第2話 再出発

「え、魔王がいない……? 」


 思いもしなかった言葉を聞いてティアは口をぽかんと開ける。まるで夜ふかしをした子供が次の日の朝に寝ぼけている時のようだ。


「いやいや、ラックさんは面白い冗談を言うんですね。一瞬、何を言っているのか分かりませんでした」

「冗談でもなんでもない事実だ。俺は今までいろいろな地域を回っているが、魔王なんていう悪の親玉は見たことがないし、魔王さんと言う名前の人すら会ったことがない」

「じゃあなんです、それじゃあ私達が何か間違っているみたいじゃないですか? 」


 ティアは少し反抗するように語気を強める。今まで自分が当たり前のように学んできたことを否定されるのには抵抗があるのだろう、当然の反応である。


「間違っているとはいえないな、王都からするとティアが魔王の存在を信じていることは想定通りのことだからな」

「もー、ラックさんの言ってることは全然わからないです。魔王がいないっていうのなら冒険者さん達は何をしているんですか、彼らは日々人類のためにモンスターと戦っているんですよ!」

「そうだ、モンスターと戦っている。それも間違っていない」


 ラックは両手を上げて大きく伸びをすると彼の影も地面を這うヘビのように広がった。ラックはこの先のことを言う必要があるか少し悩んだが、このまま放っておいてもティアが真実に気付くのは時間の問題だった。彼は灰色の石畳を足で踏み鳴らしながら、落ち着いたトーンで話を始める。


「この街のことは知ってるか? 」

「はい、宝飾街ネクトンですよね。小さいながらも装飾品技術が発展していて素晴らしい街だと聞いています」

「ああ、そして元危険度Fランクだった場所だ」

「……危険度? 元々この辺りにはモンスターでも住んでいたんですか? 」

「住んでいたさ、危険度Fランクダンジョン『宝飾地ネクトン』、それがかつての冒険者からの呼び名だった。まあそれは十年くらい前の話らしいから俺もこの目で見たわけではないが」

「へー、ダンジョンの時もほとんど同じ名前だったんですね」

「名前だけじゃない、建物も作られてるものも生き物も全て一緒だ」


 ティアはその言葉を聞いて数秒後、『ふぇっ?』という素っ頓狂な声を出して首を傾げる。


「ダンジョンの時も今と一緒? 」

「そうだ、王都は自分達に友好的であったり配下にいる地域には『街』という名前を与えるが、自分達に反抗的な地域のことをこう呼んでいる」


 ラックはゆっくり呼吸をおいてから次の言葉を言った。


「……ダンジョンと」

「ちょっとおかしいよ! それじゃあ冒険者さん達はなにをしにダンジョンにいくの!? 」

「自分達がモンスターと呼んでる現地の人間を討伐しにいくのさ。モンスターを全滅させてダンジョンクリアってね」

「そんな、それじゃあやってること盗賊みたいじゃない……」

「みたいではなく、そのものだな。他所から奪えるだけ奪って自分は王都を名乗る、まあよく考えたなと思うぜ」

「でもそれなら冒険者の人達はみんな知ってるってことよね。なんで私達に教えてくれなかったの? 」

「王都で冒険者を管理しているからな。もし真実を話した場合、首輪が感知して爆発するようになっている。王城にあるコンピューターのボタン一つでドカンさ」

「こんぴーたー? 」


 聞きなれない言葉にフクロウのように首を横にするティア。その反応を見てラックは頭を掻きながら苦笑いをする。


「まあ便利な魔道具と考えてくれればいいさ。冒険者は真実さえ言わなければ、どんだけ人を殺しても無罪だし、王都では英雄扱い。殺人狂にとってここまで過ごしやすい場所もないだろうぜ」

