第11話 勉強しといてよ
「すんません。補講で遅れました。いやぁ、何もわざわざ放課後に補講なんて開かんくてもええっちゅうんにっすねぇ」
扉の向こう側から金髪の女の人が姿を現した。両耳にピアスをし、瞳が見えないほどの細目はまるで狐のようだった。髪でおおわれていて右目は確認できない。チョーカーを首につけていて、恰好もすごいラフな感じでジェンダーレス……というのだろうか、まあそんな感じだ。
「あ、やっと来たねユリコ。もうみんな一通りの挨拶終わっちゃったよ」
「いやぁ、面目ないっすわぁ。あ、自分、最近入ってきたって噂の新入部員? 初めまして、わては芸術学科二年のベース、蕾不 百合子(れず ゆりこ)や。これからよろしゅう」
「ど、どうも! 手市妙です! 初めまして!」
「手下Aちゃんかぁ。ええ名前やなぁ」
「テシ! タエ! です!」
どうしてこのサークルの部員の人たちは決まって私への第一印象が手下Aなのだろうか。
「へへ、ごめんごめん。お近づきの印にこれあげるわぁ」
「……? これ、何です? なんかしゃもじみたいな」
「あれ? 『つなマヨ』のしゃもじ、知らんの? ライブ中にファンたちがこのしゃもじ振って盛り上がるんやで。昨日のライブで買ったんやけど、もう使わんからあげる」
「は、はあ……」
なんだかいらないものを渡された気分だった。
「ユリコ、お前は『つなマヨ』のライブ行ってたのか。どうだった? ってか、何の曲演奏してた?」
「あ、ルナさん。お疲れっす。そうっすねぇ、『晩期』とかやってたっすよ。アニメのEDとかにも使われてて人気っすからねぇ。他にも『優しくなれない』とか『さいなら浪人運動会』とか」
「……『お弁当作っといてよ』は?」
「あ、やってたっすよ。『お弁当作ってよ~♪』」
「『てえてえてえよ~♪』うわー、やってたのかぁ。行きたかったなぁ」
「まあ、人気なだけあってチケット代も馬鹿にならんっすからねぇ、ルナさんの財源じゃあ……いや何も言わんっす。お、ナイヨもいるやん。うっす」
「あ、ユ、ユリコさん……どうも」
「もお、ナイヨぉ。わて達同学年なんだから敬語じゃなくてもええっていつも言っとるやんかぁ。なんか距離を置かれているみたいで、わては悲しいわぁ」
「い、いや……別にそんなつもりは……誰にでもこんな風な接し方しかできなくて……」
「ふーん……おりゃぁ!」
「ひゃん! ユ、ユリコさん……! む、胸を揉まないで……!」
「これも一種のスキンシップや! 距離を縮めるためにはこれしかないんや! わかったら黙って揉ませい! ハァハァ……!」
「や、だ、だめぇ……! そんなに強くぅ……揉まないでぇ……」
口からよだれを垂らしながらユリコさんはナイヨさんの胸を鷲掴みにしている。
「うわあ、ユリコの奴また始まったよ」
「うわあって言ってますけど、ルナさんもよく、ナイヨさんにあんなことしてるじゃないですか」
「違う違う。私はナイヨを苦しめるのが目的。だけど、あいつは……極度のレズだからなぁ。性的な興奮からああいう奇行に走るんだよ。そこのところ勘違いすんなよ」
どっちにしろ最低だ。というか、さらっととんでもないことをカミングアウトされた。なるほど、ユリコさんはレズなのか……今後ユリコさんと二人っきりの状況は避けよう。そうじゃなきゃロストバージンされてしまうかもしれない。これは要注意だ。
テルヨは戯れるユリコを引き剥がし、再度司会を進行した。
「よし! じゃあ今日いる部員たちの紹介は終わり! ……他には……どうしよっか。特にやることを考えていたわけではないから……解散する?」
「あの……」
「お、どうしたの? ナイヨ」
乱された衣服を整えつつ、ナイヨさんは涙目で言った。……ゴクリ、はっ! イケナイ! ナイヨさんに興奮を覚えては!
「折角ですし……手下Aちゃんにバンド演奏をしているところ、見学させた方がいいんじゃないかと……思います。手下Aちゃん、楽器も決めていないから……参考になるかと」
「お! それは名案だね! ……ただ、今メンバーが揃っているバンドがないけど……まあ、僕とルナとユリコの即席バンドでいっか!」
「はああ!? 嫌だよ! 何で私が手下Aのためにわざわざ頑張らなくちゃあいけねえんだよ!」
「えぇ……そんなぁ、先輩として頼りになるところ、可愛い後輩に見せたくないの? 僕からのお願いでもあるわけだしさぁ」
「嫌だね! チューニング合わせることすらめんどくさい! 手下Aが私に金払ってくれたら考えてやるよ!」
「ルナが受けていてまだ1回も出席していない講義のノートがここにあるんだけどなぁ……」
「しょうがねえな、即席バンドのギター? 私が受けてやるよ」
ノートをちらつかせた瞬間、ルナさんは髪を整えながらするりと掌を返した。分かりやすい人だ。
「よしよし……ユリコは?」
「出来るかどーかは分かんないっすけど面白そうだからやるっす」
「よし……じゃあみんなスタジオに移動しよっ!」
こうして私は初めてスタジオと呼ばれる場所に足を踏み入れるのであった。
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