第4話 天国への切符 1万ポイント

 パステルブルーの空の下。街に立ちならぶカフェのテラス席で、ヌッタスートたちがいつものようにくつろいでいた。お茶を飲みながら談笑する。テーブルにつっぷし、うとうとしている者もいる。

 青髪、青目の、背の高いヌッタスートが、切迫せっぱくした様子でやってくる。

 

「みんな、聞いてくれ!」

 

 くつろぐヌッタスートたちは、彼に注目した。

 大工のアイキンだ。ひたいの、先端がよつまたにわかれた青い触覚しょっかくをゆらし、深刻そうな表情をしている。

 彼は木の看板をかかげた。ピラミッドのような、大きな三角形が描かれている。階層分けされており、頂点から、黒、青、黄色、赤、ピンクと色がつけられている。

 アイキンは演説した。

 

「いまヌッタスートは危機にひんしている。救う方法をみんなに伝えたい」

 

 看板をかかげ、カフェのテラス席のテーブルの上に乗る。

 

「われわれヌッタスートの魂はすべて、ニンゲン界で罪を犯し、この世界に落ちてきた」


 意味がわからず、ヌッタスートたちは困惑した。

 

「前世の罪の大きさは体の色、および触覚先端の本数でわかる。下等の色、および触覚先端の本数が少ないほど、おぞましい大罪を犯した者」

 

 アイキンは、看板の、階層ごとに色分けされたピラミッドのような絵を指差す。

 

「下等色の一族はけがれに染まり、死後魂は引きかれる」

「?」

「そこで神に選ばれゆるしを得るため、高貴色こうきしょくポイントを貯めねばならない!」

「??」

「神は世界の真実を伝えるために降り立ってくださった。ポイントを貯めることで、ヌッタスートは天国に……」

 

 そこへ、クルクルのピンクの髪に、ピンクの触覚のオルピカが駆けてきた。

 

「そんな話、全部でっちあげよ」

 

 テラス席の台の上によじのぼり、アイキンから看板を取りあげようとする。

 

「こんなもの」

「触るな!」

 

 アイキンはオルピカを突き飛ばした。倒れる彼女を気にもとめず、ぱしぱしと看板の表面を手ではらう。

 

けがれてしまう」


 

 オルピカは、ピンクの瞳をうるうるさせ、アイキンをみあげた。先端の、われていないピンクの触覚がピクリとする。はっとしてふりむいた。

 カフェの前で、黒い制服の傀儡くぐつが、にやにやしながらオルピカたちをながめている。


 

 オルピカのみじめな様子に満足しつつ、傀儡は強く念じた。

 テラス席の台にいるアイキンの前に、ぽやっと風船のような数字が浮かぶ。

 

 1056

 

「最下等色族に触ったからポイントマイナス200な」

 

 ぽっ、と数字が変わった。

 

 856

 

「高貴色族でもポイントがマイナスだと地獄行きだよ」

「ちっ」

 

 傀儡はスマホをいじり、メモを見た。

 

(『宗教を作るには序列を作るのが手っ取り早い』。本のとおり)

 

「ピンク。てめえはこうだ」

 

 オルピカの前にも、ぽやっと数字が浮かぶ。


 −10000000000000000000。



 オルピカは、にくたらしさでいっぱいになりながら、傀儡をにらみつけた。

 

(アイキンがおかしくなったのは、クグツのせい)

 

 


 ほんの数日前。

 その日の空は、パステルイエローだった。

 森で、オルピカは泣きながらアイキンに訴えた。

 

「なんなのあいつ。わたしは下等なんかじゃない!」

「まあまあ」

 

 すると、青髪、青目のヌッタスートたちがやってきた。青い触覚しょっかくの、よつまたの先端をピクピクさせている。

 

「いたいた。アイキン、探したよ」

「早く来なよ。きみならポイント貯まるんだから」

「?」

 


 ふたりは青いヌッタスートにつれられ、針葉樹しんようじゅの下に来た。

 雪をかきわけた地面に、青、黄、赤のヌッタスートたちが、あぐらを組んで座り、輪になっていた。みんな目をつむり、じっとしている。

 黒の制服の傀儡くぐつが、長い木の棒を持ち、彼らの背後をうろうろしている。

 アイキンもオルピカもびっくりした。

 

「なにしているの?」

 

 あるヌッタスートがぱちりと目をあけ、顔をあげた。

 

「あ、ふたりとも……」

 

 その者を、傀儡が長い棒でピシャリと叩いた。

 

「はい、ポイントマイナス1」

 

 傀儡は強く念じる。

 住民の前に、ぽやっと風船のような数字が浮んだ。

 

 18

 

 ぽっ、と数字が変わる。

 

 17

 

「ちぇ」

「動くなよ。集中しなきゃ高貴色ポイントはたまらない。あと最下等色族と口きいたらポイントゼロにするから」

「ねえ、なにしてるの?」

 

 オルピカの質問には、みんな無言でいる。

 アイキンが冷静にたずねた。

 

「なにをしているのかな?」

 

 傀儡が、「みんな、今日のゲームはここまで」

 

 ヌッタスートたちが目をあけ、足を伸ばした。

 

「はあー」

 

 みんなほっとしたようだ。

 

「それじゃあみんなのポイントを発表します。……ほいっ!」

 

 ひとりひとりの前に、ぽやっと数字が浮かぶ。

 

 43 29 51 36 …… …… ……

 

 ヌッタスートは数字を見て、よろこんだり悔しがったりする。

 

「やった。ポイント貯まった」

「わたしはさがっちゃった」

 

 オルピカとアイキンは、あっけにとられた。

 