「私達はそんなことしてるなんて知らなかった……」

「別に気にすることはないさ、他の街を襲って物資を奪うなんてこの世界じゃ日常茶飯事。むしろ暴力しか使わないって点じゃ、まだ王都は親切な方だぜ。襲わなければいけない人間をモンスターといい、魔王という架空敵を作り上げることで王都の人々の罪悪感を薄めて団結させる。全てを知っているのは冒険者と一部の人間だけ、このシステムは結構合理的とは思わないか?」

「そんなのわからないよ……」


 少女は静かに首を振りながら手に持っていたタロットカードの束を強く握りしめた。それを眺めるラックの頭には再び壁に衝突した虫が飛び込み、彼の顔をしかめさせた。


「っと、少し話し過ぎたようだな。まあそういうわけだから、ティアの思うような魔王の恐怖に怯える人達はいない。それでも旅をしたいのか、それとも王都に帰りたいかゆっくり考えな。もう結構夜遅くなっちまったが、宿はちゃんととってるか? 」

「うん、この道をまっすぐ行ったところ」

「それなら俺の帰り道の途中だな、よければ送って行くよ」

「ううん、人通りの多いとこまで案内してくれれば一人で帰れるから大丈夫」

「やれやれ、ふられちまったか。ガードの硬いお嬢様なことで」


 冗談を聞いてクスリと笑うティア。ラックは少し肩を落としだ後、約束通り大通りまでティアを案内して自分の宿へと向かっていった。



☆ ☆ ☆



 翌日、ラックは泊まっていた部屋から出て宿の受付でチェックアウトしようとした時、あるものが視界に入り、いっきに目が覚めた。


「ティア!? どうしてここがわかったんだ? 」


 素朴な宿屋のすみに置かれている木製の椅子に行儀よく座っていたティアを見てラックが驚くと、彼女はニヤリとしながら懐からタロットカードを取り出した。


「まさか占いで俺の居場所のことを……」

「いや、普通に受付でラックという人いませんかって聞いて回っただけですよ。タロットカードを見せたのは挨拶みたいなものですね」

「カードゲームで命の取り合いしてそうな人間の挨拶だな。まあいい、何のようだ? 王都に帰りたいなら多少は協力できると思うが」

「昨日一晩じっくり考えたんですけど正直ラックさんのいうことを鵜呑みにはできません。でもラックさんが全くの嘘をついているとも思えません」

「そうだろうな、王都の人間にいきなりあの話を信じろというのも難しい話だ」


 ラックは腕を組んでうんうんと頷くとそれにつられるようにティアは相槌をうった。


「はい、悩みに悩んだ結果、七時間の睡眠しか取れませんでした」

「それ昨日帰ってから速攻で寝てないか? 」

「私は早寝早起きがモットーですから。それにちゃんと夢の中で私なりの結論は出せたんですよ」


 ティアは自信満々の表情で胸をはる。その顔にはやりきったぜという達成感に満ち溢れていた。


「ほう、睡眠学習ってやつなのかな。それでティアはどんな結論になったんだ? 」

「……それが目が覚めた時には覚えていたんですけど、今忘れてしまったので思い出そうとしているんです」

「おもしれー女の子だな、キミ」

「それでも今、ラックさんの顔を見て少し思い出せた気がします。私は王都に帰るか、旅をするかの二択を選ばなければならないのですよね? 」

「それはまず最低限度の前提だからな? いったい七時間なにをしていたんだよ」


 ラックはふと思った、ティアは外界と隔離された王都に住んでいたのだ。もしかしたら普通の人とは違う感性を持っているんじゃなかろうか。一緒にいたら苦労する目にあうかもしれない、彼の不運を感じるレーダーに電波が入る。


「決めました、私は旅をします! やっぱり私はこの世界を自分の目で見てみたいんです! 」

「別に一度王都に戻って様子を見てから旅に出るって選択肢もあるぞ」

「えーと、それは……、ちょっと心の準備が……」


 ティアは視線を泳がせながら言葉につまる。彼女としては王都が本当にラックのいう通りの盗賊軍団であるかどうかの確認はもう少し後にしたいようである。嫌なことはできるだけ後回しにしたい、彼女は夏休みの宿題を最終日までやらないタイプなのかもしれない。


