肉喰い教

Meg

第1話 中二病患者 脳洗 傀儡

『地獄の鬼〜、最下等族少女、煮湯にえゆに沈めて皮膚溶かす〜』


 外から歌が聞こえた。

 1畳程度の縦長の狭い個室は、白い蛍光灯で照らされている。くすんだクリーム色の壁で囲まれ、物はない。黒く分厚い扉には、鍵がかかっている。

 冷たい床に少女がうずくまり、頭を押さえていた。


「アイキン。あのやな歌をとめて。お願い」

『生きたまま手足をもがれ〜』

「アイキン。どこ?」

『肉喰われ〜』


 起きあがり、少女はガン、ガンと何度も扉を叩いた。びくともしない。壁を叩き、ガリガリ引っ掻いた。


「わたしと話して」

『死することない地獄の体〜』

『永遠に辱められ〜』


 ガリガリガリガリ、壁を引っ掻く。


「アイキン! 助けて!」


 指先の皮膚が剥がれ、壁にべっとり血の跡がついた。


『偉大なる神様〜』

『クグツ様〜』


 その名を聞き、少女は頭を押さえて泣き叫んだ。


「ああああああっ」

『1万ポイントでわれら天国へ〜』


 歌は延々つづいた。



 

 神  なる 方法

 人  操る 方法

 クズ 殺す 方法

 

 検索


 


 つまらない中学校の、つまらない2年3組の教室で、つまらない授業が行われていた。

 ジャージの男の教師が、並んだ机に座った生徒たちに指示する。

 

「グループになれ」

 

 黒板にはチョークで書かれた白い文字。『将来の夢 発表』

 仲のよい生徒同士が机を合わせる。4人グループ。5人グループ。6人グループ。

 窓際の席の、黒の制服の脳洗のせ傀儡くぐつは、机につっぷし寝たふりをしていた。腕でおおいかくしたスマホをいじっている。

 

 神 なる 方法

 人 操る 方法

 検索

 

 傀儡の近くの生徒が机をあわせ、グループになった。女子3人。頭をよせて、「ねえねえ」とヒソヒソ話す。

 

脳洗のせくん、起こさなくていいの?」

「いい、いい。陰キャじゃん」

「だよね」

 

 3人はクスクス笑った。傀儡はむかっとするが、じっとして、寝たふりを続ける。



 

 傀儡以外の女子3人が、作文を読みあげ発表をする。


「私は将来消防士になってみたいです。火事からみんなを守りたいからです」


 傀儡は心の中でせせら笑った。

 

(休みなし肉体労働とか俺は無理だわ)

 

「私は看護師になりたいです。人を元気にする仕事だから」

 

(医者と結婚したいだけだろ。クソビッチ乙。重労働乙)

 

「あたしはパテシエになる。みんなが笑顔になるケーキを作るの」

 

(頭ん中お花畑だな。給料安いぞ)

 

 黒板の前の教師が大きな声をあげた。

 

脳洗のせ。起きてるだろ。バレバレ」

 

 傀儡くぐつほおが紅潮した。

 

(長時間労働の奴隷が俺様の睡眠を邪魔するんじゃねえ)

 

 生徒たちがクスクス笑う。

 

「赤くなってる」

 

 傀儡はガタッと起きあがった。伸びをして、「ふわあ」とわざとあくびし、今起きた風に取りつくろう。

 クラス中がどっと笑った。教師はあきれている。

 

「来い。俺が組んでやる。授業に参加しろ」

 

 言われ、教卓まで歩く。イライラしながら。

 

(目の前に小金を吊るされこき使われる奴隷が)

 

 席に座った生徒たちがニヤニヤしながら、首を横やうしろにまわし、教壇きょうだんまで歩む傀儡をジロジロみあげている。

 

(世の中には努力せず金も名誉も地位も得る選ばれた上級国民がいる。政治家、芸能人、CEO。人を操って金儲けをする連中。俺はそれになる)

 

 教師の前の、冷たく硬いパイプ椅子に座った。

 

(いや。もっともっと上位の存在になる)

 

 教師がたずねる。

 

「おまえの将来の夢は?」


 傀儡は心の中で叫んだ。

 

(神!!)

