第8話 悪人はいなくなる街

 ローナと別れを告げて次の街へ向かうラック達。心地よい風を感じながら、草花の風に揺られる歌声をのんびりと聞く。


「ラックさん質問なんですけど『科学』と『魔法』って何が違うんですか? 」

「難しい質問だ、『科学』は元々この世界に存在するルールを利用して発展したもの。『魔法』はそのルールに人間が追加で書き加えたものと言われているな」

「書き加えたもの? 」

「例えば火の呪文を唱えれば火が出るっていうルールさ。元々の世界にはそんなルールなかったから魔法は使えなかったが、古代人が科学の力によって成し遂げたらしいな」

「えー、それじゃあ科学のほうが先に生まれたみたいじゃん。ラックさんは私に優位とりたいからそんなこと言ってるんでしょ? 」

「とても教えてもらう立場の人間がいう言葉じゃないぞ? 」


 ティアは頬を膨らまして抗議した後、カバンから魔術書を取り出して読み始める。


「いいですか、魔法は女神メアリス様が世界に人間を生み出した際に与えた能力なのです。人間はその力を代々受け継いでいます、魔法の修行というのはこの力を目覚めさせるためのものなんですよ。ちなみに科学はその後にテキトーに地面から生えてきました。はい、これで私の勝ちですね! 」

「はいはい、ティアには負けました」

「いえいっ! 女神メアリス様、見ていますか、魔法は科学に勝ったんですよ! 」


 ティアが跳びはねながらガッツポーズをするので馬車が大きく揺れる。一応、彼女のために補足をしておくが体重は平均的な女の子くらいだ。


「勝ち負け言ってるけど本当はどちらも使いこなすのが一番いいんだ。大体の街が両方使うようにしている、王都のように科学をシャットアウトしている方が珍しい」

「確かに科学が便利なのは認めます。機械があれば魔法を使えない人でも火をおこせますし、深夜でも病人に処置ができます。おそらく王都は今よりももっと多くの人が救われるでしょう」


 ティアはそこまで言った後、彼女は不安そうな顔でラックに尋ねる。


「科学を使えば街はもっと良くなることを王都のトップの人達は知っているのに、魔法しか許していないのは悪いことなのでしょうか? 」

「街にはそれぞれの文化がある、それを守る方が大事というならそれは悪ではないだろう」

「もし人の命の方が大事なら王都がやっていることは悪ということですか? 」

「そうなるな」

「ならもう一つだけ質問します、もし自分に人を救う力があるのにそれを使わなかった場合、それは悪になりますでしょうか? 」

「それも同じ回答だ、人を救うことが他のことより優先されるのに救わないのであれば悪だろう。だが結局のところ何が悪なんて答えは俺達人間がいくら考えても出てこないだろうな」


 見上げると青々とした空を鳥が列をなして飛んでいる。一見、自由気ままに見える鳥達も群れの中ではルールがあるのだろう。ラックは草木の匂いを肺に取り込んでから話す。


「神様が何が悪で何が善か、それをはっきりと決めてくれるのなら話は別かもしれないが」



☆ ☆ ☆



「次の街に着きましたよ! 早めに着けてよかったですね」

「ここは『判決の街 ディスタ』、ここの名物はあれなのかな? 」


 街の周囲は三階建てくらいの高さの煉瓦の壁に囲まれている。ラック達が街の外から眺めていると街の中心に高い塔が見えた。塔は三角形であり空に向かって先が細くなっている。


「ラックさんはこの街に来たことがないんですか? 」

「ああ、俺はなるべく王都の冒険者が来ないような場所を選んでるからな。まだこの辺りは外交上王都とは問題が起こってない地域だ。モンスターを倒しに冒険者はほとんど来ない」

「確かに王都の人とバッタリ会っちゃったら私も家に連れ返されちゃうかもしれないので好都合ですね」

「俺もできるだけ王都の冒険者には会いたくないしな」

「あれ、ラックさんは王都でなんかやっちゃったんですか? 白状してください」


 キリリと眉を上げて詰め寄ってくるティア。彼女には王都で勇者パーティから追放された詳しい経緯についてはまだ話していなかった。


「俺は小遣い稼ぎのために王都で冒険者をやってたんだ。しかも勇者パーティでな」

「えーっ、勇者パーティって王都最強と言われる五人組ですよね!? 勇者ブレイブ、盗賊王ガイラナイラ、大魔道アクアリーテ、聖騎士ビューストン、未確認生命物体ダレダコイツ、のメンバーですよね? 」

「なんで俺が未確認生命物体になってるんだよ? 」

「王都の人はそう言ってますよ、勇者メンバー全員が人前に出ている時、いっつも障害物とか人影で顔が見えない人がいるんですよ。だからその人は誰も認識できない恐ろしい能力を持っているって、この人がいれば魔王にも勝てるかもって」

「すまん、それ俺の運が悪いだけだ」

 

