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私がいつも通っている学校は今日から夏休みに入った。進学校であるシロヤマくんの学校は補習というものがあるらしく、まだ学校に行かなければいけないらしい。
することがないから、勉強をしているだけで、勉強が好きではない私には、耐えられないだろう。
彼のことを見に行こうかとも思ったが、彼が気づいてしまえば迷惑になるだろうと思いやめた。
そんな夏休みが短い彼だけど、昼で補習が終わるため昼ごはんを食べてからだが、早く会えることが嬉しかった。毎日のように会っていると毎回面白い話題があるわけでもなく、同じようなことを繰り返し話していた。それでも飽きないのは、彼の仕草を眺めているだけで満足できるからだろう。こんな何気ない日常が、あの日以来続いていた。補習が終わって夏休みが始まったら、遊びに行こうと約束している。
彼の学校のことは詳しく聞いてはいなかった。そんな彼から、明日から休みだと伝えられたのは、八月に入ってすぐのことだった。
「明日からだし、明日前言っていたところに遊びに行く?休みも短くて二週間くらいしかないから。」
「うん!私はいつでも大丈夫だから、明日でもいいよ。」
「なら、明日だね。少し長く歩くと思うから、ご飯はきちんと食べて来てね。」
「わかった。楽しみにしてるよ。」
明日は、三度目のデートだ。勝手にデートと言っているけれど、ただ友だち同士が遊んでいるだけだ。でも、私はデートのように思っている。精一杯楽しもう。
それに三度目のデートと言えば、告白したりとか付き合っていたらキスをするようなイメージがあるけど、何かあるだろうか。なんて妄想をしてみる。その妄想は夜遅くまで続いてしまいあまり眠れなかった。
朝も早く目覚めてしまい、クマができていないか心配になったが確認ができない。彼にも見えていないし、私にも見えていないのだから気にするだけ無駄だ。いつものようにかわいい服を着てデート気分を味わっていると家を出る時間になった。いつも通りに早めに出たのだけど、この日初めてシロヤマくんより後に公園へ着いた。
「ごめん。待たせちゃったかな。」
「そんなことないよ。やっと、ヤマグチさんより早く来れてよかったって安心してる。」
おどけてそんなことを言うものだから、思わず笑ってしまう。
「昨日も言ったんだけど、少し遠い場所で歩きだと一時間半くらいかかるんだけど、大丈夫かな?」
「平気だよ!きっちり寝てきたし、ご飯もちゃんと食べてきたよ。」
実はあまり寝れてはいないけど、お腹はいっぱいだから大丈夫だろう。
「よかった。それじゃあ行こっか。」
公園を出発したのは正午過ぎだった。夏休みに入っているこむともあり、いつもより人通りが多い。だから、あまり話すことが出来なかったが、三十分ほど歩いたところで徐々に人が少ない田舎道に入ってきた。
「こっちの方面に来るのは初めてだけど、何があるの?」
「もう三十分も歩けば海が見えてくるよ。多分時期も時期だから人が多いかもしれないけど、この道は少ないね。」
「海!そういえば見たことないな。ちっちゃい頃はプールには言ってた気がするけど。」
「海沿いを歩いていくと、人が少ない浜辺があるんだ。そこは汚れてて泳ぎに来る人は居ないようなとこなんだけど、なんか落ち着く場所で、色んなことを考えるにはいい場所なんだ。」
本当に好きなところなんだろう。彼の足はスキップでもしそうなくらいにウキウキしているように見える。早くそこへ行きたいんだろうな。そんな彼を見ていると自然と私までウキウキしてしまう。
そして、同じタイミングでスキップをし始めた。おかしくなって笑っていると彼もつられたように笑う。お互いに見えているかのごとく顔を見合せた気がした。でも、そんなことは気にならないくらいに楽しくなっていた。
そんなふうに楽しんでいると、海が見えてきた。思わず声が出そうになる。でも、海の見えたこの場所はたくさんの人がいる。声を出したところで気づかれることはないだろうけど、彼が変な目で見られるのは嫌だから我慢した。
二人で会話もせずに堤防を歩いていると、徐々に人が少なくなっていった。見えるのは釣りをしている人くらいだ。
「もうすぐ着くよ。」
テトラポットの並んでいるこのばしょ。人が多かった綺麗な浜辺から二十分ほど歩いたここは釣りをしている人すら居ない。
ゴミや流木がいたるところにある正直に言ってしまえば汚い砂浜。泳ぐために遊ぶために、ここに来る人は居ないだろう。
でも、不思議な魅力がある場所だ。なぜか足を止めて魅入ってしまう。なんとなく彼の言っていた意味がわかった。
「とても不思議な場所だね。」
「そうなんだよ。水平に広がる海は綺麗だけど、砂浜はお世辞にも綺麗とは言えない。でも、落ち着くしなんか気になるんだ。」
彼は、軽やかな足取りで砂浜を歩き、海に近い流木に座った。私もその横に座る。
「落ち込んだ時はここに来てるんだ。」
「今、落ち込んでるの?」
彼の様子を見ていれば違うことなんてわかるけど、そう言ってみる。
