第3話 最初の占い

 ティアが自分の才能について必死に説明をしていると、一人の少女がラック達のところにゆっくり歩いてきた。


「あの、占いをしている方でしょうか? 」


 話しかけてきた少女は肩まで伸びている茶色の髪を少し揺らした。毛先が少しカールしていてパッと見では栗を彷彿とさせる。年齢は十代半ばくらいであろう。


「はいその通りです、『王都の龍の瞳』と言われた大預言者ティア様がここに降臨していますよ」

「ここまで堂々と発言できるのはもう才能だな」

「お、王都……!? 」


 王都という言葉を聞いて少し後退りする少女。ティアは王都が盗賊軍団(暫定)ということを思い出し、安心させるように優しく微笑む。


「大丈夫です、今の私は王都とは関係ありません。純粋に皆さんを占いたいと思ってここに来ています」

「そ、そうですか。それじゃあ、占っていただいてもよろしいですか? 」


 ティアが天使のようにニコリと笑うと栗の少女はおそるおそる向かいの席に座った。


「それではまず貴女のお名前と占いたい事柄を教えてください」

「はい、アタシはレイといいます。悩みについては……、えっと……」


 レイと名乗った少女は口籠もりながらモジモジし、犯罪を犯してしまった人間が周囲の目を気にするようにラックとティアの二人の顔を交互に見る。どうやらなかなか言い出しにくい悩みのようだ。


「悩みというのは人間関係だろ、特に異性に関わることじゃないのか? 」

「は、はい! そ、そうです! なんで分かったんですか? 」

「キミくらいの年頃の女の子がモジモジして相談に来てるんだからだいたい予想はつくよ」

「ラックさんやりますね! 私の助手として早速活躍してくれました」


 ティアは親指を立ててラックの功績を褒め称えると、手に持っていたタロットカードをレイに裏側で渡して一枚取るように指示をする。


「自分の今の悩みを頭の中で考えながらカードを混ぜて、これだってピンと来たものをズバッと引いちゃってください」

「は、はい、わかりました」


 レイはおぼつかない手つきでカードを机の上で混ぜた後、震える手つきで壊れやすい美術品を扱うかのようにしてゆっくりカードめくった。


「こっ、これは!? 」


 レイは悲鳴のような声を上げた、それもそのはず彼女の目の前には死神のカードがこんにちわをしていたからだ。このカードが不吉な意味を持つということくらいは占いに興味がある人間であれば誰でも知っていた。


「ふむふむ、これは死神のカードですね。レイさんの悩みに対して、このカードが意味するものは……」


 カードの絵柄をじっと見つめて思考を巡らすティア。そんな彼女がどんな答えを導き出すのかラックは少し興味があった。


 十秒ほど考えた後、ティアは目を大きく開き、偉大な占い師としての答えを宣言した。


「レイさん! 貴女は許されない恋をして悩んでいるんですね。それはなんとアンデッドモンスターとの禁断の恋愛です! 」

「……えっと、ちょっと違うかも、です」

「あっ、そうですか……」


 その場に少し気まずい雰囲気が流れた。酸素濃度が巨峰の頂上よりも薄く感じられる。


「ティアはカードの絵柄そのままの感想言ってるだろ? 」

「でもでも、私は絶対アンデットとの恋愛だと思ったんです。こうなにか頭にビクッと電撃が走ったんだから、ほら、こんな感じで」


 ティアが両手を使ってビリビリを表現しているがはたから見ると怪しい踊りを踊っている変質者である。ラックはこの場をなんとかするため、レイに話しかける。


「すみません、ティアはちょっと変なやつですがやる時はやるやつなんです。レイさんのお悩みもちゃんとした解決法を出せると思います。だから安心してください」

「アタシの悩みの解決法? 」

「ええ、レイさんが引いた死神は終焉や死を意味します。先程のレイさんはカードを見て非常に驚いていました。レイさんは死神のカードと関連する悩み事を抱えているのではないでしょうか? 」

「は、はい。そうだと……思います」


 レイが不安そうに頷くのを見た後、ラックは優しい笑顔を見せる。


「ありがとうございます。ちなみにその悩みについてこの占い以外で誰かに相談したことはありますか? 」

「いえ、していないです」

「なるほど、レイさんは人一倍優しい方なんですね、死神に関わるような悩みがあるにもかかわらず自分一人で抱え込んでしまう。それは他人を巻き込みたくないからですか? 」

