第9話 悪人はいなくなる街 その2

 ラックとティアは作業着の男に連れられて彼が開業している旅人用の宿屋に向かった。宿屋といっても場所は街を出てからしばらく歩いた林の中にひっそりと建っている山小屋のようなものであった。


「あまり綺麗な場所でなくてすまないね。自分の名前はジス、そして妻のエレナだ。自分達は夫婦でこの宿屋を開いている、まあ滅多にお客さんは来ないんだがね」 


 作業着をきた男性ジスが自己紹介をすると彼と同年代くらいの女性が会釈をする。落ち着いて気品のある女性であった。


「そんなことないですよ、とても落ち着いた場所で素敵だと思います。この椅子だってとても良さそうです」


 ティアが笑顔で椅子に座ると古くなっていたためか椅子がミシッと軋んだ。


「ラックさん、私太ってないですからね? 」

「しかし肝心の椅子は悲鳴を上げているようだが? 」

「それは私のような美少女に座られれば嬉しい悲鳴もあげるものですよ」


 ティアは得意げにVサインをする。このポジティブさにラックは呆れたものの、彼女が元気を取り戻したようで少し安心した。そしてラックはさっそく夫婦に向かって情報収集を開始する。


「まずは俺達を案内してくださってありがとうございます。それでいろいろ気になる点があるのですが」

「それはもちろんそうだろうね。まずなぜあの塔ができたかを簡単に説明しようか」


 ジスは部屋の中のカーテンを開くと窓ガラスから昼の日差しが入り込んでいて、その先には街と三角形の塔が見えた。


「あの『誘悪塔』は街で一番偉い王様が三十年ほど前に建てたものなんだ。そして塔は女神メアリス様の祝福を受けており、一日に一度悪人を断罪すると王様は宣言した。それ以来ずっと建ちっぱなしだ」

「女神メアリス様の祝福を受けているなんて眉唾なんですけどちゃんと調べたんですか? 」

「ああ、王都から偉い人が来てお墨付きを与えている。確か大神官とかいっていたかな」

「大神官様は女神メアリス教会の幹部です、それなら嘘は言わないとは思いますけど……」


 ティアはどことなく自信なさげだ。王都が住民についていた魔王やモンスターという嘘があるのだ、彼女としても確信が持てないのだろう。


「お墨付きがあるといっても自分達も最初は本気にはしていなかった。だが、実際にその効果が発揮されると状況は変わった。塔が建った翌日、その下で雷に打たれたように一人の人間が丸焦げになって死んでいたのさ」

「さっきの人のような感じだな」

「ああ、そして実際にその人間の家を捜索したところ床下からとんでもないものが出てきた。数年前、行方不明になっていた子供の死体が出てきたのだ。あの塔で死んでいたのはその誘拐犯だったわけだ」

「……すごい偶然もあったものだな」


 ラックの言葉に対してジスは首を横に振る。


「さらにその翌日にもう一人死んだので調べてみるとそいつは爆発物を作成して街の破壊を計画していた、理由は日記に書いてあったが女にフラれた腹いせというくだらないものだ。そしてその翌日に一人他の街からのスパイが塔に断罪された」

「あの、お言葉なのですが。なにか捜査が間違っていたり、仕組まれていたことだったりはないですか? 本当に死んでしまった人がそんなことをしていたのですか? 」

「自分達も何度も検討したが間違いなく死んだ人間が起こしたものだ。後から調べてみるとその人間以外に実行が不可能なことも判明している」


 ティアはおでこに指を当てて考えた後、頭に電球をピカリと光らせて手を叩いた。


「なんだか丸焦げの死体というのは怪しいです。実は別人の死体だったりするんじゃないですか。そして本当の犯人はどこかに隠れているんです」

「いや、歯の治療痕の照合も試してみたが死体と犯人は同一人物だよ」

「うーん、そうなんですか……」


 ティアはしょんぼりしながら身体を前後させる。おもちゃを買ってくれないことに駄々をこねている子供のようである。


「この通り『誘悪塔』は間違いなく悪人を処罰した、しかも犯人以外は知らなかった事件まで。そうなると人々も女神メアリス様が本当にあの塔に力を与えていると思うようになる。悪いことをすればいずれ必ず裁きが下るとね」