「いや、今は違うよ。どちらかと言うと逆だね。でも、もしヤマグチさんが落ち込むようなことがあった時にさ、こういう場所を知ってれば力になるかなって思ったんだ。」
優しい。本当に彼は優しすぎる。この優しさに甘えていいのだろうか。今でも甘て続けている。彼のリードに頼りっきりだ。でも、私は人との関わり方を知らないから、どうすればいいのかなんてわからない。彼に話そう。私の話を、そして伝えようどうしたいかを。
「シロヤマくん、私の話聞いてくれる?」
「どうしたの?」
「私、もっとシロヤマくんと仲良くなりたいの。でも、私はどうすればいいか分からない。だから、私のことを知ってもらいたいの。一人で過ごしてきた最近までの話を聞いてくれる?」
面倒くさいと思われる可能性もある。彼なら受け入れてくれそうな気もする。話さなければ前には進めない。だから、勇気を振り絞ろう。
「うん。聞くよ。ちゃんと聞く。」
その言葉だけでも満足してしまいそうだ。それだけ真剣な目で彼は私を見つめてくれている。
ここ一ヶ月彼と過ごしてきた。人と会話をよくするようになったとはいえ、まだ話すことに慣れたとは言えない。多分、たどたどしくなってしまうだろう。でも、真剣に聞いてくれている彼に真摯に話そう。
「私は、小学校に上がる前の誕生日の時から、周りから見えなくなり始めたの。保育園に通ったのも一年もなくて、ほとんど友だちと遊んだ記憶もなくて。そこからは一人。親と話すだけ。だから、時間だけはあって、することがないから勉強するために学校に行くって親に言ってるんだけど、本当は違うの。本当は、私もこうなれたのかなって妄想することを、生きる意味にしてただけ。シロヤマくんに買う前はそうやって生きる糧を探してた。いつか治ったらこんな生活をしたいって思うことで、逃げたい、もうなにもしたくないって気持ちを抑えてて、そうやって生活してきたの。でも、それも限界で、もう無理だって思ってた。そんな時にシロヤマくんに会ったんだ。」
本当にどん底だった。私の過去を話すのに、これだけの時間しかかからないくらいには、私に思い出というものはない。小学校の頃は危ないからと基本家にいることしかなかった。家で親と過ごすだけの日々。何も出来ない、何でこんなことになってるのかも私は理解出来てなかった。中学にあがった時にもし治った時の為なんて言い訳をつけて外に出た。外に出て数ヶ月はそれは楽しかったけど、すぐに私は現実を受け入れなければならなかった。私はこうはなれないんだと。ただ同じ日々を過ごした。勉強だけは続けてた。でも、ただ惰性で続けていただけだ。もし治ったら、そんなもしもを信じていたかったんだ。でも、最後には生きている意味なんてないと思い始めていた。死んでやろうって本当に思っていたんだ。死にたかったとまでは言わなくていい。流石にそこまでは言えない。
「そして、私は知ったんだ。人と話す幸せ、通じあった時の喜び、一緒に出かける楽しさ、辛かった私の人生を豊かにしてくれた。本当にありがとう。」
「僕は、何かをしたわけじゃないよ。ヤマグチさんと話すのが楽しいから僕もずっと居たんだよ。」
涙が出そうになるのを必死に堪えた。本当に彼からは貰ってばかり。だから、私の感謝を伝えよう。話を聞いてくれた感謝、私を受け入れてくれる感謝、そしてまた今日からやり直そう。彼と仲良くなるために、かけがえのない存在になるために。
「話を聞いてくれてありがとう。私、もっと仲良くなりたい。だから、思ったことは言うようにする。それしか今は出来ないから。学んでいくね。」
「うん。伝えてくれた方が僕も嬉しいよ。」
私の方を見て微笑む彼の顔。この顔をもっと私に向けてほしい。見えない私に。
真面目な話をしたから、その後は明るく話すようにした。次第に話も盛り上がるようになり、海を見ながら二人笑い合う。
どれだけ話していたか、時間なんて気にしていなかったのだけど、私のお腹が鳴ったのを合図に帰り始めることになった。少し打ち解けることが出来たこともあり、帰りは行き道より幸せに満ちていた。
「今日は色々話してくれてありがとう。嬉しかったし、楽しかったよ。」
「私の方こそ、聞いてくれてありがとう。真剣に聞いてくれて、誰にも話せなかったことだから、気持ちが軽くなった。」
いつもの公園に着いてしまった。今日の楽しかった時間はここで終わりだ。寂しくなってしまう。
「夏休み少ないけどさ、もっと遊ぼう。」
「そうだね。高校最後の夏休みだしね。」
陽が落ちる前の暖かな光が二人を照らす。私の心はまたま帰りたくないと訴えかけているけれど、私のお腹の音がまた帰宅の合図になった。
夏休みは二週間ほどしかない。彼には学校の友だちだっているだろう。でも、私ともっと遊ぼうと言ってくれた。今はそれが嬉しい。残りの休みでシロヤマくんの昔の話もしてくれないかな、なんて欲張りなことを考えながら私は家へと急いだ。この幸せが逃げてしまわないように、これから先も十八歳を迎えることの出来ないと言われた私の些細な幸せが最後の瞬間まで続くように。
今の幸せを噛み締めるように走る。
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