第5話 ぶっ〇し返す
四月の終わり、まだ冷たい風が頬を撫でるような季節に私と手下Aは外の喫煙場でナイヨのバイトが終わるのをただただ待っていた。
「あ、来ましたよ。ルナさん」
蛍光灯一本で照らされた焼肉屋の裏口から誰かが出てくるのが見えた。ナイヨだ。私はそれに気づくや否や、途中だったマルボロをもう一服吸い、捨て、そっと距離を縮めた。
「よお、ナイヨ。待ってたぜ」
「ひぃ! ル、ルナさん……それに変態の子……」
「だ、誰が変態の子ですか。新しく入部した手市妙(てしたえ)です! よろしくお願いします!」
「あ、音来雲乃世(おとこうんないよ)です。こちらこそよろしくお願いします。えーっと……手下Aちゃん」
「テシ! タエ! です! ナイヨさん!」
「べつにいーだろ、言ってることはあってるんだし。それにしても、ナイヨ。ここの焼き肉屋、すげー美味かったぞ。特にホルモンが美味かった。本物だったわ、『メスシリンダーモノホン』」
「え、なんで今『モノホン』の名前出したんですか……?」
「え、話の流れでつい……な。ちっちぇえことは気にすんなよ、ナイヨ。お前は『ケイスケはん』か?」
「嫌……あそこまで騒がしくしてないです。騒がしいと言えばルナさん……あの店、出禁になりかけてましたよ……私も裏で怒られたし、そ、その騒がれるのはほどほどに……」
「ああ、悪かったよ。私も大人げなかったと思ってる。ただ、このくそ後輩がやかましくてよぉ。私の言うこと中々聞いてくれなかったから怒鳴っちまったんだよ。生意気な奴だからよ、ナイヨも指導するときはきつめに言っておいたほうがいいぞ」
「そ、そんな野蛮な子には見えないですけど……」
「そうですよ! ルナさんのでっち上げです! 私は当たり前のことを言っていただけなのに逆ギレするし! ナイヨさん! ルナさんって元からこんなにヒステリックな人なんですか!?」
「えっと……ルナさんは元がうるさ……いえ、元気があって……とても横暴……いえ、芯を曲げない人で……暴力的……いえ、温厚な人です……」
これでもかというくらい言葉に詰まりながら、ナイヨはルナをおだてた。だが……。
「どうしたナイヨ? 偉く言葉詰まってんじゃねえか?」
私は突っかかっていった。
「え、いや、その……別にルナさんが暴力的で私のこといつも虐めるし、嫌なことがあったらすぐ人に当たるから嫌いってわけじゃなくて……えっと……」
「本心ダダ漏れじゃねえか! 誰が煩くて喧しいババアじゃオラァ!」
「そ、そこまで言っていないで――! うっぷ!」
私は右腕の内側にナイヨの頭を入れ、力一杯締めた。
「痛い痛い痛い痛い! ルナさん、ギブ……ギブです! 手下Aちゃん……助けて……!」
「……ハァハァ……ルナさんはほんとに最低な人ですね……ハァハァ……安心してください、ナイヨさん……ルナさんの蛮行は私がしっかり動画に収めて警察に届けますから……ハァハァ……いや、決して自分が後々見たいからとかそう言う意味じゃないですよ……本当にそうじゃないですよ……ぐへ……ぐへへへへへへへ」
不適な笑みを浮かべながら、手下Aはスマホで絞められているナイヨを撮影し出した。口からは涎が溢れ出ていて、誰がどう見ても不審者そのものだった。分かる、そそるよなぁこいつ(ナイヨ)の泣き顔。
苦しさを表情に浮かべながら必死に抵抗するナイヨ。加害者が言うのもなんだが、ナイヨは本当に弱い。力を入れているのか疑問に思えてしまう程に、抵抗力がない。だから、一度型にハメてしまえばナイヨはもう自力では拘束を解くことが出来ない。無気力な自分を恨みながら耐えるほかないのだ。
「ほら……ルナさん……もっと強く、じゃなかった緩めないと……早くナイヨさんを解放させてください……ハァハァ……」
善人ぶりながらも手下Aはカメラを止めない。
「や、やっぱり変態の子じゃないですか……! だ、誰か! 助けて……!」
漫画や小説じゃあるまいし、助けなんて来るはずが――。
ドゴッ!
