第1話 お弁当作っといてよ

 アパートから大学まではそう遠くもない。徒歩でも10分あれば着ける距離だ。本館を横切り、隅にある小さな部活棟へ私は足を運ぶ。中に入り、階段を登り3階を目指す。その階の隅にある一室のドアを私は大雑把に開いた。


「あ、ルナさん……お疲れ様です」


 薄暗くごちゃごちゃと機材やらレトロゲームやら家具やらが乱雑された一室。その中央にあるソファの上に私の後輩・音来雲 乃世(おとこうん ないよ)は1人座っていた。


「うーっす、おつかれぇ。あれ? ナイヨ1人?」


「そ、そうです。い、いけませんか……?」


「別にいけないわけじゃないけどぉ、他のみんなは? 授業?」


「はい……ってあれ、ルナさんも確か三限あったはずじゃ……」


「今起きたの。寝坊して1、2限も行けなかったわ。全く我ながら恐ろしいわ。はっはっは」


「あっはっは……だ、大丈夫ですか? 単位。先週も同じようなこと言っていた気がしますが……」


「……チッ、るせーな。先輩の私に盾突こうとしてんのかよ」


「い! いえ! そういう訳では! す、すすすみません!」


 拳を振り上げる私に、ナイヨは身構えて両手を顔の前にかざす。チッ……朝から苛立ちが隠せない。おまけにまだ二日酔いで頭がグラングランする。


 ナイヨを放っておいて私はアパートから持ってきた充電器をコンセントに差し、携帯と繋げる。節電のため、今ここで充電しておこうという算段だ。これで少なからず、電気代は稼げる。


 コンセントから目を離し、再びソファへと戻る。ナイヨはいまだにうろたえた様子で、ルナへの警戒を強めていた。少し惨めに思えた私は頭を掻き、「悪かったよ……」と弁明した。


「い、いえ、大丈夫です……私みたいな暗くて辛気臭い汚れた後輩から説教食らえば……そりゃ誰でも切れますよ」


「……そこまで言ってねーし、そうひがむなよ。悪かったって」


「いえ、私が悪いんです……すみません……出来の悪い後輩で」


 ………………。ズーンとした重苦しい空気が漂い、耐え切れず私は咳払いをする。


「えーっと、それで? 新入部員は? もう新年度始まって二週間ほど経ったけど未だにゼロ人なわけ?」


「は、はい……。依然として新しい子が入ってくる気配はないです……。テルヨさんも頑張っているみたいですけど……」


「あいつは真面目だからねぇ……うちのサークルにいるのが不思議なくらいよ。まあ、真面目過ぎてみんなから煙たがられてるけど」


「そ、そんな……言い過ぎですよ。新入生の加入に携わっていないルナさんが言えることじゃ――」


「何? また私に盾突こうとすんの?」


「ヒィッ! す、すみません!」


 眼を飛ばした私に、ナイヨは深々と頭を下げた。瞳には涙を浮かべ、憐れんでしまいそうにもなるが、何故かナイヨの悲観に浸る様子を見ると、心の奥底が満たされる。というか、少し興奮してしまう。


 道を踏み外さないよう、心にブレーキをかけながら私は話題をずらした。


「ったく……今日は放課後みんな集まるの?」


「えっと、今日は人気バンド『つっなマヨネーズでいいのに。』のライブがあるみたいで……放課後は誰も残りそうにないです……」


「えっ!? 『つなマヨ』今日こっち来てんの!? うわー、私もライブ行きたかったぁ。『お弁当作っといてよ』聴きたかったぁ」


「今じゃ大人気バンドですからね、サークル内のみんなもチケット当選するのギリギリだったらしくて……なので今日の放課後は誰もサークルにいないです。私もバイトで……」


「あれ? ナイヨは? 『つなマヨ』のライブ行かないの? 『つなマヨ』嫌い?」


「嫌いなわけではないですけど……『元カレ』と『元々カレ』と『元々々々カレ』がライブに行くみたいなので……私は行けないです……うぅぅ」


「……ドンマイ」


 ……本当に謎である。ナイヨの悲しむ姿はどうしてここまで本能をくすぶらせるのだろう。きっと、元カレどももこんなナイヨがたまらなくて粗末に扱ったに違いない。ナイヨが付き合ってきた男たちは一人残らず、クズだったが、いじめる側に共感してしまった。


