5

 あの日以来、世界が輝いて見えるようになった。これが所謂、恋をすると世界が輝いて見えるという状態なのかな。

 彼を待っている間も、一人で歩いている時も、周りの人が幸せそうに見えた。みんな何か支えになるようなものを持って生きているのだろう。きっと彼も。彼のことは、わからないことのほうがおおい。辛いこともきっとあるのだろう。でも、何かを支えに生きている。そんな当たり前の事実に気付いた。だから、全ての人が幸せに見えるのかもしれない。最近は一人でいる時、そんなことばかり考えている。そして、その思考の途中で彼が来る。それが幸せだ。

 彼の夏休みも、あと一日となっていた。明日は最終日だから何をしようかと話していた。

「また、シロヤマくんの料理食べたいな。」

「そんなことでいいの?」

「うん。この前はゆっくり出来なかったから、料理食べて遊んだりしたいな。」

 少しわがままも言ってみる。

「そうだね。ゲームとかする?2人で遊べるのもあるし。」

「うん!楽しみ!」

 最終日はお家デートだ。勝手にデートと言ってるだけなんだけど。でも、そんな風にはしゃいでる自分は、本当に変わったと思う。生きる意味を見失っていたあの頃とは違う。

 こんな幸せな生活が、私の中で普通になってきているのかもしれない。自分の意見を言ったりも出来るようになった。一緒に居ることが、話すことが当たり前になってきている。

 私は見えないのに。この日々がいつ失われてもおかしくないのに。

 私は朝の準備を済ませると、いつもより早く家を出た。彼と出会って遊ぶ時は、一度彼が先に来たがあとは私が先に待っている。そんないつもの日常、今日もそんないつもの繰り返し。そう、いつも通りだった。

 彼が公園に着いてすぐに、彼の家に向かい始めた。彼の家に行くのは二度目だ。だけど、通った道ははっきりと覚えてて、遠回りするために同じ道を通っている。

「今日は、下準備してるしすぐに出来ると思うよ。」

「準備してくれてたんだ。楽しみにしててくれた?」

 少しおどけてみせる。微笑んでくれるかと思ったが、少し照れたような顔をした。その顔が意外だったが、こっちまで照れてしまう。

「楽しみだったよ。料理食べてもらうのも好きだし。」

「私も楽しみだよ。」

 面白いことは言えない。これが友だちがいなかった私の弊害だ。でも、私はそんな普通の会話が心地よかった。当たり障りのない会話。そこに彼の優しさが詰まっている気がして好きなんだ。

「そういえば、ゲームどんなのがあった?」

「二人で競走するゲームが何個かあって、レース系のやつと戦う感じのがあったよ。」

「なら、両方しようね。」

「友だちとゲームするのは初めてだから、楽しみにしてたんだ。」

 ずっとそんな会話を続けていたら、家に着いた。一度入ったことがあるのもあって今回はあまり抵抗なく入れた。

「おじゃまします。」

「この前みたいに座って待ってて。」

「あの、少し手伝ってもいい?今日はお詫びとかじゃないし。」

「そうだね。なら、お願いしようかな。」

 今日はハンバーグを作るということで、もう生地はこねて出来上がっていたから、私はサラダを作るのを頼まれた。シロヤマくんほど上手くはできないけど、あの日からお母さんの料理の手伝いをしていたから、少しは出来るようになっている。二人で黙々と作業をしている。でも、気まずさなんてなくて幸せだった。こうやって二人で何かをするのは楽しい。お母さんの手伝いをしていても思ったことだ。

 サラダを作ると言っても、オシャレなサラダを作るわけではないから、すぐに終わった。

「出来たけど、どうすればいい?」

「いい感じだね!冷蔵庫に入れておいて。」

「わかった。後はなにかすることある?」

「そうだな。もうすぐ終わるから待ってて。」

 返事をして、冷蔵庫にサラダを入れるとリビングに向かった。すぐに終わると言っていたし、席について待っておこう。さっきもハンバーグを焼いているいい香りがしていたけど、また更に強く匂いを感じる。それに呼応するようにお腹が鳴る。そうして、少し経った頃にシロヤマくんから呼ばれた。

「どうしたの?」

「もう、出来るからご飯ついででもらってもいい?」

「うん、わかったよ。」

 ハンバーグをもう飾り付けているところだった。炊飯器を開けると蒸気が上がる。この感覚が好きだ。暑そうなご飯をよそうと、私はテーブルに持っていく。そしたら、彼もハンバーグが乗ったお皿を持ってきて食卓が賑やかになる。家庭医的な料理という感じで、でも、普段のハンバーグはケチャップだったから、デミグラスソースのかかったハンバーグは少し豪華に見える。そして、ポテトサラダとサラダを持ってきて食卓が完成した。

「うん、美味しそうだね。」

「一応、二人で作った料理だしね。」

 私はサラダしか作っくてないけど。その言葉にシロヤマくんは嬉しそうだ。そんな様子を見るのは私も嬉しい。

「いただきます。」

 早速料理を食べ始める。初めて食べるデミグラスソースのかかったハンバーグは美味しかった。ケチャップがかかったのも美味しいけれど、これは時々食べたくなる味をしている。多分シロヤマくんの料理が上手いのもあるのだろう。

