最終話 熱狂を終え

 初めて見た生のバンド演奏は新鮮だった。生音で聴くと、イヤホン越しに聴くものよりも音がくっきりはっきり耳に届く。だから、気づく。この演奏の違和感に。


 正直、この目の前の音楽に落胆している自分がいた。決して表情には出していないし、こんなものだと言われてみればこんなものなのだろう。何より自分のためにといった意味合いが嬉しかったから私は気にしないようにした。


 それでも荒削りな部分が目立つ。まず、ドラム。原曲を知らないがテンポはこのくらいのものなのだろう。走りもなく、もたついてもいない。一定のリズムをきちんと法則的に保てているのは好感的だった。だが、臨場感がまるでない。どこの打音も軽い音だからか、メリハリがまるで感じられなかった。


 続いてベース。こちらはドラムの逆で、音の強弱というものがしっかりしていて、迫力がある。でも、ペースがとにかく乱れやすくもたついたり走ったりの狂いが目立つ。合わせる為か、途中伴奏を停止させる箇所があるなどでとにかく音が途切れやすい。


 そして、ギター。ボーカルに関しては特に触れるところもなく普通といった感じ。演奏技術も高くソロの部分なんかはカッコいいが、一人だけ早いし、多に合わせようという気配がまるで感じられない。なので、異様なほどに浮いて聞こえるし、完全に一人の世界に入り込んでいる。


 といった具合に三人の息が一切あっておらず、それぞれがバラバラなので聴いていてお世辞にも上手い演奏とは言えなかった。でも、不慣れな演奏だったからだろうか、私の中から演奏技術に対する未来への不安が薄っすらと消えていった。そうして、演奏に対する憧れというものがひしひしと内側から沸き立ってきた。技術力やクオリティが全てではない。歌詞には一切、書かれてはいなかったがそう伝えられたように私は捉えてしまった。


 口をぽかんと開け、考え事をしているうちに演奏は終わっていた。


「ふー……」


 ルナさんが最後のコードを鳴らし終え、弦を軽く押さえ音を消す。たった四分ほど弾いただけなのに、三人の額からは汗が流れていた。私が想像していた以上にライブってものは体力を消費するらしい。


「な……」


 終わり静まった空間でルナさんが口を開き始めた。


「なんだこの出来わぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 アンプから出るギターの音量と変わらないほどの声量で言い放ち、ユリコさんの方へ目を配る。


「ユリコ! 途中演奏してなかっただろ!? あの中途半端な演奏はひでえぞ! もっとちゃんとしろよ!」


「なっ! ルナさんこそ走りすぎなんっすよ! ベースもドラムも置いていって自分の空間に入りすぎ! ベースにちゃんと合わせてほしいんっす!」


「あんなちんたらした演奏に合わせられるか! 聴こえもしねえものにどう合わせろっていうんだよ! このスカポンタン!」


「まあまあ二人とも……新入生の前でそんな揉めてちゃ……」


「テルヨ! お前もだぞ! どこ叩いても小太鼓みてえな音! メリハリが無さすぎて聴こえねえんだよ!」


「……それは言えてるっす」


「えええ!? ペースが狂うよりマシでしょ!? 二人に合わせるため、ところどころはしょったりもしたのに! 二人ともちゃんと合わせてよ!」


「だから合わせる音が(ウンタラカンタラ)!」


「ルナさんも(ウンタラカンタラ)!」


 三人が歪みあって結局その後は拳の語り合いへと発展した。


「わわわ……! 三人ともやめてくださいー!」


 ナイヨさんがそれを止めに入るが抵抗も無意味に巻き込まれて暴力を喰らってしまう。全てがぐしゃぐしゃになったスタジオを見て私は息を呑んだ。


 でもまあ退屈しなくてすみそうだ。それだけを思って私は数日後、正式的にこのサークルに入ることを決意した。

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だから僕は、吐息を吸う 本名田中 @honmyou_tanaka

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