じられない様子で口をポカンと開ける。


「なん、でそこまで……」

「科学が発展していて錬金術がインチキと分かっている街ではお前は無力だった。だから魔法が主体の王都に潜り込んで、冒険者として科学が発展していないダンジョンで好き放題暴れ回っていた。自ら外に飛び出していくティアとは正反対の臆病者だな」


 ラックの言葉がホールに反響して、しばらくの静寂がすぎた後、ガイラナイラは何かを察し、目を大きく見開いて叫ぶ。


「ラックかああああああっ!! 」

「……ああ、そうだ」


 ラックがポツリとつぶやくとガイラナイラは悔しそうに折れた手首のことなぞ気にせずに床を思いっきり叩く。


「ラックのやつがアタシの能力を言いふらしやがったんだなあああっ!? 」

「「えっ!? 」」

「クソがっ、アイツ他の人には言わない約束で教えてやったっていうのによお!! 」

「いや、俺がラックだけど? 」

「嘘言ってんじゃねえ! アイツがそんな変態みたいな格好をするわけねえだろうが! 」

「俺は変態じゃない、ジャッジメントだ」

「ラックさんも落ち着いてください。もうわけわからなくなってきてます」


 多少の混乱が発生しつつも、なんとか事態を収束しようと頑張るティア。


「いいですか? ここにいる方はラックさんなんですよ? 」

「馬鹿言ってんじゃねえ! ラックはモンスターに情けをかけちまうところはダメだったが戦ってる姿は思わず息をのんじまうほど格好良かったんだぞ! てめえみたいなジャッジメントなんとかというダサい技名はラックなら絶対に叫ばねえ! 」

「……別にダサいとは思わないけど。ティアはどう思う? 」

「ぶっちゃけ、技名はダサいです」


 即答だった、ティアの答えはラックの心を深く傷つけるがそれでも彼は冒険者である、前に進まなければならないのだ。


「でも顔を見ればわかるだろ? ラックも俺も同じ顔してるじゃんか」

「……恥ずかしくてラックの顔を直視できずにフードで隠してたからわかんねえよ。フード外す時は目が悪くなるコンタクトつけて誤魔化してたせいでタンスに足の小指よくぶつけて大変だったんだぞ! 」

「ガイラナイラって理系っぽい能力してる割には頭そんなに良くないんだな」


 別に理系だから頭いいということはない、これはラックの勝手な思い込みである。ティアは理系文系の意味がわからず頭にハテナマークを浮かべていた。


「くそっ、ラックのやつを追放したら後で時期を見てコッソリ一緒になって仲良く二人旅をしようと思ってたのによお」

「ラックは笑いながら人を殺すような奴とは一緒に旅はしないさ」

「てめえにラックのなにがわかるってんだ……っかはっ!? 」


 ラックの手刀がガイラナイラの首にクリティカルヒットして彼女は気絶する。ティアは彼女を床に楽な姿勢で横にしてあげた後、ラックに向かって頭を下げる。


「あの、固有スキルのこと今まで言わなくてすみませんでした。ラックさんには私のことを回復の道具ではなく、普通の女の子として見ていただきたかったんです」


 しょんぼりとするティアの肩に優しく手を置いた後、ラックは呟く。


「残念ながらそれはできない相談だな」

「そうですか……」

「ああ、ここまで頑張ろうとしている女の子を普通とはとても言えない。それにこれからの旅には普通の女の子じゃついてこれないぜ」

「……はい、ラックさん! 」

「それじゃあ、王様のところに向かうか」


 強敵ガイラナイラを打ち倒したラック達は王様の居場所に向けて王城の奥へと進んでいくのである。

 

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