第2話 無垢の住人 ヌッタスート

 ほっそりした、真っ白な女の子のような生き物が立っていた。クリクリのつぶらなピンクの目。クルクルの肩まで伸びたピンクの髪。ピンクの横じまのワンピース。

 人間そっくりだが、丸いひたいからぴょこっと生える、アンコウのような触覚しょっかくが、この子が異世界人なのだと知らしめてくる。垂れた触覚の先は丸く、ピンク色だ。

 傀儡くぐつは女の子にみほれた。


(かわいい)

「あの、俺は、その……」

脳洗のせ傀儡くぐつです! 傀儡です!)


 心で叫ぶが、うまく声が出ない。

 女の子は垂れた触覚の先を、ピクピクと動かした。


「ノセ……、クグツ?」

「え? なんで俺の名前……」

「なんとなく。この触覚でわかるの」

(心の中では叫んだからか?)

「あなたの思念、ほかの人より強いね」

 傀儡はボソボソと、

「あ、あの」

(きみの名前は……)

「ああ。わたしはオルピカ。よろしくね」


 クリクリしたピンクの目が細められ、傀儡はどぎまぎした。




 赤や青や黄の、小さな三角屋根の家々。それらが立ち並ぶ村では、人間そっくりの真っ白な生き物たちが、笑いながら輪になって踊っている。クリクリした目に、クルクルの髪。ひたいからアンコウのような触覚を生やしているが、その先端の色は、赤、黄、青とさまざま。赤い触覚は先端がふたまたにわかれている。黄色はみつまた、青はよつまた。目の色、髪の色、服の色は、触覚の先端の色と一致している。

 かれらのところに、オルピカが傀儡くぐつをつれてやってきた。


「みんな。異世界から来たクグツだよ」

「クグツ?」

「ニンゲンなんだって。仲良くしてあげて」


 住民たちは色とりどりの目を細め、傀儡を取りかこんだ。


「よく来てくれたね。ニンゲンくん」

「われわれはヌッタスートという種族だ」

「仲良くやろうじゃないか。踊ろう」

「え? え?」


 手を引かれ、傀儡も輪になって踊った。




 パステルパープルの空の下。ところどころ白い雪をかぶる、黒いゴツゴツした岩肌の山々。それらに囲まれた丘の斜面に、オルピカらヌッタスートたちは、ピクニックにやって来た。傀儡もついてきている。

 山のあいだから、ふもとの景色が見える。パステルグリーンの海と、レンガの建物が集まった、ちょっとした街。

 風景をながめながら、ヌッタスートたちは座りこみ、ほのぼのと話す。


「雪あめ食べる? ヤチ山のを採ってきたの」

「やったー。ここのナチ山のより甘いのよね」


 雪を受け取ったヌッタスートは、あーんと口をあけた。ガッと尖った歯が伸びる。

 傀儡はめんくらった。


(うわっ)


 まるで吸血鬼のようだ。出っ歯のように伸びた歯の先が、雪にくいこむ。ヌッタスートはするどい牙をつきたて、雪をガツガツ食べた。


(キモい食べ方)


 食べ終わると、ヌッタスートの歯が、ガッとひっこみ、もとにもどった。


「山向こうのアプタの家の子は生まれた?」

「うん。生まれてた。かわいかったよ」


 傀儡はポケットに入っていたスマホを見る。充電は満タン。消える気配はない 。日付は0月0日。00:00。圏外。


(ゲームできないじゃん)


 オルピカやヌッタスートたちのほうを向き、ボソボソと話した。


「普段きみらはなにしてるの?」

「え? 村のみんなでピクニックしたりとか」

「あとは踊って遊んだりとか」

「ふーん」

(つまんねえ連中。だがこの世界には俺様が来てやった)

「じつは、話すことがある」


 ボソボソとつづけると、ヌッタスート全員が注目した。


(俺がこの世界に革命を起こしてやる)

「なあに?」

「俺はこういう者なんだが」


 強く念じた。

 GOD

 ぽやっと、目の前に風船のような文字が浮ぶ。


 GOD


 傀儡はおどろいた。


「わっ。なんじゃこりゃ」


 オルピカもほかのヌッタスートも、色とりどりの目をパチパチさせた。


「すごく強い思念だね」

「ね。強すぎて具現化されちゃった。ニンゲン特有なのかな?」


 傀儡は赤面するが、

「こほん。俺は神だ。人間界からこの世界を救うために降りてきてやった」


 ヌッタスートたちは、戸惑ったように顔を見合わせた。

 傀儡はしまったと思う。


(この世界の連中がいくらだまされやすいからって、ストレートすぎたか?)


