第2話 SHE IS MINE

「…………!(モガモガ!)」


 タエの口元を抑えながら、部室に抱え込んだ。


「……ふう、これでいいでしょう。と」


「――ぷはっ! な、何をするんですか、いきなり! も、もしかして私をここに監禁するつもりなんですか! 同人誌のように!」


「あー、はいはい。いきなり連れ込んだのは悪かったって。ただ、こうでもしなきゃさ、怪しまれたら逃げられちゃうと思ってさぁ、無理やり連れ込んだわけよ」


「別に逃げなんかしません! この大学でも名高い軽音楽部に入るのが私の目的だったから怪しさなんて――」


「あ、そのうちの大学で名高い軽音楽部ってこのサークルじゃないから」


「………………え?」


「知らなかったのか? まあ、知らなかったからこそここに来たんだろうけど。うちの大学はなぜか音楽に対するサークルの規制がゆるゆるでねぇ、軽音楽部のサークルの派生なんて4つくらいあるんだわ。多分、君が入ろうとしてたサークルは『総合軽音楽部』、うちは新しめの『軽音楽部エレクトリック部門』だから。まあ、変わり者の集まるサークルである意味、噂が絶えないってのは嘘じゃないよ」


「………………失礼しました! では『総合軽音楽部』の方に行ってきます!」


「行ってどうすんだよ。君はもう、うちのサークルの一員さ。SHE IS MINE!」


 私は紙切れをひらひらとタエに見せた。


「そ、それは! 私が書いた入部届!」


「そ。この紙が受理された以上、君はこのサークルから逃れられない。もう諦めて我がサークルの一員となれ!」


「嫌です! 私は大勢の男子がいる軽音楽部に入って『君、可愛いね。名前は? ふーん、タエって言うんだ。希望の楽器パート俺と一緒じゃん。タエ、お前には俺が手取り足取り、朝も昼も夜も四六時中、お前の楽器練習につきやってやるよ』ってイケメンの先輩に言われて、激しい練習の最中、大人数の人の前でライブを大成功させてゆくゆくは先輩と結婚……♡なんていう理想的な展開を求めているんです! こんな芋くさいサークルに入られません!」


 長々と痛々しい妄言を口にしながら、タエはルナから入部届を奪おうと抵抗する。


「はんっ! あんなヤ〇チンとヤリ〇ンの集う軽音楽部なんてやめておけ! どうせ、お前みたいな芋女が入ったところで1週間以内に乱〇パーティに誘われて、無理やり場の勢いで処〇を喪失するだけだ! その魔の手から救ってやっただけありがたいと思え!」


 四の五の言いながら、入部届を高く上げ、抵抗するルナ。


「だ! 誰が芋女ですか! それに私はそんな淫〇女じゃありません! 先輩だってそんなでっかいピアス耳にして、髪も真っ赤で! 男を誘ってるんじゃあないですか!?」


「んだと! ゴラァ! これはファッションでやってるだけじゃあ! こちとら、女だらけのサークルで男の一人もいないんだぞ! おめえみたいな頭の中、お花畑と一緒にすんなぁ!」


「――! なんですってええええ! この(自主規制)で、(自主規制)な(自主規制)のくせに! (自主規制)! (自主規制)! (自主規制)!」


「ああああん! この(自主規制)! おめえの(自主規制)を男が(自主規制)しているところを(自主規制)して(自主規制)! この(自主規制)! (自主規制)! (自主規制)!」


 ――すみません。少々お待ちください。(作者)


「ハァハァ……経営情報学部1年手市妙(てし たえ)です。もう入部届返してくれないので、仮入部ということで一旦、この部活に入ってあげます! よろしくお願いします!」


 長い戦いの末、タエは先に折れたらしく、渋々このサークルに入ることを許した。


「ハァハァ……最初っから入ると言っていればよかったものの……無駄な体力使わせやがって……『手下A』」


「『手下A』じゃないです! 手市! 妙! です!」


「うるせえ、どっちも一緒だ。何はともあれ、うちのサークルへ入ることになったんだ。わたしからも自己紹介しよう。芸術学部3年の草瑠奈(くさ るな)だ。パートはギター……よろしく」


 私は右手を前に出し、握手を求めた。


「……よろしくお願いします、草さん」


「臭えやつみたいに言うな。ルナさんにしろ」


「はいはい、ルナさん」


 そう言い、タエは握手に応える。


 ――ギュッ! ギシギシギシ!


 りんごでも握りつぶすかの如く、タエは私の手を強く握りしめた。


 ――! このガキャァ! 上等じゃあ!


 私もそれに応えようと、腕に全神経を集中させ力いっぱいこぶしを握り返す。


 ギシギシギシギシギシ!


「ふんんんんんん!」


「おらあああああ!」


 年頃の女二人が小さな部室で一生懸命に互いの拳を握る。


「――はっ、私は……あ、そうだ。ルナさんに眠らされて……」


 起きたナイヨが目にしたのは、ゴリラのような表情をした女二人が手を握り合っていた状況だった。


「……? あ、四限目の時間だ。 私は行かないと……」


 疑問を持ちながらも、触れぬが吉と判断したナイヨは部室を後にした。


 結局、私は四限目の授業に出席することができなかった。


 ―― ―― ―― ―― ―― ――

☆タエのそれなに初心者バンドメモ☆

『スリープバイブ』

 略称『スリープ』。私が一番聴いたバンド。それを偏見にルナさんからはミーハーと呼ばれる。自分で『SHE IS MINE!』って言ってたくせに。

 ギターボーカルで作詞家兼小説家の『佐々木不服観』が書く独特な歌詞とハイトーンボイスが特徴的で多くの女性ファンの心をつかんでいる。性的に過激な歌詞や曲名も多く、代表曲である『SHE IS MINE』や『世界のドア』『エド』『鬱、散々』などは聴き入ってしまうほどに魅かれるものがある。

 ちなみに私は『イド』が好き(聞いていない)。

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