 今までラックは不思議だった、仮にも勇者パーティで活躍しているにも関わらず王都ではサインも握手も求められたことはなかった。彼は自分が嫌われているのかと思っていたが、ただ単に写真写りが悪いだけだった。


「それにしてもまさかラックさんがダレダコイツだったなんて、どうりでお強いわけですね」

「褒められてるのか貶されているのかわからないな。悪い気分はしないけれども」

「でもなんで勇者パーティをやめちゃったんですか? 」

「……運が悪いと言われてな。一緒にいるとパーティの運も悪くなるってさ」

「いやー、皆さん見る目がないですね。ラックさんの運が悪いなんて」

「やっぱりそう思うか? 」

「ええ、ラックさんの運は超悪いですよ。でも私がいれば大丈夫ですから安心してください」


 ティアは綺麗な舌をペロリと出して招き猫のポーズをとる。ラックは彼女を見て、やっぱり自分はちょっと運が悪いのかもと再確認することができた。


 ラックの王都での生活について雑談をしながら街を散策する。とりあえず街の中心にある塔のような建造物に向かって歩いて行くことにした。


「街並みは綺麗なんですけど、重たい空気がしませんか? なんていうか活気がないですよね」

「どことなく緊張感がまた全体に張り巡らされている感じがする。それも塔の場所までいけばなにかわかるだろうな」


 街にはゴミもなく建物の壁に落書きがあるなんてこともない。パン屋や服屋などが色鮮やかな文字のお洒落な看板を出しているなど、模範的な街とも言えるが全体と静かで人が住んでいるのか戸惑ってしまうほどである。


「ようやく塔の下が見えてきました、って凄い人が集まってますよ!? 皆さんここにいたからさっきまで人通りが少なかったんですね」


 静かな商店街を抜けたと思うと何千人も集まることができそうな大きな広場に出る。そしてその中心には鉄骨を組み合わせてできた塔が立っていた。塔の作りは鉄骨だけという非常に簡素なものあったが、規則正しく組み立てられておりその高さは100メートルはあるだろう。


「たっかいですねー、見上げるだけで首が痛くなっちゃいますよ。王都でもこんなのは見たことがありません。おそるべき街の技術ですね」

「これだけのものを作るのは相当苦労しただろうな。それにしてもなんでこんなに人が多いんだろう」

「それは人混みの中心にいけばわかるってものですよ、現地現物直接確認! さあいきますよ! 」


 ティアは元気よくラックの手を引いて塔の下にできている人混みに向かって走っていく。彼女は今まで王都から出たことがないので珍しいものを見ると元気と興味心がオーバーフローするのだ。


 ラックは人混みをわけて進んでいくが、その時にさまざまな人々が口々に発している声が聞こえてきた。


「自分は大丈夫、自分は大丈夫、自分は大丈夫、自分は大丈夫、自分は大丈夫……」

「アイツが悪い、アイツが悪い、アイツが悪い、アイツが悪い、アイツが悪い……」

「ああ、女神メアリス様、どうか我らをこれからも見守っていてくださいませ……」


 ラックは少し気味が悪くなったがこんなことは旅をしていれば当たり前のようにある出来事だ。人々に押され押しつつしながらも、なんとかラック達は人混みを抜けて塔の根元までやってくる。


「……いったいなんなんでしょう、あれ? 」


 塔の真下には木でできた十字架が立っており、そこには真っ黒な物体が磔にされていた。その大きさはちょうど大人の人間くらいであった。ラックはその正体について勘付いて口を閉ざしていたが、彼らの様子を見た兵士がにこやかに話しかけてくる。


「もしかしてキミ達はこの街は初めてかな? あれは悪事を働いた者の末路さ」

「まさか、あれは人間なんですか!? 早く助けに行かないと! 」

「お嬢さんもう遅いよ、アレは既に死んでいる。ちょうど日にちが変わった時に死んだからもう死後十時間ってところかな」

「そんな……」


 目の前の無惨な死体を見てティアの両手が小刻みに震える。この年頃の女の子であればごく当たり前の反応だろう。


 すると、人混みの中から石ころが一つ飛翔し、十字架のてっぺんにコツンと当たる。それに呼応するようにどこからともなく石が死体に向かって何回か投げつけられた。それを見てティアは人混みの前に立って涙を目に溜めて訴えかける。


「なんでこんな酷いことするんですか!? 死人に鞭打つことなんてやめてください! 」

「お嬢さん、困りますね。ただの死体ならともかく、この死体は悪人の死体なんです。死んだだけでは到底罰は消えません、このぐらい仕打ちは当然です」

「いったいこの人が何をしたというのですか? 」


 兵士はよく聞いてくれましたというように笑いながら、近くにある立て看板を指差した。


『この者、窃盗罪により女神メアリス様による神罰が下された』


「ここに書いてありますように、この者は窃盗をしていました。雑貨屋にあるハサミを万引きしていたのです」

「万引きぐらいでですか……」

「ぐらい? 馬鹿を言ってもらっては困る! 万引きによって店にどのくらいの損害が出ているのかわかっているのか? もしそれで店が潰れて店員が路頭に迷って餓死したとしても、まだ万引きくらいということができるのか!? 」