「そ、そうです! 自分一人だけだと難しいのですが、他の人にも心配かけたくなくて……」

「なるほど、ご両親やお友達、彼氏さんとも相談したことがないんですね」

「はい、親には心配かけたくないですし、彼氏とかもいませんから」


 レイは最初のオドオドした様子から少しずつ変わり、目をしっかりと見て話ようになっていた。一方、ラックは眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


「ラックさん、何かわかったの? 」

「……親に心配をかけたくない、彼氏はいない、か」


 彼は独り言のように小さくレイの言葉を復唱すると、彼女の方を見つめる。


「一つ確認させてください、レイさんは今好きな人はいらっしゃいますか? 」

「……いえ、今のところはいないです」

「やはりそういうことでしたか……、レイさんは死神のカードを引いた時、それがある男性を意味していると思ったのではないですか? 例えばしつこくつきまとってくる厄介な男とか……」


 ラックの言葉を聞いてレイの背筋がピクリと伸びた。不自然なくらい緊張している彼女を見てラックは笑みを浮かべる。


「レイさんはストーカーに悩まされている、だから死神のカード見た時にストーカーそのものの姿を思い浮かべたのですね」

「嘘っ、誰にも言っていなかったはずなのにどうしてわかったの!? 」


 レイの悩みの正体をピタリと言い当てたラック。少し得意げになった彼の手をティアは目をキラキラと輝かせながらギュッと握った。


「犯人みーっけ、誰にも言ってないならラックさんがストーカーに決まってるじゃん。……ごめんなさい嘘です、怖い顔をしないでください」

「……まったく。まあこのぐらいなら俺も占いをかじったことがあるからできる。自分の不運をなんとかしようとしたもののダメだったけどな」

「へー、ラックさん意外とすごいですね。さすが私が認めた助手です! 」

「あの、それでアタシはこれからどうすればいいのでしょう? いつも夜になると知らない男の人につけられている気がするのです」


 レイは不安そうな顔をして体を震わせる。血の気が少し引いている彼女の様子から相当な恐怖を受けていることが予想できる。


「それなら兵士の方達に頼んで捕まえてもらうのはどうですか? 」

「ティアさん、この街の兵士は全然働かないんです。真面目な人達は王都に連れて行かれて強制労働、残ったのはその、あまり役に立たない人達で……」

「そ、そうなんだ。なんていうかすみません」

「……? 」


 王都がこの街に迷惑をかけていることを知ってとりあえず謝罪をするティア。当然そんなことはレイは知る由もない。


「ということでこの街の治安は良くないわけなんだ。犯罪者の取り放題みたいな街なんだぜ」

「治安が良くないっていうとストーカーみたいなのがいっぱいいるんですか? 」

「まあそうだな、殺人とかはなかなかないけど発生してる軽犯罪なら世界一を記録するだろうな」

「よくそんな街に住んでる……。す、すみません! 」

「いえいえ、アタシも生まれ故郷じゃなきゃすぐにでも逃げ出していたかもしれませんからティアさんには何も言えません」


 ティアは自分の失言に対してペコペコと頭を下げた後、何かを思いついたように手を叩いた。


「そうだ、ラックさんがストーカーを捕まえればいいんじゃない? 聞いてくださいレイさん、ラックさんはものすごく強い人なんですよ。ストーカーなんてワンパンです」

「そうだな、暇つぶしにはいいかもしれない」

「本当ですか、嬉しいです! 」


 胸に溜め込んでいた息を吐き出して安堵の表情を浮かべたレイはラック達に何度もお礼をいう。


「ただ俺にも少し準備が必要なんだ。だから警護は明日からにさせて欲しい、今日はなんとか耐えてくれないか? 」

「わかりました、少し不安ですけど頑張ります。それじゃあ今夜は家から出ないようにしないとですね」

「それなら家にいても寂しくないように私もご一緒しますよ? 」

「家にはアタシの両親がいるので大丈夫です。ティアさん、お気遣いありがとうございます」

「ティアもこの街にいる間は気をつけるんだぞ、夜はあまり出歩かないことだ」

「その時はラックさんが華麗に助けてくれるから大丈夫なのです! 」


 根拠のない自信を見せつける占い師ティア。確かに占い師には自信は不可欠なものだろうが彼女の自信はチートレベルであった。


 そんな感じで楽しいひとときの団欒が終わった後、レイは再度お礼を言って自宅へと帰っていった。そんな彼女を見送りながらラックは呟いた。


「さて、今夜に向けて準備をしないとな」



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