第6話 太陽の街 中編

「太陽がないってどういうことですか? 」

「そのままの意味さ、この街ではもう二度と晴れの日が来ることはないんだ」

「晴れの日がないっていっても、天気なんだからいつかは絶対晴れると思いますけど? 」


 ティアが不思議そうな顔をするとローナは酒で頬を赤らめさせながら話を始める。


「一年前、この街で科学者の女の子が道端で行き倒れていたんだ。その子を街の人達で看病して治してあげたんだけど、その時のお礼としてある装置を作ってもらった。それが『天候自在操り機』というものだ、これはこの街にしか影響しないが好きなように天気を操れるってものだった」

「おお、すごいですね。それなら毎日晴れにもできちゃうじゃないですか! 」

「ティア、でも実際の状況は違うみたいだぞ。現に今は外では吹雪だし」

「ははーん、私わかっちゃいました。実はその女の子が悪いヤツで装置が偽物だったんです。そもそもなんで街で女の子が一人で行き倒れているんですか? あやしいですね〜 」


 ティアが名探偵のように人差し指をビシッと伸ばす。彼女の脳内ではもう犯人の手に手錠をかけていた。


「いや、装置には全く問題なかったし、行き倒れていた理由も『日焼けして色黒のモテモテギャルになろうとしたら日射病になった』というアホらしい理由だから悪意はなかったと思う」

「なるほど、確かにその理由で犯人はないですね」


 うんうんと頷くティア、そんな理由で犯人候補から逃れられるのであれば全犯罪者はティア名探偵に犯行現場への招待状を送るだろう。


「その装置ができたことを当然この街の長に連絡した。これでこの街の発展がより進むと思った、だがそこで大きな障害が出てきた、王都の連中だ」

「王都……ですか? 」

「ああ、『天候自在操り機』の噂を聞いた奴らはウチの街を一年中雪にしろと言ってきた。王都ではいつでも新鮮なかき氷が食いたいんだと、ふざけんじゃねえ! 」


 ローナは酒瓶を力強く机に置くとその振動でティアのジュースが倒れそうになったのでラックはとっさにささえてあげた。


「……あのかき氷、ここのだったんだ。遥か遠くの雪国から地獄のような苦しみで持ってきたって冒険者さん達はいつも街の皆に自慢げに言ってたのに」

「そういえばF級の低ランククエストに雪の持ち帰りってのがあったな。採取クエストだから運の悪い俺は最初から目にも入れてなかったがそういうことだったのか」


 ローナに聞こえないように王都の事情を二人はコソコソ話をする。ローナはそんな二人のことを少し気にしながらも話を続けた。


「それだけじゃないさ、今度は南の農作街からウチの街を一年中大雨にして水を供給しないと野菜を売らないと交渉してきた。同じように西の戦車街からは、一年中雷にして電力を供給しないと砲弾を打ち込むと脅迫。北の建築街は一年中砂嵐にして建築のための砂を渡さないと、蛮族が住む危険な街と通じる大きな道を作ってやると言ってきた」

「うわ、どこもかしこもヤバい街ですね。王都がまだマシに思えてきます」

「だけどそれなら晴れ、雪、雨、雷、砂嵐の天気を一日ごとに変えればいいんじゃないか? 」

「そしたらどの天気を一番最初にするかを決めなければならないだろ。ウチの長はメチャクチャ優柔不断で無責任なやつだ、自分がどの街の天気を優先して決めたと文句を言われたくなかった。そして自分が天気を決めたという責任から逃れるために考えた策がこれさ」


 ローナはそう言うとタブレットに映し出されている、全ての天気が25%と表示されている映像を指でトントンと叩いた。


「まさかそれで全て同じ確率で天気を設定をしちゃったの? どの天気になるのかは完全に運だから、どの街も平等でえこひいきしてないですよって言うために? 」

「ああ、その通りだ。晴れの確率がないのを見た時はウチも笑っちゃったよ。まさかあそこまで馬鹿だったなんてな」

「でもそれなら晴れがないことに文句を言う奴はいっぱい出てくるだろ? 」

「ウチの街の長は保身だけは素晴らしい。街の人々には毎月金が振り込まれる、そのおかげで働かなくても全員が生きていけるんだ。その金は雨水や雪、雷、砂を売って得た金。ウチ達の太陽を犠牲にした金だけどね」

「働かなくても生きていけるなら文句も出ないかも、この街にとっては今の天気は空からお金が降ってきているようなものなんですね」


 ティアは窓の外を眺めるともう地面は雪で真っ白になっていた。そしてその中をピカピカと光る車輪のついた鉄の機械がゆっくりと走り、積もっている雪をその機体の中に取り込んでいた。おそらくここで回収された雪が王都へ運ばれていき、子供達の美味しいデザートへとかわっていくのだろう。