「いやー、兵士さんすみません。こいつはまだ子供なのでつい感情的になるんですよ。ティア、ここは一旦引くぞ」


 ラックはティアの肩に手を置いて落ち着かせようとするが、彼女の怒りと悲しみはまだおさまらない。彼女は兵士に向かって声を上げる。


「確かに万引きは罪かもしれませんが、こんな見せしめみたいなことをしてはいけないと思います! 」

「それはなんでいけないのかな? どこかに見せしめが悪いと書いてあるのかな? 」

「それは書いてなくても悪いってわかるじゃないですか! 」

「どこにも書いてないということはそれはキミの中では悪いと思ってるだけだよね」

「そんなことを言ったら皆さんは何にしたがって善悪を判断してるんですか! 」


 兵士は人形のような作り笑いを浮かべてゆっくりと黒い鉄骨でできた塔を指差した。


「この『誘悪塔』は悪人を殺すための塔なんだ。一日に一度、女神メアリス様が街の中の悪人を選んで断罪する。その人間はもちろん普通の人とは違う悪事を働いている。その悪事こそがやってはいけない事、女神メアリス様がそう示しているのだからこれ以上に正しいことはないよね」

「一日一度殺す……、女神メアリス様が? そんなこと、ありえません! 」

「お嬢さんが信じるどうかは任せるけど、この塔に断罪された人間は一人残らず間違いなく悪事を働いていたからね? 窃盗、脱税、暴力などなど、中には誰にも分からないように上手く誤魔化した犯罪もあったけど見事女神メアリス様は断罪をなさった。こんなことができるのは女神メアリス様以外にいないと思うよ」

「そんな、そんなことないはずです。人をこのように裁いて見せ物にするような真似、メアリス様が望んでいるわけ……」

「ティア、もういいだろ。慣れないものを見て疲れてんだ。一度、どこかでゆっくり休もう」


 うなだれているティアの肩を支えてラックはその場をさろうとすると兵士が声をかけてくる。


「しかし、悪人を助けようとするなんてとんでもないお嬢さんだな。もしかすると、次に女神メアリス様に裁かれるのはその娘かもしれないね」

「……その時はその腐った女神をぶち殺してやるよ。ついでにここにいるふざけた連中全員も道連れだ」

「はははっ、気をつけなよ。殺害予告をして断罪された者も過去にいるからね」


 そんな兵士の捨て台詞を聞き流しながら人混みの中を抜けて広場にある小さなベンチまでティアを連れて行き、彼女を座らせた。ティアは少し赤い目で『誘悪塔』と呼ばれていた鉄塔を睨みつける。


「やっぱり絶対ありえませんよ。女神メアリス様なら殺すのではなく説得で悪人を改心させると思います。私、あの塔に何か仕掛けがあると思います」

「怪しさしかない塔だからな、だがもう少し情報がないとなんとも言えない。誰か話を聞ける人がいればいいんだが」

「それに一日に一人、ですか」

「なんかティアは引っかかるのか? 」

「い、いえいえなんでもないです」


 妙な作り笑いをするティアを不思議に思ったものの、ラックは彼女の心情を考えてこれ以上詮索はしないことにした。


「すみません、先程兵士に向かって啖呵をきっていた娘さんでしょうか? 」


 野太い声のする方を見ると、五十代程の恰幅の良い男性が立っていた。彼の服はワイシャツに作業ズボンとシンプルであり、雲のような形をした口髭が生えている。


「そうだけどティアに何か用事ですか? できれば今はそっとしておいてほしいのですが」

「そのお気持ちは分かります、自分も貴方達と同じ気持ちですから。自分もあの塔は好きにはなれません、だからこそ今お話をさせていただいているのです」

「貴方もですか、でも貴方もこの街の住民ですよね? 」

「……昔はですね、今は街から少し離れたところに住んでいます」


 作業着姿のおじさんは大きな顔に似合わないごま粒くらいの目をさらに細めながら塔を眺めると、周囲から話し声が聞こえてくる。


「あの悪人またここに来てるよ……」

「街の雰囲気が悪くなるから早く帰ってほしいわ……」


 一応ひそひそ話しをしている体ではあるものの、明らかにラック達に聞こえるほどの音量で話していた。ティアはその遠慮ない話し声を聞いて顔をしかめる。


「他の人達が何か言っているようですけど貴方にはなにがあったんでしょうか? 」


 ティアが心配するように尋ねると作業着の男性はゆっくりと口を開いた。


「自分の息子はあの塔に殺されたんだよ……」


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