「あ、こ、国家公務員です……」


 


 家に帰り、傀儡は玄関の戸を開けた。ビニールの本屋の袋を手にしている。


(どいつもこいつもクズクズクズ)

 

「おかえり」

 

 玄関には、腕を組んだ母親が待ち構えていた。

 

「あ、ただい……」

「傀儡、これはなに?」

 

 くしゃくしゃのテスト用紙3枚をつきつけられた。

 実力テスト。国語、28点。英語、11点。数学、3点。

 

「あんたの塾にいくらかけてると思ってるの?」

「……」

「もっとちゃんと勉強しなさい!」

「うっせえクソババア! 学校の勉強なんか将来役に立つか?」


 母親はカッと目をみひらき怒鳴った。

 

「親に向かってその口のきき方はなんだっ!!」

 

 唾が弾丸のように飛んできた。恐ろしい剣幕けんまくにひるみ、身を縮こませる。

 

「その本を買う金もだれが出してる? あ?」

 

 母親は傀儡の手から本屋の袋をひったくった。

 

「あ、やめ……」

 

 袋から本が取りだされる。ピカピカの男の子の絵が描かれた、1冊の分厚いラノベ。

 

『異世界転生した宗教学者のオレ、宗教組織の教祖になって世界を洗脳したらハーレムができました』

 

 母親はぷっと吹きだした。

 

「ククク。バッカじゃない?」

 

 傀儡はうつむき赤面した。


 

 

 深夜、服だの本だのティッシュだのが散らかった部屋。傀儡はベッドによりかかり、買ったばかりのラノベを読んだ。恍惚こうこつとした気分にひたる。

 ベッドの下には大量の本が積み置かれていた。

 

『異世界……転生……オレ……チート……ハーレム……』

『完全教祖マニュアル』

『今日からはじめる独裁者』

『マインドコントロール』

『洗脳原論』

 などなど。

 

(ノウハウは全部知ってる。使えそうな知識はスマホに全部メモったし)

 

 スマホを見れば、大量のメモデータが記録されている。

 

(あとは異世界転生するだけなんだが)

 

 何気なしにスマホで検索した。

 

 異世界 転生 方法


 スクロールしていたら、ある記事の見出しに目がすいよせられた。


「……ん?」


 指をとめる。

 

 


 スマホの記事を見ながら、机の上に紙を広げ、三角形を描いた。三角形の上に、同じ大きさの逆三角形を描き、星形のような模様を作る。星型の中心の空間に、赤いペンで『飽きた』と書いた。

 紙をにぎってベッドに入り、電気を消して眠る。

 5秒くらいたった。ぱっと起きあがり、紙を床に投げつけた。

 

「バカか! こんなんで異世界転生できたら苦労しねえってえの」

 

 ベッドにもぐって目をつむる。

 眠ろうとしても、床の紙が気になり、むずむずしてしかたない。

 また起きあがると、投げ落とした紙を拾って握った。黒の制服を着る。スマホもポッケにいれる。

 

(一応着ておこう。スマホも。……って、いや。できるわけねえから)

 

 紙を握りしめたまま、今度こそ眠った。


 


 緑の絵の具を垂らしたような、パステルグリーンの空。羽毛のような雲。白い雪のようなものをかぶるゴツゴツした岩肌の黒い山々。ヨーロッパ風の三角の茅葺かやぶき屋根の小さな家々。赤、青、黄、グリーンの壁の色。

 黒の制服の傀儡は、異世界の、雪をかぶった黒い岩の丘の斜面に座っていた。手には、星型の模様が書かれた、くしゃくしゃの紙切れが握られている。ポッケにはスマホも入っていた。

 

「できちゃった」

 

 白い雪のようなものを触ってみる。ふわふわして柔らかく、冷たくない。舐めてみると、甘かった。

 

「うま。うま」

 

 はふはふ雪を食べた。

 

「だあれ? きみ」

 

 やわらかな、かわいらしい女の子の声がした。ふりかえる。

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