「いっつ……!」
私は背後から迫っていた攻撃に不意を突かれた。ドラム……スティック……? で叩かれた私は頭を抑えるとともに、ナイヨを拘束から解除してしまった。
「ああ! 何してるんですか、ルナさん! せっかく良いところだったのに!」
手下Aはもはや自制を保つ素振りすら見せない。
「全く……相変わらずの暴れん坊ね、ルナは」
私の頭を叩いた女がひょいっと私の後ろから顔を出した。
「テ、テルヨ! よくも私の頭を!」
「これで少しはましな頭になったんじゃない?」
私の頭を叩いた張本人。白い淵の丸眼鏡に、暗い茶髪のショートパーマ。こいつこそこのサークルの部長、張齢 輝代(ちゃんとし てるよ)だ。
「ゴホッゲホッ! あ、ありがとうございます……でも何でここに……」
「たまたまね。散歩していたら見覚えのある人影が見えたもんだから……近寄ってみるとまあ見知った顔だったってこと。手助けできて良かったよ」
「チッ! 何が散歩じゃ! ジジイみてえな趣味しやがって!」
「毎回パチンコで有金溶かしてる人には言われたくないよ」
「うっ! な、何だとぉ!」
図星を突かれて私は少しうろたえる。
「毎回じゃねえわ、毎回じゃあ! 今日だって収入あったんだぞ!」
「まあ私からのおこぼれですけどね」
「うるせえぞ! 手下A!」
「……ところで君は誰?」
テルヨが手下Aに尋ねる。
「あ、えっと……ね、ねぇルナさん。この人も同じサークルの……」
「ん? ああ、そうだよ。私たちのサークル『エレクトリック部門』の部長だよ」
「えっ! は、初めまして! 本日から入部しました! 手市妙です! よろしくお願いします!」
「あ、ああ、よろしく。張齢輝代です。新入部員がいるなんて聞いてなかったけど……」
「そりゃ今日、無理やり入部させられたから――」
「ふん!」
「ひぎっ!」
私はかかとで手下Aの足を思いっきり踏んだ。そうして手下Aが苦痛で言葉を飲み込んでいる隙に、私は話をでっち上げた。
「ついさっきよぉ、うちに興味があるって言われてな。そのままの流れで入部したってわけよ。良かったな、テルヨ。勧誘活動の宣伝聞いて来たってよ」
「あが……あがががが……」
足のダメージが原因で手下Aには話が入っていなかった。これは好都合だ。
「そ、そっか! 嬉しいよ! 僕の活動も無駄ではなかったんだ……!」
「お、おい泣くなよ。オーバーなんだから」
「泣いてなんかないさ……う、う……うう……」
「……………………」
胸の奥からこみ上げた気まずさと罪悪感を私は静かにひそめた。
よほど感慨深かったのか、テルヨはしばらく顔を上げてはくれなかった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
☆タエのそれなに初心者バンドメモ☆
『メスシリンダーモノホン』
通称『モノホン』。邦楽ロックを知らない人でも一度は耳にしたことがあるほどの知名度と人気を持つ超有名バンド。その反面、モノホンが繰り出す音楽はすごく尖ったものが多く、一度ハマってしまうと他の音楽を耳にすることが難しくなるほどの中毒性を持つ。
代表曲は『ぶっ〇し返す』『愛のウラハラ』『S』『ぱ・え・り・あ・ん』『果汁服従』などがあり、殆どの歌詞が語呂合わせであるため、読解が不能。また、メンバー一人一人の個性も濃く、MCが面白い。曲によっては、ボーカルが変わったりなどもする。
ルナさん曰く、「中学生のヤンキーが良く好んで聴いている印象」とのこと。すごい偏見だ。
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