「その気持ちはわかる。せっかく外に出たのなら少しブラブラするのもありかもな」

「ただ観光するだけじゃないんです。私はいろんな街の人を元気づけるだけでなく、その街のいい所を王都に持ち帰ります。そして、王都を世界一の街にしてみせるんです! 」


 ティアは天高くタロットカードを掲げて宣言する。まるで選ばれた勇者が封印された剣を引き抜いたかのようだ、女神様の祝福なのか彼女には後光が差している。それに対してラックは拍手で答えた。


「そうか、素晴らしい考えで俺は感動したよ。それじゃあ道中気をつけて頑張ってくれ、俺は応援してるからさ」

「なにいってるんですか? ラックさんも一緒に行きましょう! 」

「え、俺も行くの? 」

「はい、旅は危険がつきものです。ラックさんはとてもお強いし、住所不定の無職で帰る家がないと思いますのでちょうどいいかなと」

「ちょっと言い方考えろよ? とりあえず、俺を高評価してくれるのは嬉しいけどタダでずっとボディガードをやるわけにはいかないぞ。俺にも生活があるしな」

「もちろん報酬は準備していますよ。これです! 」


 ティアは手に持っていたタロットカードをラックに突き出した。綺麗で美しい絵柄が描かれているものの、残念ながら金銭的な価値はあまりなさそうである。


「カードをもらってもなあ……」

「違いますよ、いつでもどこでも私が占いを無料でしてあげます。ラックさんは運が悪いようなのでピッタリの報酬だと思いますよ」

「なんか上手いこと言って結局タダ働きみたいなもんだと思うが、なんだかんだ筋は通っているか」


 ラックはほんの少しだけ納得しかけたものの、ある大事なピースが彼女の言い分に足りないことに気づいた。


「面白そうだし、その条件を飲んでもいいが、そのためには確認しなければならないことがある。ティアの占いが本当に当たるものなのか確認させて欲しい」

「なるほど、ならこうしましょう。私がこれから誰かを占うのでそれが当たったら私の実力を認めてください」

「実地テストというやつだな、それなら異論はない」


 そんな二人の交渉を聞いて面白そうだなと思った宿の受付人は占いをするためのスペース用意してくれた。受付カウンターから少し離れた壁際に木製の机と椅子を置いただけの即席のものであったが十分であった。


「そういえばティアは占いの経験は実際どれだけ積んでいるんだ? 」


 心地よいリズムで鼻歌を歌いながらタロットカードを並べているティアにラックは尋ねる。カードの綺麗さを見るに、もしかしたら彼女はまだ占いを始めたばかりの初心者ではないかと不安に思ったからである。


「ははーん、それを聞いちゃいますか? 私は幼い頃から神童といわれて数々の偉大な予言を残したんですよ。私にかかれば、気になるあの娘の虫歯の数から、近所の悪い子がちょろまかしたお釣りの金額、王様の今日の下着の色までなんでもお見通しなんです。『王都に万物を覗く瞳あり』という言葉がいたるところで囁かれていましたね」

「……俺は聞いたことないけど? 」

「まあここまでは私の妄想ですから。ここからが本当の事実ですよ」

「時間を返してくれ」


 ティアは体を温めるように、何もない空間に拳でジャブを繰り出した後、深呼吸をした。


「多く見積もれば三年、数えかたを少し変えると一週間ってところですかね」

「一週間しかやってないのか……」

「でもでも、ものすごく当たるのは本当なんです。昔から第六感は強いんですから、この前だってそろそろ家に誰か来そうと思った瞬間に友達が遊びに来たりしてですね……」

「大丈夫かなあ、ほんと」







 



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