第5話 太陽の街 前編
天気の良いポカポカした陽気の中、ラック達は次の街へ向かう馬車に乗っている。ところどころ街には小さな石ころがあり、それを車輪が踏みつけるたびにガタンゴトンと揺れが起きるが、ティアはそれを楽しんでいた。
ちなみにレイの『死神に恋した』という悩みには、頑張って自分磨きを続ければきっと幸運が訪れますというアドバイスを残してあげた、ただし根拠はない。無責任に感じるかもしれないが、このアドバイスに対してどうするかはレイが判断するのであり、それによってもたらされる結果は彼女の自己責任なのだ。
兎にも角にもティアは結果として占いを当てることができたのでこうしてラックと一緒に旅をすることになったのだ。
「そういえばラックさんはどうして旅をしているんですか? 」
御者以外には二人しかいない馬車の中でティアは思っていた疑問を口にした。
「俺は運が悪いからそれをなんとかしたいんだ」
「……それだけなんですか? 」
「それだけとはなんだ、いいか攻撃をしても必中攻撃以外は必ずミスり、地面で転んでも傷を受ければ必ずクリティカルヒット、さらにはカジノで当たった経験はなし、くじ引きではハズレ以外は見たことがない。俺だって一度くらいは当たりくじを引いてみたいんだよ」
「確かに哀れだなとは思いますけど、それならハズレなしのくじを引けばいいんじゃないでしょうか? 」
「結局それをしても一番下のランクの当たりくじを引くだけだ。俺は引くたびに何が出るかわからないワクワク感を感じたいんだ」
「へー、くじを引く時のあのドキドキとワクワクがないのも悲しいかもしれないですね」
「その通りだ、世の中いろいろあるけど先がわからない方が良いことだってあるんだぞ」
ラックは両手に力を入れながら熱弁する。彼は今まで大変な思いをしてきたのだろう、その結果相手が絶対倒れる威力の必中攻撃を繰り出すというバトルスタイルを生み出した。理論上はほぼ敵なしである。
「あとこれ、ティアにプレゼントだ」
「ありがとうございます。だけどなんですかこれ、結構重いですよ? 」
「軽反動の最新型の拳銃だ。この引き金を引くと中から鉛の弾が発射される。まずは目で見た方がいいな」
ラックは馬車の外を通過するたくさんの美味しそうな実がなっているリンゴの木をじっと睨みつけて一息つく。そして照準を定めてから爆音と共に発砲すると、リンゴの木から武装した人間が落ちてきた。
「なんで人間がおちてくるんです!? 」
「そりゃ撃たれれば落ちるだろ? ちなみに必中攻撃で急所は外してるから死んではいない」
「そういう意味じゃなくて、えーと、なんていえばいいのか言葉が思いつきません!? 」
「あー、街と街の間には盗賊やならず者が結構出るんだよ。さっきのやつもこの馬車を狙っていだんだろう、だから馬車には戦える人間を大抵乗せている、今回は俺がその役ってわけだ」
ラックそう言って御者の方を見ると、御者は満面の笑みでグッジョブのサインを送ってきた。
「これをうまく使えば女の子でも人を殺せるだけの力を手にいられることができる。護身用に使ってくれ」
「私、結構贈り物はもらえる方ですけど人から殺人のための道具をプレゼントされたことは初めてです……。一応、お礼は言っておきます、ありがとうございました」
ティアは初めて見るおもちゃを与えられた子供のように上下左右あちらこちらから拳銃を眺める。この拳銃は先ほどの治安の悪い街で点数と交換して手に入れたものだ、その他にも最低限の携帯食料を手に入れている。それでも余った点数はラックが運試しとしてチャレンジしたカジノで全部消え失せていた。絶対負けるはずなのに、次は勝てると信じ、定期的に賭け事をするのが彼の趣味なのだ。ろくでもない奴である。
「……私も撃ってみていい? 」
ティアが目をキラキラと輝かせるのでラックは撃ち方を簡単に教えると、彼女は馬車から小さな体を精一杯乗り出して近くの大木めがけて発射した。
「くはっ……!? 」
ティアの銃から発せられた渇いた爆裂音と共にうめき声をあげた盗賊が木から落下し、地面に落ちる。
「凄いじゃないかティア、初めてなのによく当てたな」
「えっと、今のは木の根本を狙って撃ったんですけど……、ていうか盗賊ってどこにもいるんですね」
「この辺は盗賊の名産地とも言われている、王都によって街を追い出されて職がなくなった奴らがああなってるんだ」