「確かにそうでもないと説明がつきませんもんね。ラックさんはどう思います? 」

「今の情報だけだと街の人間がああなるのも頷ける。死んでいった人間が本当に悪人ならだけどな」

「でもでも、実際死んじゃった人は悪いことをしていて死体と一致しているなら悪人ということになりませんか? 」

「それは俺達が悪人と決めつけているからで、女神様が悪人と判断したわけではない。ジスさんは女神そのものの姿を見たわけではないんですよね? 」

「はい、自分は見たことがありませんし、おそらく街の誰も見たことはないでしょう。もしかしたら塔をつくった王様は見たことがあるかもしれませんが……」


 ジスがそう言って話に詰まると、ラックは軽く頭を下げて続きを促した。


「すまない、話を奪っちまったな。ジスさんのおかげで、あの塔の成り行きと今までの歴史はある程度理解できた。それで次に聞きたいのが……」

「自分達の息子のことだね」


 ジスは彼の隣に座っていた妻の顔をみた後、ゆっくりと頷いてから話し始める。

 

「……十年前、息子は『誘悪塔』の真下で殺されていた。その後、いつものように家宅捜査が行われると息子の部屋から宝石が見つかったんだよ。それは街の宝石店で盗んだものだった」

「それは本当に息子さんが盗んだものなんですか? 誰かに罪をなすりつけられたとかでは? 」

「いえ、息子が盗んだことは間違いない。息子の部屋からでてきた宝石にはアイツの指紋しかついていなかった。それで今日と同じように息子は罪人として晒されて……」

「盗みは悪いことだと思うけど、そんな理由で殺されちゃうなら、塔に裁かれる前にこの街から逃げちゃえばいいのに」

「もし逃げたら自分自身を女神の裁きから逃げる悪人と認めるようなもの、一部の人間以外は逃げられないんだよ。自分のことを悪人と言われても気にしないほど人間は強くはないのさ」

「……生きづらい街ですね」


 ジスの話を聞いているうちに部屋の中は重たい雰囲気になった。このモヤモヤした気持ちをどこにぶつけたら良いのだろうか、振り上げた拳をどこにも下ろせない悔しくて悲しい気持ちが渦を巻いていた。


「ティア、カードを出して占ってくれ」

「どうしたんですか急に? 」

「いいからこのお二人のこれからを思ってさ」


 ラックがそう促すのでティアはローブのポケットからカードを取り出して裏向きに広げ、ジスに捲らせた。


「これは『審判』の逆位置ですね。意味は後悔や停滞ですね、これについて詳しく説明しなくてもお二人の気持ちを表現していると思います」


 机の上には天使がラッパを吹き、その音色で人々が立ち上がっているカードが置かれている。夫婦はカードの意味を聞いて頷いているが、ラックは別であった。


「教科書的な意味は置いておいて、このカードを見たティアの直感はなんて言っている」

「……正しい向きではない審判、つまりあの塔の裁きは間違っている。私はそう感じてます、もしかしてお二人もそう思っていませんか? 」

「絶対に間違っているとは思いません、ただどうしても息子を殺した塔を信用することができないのは事実だよ」


 夫婦はお互いの顔を見合わせて頭を縦に振る。自分の子供が死んだとなればそう言った考えになるのは普通である。そんな夫婦にラックは問いかけた。


「塔に悪人として断罪をされた息子さんのことをそこまで大切に想ってくれる親はなかなかいないだろう。きっと息子さんは普段から品行方正で周囲からも好かれる良い青年だったんでしょうね、まあ時々やんちゃをして周囲の人を振り回しちゃうけどな」