「これは……」

 

 傀儡は淡々と、「高貴色ポイントゲーム」

「高貴色ポイント……?」

「きみらヌッタスートは前世で罪人だったんだよ。人間界で罪を犯した。色と触覚先端の本数で、罪の程度がわかる」

「なにそれ」

「ポイントをためれば高貴色族として天国にいける。逆にポイントがマイナスだと地獄に落ちる」

「ま、まさかみんな、信じてるの?」

 

 ヌッタスートたちは首をかしげたり、苦笑いしながら、

「うーん。べつに信じてるわけじゃないけど」

「でもクグツの教えてくれたザゼンは気持ちいい。頭がスッキリして」

「いいことして本当にいいポイントが貯まったような気がするし」

「こんな遊びなかったから、新鮮だよねえ」

 と、わきあいあいと話しだす。

 傀儡はにっとした。

 

 

 スマホのメモに書かれていた。

『スピリチュアルな身体的感覚体験は、信者の信仰を深めてくれる』


 

 傀儡はオルピカを指差した。

 

「ちなみにピンク。おまえは最下等色族だ」

 

 ぽやっとオルピカの前にも数字が浮かぶ。

 

 −10000

 

「……!」

「ポイントを貯めるのにもっとも努力しなきゃならない種族なんだよ。自覚しろ!」


 

 その数日後。森で、アイキンは家を建てていた。オルピカも資材を運んだりして手伝う。

 オルピカは働きながらぐちぐち文句を言った。

 

「みんなになんか言ってよ。クグツの変な遊びなんかしないでって」

「でもなあ、べつに悪いことをしているわけじゃないし……」

「俺のなにが悪いのかな?」

 

 木のあいだから、傀儡くぐつが現れた。

 

「やあ。アイキン。きみは働き者だね」

「あ、ああ」

 

 オルピカは顔を背け、アイキンは警戒した。

 

「働くのもポイントが貯まるから」

 

 傀儡が念じる。ぽやっとアイキンの前に数字が浮かぶ。

 

 990

 

「プラス10にしておこう。ほいっ!」

 

 1000

 

 アイキンは数字を見ておどろいた。

 

「ええ? わたしのポイントはこんなに高いの?」

「ああ。きみはもともと高貴色族だから。天国行きは1万ポイントだが」

「そんなに?」

「このままいけばきみなら確実さ。ほかの者とは違うよ」

 アイキンは少しうれしそうだった。オルピカはムスッとする。



 仕事を終えたあと、オルピカとアイキンは一緒に森を抜け、家に帰ろうとしていた。

 

「信じるの? あんなバカなポイント制度」

「信じるわけないよ」

「だったらさっきの思念はなに?」

「もう。しつこいなあ」

 

 村に到着すると、村人のヌッタスートたちが集まっている。

 

「? みんなどうしたの?」

 

 みんなの前の、倒木とうぼくの上に、黒の制服の傀儡が立っている。

 

「今日のポイントの発表だよー」

 

 ぽやっとイメージが浮かんだ。森の木ほどの大きさの、巨大な、横ならびの棒グラフだ。グラフの下には、村人それぞれ名前が書かれている。

 

「わーい。今日もポイント貯まった」

「わたしはもうちょっとがんばろう」

 

 傀儡が呼びかける。

 

「天国行きは1万ポイントからな」

 

 グラフの下には、アイキンやオルピカの名前も書かれている。

 

「……え?」

 

 アイキンのグラフのバーは上に凸。数値は1000に到達している。

 

「アイキンのポイント高くない?」

「すごーい!」

 

 村人たちがほめそやしたので、アイキンは照れた。

 

「えへへ」

 

 いっぽう、オルピカのバーは下に凹。数値は−100000。

 オルピカは愕然がくぜんとした。


 

 村のヌッタスートたちやオルピカをみおろしながら、傀儡は自信に満ちあふれていた。

 自分はやればできるのだ。前世のクズどもはだれも認めてくれなかったが、本来の自分の才能、実力はこれほどのものなのだ。

 純粋でバカなヌッタスート相手なら、どうどうと演説もできる。

 

「天国に行くのは難しくない。ひたすらポイントを稼げばいい」

「どうやって?」

善行ぜんこうを積む。労働をする。ポイントゲームで高得点を獲得する」

 

 ヌッタスートたちはうんうんと、素直にうなずいた。

 

「いいことをしたらいいポイントが貯まるんだね」


 傀儡は続けて、「そして最下等色族とは関わらない」

 

 みんながオルピカを見た。そわそわして彼女を避ける。アイキンもだ。


 

 オルピカは気分が悪くなった。ピンクの触覚で、ピリピリと思念を感じる。

 

(やな思念……)

 

「地獄にちればこうだ! ほいっ!」

 

 傀儡の思念が、グラフに代わってぽやっと具現化した。

 地の底で、恐ろしい顔の大きな鬼たちが、グロテスクな毛の生えた太い腕を伸ばし、ひとりのヌッタスートをとらえている。

 

(あれは、わたし?)

 

 とらわれたヌッタスートのイメージは、ピンクの髪、ピンクの触覚しょっかくのオルピカだった。

 鬼が、爪の伸びた手でオルピカの四肢をもぎ、首をもぐ。尖った歯で腹の肉を食いちぎった。

 

「……っ」

 

 オルピカもアイキンも村人たちも戦慄せんりつした。



 スマホメモに書かれていた。

 

『宗教は恐怖をコントロールできない人のためにある』

 

 傀儡は考えた。

 

(逆にいえば、ソイツの恐怖をデカくしてやれば、宗教で操りやすい)

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