第8話 ハードラックをダンスする
「1番好きなバンドについて訊いていた?」
ナイヨさんが3度目に口から泡を出した時、やっと私の中で興奮より自尊心が勝った。それからの私は急いでルナさんを止めた。そうしてようやく落ち着きを取り戻したルナさんと私は真っ青な表情で横になっているナイヨさんの近くで他愛もない話をしていた。
「はい。ナイヨさんはマイネミが好きだって」
「はん! 痛々しい女か恋心も分からないような中高生がよく聞くマイネミか! いかにもナイヨが好きそうだわ!」
失礼なことをサラッとルナさんは口にした。流石は魔王。
「じゃあ、ルナさんの好きなバンドって何ですか?」
迷わずに口にして私ははっとした。しまった。私、バンドには疎いんだった。……けどまあ、どうせルナさん一般人が知らないようなマイナーバンドを言ってくるだろうから分からなくても当然か。
「私は……そうだなぁ、いろいろなバンド聴きすぎて順位をつけずらいから一番かどうかは悩むが、まあ最近よく聴くのは『アマカラ』とか『amearashi』とかかな」
案の定、知らないバンドだった。聞いたこともない。
「なんだその反応、知らないのか?」
「はい。名前聞いたことも……」
「まじか、amearashi知らねえのか? 『苦節は次々増えていく』とか『エコロジー』とか『雨に香れば』とか」
「一曲も分からないです」
「よくお前それで軽音楽部入ったな! 男のことしか頭にねえのか!」
「そ、そんな破廉恥じゃないですよ! 私だって……『スリープバイブ』とか『MAGA-LOON』とかはよく聴いてましたよ! 高校時代に!」
「そんなミーハーなバンドしか聴いてねえのか! にわかものが!」
「別に好きなんだからいいじゃないですか! 私が何聴こうが勝手でしょ!」
「勝手にすりゃあいいけど、もっといろいろ聴いとけ! アマカラは『ハードラックをダンスする』『直径50cm以外を知らない』『バイノーラルが止まない』! amearashiは『苦節は次々増えていく』『オープニングアクト』『雨に香れば』! 次会うまでに全部聴いてこい!」
「は、はーい……」
「絶対聴かない反応じゃねえか!」
「だ、だって人から勧められたものってあんまり乗り気になれないというか……他人から無理やり借らされた漫画とかも私あんまり読まないし……」
「……正直ちょっと分からんでもないのが腹立つなぁ、分かった! じゃあここで今流す!」
「えぇぇぇ……いいですよぉ。後で聴きますって」
「いいから遠慮すんな!」
別に遠慮しているわけではないんだけどなぁ。有無も言わせずにルナさんは自前の携帯電話からアマカラの曲を流しだそうとした。がしかし。
「あ、そうだった。私の携帯今月通信制限かかってたんだった。動画が開けねえ」
回り続ける円を見ながらぽつりとルナさんがそう呟いた。ほっ。内心のどこかで安堵した。
「だからお前の携帯貸して」
この人、どこまで図々しいんだろう。
―― ―― ―― ―― ―― ――
☆タエのそれなに初心者バンドメモ☆
『アマカラ』
自称「ロック界の霊媒師」。自らを霊媒師と名乗るほどに癖が強く他ではまず味わえない音楽を演奏するバンド。作詞作曲を務めるギターボーカル『今村喜助』はヴァイオリンも演奏でき、度肝を抜くような音楽を作るとともにライブ中のMCも面白い。首から穴の開いたタンバリンをぶら下げている。結成から20年が経つ大御所バンド。
代表曲は『ハードラックをダンスする』『直径50cm以外を知らない』『バイノーラルが止まない』『月曜日にモヒカンが刺さる』『爪見る少年は痛い。』などがあり、どれも個性豊かな曲でアマカラ節のあるものとなっている。
ルナさん曰く……を書こうとしたが、訊いてみて30分は経っているのに未だに語っているため、今回このコーナーは省略する。
「――――ってことだ。手下A、熱いアマカラの魅力の数々、ちゃんとメモることができたか?」
やば、メモ帳閉じて隠そ。
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