「あの、なんていうかすみませんでした」
王都を代表して少女ティアは今はもう小さくなって見えなくなった盗賊に向かって頭を下げる。なお、盗賊は発砲音に驚いて木から落ちただけで弾が当たっていたわけではない。ティアの弾は全く別の方向へ飛んでいっていた。
「この拳銃というのがあれば簡単に高い攻撃力を手に入れることができるんですね。凄いと思います! 」
「でもティアは魔法が使えるだろ? 」
「初級魔法なら人並みに使えますが凄い訓練を積んだ上でようやくですよ。さらに才能がなければ上級魔法なんて夢のまた夢ですし、こんな発明品があるなんて感動しました」
ティアは自分の細い指に伝わる銃の反動を思い出しながらうっとりしているを見て、ラックは呟いた。
「俺も、初めて何もないところから炎や水を出す魔法ってやつを見た時、同じようなことを思ったよ」
☆ ☆ ☆
馬車に揺られて次の街へ着くといつのまにか空が黒い雲に覆われており雨が降り始めていた。先ほどの晴天が嘘のようである。
「ここが『太陽の街 サニーレイク』だ、残念ながら天気は悪いみたいだな」
「なんで太陽の街なんですか? 」
「太陽の光を浴びて綺麗に咲く花がこの街の名産物らしい。光を反射して虹のような不安定かつ鮮やかな色を発するんだと」
「そうなんですね! それは絶対に見てみたいです、晴れの日になるまで絶対にこの街を出ませんから! 雨が続いてカタツムリがふやけたとしても私はここから離れません! 」
「そこまで意気込まなくてもこの街は一年の半分は晴れの日だっていうからすぐ見れるさ」
先ほどまでポツポツ降っていた雨が少し強くなったので二人は近くにあった酒場へ入る。雨のせいか少ししけって苔むしている木製の扉を開くと髭を生やした四十代くらいの身なりの良いバーテンダーが迎えてくれた。
「なんかじめじめしてるね、サッパリしたもの頼もー」
ティアは酒場内の湿気を感じ、占い用の黒いフードを外して手でパタパタと顔を扇いだ。彼女の綺麗な金髪が揺れる様子は、秋日に照らされるススキを連想させる。
「じゃあ俺は酒を頼む」
「昼間から飲むなんて呑んだくれのおじさんみたい、ラックさんって何歳だっけ? 」
「まだ二十八だが? まだ若者だが? 」
「そんな強調しなくても、普通に若く見えるからからね? 」
「若く見える……? 」
「ううん、とっても若いよ! だから安心してください」
ちょっと言葉を強くして主張するラック、彼は年齢に対して敏感なお年頃なのである。そして二人の会話がちょっと落ち着いたの見計らいバーテンダーが丁寧に注文されたドリンクと、そのつまみとなるクラッカーをテーブルの上に置いた。
「それじゃあ、まずは街に無事に着いたことを祝って乾杯だ」
「かんぱ〜い! 」
ラックは酒、ティアは炭酸のオレンジジュースを飲む。ラックは酒を飲んだ時の喉を紙やすりで擦られるような熱さとピリピリとした刺激が大好きであった。
飲み物を一口飲んだ後、ティアがクラッカーを手にして持ち上げようとするとクラッカーは真ん中の辺りにヒビが入り、崩れ落ちる城壁のようにかけてしまった。
「これめっちゃ湿気ってる……」
手にしたクラッカーを口に入れて眉を顰めるティア。味には問題ないのだが乾燥してパリッとしたクラッカーを噛み砕くという破壊的感触を期待していた彼女は少し残念な気持ちになった。バーテンダーはそんなティアの顔を見逃さず、すぐにテーブルまでやってくる。
「お嬢様、なにかございましたでしょうか? 」
「えっと、ちょっと湿気ってるなと」
「申し訳ございません、朝から雨が続いていたものですから」
バーテンダーは頭を下げると窓の向こうを見る。外ではさらに強くなった雨が降り注ぎ、窓ガラスには常に雨粒が上から下へと滑り落ちていた。
「そうなんですね、早く雨がやんでくれるといいんですけど」
「雨ならすぐにやむと思いますよ、天気予報をご覧になりますか? 」
「天気予報? 」
「はい、最新の天気予報がタブレットで確認できます」
「たぶれっと? 」
「映像を受信する魔道具みたいなものだよ、ティア」
聞きなれない単語がたくさん出てきて首を傾げ続けるティア。傾げすぎて首が痛くなったのか、手で首をすりすりしている。
「はい、今は十四時五十八分ですから二分後の天気はこれですね」