「今日も美味しいよ。」

「ありがとう。本当に幸せそうに食べるから、こっちまで嬉しくなるよ。」

「え?幸せそうに食べる?」

「あ、なくなっていく様子がね。たくさん食べてくれるから。」

 ビックリした。顔が見えているかのような発言をたまにするから驚いてしまう。でも、減る量が速いのはその通りだ。だって美味しすぎる。

「でも、本当に美味しいんだもん。それは減るのも早くなるよ!」

 彼が笑ってくれる。それだけで、全てを忘れられる。彼の発言も透明なことも、こんな単純なことで忘れられるんだ。

 食べ終わって片付けを二人でしたあとは、少しゆっくりして昨日言った通りにゲームをすることになった。私はテレビゲームをしたことがない。最初に軽くやり方を教えてもらってアクションゲームを始めた。最初はコンピューターの操作するキャラにもすぐに負けてしまって、色んなキャラクターを使いながら上手くなる練習をした。十回くらいやったところで、やっとまともに彼と戦えるようになり、「あ、やられた。」「やり返しだ!」なんではしゃぎながら、一つのテレビを二人で真剣に見ながらしていた。発熱した勝負を繰り返していた時に二人で一緒にステージから落ちてしまって、コンピューターの勝ちになり二人で大笑いする。「ゲーム変えよっか。」と今度はレース系のゲームをし始めた。競うゲーム繋がりだから、もしかしたら同じような展開になるのではないかなと思いながらもワクワクしていると、やっぱり盛り上がっていった。邪魔をするアイテムを投げ合い、「ちょっと投げないでよ!」「そっちこそ!」なんて言い合いながら楽しんでいた。

 楽しい時間はすぐに過ぎていく。気づけば夕方になっていた。ゲームにきりをつけて少し話すことになった。

「今日は楽しかった!ゲームをするなんて初めてだったし!」

「僕も誰かとするのは、初めてだから楽しかったよ。」

「こんなことも、シロヤマくんと出会わなかったら知れなかったんだよね。」

「そっか、見えないわけだもんね。」

 見えないというのは、それだけで存在がないのと同じだから仕方がないことなのだけど。彼がとても悲しそうな顔をしている。

「そんな状態なのに、よく曲がらなかったね。」

「曲がらなかった?」

「悪さをしたり、人の道から外れなかったのが凄いことだなって思ってさ。」

「そんなことするわけないよ。」

 なぜ彼がそんなことを言うのかわからない。見えないというだけで、死にたいとは思うかもしれない。でも、それが嫌になって病気を利用して悪事をはたらこうとは思わない。誰かのためにならしてしまうこともあるかもしれないけど、その誰かが居ないのだから起こりようもない。

「私は、悪さをしようと思うほど、この世界を憎んではないし、する理由がないから。あ、でもする理由があるからってするわけじゃないよ?ダメなことだからね。」

「ヤマグチさんは強いね。」

「私が強い……?」

 なんで?そんなことはない。全く強くなんてない。

「だって、こんな状況でも前向きに生きてる。治らないかもしれないのに懸命にさ。」

 そんなことはない。シロヤマくんがいるから頑張れただけだ。私一人じゃ何も出来ない。生きてさえいけない。死にたいと思ってしまう。生きる希望だって見つけることが出来ない。シロヤマくんのおかげで生きているだけ。強いなんて言わないで。私は弱くて弱くて、自分が嫌い。

 私は……私は……

「強くなんてないよ!」

 思っている以上に大きい声が出てしまった。驚いた顔をした彼がいる。いきなり大きな声を出せばそうなるだろう。それが普段そんな様子を見せない人なら特にそうだ。

「私は、シロヤマくんに出会う前は死にたいって思ってた。生きてても、迷惑ばっかりかける私から両親を解放してあげたかった。ただ死ぬ勇気がないだけ。私は強くなんてない。誰かがいないと生きてなんていられなかった。シロヤマくんと出会ってなかったら……」

 涙がこぼれてしまう。我慢してたのに。必死に涙は流さないようにしていたのに。彼が困惑している。こんなことになると思ってなかったのだろう。ただ彼は私を強いと思ったから言っただけなのに。こんな姿を見せてしまうなんて、私はやっぱり弱い。

「私な生きてないんだよ……シロヤマくんと出会わなければ生きてなんていられなかった。」

「ごめん……」

 涙は止まらない。でも、よかった。透明だから彼にこの姿を見られる心配がない。涙を流しているのもバレない。

 私は突然抱きしめられた。誰にと思ってもその場にはシロヤマくんしかいない。思わず顔を上げると彼と目が合う。そして涙を拭かれた。優しい彼の手が私に触れる。更に涙が溢れてくる。そこで今の状況のおかしさに気付いた。

「なんで……」

 彼も気付いたのだろう。しまったという顔をしている。涙を流している女の子に優しくする彼。でも、相手は見えていないはずの透明な私。

 彼を突き飛ばしてしまう。どうしていいかわからない私は彼の家を飛び出る。もう何が何かわからない混乱している。私は一心不乱に家まで走った。何も考えたくないから必死に走った。家に帰りつくと嫌でも思い出す。彼から触れられた感触、確実に私に向けられた目線。嬉しかった。でも、見えないはずの私にこんなこと出来るわけがない。見えてるということだろうか。見えているのに見えてないふりをしていたってことになるのかな。でも、なんで……

 いくら考えても答えはでない。明日直接聞くしかない。いつもの場所に来てくれると思う。そう信じるしかなかった。

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