 そんな時だった。


「(コンコン)すみません……」


 誰かが部室のドアを外側からノックした。その時点で私は違和感を覚えていた。このサークルにドアをノックしてから入るという常識人はいない。


「ナイヨ、出ろよ」


「え……私ですか? 私、身内以外の人と話すの苦手で……」


「うるせー、出ろ」


 私は威圧的に肩をがっしり掴み、顔を近づけ言った。


「あわ、あわわわわわ! は、はい! ただいま!」


 口元をがくがく震わせ、ナイヨはドアへ急いで向かった。


 ナイヨはドアを開きながら「は、はい……」と外の誰かを伺う。


 ドアの向こうには紫髪でちっちゃく、片耳にピアスをして瞳が大きい女の子が立っていた。毎晩、ゲームやら酒で遅くまで起きていたせいで、クマがすごく深い私とは大違いなぱっちりふたえだった。


「えっと……あの……どちら様で……」


「私! 入部希望で来ました! 手市 妙(てし たえ)です! よろしくお願いします!」


「え……入部希望……? そのどこかのサークルと間違えているんじゃ……」


「いえ! そんなことありません! 大学一の部員数! 毎日がイベント日! OB・OGの中からは現在も活躍中のアーティストが続々排出されていると噂が絶えない人気の軽音サークル! それってここで合ってますよね!?」


「あ、それはうちじゃなくて隣の――(モガッ!)」


 ナイヨのセリフを遮るように、私は後ろから腕を回し口を覆う。


「ようこそ、噂の絶えない誇り高い軽音楽部へ! 入部希望者は大歓迎だよー。早速この入部届きに名前と演奏パート、学科と学部を書いてー」


「はい! ありがとうございます!」


 タエという女の子はすぐさま、私から入部届を受け取り、壁を机代わりにして名前を書き出した。よし、事は順調だ。あとはこのやかましいナイヨを眠らせて、と。


 ボキッ! ――! (ドサッ……)


 ナイヨの首をひねり、無理やり気絶させる。口から泡を吹いてはいるが、まあ大丈夫だろう。DV被害に慣れているくらいだし。……にしても、ナイヨの首を捻るの、なんだか癖になりそうだ。起き上がったらもう1回捻ってみよう。


「(カキカキカキカキ)書けました! どうぞ!」


「あ、はいー。ちょっと待ってねー」


 眠らせたナイヨをソファへ投げつけ、私は入部届を確認する。


「……ふむふむ、よし! 記入漏れはないね! 改めてようこそ。賭博と酒で腐った軽音楽部へ。引っかかったねぇ(朝倉義景ボイス)」


「え……?」


 戸惑いを表情に浮かべるタエの腕を引っ張って、私は部室の中へタエを誘拐した。


 純粋な乙女の人生がまた1つ台無しになる。


 ―― ―― ―― ―― ―― ――

☆タエのそれなに初心者バンドメモ☆

『つっなマヨネーズでいいのに。』

 略称『つなマヨ』。2018年、突如として動画投稿サイトに処女作である『良心とハム』をアップロード。それが約一週間で20万再生を記録するヒット曲となり、それに続くように『ローレライとスニーカー』『優しくなれない』『さいなら浪人運動会』『お弁当作っといてよ』などの人気曲を投稿した超有名バンド。

 有名であるにも関わらず、正式メンバーとして公表されているのが作詞・作曲を手掛けるギターボーカル『AMAね』だけであり、それ以外のメンバーは不明。また、『AMAね』自身もテレビやライブ映像に顔を映していない。謎の人物。

 ルナさん曰く、「ライブになんかよく分からない楽器がある。金曜ロードショーのおっさんがまわしているようなやつに近い」とのこと。? 何のことだかさっぱりだ。

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