 オルピカが、先が丸いピンクの触覚を、ぴくりと動かした。


「そ、そうなんだあ。クグツはすごいんだね」

「へ?」


 オルピカはこそこそと、ほかのヌッタスートたちにうながす。


「ほら、みんなも」


 すると、まわりの者たちも、

「そ、そっかそっか。きみは神なんだ」

「それは大変だったね」


 拍子抜けした。


(なんだ。異世界はチョロいな)




 雪をかぶった針葉樹の木々の下、村のヌッタスートたちが遊んでいる。輪になって踊ったり、雪だるまを作ったり。今日の空はパステルレッド。

 赤い壁の、三角屋根の小さな家のドアから、黒の制服の傀儡くぐつが出た。家の近くでほかのヌッタスートと遊んでいたオルピカが、傀儡に手をふった。


「やっほー。一緒に遊ぼ」

「オルピカ、もっと広い家ないの?」

「十分いい家じゃない? ねえアイキン」


 オルピカは、一緒に遊ぶヌッタスートに同意を求めた。


「そうだよ。大工だいく一筋うん十年のわたしの自信作さ」


 アイキンと呼ばれたヌッタスートは、まっすぐな青い髪と、切れ長の青い目に、オルピカより背が高く、シャープな顔をしている。声も低い。男の子のようだ。ひたいから垂れた触覚の先端は、よつまたにわかれ、青い。


「てか召使いは? 献金は?」

「え? なんで?」

「だって俺、神だよ」

「あ、そっか。そうだよね」


 オルピカは傀儡の手を、両手で軽くにぎった。すべすべの、やわらかい女の子の手。

 ドキッとした。

 女の子の手なんて、触ったことない。ましてやこんなかわいい子の手なんて。


「ごめん。ちょっとだけ我慢してもらえないかな? 今度アイキンが作ってくれるから」


 オルピカはクリクリしたピンクの目で、上目づかいに傀儡をみあげた。


「え? あ、うん」

(こいつ、まさか俺に気がある?)


 目の前に、ぽやっと大きなハートが浮かんだ。オルピカの目のようなピンク色。風船みたいだ。


「うわっ。ちがう。これは……」


 ブンブン手を振る。オルピカはキョトンとしてハートを見るが、すぐにクスクス笑った。


「ありがと。うれしいよ」


 傀儡はとろけそうだった。




 山のふもとの海辺の街まで、傀儡くぐつは歩いた。パステルグリーンの海。どこまでも続く水平線。島もなさそうだ。


(帰れないのは間違いない)


 街は、ヨーロッパのようなレンガ造りの建物がちらほら集まっており、石だたみが敷かれている。点在したカフェやそのテラス席で、ヌッタスートたちがくつろいでいた。

 傀儡のことなど、だれも気にもとめていない。

 前を歩く、赤髪のヌッタスートと肩がぶつかった。


「おっと。ごめん」

「おい。俺様を誰だと思ってる」


 傀儡は念じた。ぽやっと『GOD』の文字が浮かびあがる。

 ヌッタスートは、ひたいのふたまたにわかれた赤い触覚をゆらし、ヘラヘラした。


「ごめんごめん神さま」


 それ以上の謝罪はなく、そいつは普通に歩いていった。

 ムカっとした。




 いらだつ傀儡は、家に帰るため、雪の針葉樹の森を歩く。


「くそっ。俺は神だぞ」

(異世界といえばチート能力だろ。文字が浮かぶだけの能力なんてなんの役に立つんだよ)

「……クグツって変じゃない?」


 少し離れた場所から、ヌッタスートたちの話し声が聞こえた。ピタリと足をとめる。


「あの子は危ない子なのかも」


 木のかげに隠れた。のぞきみると、数人のヌッタスートがよりあつまって話しているではないか。ピンクの触覚のオルピカや、青のアイキンもいる。


(俺が変って、どういう意味だ?)

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