第9話 音楽家になりたくて

 私の携帯から流れるアマカラを聴いた。始まりから楽器隊全体がかき鳴らす曲もあれば、しみじみとギターの演奏から始まる曲もあった。


 4、5曲聴いてた。だが、私の胸には何か響かなかった。ルナさんはその動画を見ながら、ニマニマと微笑んでいた。失礼な言い方だが、純粋な笑みという例えが一番適切なのだろう。今までが『邪』であれば、これはまさしく『聖』だ。だから私は後々訊かれるであろう感想に、悩んでしまい耳に音楽が届かなくなっていた。


「どうだ?」


 ひとしきり聴いた後に、ルナさんはにやけた表情で私に問いかけてきた。


 よく分からなかったです。率直な意見を渋った私は上っ面で感想を述べた。


「そうですねぇ……かっこいいなと」


「なんだその安直な感想に面白くなさそうな顔は。素直な意見を言え」


 年を取らなければコーヒーが飲めないのと同じで私にはこの曲がまだ早いように感じ得た。言い逃れしても無駄かと私は言われた通りの素直な感想を口にした。


「…………正直、よく分からなくて。確かに演奏技術が高いことだったりかっこいいってこと子だったりは分かるんです! で、でもこのバンドの曲が好きかって言われたら……私の胸に響くものでもなくて。決して貶しているわけじゃ――!」


「いいじゃねえか」


「え?」


「別にいいじゃねえかって。お前がそう思うんだったら取り繕わずそう言えばいいじゃねえかって言ってんだ。そこに遠慮なんかいらない。忖度もしなくたっていい。音楽に関しては正直であれ」


「は、はい……」


 ルナさんは暗くなった携帯の画面を見つめていた。


「アマカラもさ、お世辞にも売れているバンドとは呼べない。たまにアニメのテーマソングに起用されたりはするけど、世間一般からの認知度は低い。実際、知名度もそこまでは大きくない……」


 ルナさんの口から自己否定的な発言が出たのはこれが初めてだった。


「でもさ、私も……多分この人たちもそんなことは気にしてはいないと思う。下手に売れようとして自分を見失うよりは、はるかにいい。自分たちにしかできない音楽でメッセージを示す。それが音楽ってもんだろ。だから……一途にオリジナリティを追求するこのバンドに私は憧れてんだ」


 オリジナリティの追求……か。ルナさんとは昨日会った仲だが、自分勝手で乱暴で暴力的で最低な先輩だと思っていた。だから、裏の顔なんてものもないのだろう。自分の本性で生きているのだ。その身軽く何にもとらわれない生き方がなんだか羨ましく見えた。私にはないものを持っているようで……負けた気さえもしていた。


「よっこいしょっと。前通るぞ」


 ルナさんは腰かけていたソファから離れ、ぶっきらぼうに置かれていた薄汚いギターを手に取り、ケーブルを小さなアンプにつなげ音を出し始めた。そうしてギターの頭部分に何やら洗濯ばさみのようなものをつけ、一弦一弦弾いた。何やら音程を確認しているようだった。


「聴いてたらなんだか腕がうずいちまった。ギタリストたる者、言いたいことは音で伝えないと――な!」


 爆音とも呼べる音量でギターをかき鳴らした。そうして変則的なストロークをしたかと思えば、急にアルペシオを始めたりもした。しばらく聴いてやっと分かった。ルナさんはさっき聴いたアマカラの曲を弾いていた。それも大差ないほどのクオリティで。だけど、所々でアレンジも加えている。ルナさんの性格がそのまま出たような、強く鋭い高音が私の耳を刺激した。でもそれに不快感はなく、むしろ快感すら覚えた。私はその演奏に感化されていた。これがこの人の音楽。コピーではなく、自我を入れたカバーのようなアレンジの数々。


「すごい……」


 ぽつりとそう漏らし、ジッとそれだけを見つめていた。


「ふぅー……」


 一曲弾き終わった頃、ルナさんは流した汗をTシャツで拭いだ。高鳴っていた私の胸はやっと落ち着きを取り戻したが、それでもルナさんを視界に入れたままだった。


「どうだった? 私の演奏」

 

 鋭い目つきがその時だけやけに緩んで見えた。


「す、すごいですよルナさん! ギター弾いている人、初めて生で見たんですけど、素人の私でも上手いって分かっちゃうくらいカッコよかったです! 普段は何のとりえもないくせにこんな才能があったなんて!」


「はっはっはっは! 途中聞き捨てならない言葉が紛れ込んでいたがまあ水に流してやろう! すごいだろ!? 私は天才だからなぁ!」


 これがバンドマンってやつなのか。初めて間近で見て聴いた音楽に私の内心はくすぶられていた。と同時に一抹の不安も抱えることになった。私はこんな風にカッコよくなれるのだろうか……。

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