第3話 ナグルワ
「いいか、よく聞けよ。手下A。さっき言ったようにこのサークルには女しかいなくてみんなが男に飢えている。だから、お前が男を釣ろうとしたらすぐバレるんだからな。下手な行動するんじゃねえぞ」
「…………………………」
――ジャラジャラジャラジャラ。
「そもそも、そもそもな。そういう目的でサークル選ぶところから間違ってるんだよ。バンドやってる男なんか変人か陰キャしかいないんだからな。そんなサークルにイケメンなんか求めんな。モテたくてやってるやつが大半なんだぞ」
「…………………………」
――カコンカコンカコン。ピー、ジャラララララ。
「恋できなくたって、女しかいなくたってうちのサークルもまあまあ楽しいぞ。『総合』ほどではないけどイベントやライブ活動だってしてるし――」
「あのーすみません、ルナさん。ちょっと訊いていいですか?」
――ガララララララ。キュインキュインキュイーン! フィー――――バー―――!
「あん? なんだって? 声ちっちゃくて聞こえねえよ」
「訊いて! いいですか!」
「ん、なんだよ。っておい! 手下A! 入賞時フラッシュしたぞ! 白だけど!」
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「だあああ! 外したぁ!」
「ルナさん! なんでパチンコ打ってるんですか!」
そう、今私たちはパチンコ店にいた。私は既に着席状態で1万円を入れてすでに貸出ボタンを5回プッシュしていた。
「え、だってせっかくの新入部員だからこのサークルの事、手取り足取り教えたほうがいいと思って」
「喧しすぎて話の半分も耳に届いてませんし、手も足も台の方に向いちゃってるじゃないですか! 話し合うならもっと……喫茶店とかファミレスとかいろいろあるでしょ!?」
「喫茶店もファミレスも入った時点で金払わなくちゃいけねえじゃねえか! こっちだと金が返ってくることだってあるんだぞ! 絶対金銭的にもパチ屋の方が安価だろ!」
そう言って私はまた貸出ボタンを押した。これで3千円目だ。わずか10分ほどで3千円溶けた。3千円あればファミレスにもっと長い時間滞在することが出来たであろうが、あえてそこには触れない。
「ってか手下A。お前も打てよ。私の後ろにずっと突っ立ってちゃあ他の客の邪魔だろ。ほら」
私は右隣の椅子を手下Aの方に向けた。
「え……私、パチンコ打ったことないし……それにお金もあんまり……」
「ほら、千円だけやるから。お試しだと思って、ほれ」
「い、いや……悪いですよ……」
「お前に立たれているほうがこっちとしては迷惑だよ。ほら座れ」
私の指示に手下Aは浮かない顔をして、渋々隣に着席し、千円札を受け取った。
「札はそこに入れて、球を出すときはそのボタン。んで、ハンドルは力み過ぎずにゆっくりと捻る。板面の左側に球を打ち出すように調整するんだ」
「こ、こうですか」
ピコーン。左打ちしてください。
「馬鹿ッ。回しすぎだ。ほら少し緩めて」
「むむっ、意外と難しいですね……」
「慣れれば簡単だって」
右に打ってしまったり、力を弱めすぎて下皿に球を流してしまったり死闘を繰り返しながらもやっと手下Aは左打ちを固定することができた。やれやれ、こんなに無駄打ちしてしまうならあげなきゃよかった。後でやっぱり回収しようか。そんなことを検討しだした時だった。
ブルブルブルブルブル……。偶然にも手下Aが打った球はヘソに入り、その刹那、筐体のレバーが震えた。
「わっ、ルナさん。このへんてこりんなレバー? か何かが震えまし――」
「レバブル!? 嘘っ!? この台、白レバブルでも七割近くあるのに!」
「レバブル……?」
首をかしげながら不思議そうにレバーを見つめる手下A。状況を飲み込めないまま、演出は進む。保留は赤色になり、発展先は最強リーチ。そして、リーチ中のチャンスアップもある……。
あ、これ、当たるわ。当然のように、図柄は揃う。
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「わ、ルナさん! 数字揃いましたよ! これ当たりですか?」