「その通りです、本当にいい子でした。時折とんでもないことをやらかすヤツでしたが、まさかあんなことをしてしまうなんて……」

「ジスさん、貴方の息子を断罪した塔について何か他に知っていることがあるんじゃないですか? 」

「なにかといいますと? 」

「あの塔がちゃんと機能していないという何かを」

「自分はあの塔は機能はしていると思いますが……」

「だが、何か疑いを抱いてしまう程度の証拠を持っていたりは? 」

「そ、それは……」


 ジスは指で頬をかき、その隣の奥さんは手を口で押さえる。非常に動揺がわかりやすい二人だ。ティアはラックの耳元でこっそり聞く。


「どうして証拠を持ってるって思ったんです? 」

「なんとなくだ、ただ強いて言えばジスさんは息子のことを塔に『殺された』とずっと言っている。なんかしら塔に疑いを持つ根拠があると思ったんだ」

「なるほどなのです」


 ラックの答えに納得したティアは真っ直ぐに優しく夫婦を見つめると、ジスは意を決して言葉を紡ぐ。


「息子は実は生前、塔について研究をしていたんだ。あれが本当に悪人を裁くものとは到底思えない、そして実際に犯罪をしてみることにしたと、馬鹿なやつですよね」

「馬鹿ではありませんよ、確かに犯罪はいけないことですが俺はその探究心は素晴らしいと思います。そして宝石を盗んで自分の部屋に置いたということですね」

「はい、当初の目的では宝石を盗んでから一年たって何もなければこのことを公表して塔の嘘を暴く予定でしたが、結局あと一年まで一週間というところでダメだったわけです」

「すぐ断罪されるわけじゃないんですね、一日に一人だから順番待ちとかあるのでしょうか? 」

「それは女神様に聞いてみないとわからないな。それでジスさんがそこまで息子さんの意図を知っているということは何かメモとかが残っていたりするのですか? 」

「ああ、街の兵士には見せなかったけど実は研究ノートが残っている。そのノートに先程自分が話した内容が書いてある状態で息子の部屋に置いてあったんだ」


 ジスは席を外してタンスの中から一冊の古びたノートを持ってきて机の上で広げて見せる。




『断罪者履歴』

酒場の主人A 罪状:脱税 死亡後家宅捜査により脱税の証拠書類発見


パン屋のお婆さんB 罪状:食品偽装 死亡後家宅捜査によりパンに使用していた小麦の産地が異なることが判明


花屋の店員C 罪状:傷害罪 死亡後に店を調査したところ花に集まった蜂が人々に危害を与えていたことが判明


職人のお爺さんD 罪状:騒音 死亡後周囲の聞き込みをしたところ日常的に音楽を大音量で聞いていたことが判明



『これらのことを踏まえ、塔の機能を確認するため自らを実験台としてエメラルドを宝石店より盗み、断罪されるかどうかを一年間かけて調査する』





「被害者の一例が書かれてますね、食品偽装とかはともかく騒音程度でも断罪されてしまうんですか」

「……なんか引っかかるな。違和感を感じる」

「それは小さい罪で殺されるところでしょうか? 」

「それもあるんだけどもっと根本的なところだな」


 ラックはノートに書かれている被害者リストを一通り眺めた後、チラリと占いで使ったタロットカード見る。そこには『審判』のカードが逆さまの状態で置いてあった。それを見てラックはしかめ面をしながら髪をかきむしる、そのカードが彼の頭に引っかかるようであった。


「どうしましたラックさん? 審判の逆位置が気になりますか? 」

「逆位置……、そうだったのか。そうなると今までの出来事の辻褄があう。しかしどうしてこんなことを……」

「ちょっと一人で納得してないで私にも教えてくださいよ」


 ティアが腕をブンブンと振りまわしてラックに答えを求めるが彼は全く気にしない様子でジスに尋ねる。


「街の王様の場所を教えてくれ」

「それはいいけど会うことができるかはわからないよ。特に夜は王都から偉い人が来るようで警備が厳重になってるんだ」


 窓の外を見るといろいろ調べごとをしていたためかもう日がすっかり暮れてしまっていた。


「まだ日が変わって死人が出るまでは時間がある。王城へ突入するぞティア! 」

「それはもちろんいいですけど、せめてなにがわかったのか教えてくださいよ! 」

「それは、全部逆だったんだ。ただそれだけの話だったのさ」

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