十五時の天気予想
『雨:25%、雪:25%、雷:25%、砂嵐:25%』
「ご覧の通り、雨の確率は25%しかありませんので、おそらくすぐやむと思いますよ」
「「…………」」
ラックとティアは淡い光を放つタブレットをじっと見つめる。ティアからしたらタブレットを見るのは初めてであってそれ自体が驚くべきことなのであったが、今はそれよりも内容の方が気になっていた。
「この予報でたらめじゃない? 全部25%なんて誰でもいえるよ。そもそも全部同じ確率なら予報でもなんでもないんじゃ? 」
「いえ、これは正しい予報です。世界一正しい予報だと断言できますね」
「でも雷はともかく雪や砂嵐はありえないでしょ。そんな雰囲気は全然なかったよ」
ティアがそう言うと窓ガラスにペタリと泥が引っ付くような音が聞こえる。そこには白い泥、いや雪の塊がくっついていたのだ。
「……マジかよ」
「十五時の天気は雪ですか、それでは暖炉に火をつけましょうかね」
バーテンダーはそそくさとテーブルから立ち去ると大きな暖炉に炎魔法で火をつけた。このぐらいの日常魔法であれば勉強を受ける機会さえあれば大体の人ができるのである。
「これ冷たいし本当に雪ですよ。でも今の季節は春のはずじゃないんですか? 」
「俺も確かに春だと記憶しているが、空にいる女神様がボケちまっているのかもしれないな」
先ほどの大雨から一転、今度は吹雪が発生する。春風に舞う桜の花びらのように白い雪がブリザードの中で舞っていた。
「ちっ、吹雪とはついてねえな」
吹き荒れる雪と共に酒場に新たな客がやってきた。その長い黒髪に白い雪を混じらせたその二十歳前後の女性は狩人のようで皮の鎧と長剣を装備していた。
彼女はバーテンダーに酒を頼むとラック達のすぐそばのテーブルについて彼らのことを遠慮なしにジロジロと見つめてくる。
「おいお前達、見ない顔だが旅人か? 」
「はい、そんなところです。俺達は占いをしながら各地を回っています」
「ふーん、占いねえ。どうだこの街は面白いか? 」
「えっと、なんというか不思議なところですね。雨だと思ったら雪だったりと」
ラックの答えを楽しそうに聞いた女性はウンウンと頷いた後、さらに質問を投げかけてくる。
「それじゃあお前達は晴れと雨、どっちが好きだ? 」
「そりゃもちろん晴れに決まってます! 洗濯物も乾くしお昼寝も気持ちいいし、それにこの街のお花はとても綺麗なんですよね。私早く見てみたいです」
「……よし、マスター。ちょっと二階の個室を借りてもいいか? 今日はゆっくり話したい気分なんだ。お前らもいいよな、飯代は奢ってやるからさ」
「珍しいな、アンタが自分から飲みに誘うなんて。普段は男から誘われても絶対ついてかないのに」
そんなバーテンダーに対して一言『うるせえ』と言うと女性はラックとティアを酒場の二階にある個室に案内する。テーブルが1つに椅子が4つ、扉がちゃんと閉まるようになっていて、よほどの大声でなければ外に声は漏れないだろう。
「よし、晴れの日が好きだって言ってくれたお前達。たっぷり飲んで食ってくれ、ウチの名前はローナっていうんだ。よろしく! 」
元気よく笑いながら自己紹介をするローナという女剣士。少なくとも悪そうな人ではないと印象を受けたラック達は自己紹介を始める。
「あの私はティアと言います。出身地は王都で……」
「ああああっ!! いま王都っていったかああっ!? 」
「……の近くにある宝飾街ネクトンから来ました」
「なーんだ、あのネクトンか、あそこは治安が悪くていいとこだよな。いやーごめんごめん、盗人軍団の自称王都キングダム出身って聞こえたからついキレそうになっちまってさ」
「私、いま恐ろしい夜叉が見えました……」
盗賊軍団である王都という言葉を聞いてブチギレたローナの顔を見て、これから王都出身であることは慎重に言おうとティアは決意した。
「晴れの日が好きって理由で俺達を誘ってくれたけど大体の人は晴れが好きなんじゃないのか? 」
「……そうだったよ、一年前まではな。今はもう誰もそんなこと思ってないさ」
ローナ手に持っていた酒瓶を水のように飲み干すと胸の奥から搾り出すような声で言った。
「……この街にはもう太陽はないんだ」
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