「そうだよ! 早く右打ちしろ!」
「え! 右に打っちゃっていいんですか?」
「当たったら右に打つもんなんだよ! パチンコは! ほら早く右に打て! ぼさっと打ってるだけでいいから!」
「ええ! よく分からないけど、はい! あ! ルナさん! 『MAGA-LOON(マガルーン)』の『ナグルワ』流れてますよ!」
――冷ぁますか♪ 燃やすか現在(いま)♪
燃える~ほどに~身が縮む♪
パチンコの台からけたたましい音量の楽曲が流れ出す。これがパチンコ。最近の台は通常時でも曲が選べる台ばかりだが、やっぱり当たった後にアニメのオープニング曲を聴いたほうが、達成感やこれからの期待感がある。
手下Aはその初当たりを無事、確変に突入させた。そしてそのまま流れるように、上位ラッシュへ入り、私が球をただひたすらに減らしているのに対して、その持ち球は2万発を到達していた。
「これ、中々終わらないですね、ルナさん。今でどのくらいの金額になるんですか?」
私はあえて教えなかった。あくまでオカルトだが、こういったとき、打ち手本人の調子を狂わせるようなことはしないほうが良い。金額を伝えることでの緊張はとりあえず避けることにした。
私が1万円を使い切るころに手下Aのラッシュも終わった。持ち球は驚異の3万2千発。初心者なだけあってラッシュ中、そこそこ無駄打ちで球を減らす結果にはなったが、それでも十分すぎる出玉だ。これがビギナーズラックってやつか。
出玉が入ったプリペイドカードを片手に持った手下Aを景品交換所まで案内した。
「ルナさん。なんか変な厚いカードみたいなものを沢山渡されたんですけど……私、ちゃんとお金が欲しいって伝えたのに……」
「……それが金になるんだよ。ほら外出るぞ」
「え、お、お金は……」
「お金は外にあんの」
あたふたする手下Aを連れて店を出る。白々しい隣接している景品問屋の窓口に景品を置かせる。ガラス越しに見える電子盤の数字がみるみる増えていく。
5000……10000……20000……40000……。
「え、え、え、え……」
瞼をぱちぱちさせながら数字を凝視する手下A。現実を受け止めきれずに何度も瞼を擦る。
やがて電子盤は止まった。128000で。
「えっと、ルナさん……この数字が現金で出てくるわけないですよね……」
「出てくるんだよ」
裏からお札を数える音が聞こえる。その後、スーッとお札の乗ったトレーが手下Aの前に現れた。12万8千円。私はトレーの上で誤りがないか、枚数を数え確認したうえで手下Aに渡した。
「たまに間違えてる時があるからよぉ。一度、トレーから離しちまうと少なかったりしても戻してくれねえんだ」
「な、なるほど……」
景品問屋を後にし、私から札束を受け取った手下Aは何度も何度もその12万円を数え、困りながらも表情はにやけていた。
……さてどうしようか。確かにあげたが、元はと言えば私の金。だから全額を手下Aに渡すのはどうにも腑に落ちなかった。ただ手下Aも後輩の身からして、気まずいはず。そこに付け込んで交渉するのが無難か。どうやって手下Aから回収額を少しもらうか、私の中で算段が付いた時に手下Aは言った。
「……ルナさん……確かに”千円だけやる”って言いましたよね?」
あ、ダメだこいつ。全部かっさらっていく気だ。
―― ―― ―― ―― ―― ――
☆タエのそれなに初心者バンドメモ☆
『MAGA-LOON』(マガルーン)
『ねえものくだり』『シルコット』『ミルクレープ』『ウェイパー』『ナグルワ』などのアニソンやCMソングで有名な曲の数々を編み出したバンド。大阪で結成された。
ギターボーカルの『山口 鮭』は『MAGA-LOON』以外でも多くのアーティストに楽曲を提供したりしている。『鮭』の由来は「顔が正面から見た鮭に似ている」ことかららしい。
ついちょっと前までは何かいろいろあってしばらく活動していなかった。ギターの服装が黒一色。
ルナさん曰く、「高校生御用達バンド」らしい。
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