「ティアちゃんは占い師なんだよな。太陽がなくて悲しんでいるウチのこれからの運勢を占ってくれよ」


 ローナからの頼みを受け、ティアはタロットカードを裏返しにして机に置く。ローナは酔っ払った手つきでカードを捲ると大笑いした。


「かはははっ、見てみろよ。『太陽』のカードだって、偶然ってあるもんだなあ! 」


 皮肉なことにカードに描かれていたのは眩い光を放つ太陽。太陽の下では子供が元気な笑顔を見せていた。


「太陽のカードは成功や生命力を意味しますが、これは逆位置ですので意味が変わってきます」

「へー、それじゃあどう言う意味になるんだい? 」

「簡単に言ってしまうと成果が出ないとなります。エネルギー不足という意味もありますのでそれが原因の失敗でしょうか、今のローナさんを見るとそんな感じはしませんけど」

「ふーん、エネルギー不足で失敗ねえ。そりゃ気をつけなきゃな」


 成果が出ないという良くない予言が出ても気にする様子もなくヘラヘラ笑っているローナに向かってラックが補足をする。


「なにも失敗はエネルギー不足だけが原因ってわけじゃない。元気がありあまったせいで失敗することもある、高く飛びすぎたせいで太陽に焼かれてしまった神様のようにね」


 ラックがそう言った瞬間、ローナの表情が険しくなる。先ほどまで笑顔だった彼女の顔から警戒心が現れてきた。


「ローナさんはこうやって豪快で明るく細かいことも気にしないって頼れる姉貴みたいな感じだけど、意外と一人でいる時は思い悩んでしまう方なんじゃないか? 」

「ほー、たとえば? 」

「過去の出来事とかさ」

「…………」


 ローナの表情がさらに強張る。アルコールで酔っ払ってしまっているのかわからないが手に持っていた酒瓶が小刻みにふるえているのをラックは視界の隅でとらえていた。


「過去の出来事について自分一人で思い悩んでしまっていて、それを持ち前の豪快さでなんとかしようとするが上手くいくかは不安なものがあるんじゃないか? 」

「不安なんかじゃ……、ウチならきっとできるはず。上手くいけば皆が助かるんだ」

「いったい、ローナさんは何が不安なんです? 」

「その理由はこれですよね? ローナさん」


 ラックはテーブルに置かれた太陽のカードを指で示すとローナはゴクリと唾を飲んだ。


「た、太陽がなんだっていうんだよ!? 」

「ローナさんは街の長に『天候自在操り機』を渡したことを後悔している。その過去をなんとかしたい、そうですよね? 」

「……お前、人の心が読めるのか? 」

「いえ、俺はローナさんが引いた太陽のカードから受けるイメージを言葉にしているだけです。そして『天候自在操り』をなんとかするためにしてしまうであろう、パワーあふれる行動といえばなんだと思うティア? 」

「……まさか機械を壊してしまうのですか? 」


 ティアがポツリと言うとローナは観念した様子で口を開く。


「仕方ないだろ、それしかないじゃないか。こんなことになるなら科学者の女の子を助けなければよかったとも何回も思ったさ。これは全てウチの責任なんだ、あのクソ長の家に押し入って機械をぶっ壊してやる! 」

「だが当然、長の家に侵入するとなるとリスクが怖い。その運試しのためにティアに占いを頼んだと言うわけだな」

「……ほんと、どこまでウチのことがわかるんだよ。占いって怖くなってくるぜ」

「まあ俺はティアの一番弟子だからこのぐらいなら朝飯前だ」

「そーそー、さすが私の助手ですね。実は私もわかってたんだけどラックさんの活躍のために黙っててあげました」


 ティアは誇らしげに胸を張りながらテーブルの上のフライドポテトをタバコを吸うように咥える。彼女なりの格好いいポーズなのだろう。


「それではティア、そんなローナのためにアドバイスを頼む」

「えっ、私がやる感じ? 」

「あれー、できないのか? 」

「こ、心の準備が……」

(もちろんできますです!)

「心の声と実際の声が逆だぞ? 」


 ティアはフライドポテトをむせつつも飲み込み、息を整えてから予言をいう。


「ローナさんの考えはよくわかります。ですが力任せは上手くいきません。ローナさんは周りにエネルギーを与えられる存在です。身近にできることからじっくり頑張ればきっと成果は出ます、太陽に照らされた花の種が芽を出すように」

「ようは機械を壊すなってことか? 言い回しがくどいだけで学校の委員長さんみたいなことを言ってるだけじゃないか」

「……それはそうかもしれませんけど、私にはこれぐらいしか」


 ローナは目を細めてアドバイスに対して文句をいうとラックが口を挟む。


「ティアは十分アドバイスの仕事をしている。ティアに機械を壊せなんて助言できるわけないだろ? もし機械を壊して何か問題が起きたらティアは責任を感じてしまう。別にアドバイスに従う必要はない、ローナが壊したいなら自分の意思で機械を壊しにいけばいい」

「……確かに少し言いすぎた。どうしてもイライラしてしまってな、ティアちゃんすまない」


 ローナはティアに頭を下げた後、占いをしてくれたことについて感謝の言葉を述べて個室を出ていった。もしまだ食べたいのならローナのツケとしてくれていいとのことである。


「気前のいい姉ちゃんだったな、食える時に食うのが楽しい旅のコツだ。めいいっぱい食おうぜ」

「……うん」

「さっきのアドバイス、教科書みたいな回答だったな。本で読んだ通りにやったのか? 」

「そうです、でもローナさん怒っちゃった」

「あれで良かったんだよ、それで教科書には書いてないティアが直感で感じた何かが実はあったんじゃないか? 本当は太陽のカードを見てどう感じたんだ? 」


 ラックの問いにコクリと頷いたティアはストローでジュースをクルクルとかき混ぜる。


「えっと、これを言ったらローナさん絶対機械壊しに行くから黙ってたんだけど、私の直感ではローナさんは太陽を手に入れてた。太陽を手に入れた瞬間、すごい光が辺り一面を覆ってたの、そんなイメージが私の頭には浮かんでました」

「……そうか、それがティアの感じた答えなんだな」


 ティアが頷いたのを確認するとラックはこれからの行動に思考を回す。自分は何をするべきか、どうやってやるか。それに集中するあまり、ティアが続けた言葉が彼の耳には入らなかった。


「……でもなんで真夜中なのに太陽が光ってたんだろ? 」

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